第22話:お遊戯(おしごと)
文明の発展とは、かくも著しいもの。
始めねば終わらぬが。
興れば本当にすぐで。
やまぬ流入。
短期間での恐るべき変化に、俺は戦慄していた。
「――なぁ。実際、今どのくらいの数が居るんだ?」
「ざっと見て、1000……ですか?」
「おう。有力な氏族も多いぜ」
「………マジかぁ……!」
エリーが千という単位を知っている以上の驚きだ。
一見冷静なロイドも、声が上ずっているしな。
「真に、凄いものですね。私も多くの地を旅してきましたが、これ程までに多くの氏族が集まった例など、後にも先にもこれっきりでしょう」
だよなぁ……。
こんな時代だし。
多くの氏族が一か所に集まるのは得策じゃない。
種の存続という意味でも。
魔獣の注意を引きすぎないという意味でも。
力も策も無いのにデカい顔をするのは、愚か者のすること。
だが、しっかりと先を見越したうえで集まっている現在の状況は、そういう訳ではない。
一番大きい要因は、やはり。
こんなふざけた時代では。
誰しも、安息の地を求めるもの。
最強の氏族として知られるが、滅茶苦茶仲が悪い事でも知られている角と力が揃って逗留している地は、他の者たちにとって何よりも魅力的で。
安全という認識がある筈で。
俺としては好都合も好都合。
一時の感情で追い出さなくて良かったわ。
……だが、勿論。
流入が増えるという事は。
ポンドさんが発狂――ではなく、その分も食い
「開拓、急がんとなぁ」
森林を拓き。
家を建てる。
その分、魔獣を狩り。
ゆっくりと生態系に変化を齎していく。
難しい仕事だ。
一つ間違えれば、イナゴと同じ。
今までの発展が全てパーになる。
その上、参考書もなければ、教導してくれる導き手なども存在しない。
挙句、コイツ等と来たら―――
「えぇ、本当に。頑張ってください、ラグナ殿」
「頑張れよ、大将」
「………この脳筋共が」
頭使わねえんだよ、これが。
エリゴスはともかく、ロイドまで。
やろうとすれば出来るのに、やろうとしやがらん。
前例を知っているだけに。
種としての性質なのかとすら思えてきて。
「今日は、もう、疲れた。なァ、風呂でも行くか?」
「俺は性に合わん。――んじゃ」
「……エリー」
「私も。そういう習慣が無いもので。――では、また後ほど」
……むゥ、コレだから。
言い残した切り。
思い思いに去って行く脳筋共。
如何に新しいモノを作ったとて。
漫画や小説のように、上手くは行かんもんだな。
首尾よく水路を引けたことで、その一部を分けてもらったのだが、どうにも湯船に浸かるというのは合わないらしく。
シオンにも、普通に拒否られた。
パパとは風呂に入らんと申すか。
当時は、これが反抗期ってやつなのかと思ったが。
そもそもの問題として。
連中からすれば、広く知られた知恵――魔術の力で、何時でも清潔な身体を維持できるわけだし。
敢えて入る必要がないんだよな。
―――とは言え……だ。
「やぁやぁ、ラグナ殿ぉ」
「オス、数日ぶりだなぁ」
「いい湯で。――今日も忙しそうですなぁ」
「手すきなら、もっと頑張ってもらっても良いんですよ。私の仕事なら、幾らでも分けられるので」
「「いらねッす」」
中には、気に入った奴もいたようで。
やはりと言うべきか、主に魔術が不得手な亜人種に多い傾向だ。
裸の付き合いってのは。
やはり、良いもんだな。
……ところで、混浴ってやっぱ無しっすか?
ロマンへの欲求を抑えつつ。
俺もまた、素っ裸で湯船へと乗り込んでいく。
「……あぁ~~死ぬぅ……ぅ」
「「……………」」
平たい鼻と牙を持つ亜人。
毛深く、屈強な亜人。
小さな身体で耳が長く、白い体毛を持つ亜人。
亜人種のちゃんこ鍋だな。
良い出汁が取れそうだが。
イノシシ……ウサギ……ゴリラ擬き……?
ふむ。
ゲテモノ鍋だな。
滋養強壮には、案外こういうのが良いのかもしれないが。
「ここ数日は、随分と忙しかったご様子で。皆、心配しておりましたよ」
「あい、あい。心配だけですねぇ~」
「――ふふ……えぇ。だけです」
「オデの所なら、余裕出来たから手伝えるど?」
「いんや、大丈夫。ドニゴール氏族は、取り敢えず子作りだけしててくれ」
オークは力仕事が大得意だが。
まずは自制を覚えてからだな。
仕事中に発情期迎えられて、よそ様襲いそうになっちゃたまらんし。
娘の教育にもよろしくない。
「くく、コレは本当にお疲れだ。ミンガムの。大使様に、一曲詠じて差し上げては?」
「えぇ……?」
「疲れの癒える歌を、ね」
「オラも聞きたいなぁ?」
「……仕方ありませんねぇ。では、我ら玉兎に伝わる遊び歌でも」
小さなウサギ男が、儚くも暖かい歌を奏で。
俺たち野郎は耳を傾ける。
……………。
……………。
気が利く連中なのは良いんだが。
仕事の方も、その調子で手伝ってはくれんのかねぇ?
今だけが、現実逃避の時間。
自分でやり始めたとはいえ。
あと暫くもすれば、また過労のお時間……と。
ウサギ亜人の歌を聞き。
長風呂と決め込む俺達。
―――延々ぶくぶくやり続けた。
◇
屈強な男達共用の風呂から上がり。
ミルクなぞ飲む暇もなく。
俺は、炭の筆を走らせる。
テルマエの時代。
古代ローマだって、もっとマシだったろうに。
俺の扱いは奴隷以下か。
しかも、どの時代でも書類仕事は変わらず。
一生社畜として働かなければいけない呪いでも掛かってんのか? 俺は。
「――しかし。ラグナ殿は、本当に万能なのですね」
「いや、俺も驚いたぜ? ただの脳筋だと思ってたんだがな」
ヒソヒソ話か?
頼むから、聞こえないようにやってくれ。
職業の時点で分かっていたが。
あの連中、内政など門外漢で。
さっきも思ったが。
脳筋優男のエリゴスはともかく、ロイドの方はやろうと思えば出来るだろ。
黒鬼に出来ない事なんて、それこそ魔術くらいなものだ。
かつては村の外れだったボロ屋が。
今では、中心だなんて。
何があるか分からないもので。
あの爺さん、仕事変わってくんねえかなぁ。
……ポンドさんでも可。
なんて考えながら。
区画整理の提案書に目を通そうとした時。
―――不意に、自宅の扉が開く。
今でさえ死ぬ程忙しいってのに。
まさか、新しい書類っすかね?
……………。
……………。
いや、頭真っ白なるわ。
更に仕事をもってこようって輩がいるのなら、今すぐこの場で……。
「……ラグナ、忙しい……?」
んな訳ないだろ、アホンダラ。
バリバリ手すきだわ。
暇ッひまですわ。
ドアの向こうから、顔だけをちょこんと出した少女。
こちらを伺うシオン。
瞬間、俺の脳裏に現る選択肢。
シオンと仕事どっちが大事だ?
シオンに決まってんだろ。
仕事とか、カスだよカス。
悪いが、俺はこの辺で定時退社させてもらうぞ。
脳内で言い訳を並べ。
何の憂いもなく立ち上がり。
俺は、少女と仲良く部屋から出ようとしたのだが。
「――ラグナ殿」
「何のために俺達が居ると思ってんだ?」
「ん? 代わりに仕事するためだろ」
立ち塞がる双璧。
どうやら。
代わってくれる……わけじゃなさそうだな。
「大ハズレ。てめぇをこっから出さねえためだよ。自宅の中では暴れられねえだろ? 大人しく席に戻りな、領主さん」
「……押し通る、と言ったら?」
「無論、通すわけにはまいりません」
―――何だコイツ等。
エリーは剣の柄に手を伸ばし。
ロイドはよく分からん魔道具をこちらに向ける。
意味わからんが。
やる気満々だな。
なら、丁度良い。
ロイドの思惑は大外れで、そろそろ建て替えようと思ってたところだ。
「覚えとけ阿呆共。
「……力の。貴方が室内なら大丈夫だと言ったんですよ?」
「……すまん。誤算だ」
俺は、迷いなく腕を鳴らし。
たじろぐ奴らを手動シュレッダーへかけんとす。
「――ラグナ。ねぇ、ラグナ……?」
だが、サービス残業よりも早く。
俺は服を引かれ、そちらへと視線を向ける。
「お仕事、良いよ。私もお手伝いできると思うから」
「「……………?」」
「シオン?」
手伝うって、何を?
悪いが、パパの仕事は簡単じゃないよ?
首を捻りながらも。
言われるがままに。
再び、席に戻った俺。
とことこやって来た少女は、そのまま膝の上に腰かけ。
山の書類を漁る漁る。
「――んん~~これ! これ、何処にするの?」
農業用水路の施工計画か。
それは、確か……あぁ。
難題だから、保留にしてたんだよ。
魔獣の発生がやたらと多い地点で、理由の探査もしてたしな。
だが、現状で答えるならば。
「この地点の山際を経由だ。場所的にも近いし、河川の本流だから幾らでも引ける。しかも、山間部なら、死角で作業もしやすいと考えたんだが」
「なら、引くのはこっちじゃない?」
「うん? そちらから……?」
「そっちの一帯にはイリアス草が群生してるの。だから、肆の月は魔獣が増える。なら、こっちは荒れ地の支流だけど、下流だから、飲みに来る子も少ないかな……って」
「……………!」
「――これ、農業用なんでしょ?」
……おい、マジかよ。
転移者のエセ知識は信じるに足らんが。
これは、確かに本物だ。
シオンの言葉は、非常に合理的だった。
より良いものを望むのは人も魔も同じ。
川で言えば、上流の方が資源も豊富で、養分に富んでいるため、奴らが集中する。
反対に、下流は。
言わば、残り物。
来るのは、競争に敗れた弱い魔獣で。
多くを望まぬ今の俺達も同じ。
それは、俺たちでさえ把握していなかった周期や地理情報を正確に把握している故の言葉。
だが、その知識は。
彼女の智慧は一体何処からやって来たんだ?
例の、先生って奴が?
今更ながらに考えて。
新たな疑問が浮上する。
しかし、何時の間にか俺はやる気を取り戻していて。
「――いや、興が乗ってきた。手伝ってくれるかい? シオン」
「うん。ゲームしてるみたいで、楽しい!」
あぁ、ゲームだとも。
これぞ、社畜の極意。
俺は、楽しく仕事をするという事を知ってしまったのだ。
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