第21話:桃園の誓い(強制)
「―――アガッッ―――――ッ!?」
「―――ッ!! …………ァ……ァァ」
殴られ、無様に転がっていく戦士の身体。
飛び石のように何度も跳ね。
更に泥に塗れる五体。
今度は何にぶつかる事もなく、自然に転がり、やがては止まり。
地に背を付け。
大空を見上げ。
彼は、立ち上がらぬまま。
何が起きたか分からないという風体でゆっくりと首を動かし、未だ視線の定まらない瞳で俺を見る。
その頬はパンパンに膨れ上がり。
男前が上がったように見えるな。
あぁ、良い気味……!!
世界中の魔法使いが喜んでくれそうだ。
「――ラ…グナ…殿」
「うん?」
「……何故、トドメを」
「刺すか、馬鹿。生憎だが、私は戦士じゃない。君らの流儀に従ってやる義理なんか、これっぽっちもないんだよ」
掠れる声を聞き届け。
俺は、それをふざけるなと一蹴する。
当然だ。
何故、彼程の武人を悪戯に倒さなければいけないのか。
今は、一人でも戦力が惜しいってのに。
全く論外の答えを提示しやがって。
一発で済んだだけ感謝してくれ。
本心では、まだまだ殴り足りないんだよ。
必ずや護ると言ったり。
殺してくれと言ったり。
一度決めたのなら、最後まで足掻きやがれ。
そんな奴に、まだまだ娘をくれてやるわけにはいかん。
……だが、それはまた話が別。
俺は、倒れたエリゴスに歩み寄り。
転がる戦士に対して、頭を下げる。
「エリゴス。これは、頼みだ」
「……………」
「これからもシオンを守ってやってくれないか?」
「………それは……? ――いえ。敗者である私に選択の権利などありませんが……何故……?」
「理由が必要か」
「……あるのならば、是非」
「私は、いずれ居なくなる。それこそ、この世界から」
俺が放った言葉に。
目を見開き、腫れあがった顔を歪めるエリゴス。
そりゃ、衝撃だろう。
だが、もっと衝撃的な事を今から話す気だ。
深い森林の中。
男二人の会話。
聞くモノなど、只の一人も……あ? ――うん。
まあ、それも良い。
むしろ、好都合だ。
今日で一気に片付けてやる。
意味の分からぬ俺の言葉。
ある種の妄言に対し、エリゴスは混乱のままに問いかける。
「――それは、どういう事なのですか……?」
「詳細な話はいずれしてやる。だが、今は協力して欲しい。――ロイド、君もだ。ゆっくりと話をさせてもらえると嬉しいんだが」
察しが良いのか。
報告を受けたか。
一応隠れていたつもりだったらしいが。
魔獣
力の氏族が長は。
バツの悪そうな顔で、木の影からソロソロと出て来て。
「……おい、おい。コレでバレんのかよ」
「それ、何の魔術だ?」
「おう、隠匿の魔道具よ。うちは、遺跡の採掘活動もやっててな」
成程、盗掘か。
彼の手に握られた平たい術具。
およそ懐中時計のようにも見えるそれは、古代の遺物なのだろう。
まぁ、今はどうでも良くて。
「そうか。――さあ、席は出来てる。お呼ばれしてくれ」
「隣、空いてますよ」
「誰が。無様に這いつくばるのは御免だ」
言いながらもロイドは歩み寄り。
これで、役者は三人……完璧だ。
「―――んで……?」
「先の言葉の続きを、教えていただけるのですよね?」
やはり肝が据わってんなぁ、コイツ等。
普通、後戻りできるか聞くだろ。
あんな言葉を聞いた後で。
逃げ道を確認する事無く深淵を覗く危険性を二人が理解していない筈は……ロイドが理解していない筈もないんだがな。
……………。
……………。
だが、今はそれが心強い。
こうなりゃ、一蓮托生だ。
俺一人では、無理だから。
一人で出来る事なんて、たかが知れているから。
「では。まず、
俺は、それを語る。
勿論、危ない箇所は伏せるつもりだけどな。
◇
俺が教えたのは、本当に触り程度の情報だった。
しかし、嘘は一つもない。
信頼を得るためだからな。
天然も察しだけは良いし。
鬼などは、マジで嘘を見抜きにかかるだろうから。
全てが真実で。
まず、俺がこの世界の者でないと。
異界――未来ではなく、あくまでも別世界からやってきた存在である事を教えた。
そして、魔王と呼ばれる女性の眷属である事。
その女性はシオンに
……彼女を守るために、支龍を。
ひいては、魔獣の王を滅することを目的にしていると。
……んで。
俺と彼女の命が繋がってると暴露してやった。
その部分は、戦士の伝承があるので。
前例を思い出し、両者は納得した様子だったが。
―――問題は、その他の部分。
「「……………!!」」
「ってな訳で、俺と彼女は一蓮托生。俺が死んだら、あの子も一緒に死ぬ可能性が高い。――んで、そうなったら世界は終わり。大丈夫か?」
あーゆーおーけー?
俺にとっての世界崩壊。
それは、魔族の滅亡なのだが。
広義的には、間違っていない。
仮に、東の連中で無理ならば。
現在の大陸に、あれらを止められるような戦力は決して存在していない筈だから。
―――神は手など貸してくれない。
勇者は、この時代には存在しない。
六大神の加護を持つ英雄たち。
彼等が生まれ始めたのは、教国という国家による召喚勇者がこの世界に現れた頃。
故に、この時代にはいる筈が無く。
したがって、地母神の加護を持つ勇者――初代の流れを汲む聖女たちもいない。
浄化の武器も存在しない。
俗に言う、手詰まりの世界。
袋小路、終わりかけの世界。
それが、現在のアウァロンってわけだな。
やがては魔獣が西へと進出し。
緩やかに世界は終わるだろう。
早々に支龍共を鏖殺し、奴らの王を倒さんことにはな。
「――では、その話を信じるならば」
「唯一の対抗策がお前――って事か?」
「あぁ、そうだ。俺の血には、奴らを滅することが出来る物質――所謂毒素が含まれている。これを注ぎ込んで殺すって事だ」
「……それは。使えそうだな、武器にも」
流石に理解が早いな。
―――やはり、コイツを味方に付けて正解だ。
ロイドなら。
鍛冶を得意とする力の氏族なら。
それが出来るかもしれない。
俺自身、ちゃんとした武器が欲しかったんだ。
生成は大変だし、維持費も掛かるからな。
「武器が出来るのならば、私共にも狩りのお手伝いが出来そうですね」
そして、エリゴスだ。
両氏族の力は拮抗しているが。
知能と戦術を度外視した単純な戦闘能力であれば、紛れもなく天と地の差があり。
角の氏族の戦闘力なら。
支龍とはいかずとも、他の魔獣なら十二分に相手が出来る。
不死が支龍だけとは限らない。
事実、ロスライブズではそうだった。
彼らが強力な対抗策を持てることに、問題は全くないんだ。
俺が無償献血をするだけならな。
ジュースも、アイスも、お菓子も。
献血に行けば食い放題だが。
今回は、完全にボランティアってわけで、世に蔓延る適当な募金活動などより、余程世界を救う近道だ。
「では、そういう事で。君たちの働きには期待しているよ」
「「………………」」
もう、後戻りできねえぞと。
言外に伝えると。
ロイドは無言で瞳を閉じ。
エリゴスは、やや迷うようにソレを口にした。
「――シオン様には、それを話さぬのですか?」
「……………」
―――あぁ、ダメだ。
あの子には、絶対に話せない。
何があろうと、それだけは決して言ってはならない。
居なくなるなんて言えるか。
もう会えないなど言えるか。
今更ながらに、思うが。
―――1000年だぞ……?
魔族でさえ、及びもつかない年月。
それを、彼女……魔王エリュシオンは信じて待ち続けていたっていうのか?
手掛かりもなく。
何の希望もなく。
ただ、ずっと……ずっと。
最低過ぎるだろ、ラグナ・アルモス。
男の風上にも置けねえ奴だな。
いつか、絶対パパがぶん殴ってやる。
悪口ばっか言ってると。
何故か、全て自分に帰ってくる気がして。
……ホント。
どういう事なんだろうな。
その辺の仮説も、考慮して行動する必要があるか。
「まぁ、取り敢えず。今聞いたことは全て二人の胸の中にしまって、墓まで真っ直ぐ持ってってくれ。誰にも話さず、な……?」
「………あの」
「もしも、口が滑っ――らねェよ!? 全然滑らねェっすよ?」
―――なら、良いんだけどな。
口が滑らないのなら。
俺も、剣が滑らないようにしておくから。
滑り止め塗っとくか。
有角種の脂とか。
案外良いかもな。
歴戦の戦士の脂とかは、全体が引き締まりそうだし。
あと、持ち手に革が必要だな。
魔獣の革――オーガの表皮とか、見栄えが良さそうだなぁ。
黒革とか、最高に見栄えが良さそうだなぁ。
「頼むぞ? 命が掛かってんだ」
「「私たち(俺たち)のですよね?」」
分かってんなら良し。
頷いた俺は、座り込んだまま聞いていたエリゴスを助け起こし。
多少泥を叩いてやる。
……どうしたんだろうな。
こんな顔が腫れちゃって。
「戻るとするか。長が二人とも居ないとなると、向こうの連中も困惑しているだろう」
「「はい」」
あら、大人しい事。
何かあったのかな。
――――別に、脅したつもりはないんだがなぁ。
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