第42話:己は何者か




 ただ、無慈悲に轟音が響き。

 一人の少女へと向かい―――大地へ、破壊的な質量の彗星が衝突した。


 俺は、少女へと。

 ただ、残った手を伸ばす事しか出来ず。


 大地を抉る巨大な黒影。


 発生する爆発的な衝撃。



「――――ッ―――――ッッ!?」



 その衝突を

 よもや、あの魔皇龍が飛び退る。


 生半可な攻撃など、城壁の鱗、再生という権能ゆえ歯牙にもかけぬ龍が。

 その一撃だけは、全力で避けた。



 ……………。



 ……………。



 光速にも見紛う威力の衝突。

 それを成したのは、白銀の鱗を持つ、中型の龍で。



「「―――着地成功ぅぅぅぅぅぅ―――――ッ!!」」



「―――どこがだぁぁぁぁっ―――――ッ!?」

「……ぁ……ぇ……?」



 土煙が晴れ、出現した姿。


 無様にも並んで転倒して。


 何度も咳き込みながら。

 大の字で転がる者たち。

 その場へと現れた三人の野郎を見て、少女は無心で呆け。


 俺は、あらん限りの怒声をあげる。



「―――というかッ―――なんで来たッ!?」



 無理だ。

 会議を聞いていなかったはずはない。

 如何に最高の魔剣士たるエリゴスでも、如何に天才のロイドでも。


 圧倒的な力の前では等しく無力。


 あの化け物に、勝てる筈がない。


 増して、誰がどう見ても。

 今の着陸だって墜落の形。


 小僧以外は、受け身すらも取る事が出来ず、転がり落ちた始末で。

 明らかに、彼らは疲弊していた。


 ……にも、拘らず。

 その眼に光を灯した戦士たちが、確かにそこにはいて。



 ―――そして。



 プライドがどうと言っていた筈が。

 戦士たちを、その背に乗せて飛び込んできた白銀の飛龍は。



「……………」

「久しいな、我が創造主」

「……………」

「――否、必要ない。理由など、其方には理解出来ぬ。其方には、決して……な」



 魔皇龍と、個別で会話してる。

 周囲に聞こえないってのは、こういうモノらしい。



「……で。こりゃ、どういう事だ」 

「シオン様。何故、貴方がここに……?」

「………ぁ……ぇ?」

「俺達が都市戻った時は、シオン様向こういたよな?」



 俺もそうだったが。


 その場で転がる男たち自身。

 目の前に少女がいることが理解できないようで、首を傾げ。



「――よぉ、ラグナ」

「随分と……手酷く、やられましたね」



 次に、俺へ視線を向ける。

 先程の衝突で吹き飛ばされ、また無様に倒れ込んだ俺へと。



「来るなと言った筈だが。……助けに、来てくれたのか」

「「……いや」」



 ―――いや……っ!?



「済まんが、もう無理だ。全身火傷だらけ。マジで、あの龍強すぎてなぁ?」

「同じく。両腕潰れてますので」

「掴めねえから、何度も振り落とされそうになってたよな」


「……………」

「見ての通り、足手纏いだ」

「良い所が肉壁でしょうか」

「……んで? アレが……魔皇―――ぅ……っぷ。無理、帰って良いか?」



 何しに来たんだ、コイツら。


 当たり判定増えただけかよ。



「―――では、肉壁に努めよ」


「「…………ひょ?」」

「儂が、必要な事をしてくれる。流浪者――ラグナよ。当然、最期を与えるのは、其方じゃ」



 此方を振り向くことなく。

 白銀の龍は、そう言葉を残して。


 彼は、俺達の前から飛び立つ。

 

 共に、神話レベルの龍種だが。


 確かに、本龍ステュクスは、最強の龍種なのだろうが。


 魔物の性質における基本論。

 現代で唱えられている論としても――老師ですら、アレには絶対に勝てない。 



 しかし、彼は臆することなく。

 或いは、その様な感情を持ち合わせていないのか、魔皇龍の眼前に降り立ち。



「……………」

「そうじゃな。儂は、其方には決して勝てぬ。―――が。儂にしか出来ぬ事も、確かに有る……ッ!」



 その言葉が合図だったのか。


 厄災の龍同士が、咢を広げ、

 同時に放たれたのは―――魔皇龍が放ち続けていたモノと同一……熱線だ。


 極光の光が交わり。


 双方が、消滅する。


 老師は天高く滑空し。


 その影を追うように、かつて見た無数の風刃が空を埋め。

 巨躯ゆえに回避が不可能と思われた彼は、被弾する直前で人化を行う。



 墜ちてくる―――かに見えた瞬間。



 再び龍化を行い、旋回。


 顕現した巨大な咢から。


 眩い閃光が迸り、魔皇龍の身体――その一部を突き抜ける。



「―――ォォォォォォオオオオオオオ―――ッ!?」



 老師の放った熱線が、光速と突き抜け。


 龍の双角――白き角の根元を砕き割る。


 否、砕けた欠片もなく消滅させる。

 やはり、その性質は魔皇龍のモノと酷似しており。


 恐らく、存在を消し去る技。

 対象そのものが消滅したのならば、二度とくっつく筈は無いという事で。



「……………ッ!!」

「千年の吸収で、二発。やはり、我が身にも過ぎた力よ。……しかし、長き眠りじゃ。感覚は、未だ眠りについているようじゃな」


「……………」

「かつての其方であれば、容易に避けた」

 


 何を話しているのか。

 老師は、尚も己の意思を示すかのように言葉を続ける。



「未来を託し、次代が受け継ぐ」



「それが、定命の在り方」



「そこに、果てを知らぬモノが……命を知らぬ不死が―――今を生きる者達の路を阻むで無いわッ!!」



 ……………。



 ……………。



 何か、盛り上がってるが。


 その戦闘は、熾烈を極め。


 空を駆けれるのはアドバンテージ。

 

 未だ翼が破損したままの魔皇龍は、その動きに翻弄されており。

 老師が、未だあの技を使える可能性もある以上。


 此方へ攻撃する暇もない。

 

 そんな神話の戦いの中で。



「……ラグナ!!」



 状況を分析したか。

 シオン達が、駆け寄ってきて。

 

 俺も、我に返り。

 自身の置かれている情けないまでの現状に、苦く笑う。



「――すまない。見苦しい所を見せるね」

「……………ッ」


「……ラグナ殿。身体は、動きますか?」

「あぁ、まだ行ける」

「――師匠……!?」



 俺の返答に、悲痛な顔で。


 今に泣きそうな連中だが。


 そんな反応すんなよ。

 まだまだ、バリバリ元気だろうが。

 こうして話している間にも傷は塞がり始めているし、身体も動かせる。



「まだだ。私は、まだ負けていない」



「……なぁ。マジで言ってんのか? 師匠は」

「ラグナ殿なら、マジです」

「……バカ言ってんじゃねえよ、バカ共が。流石に、そのザマじゃ、もう――」



「――まだ……っ! まだ、負けてないっ!!」

「「……………!」」



 ……………。



 ……………。



 ―――ふ……ふふ、クククッ。



「ラグナは、絶対に負けないっ!! 私の―――私の、騎士ヒーローだもん!」



 絶望的な状況でも。


 敗北そのものでも。


 最期まで信じてくれるのは。

 やはり、いつの時代だって、俺の魔王様なんだよな。



 ……………。



 ……………。



 あぁ、その通りだとも。

 腕と足を失って尚、俺は、欠片も諦めちゃあいない。


 まだ身体は動く。


 剣だって握れる。


 普段の俺ならば、それだけで事足りてきたし、同じ状況など無数にあった。


 ……とはいえ。


 満身創痍には違いなく。

 あの神たる龍を狩るには、不十分な状態だ。



「―――シオン。良いかな」

「……ぅ……うぅ……ひぐっ……。な、なに……?」



 満身創痍の俺に対し。


 泣きそうな顔で――もとい。


 既に泣きながら応える少女。


 シオンを、安心させてあげたい。

 だが、いま手を伸ばして頭を撫でたとて、この状況はまるで変わらない。



 ―――だから。



「ちょっと、聞いて欲しい話があるんだ」



 この会話で、俺は色々な物を失うだろう。

 新たに、得るだろう。



「君にしかできない、頼みが―――――ッ!?」

「ラグナ!」

「「シオン様ッ!!」」


 

 会話の途中だろうが、常識ねえのか。


 不意に、紅蓮の焔が視界にちらつき。

 シオンを狙って繰り出された火炎放射から少女を庇い、共に転がっていく。



 一緒に、何度も。



 何度も、転がる。

 


「……話があるんだが――その前に。あまり、うかうかしても居られない。取り敢えず、三人も行って来てくれ」

「「……………」」

「さっきの熱線、見たな。あれ、防御不可だ。絶対に避けろ」

「「……………」」

「あと、死ぬなよ」


「……そんな、ついでみたいに……行ってきます」

「んじゃ、俺も」

「俺ァ、遠くの方で応援してくるわ」



 皆素直で、大変よろしい事。


 ここからは秘密の会話ゆえ。

 共に肉壁認定された者たちを、にこやかに戦地へ送り出して。



「……らぐな?」



 ようやく、シオンと二人になり。


 両目を瞬かせる少女と向き合う。



「私の頼みは、一つ」




「―――――君の血を、貰いたいんだ」




   ◇




「―――ぇ……? 私の――血……?」



 死にそうな俺から零れ出たのは。


 紛れもなく、特殊性癖の言葉で。


 例え、親しい者同士でも。

 充分身構えるに足る言葉。


 当然、言われたシオンも、困惑のままに言葉をオウム返しするが。

 此方は、確と頷く。



「そう……だ。頼める、かい?」

「でも、私の血は―――」

「大丈夫、だ……っ。私を、君の騎士を――信じてくれ」



 弱みを見せまいと、強がっていたが。

 そろそろ、意識がヤバい。

 

 今にも気絶しそうで。

 気を失ったら最期。

 そのまま、永遠に眠るかもしれない。


 反応を見るに。

 シオンは、知識として知っているだろう。


 月の氏族―――吸血種。

 彼女たち一族の血液には、特異といえる力が存在しており。


 その血液に適合したものは。


 眷属としての力を手にする。


 だが、しかし。

 今迄の全ての情報を生かすのなら。

 イザベラとの談義を考えるならば、適合できる可能性は、それこそゼロに近く。


 殆どは失敗し。

 そのまま、命を落とすのだろう。


 だからこそ恐れている。


 彼女も、躊躇っている。


 もしも俺に血を与えた事で、逆にトドメを刺す事になれば、永遠に苦しみ続けるから。


 だが、それでもだ。



「――大丈夫。大丈夫……だ」

「………らぐな」



 その可能性が立ちはだかっていたとしても。


 この少女なら。


 応えてくれる。 



「シオン……頼む……!」

「……………うん――分かった。……私、どうすれば良いの?」



 流石は俺の魔王様。

 後で、存分に撫でてあげよう。



「じゃあ。こっち、に」



 自分の役目を問うシオンを。

 俺は、更に傍へ―――もっとこちらへと、今ある腕で、ゆっくり引き寄せる。



「もっと、こっちに、来てくれ」

「らぐな………血が……!」

「これは、大丈夫。心配しないで……全て、私に身を委ねてくれ」



 ―――さぁ、さぁ。



 事案のお時間と行こう。

 

 俺は、密着する程に彼女の身体を傍へ引き寄せ。

 そのまま抱きしめる。

 彼女の服が俺の血で染まっていくのも、響いてくる戦闘の音響も、全ての事を忘れ。


 ただ、一つの目的へと集中する。


 服をはだけさせ。


 青白い首筋へと。



 ―――そのまま、牙を突き立てる。



「―――あっ……ぁぅ……ぁぁ」

「……………ッ」



 これは―――色々、ヤバ過ぎんだろ。



 痛みではない嬌声を耳にし。


 一心不乱に血液を取り込む。


 俺は、今まで血液を取り込むとき。

 必ず、予め採取したものを使った。

 だが、それは決して直接取り込むことが出来ないという訳ではなく。


 一重に、モラルや苦手意識の問題ゆえ。


 だから、これが。

 ある意味では、これが初めての吸血行動かもしれない。



「………ぁ……らぐ……な」



 ……………。



 ……………。



 ―――本当に、美味い。



 ―――何故、今迄俺は。



 血液なんぞ、全て同じだと思っていたが。

 マズい以外の選択なぞ無いと思ってたが。


 永遠に吸っていたいと思う程に。



 脳が蕩ける程に、美味い。



 しかして……何時までも。


 永遠に味わっている訳にもいかず。

 彼女自身の負担を考慮するのであれば、そろそろ潮時だろう。


 身体の傷が完全に塞がり。


 欠損した筈の手足が


 魔王の権能を、その身に感じつつ。


 力が湧きだすのも感じる。

 かつてない鼓動の速さは、所謂パンプアップ――心臓があり得ない速さで動き、五臓六腑、そして筋肉へ。



 血液の循環を、異常に活性化させている。



 いま、俺は完全に復活。


 それどころか……えぇ。


 すっごく、元気になっちゃいましたね。

 

 かつて、彼女の語っていた効果は。

 傷の高速治癒と、一時的な身体強化の筈だが。


 重ねて、魔力も幾らかキャッシュバックしており。

 まさしく、今の俺こそ、全盛期だ。



「―――シオン。大丈夫かい?」

「………ぁ…ぅ、ぅん」



 止めてくれ。

 そんな潤んだ目で俺を見ないでくれ。


 世界とかどうでも良くなる。


 どうやら。

 今の彼女は、軽く微睡んでいるような状態らしく。

 何故か五体満足になっている俺に、疑問すら覚えていないご様子で。


 まぁ、好都合だな。


 夢見心地の間に、全部終わらせてやる。



「じゃあ、行ってく―――いや。ちょっと、違うか」

「………え……?」



 呆けたように俺を見上げる少女。

 未だ不安げに俺を見上げるシオンを安心させるには、その言葉ではあまりに不十分ゆえ。


 ぼろきれ寸前の外套を脱ぎ。


 優しく、彼女の膝へ掛ける。



「乾燥済みだ。今日は、冷えるから。暖かくして、ね」

「……うん………!」



 肌を隠すという意味もあるが。


 今は、女性の身重――羽毛ほどの重量も惜しいから。

 不要なものは全て取り去り。


 これで、より身軽だ。



 さぁ、行くとするか。



「全部、終わらせてくるから。少しだけ待っててくれ、私の主様」

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