第19話:月の氏族




 田舎は、時間の流れが遅い……と。

 よく言われる、時間感覚の話だが。

 この例は、田舎であろうと、やるべき事が多い者には全く当て嵌まらないと言える。


 時間の流れは異常に早く感じるし。


 家中に響き渡る騒音。

 何度も揺れる家具類。

 のどかな休みや、雄大な景色から感じる安息など、何処にもありはしない。



「―――ぐな? らぐな、お肉焦げちゃうよ?」

「……うん」

「大丈夫? 具合悪いの?」



 ………え?


 あ、あぁ。


 はははッ、大丈夫。

 ちょっと気分が悪いだけだから、大丈夫だ。


 少し前までは。

 この家の周りには、何も存在しなかった。

 元々、シオンは異端の存在として疎まれ。


 村の外に住んでいた。


 だから、当然一軒家。


 しかも、素晴らしい程オンボロで。

 俺が材料を集めて何度も手を入れ。

 建て直しというよりも、建て替えたと言う方が近いボロ新築へと変わった。


 最近などは、外付けのキッチンも出来て。

 今いるのも、そのスペース。


 ……だが、やはり。

 相変わらず、家の外には何も無い――筈だったのに。



「そと、凄いよね。家が沢山……! 今日も、昨日も。毎日起きたら増えてるの!」



 ……うん、そうだね。

 住宅街の一角みたいだぁ。


 毎日のように喜びはしゃぐシオンだが。

 俺は、とてもそんな気分にはなれない。


 料理を炒める作業をシオンに変わってもらい。

 今度は、まな板に野菜を並べて切り始めたが、輝きを放つ白刃に思わず目を細め。



「……良い包丁だこと」



 この貰い物もそうだが。


 テーブルの上の食器も。

 鉄製のカトラリー類も。

 流入によって、明らかに生活水準が向上していて。



「お返し、したほうが良いのかなぁ。私達、貰ってばっかりだよ?」

「要らない、いらない」

「良いの……?」

「迷惑料みたいなものさ。むしろ、まだ足りない」



 この間、隣に越してきた一家――力の氏族だが。

 奴らは、かなりの技術者揃いだ。


 建築は勿論のこと。


 鍛冶の知識も豊富。


 果ては、農業だって。

 今だって、くわもって家の外で騒いでるくらいだし、相当なんだろうな。



「奴らに先んじて畑作んぞぉ」

「「――おおおおぉぉぉぉす!!!」」



 いや、前言撤回。

 ありゃあ、ただの百姓一揆だ。


 やられる前にやるってやつだ。


 知識は無いが、取り敢えずやってみればどうにかなるだろうってやつだ。

 実際、長が有能だから、すぐに慣れるのだろう。


 簡単な畑作なら村で習えるだろうし。

 奴らの体力なら、トラクター要らず。


 本当に。

 暫く滞在している間に、こうも様変わりしちまって。



「―――シオン。そっちの様子はどうだい?」

「良い匂いだよ。もう、移しちゃうね」

「あぁ。……なぁ、シオン」

「んん~?」

「今の生活は……楽しいかい?」



 朝から晩まで騒がしく。

 何時だって、どんちゃん騒ぎを繰り返す連中。


 そんなのが常に外にいて。


 彼女自身は、果たしてどう思っているのか。

 返答次第では。

 俺にも、考えが幾つかあったのだが。



「――凄く、すっごく楽しい。……ありがと、ラグナ」



 少女は、目を細めて。

 無邪気な顔で、至上の笑顔で、俺に笑いかけてくれる。



「そうか……そっか」



 だから、今は良い。


 もうちょっとだけ泳がせてやるさ。

 魔王様に感謝しろ。

 

 ……本音を言えば。


 俺自身、連中には感謝している。

 エリゴスら角の氏族にも、ロイドたち力の氏族にも。


 これは、伝説をなぞる旅路だから。

 何処へ行き、どうなるのか――その規範が俺の頭の中に在る以上。



 これが、雛型で。



 ―――俺は、いずれ必ず。




   ◇




 よそ様の土地周辺を勝手に開拓し。

 アレだけ暴虐の限りを尽くして。

 奴らが、村側の不興を買わないのか――という問題を考えた事は多いが。


 ポンドさん曰く。

 村長の爺さんが容認している……らしい。


 ただし、俺名義で。


 問題も全部俺行き。


 奴らが馬鹿をやらかせば。

 全部俺が悪いという事で。

 不幸にも仲間認定された流浪者は、預かり知らぬところで、連中の責任全てを管理させられていたのだ。



 ―――それ故に。



「ラグナさん? 水路の設営をちょっくら弄ってもよかです?」

「問題ない。というより、頼めるかい?」


「了解ィ。んじゃ、下見行くべ」

「上流から引きたいっすね」

「いや、いや。そこは――」



 見回りも普段業務の一つで。


 彼等を、逐一監視している。


 とはいえ、俺はただの素人だから。

 仕事へ下手な口を出す事は無く。

 陽気なオーガに答えを返すと、彼らは喜び勇んで造りの良いシャベルを鳴らして去っていく。


 アレも手作りだろう。


 良く出来たもんだな。


 オーガではあるが、言葉遣いも実に堪能で。

 それは、小さい頃から人並みの生活をしていた結果なんだろう。


 変な事をしている様子はなく。

 今日も問題なしと報告書に記入するとして。

 


 さぁ、戻ろう――とした時だ。



「―――ラグナ殿。少し宜しいですか?」



 イケメンに呼び止められて。


 嫌々ながら、俺は振り向く。


 そこには、平時通り。

 地上に顕現した眩き太陽さまが……あれ?


 いつもの笑顔じゃねえな。

 初めて女性に振られたか?


 普段の調子でもなく。


 太陽スマイルもなく。


 何処か、思いつめたような表情をしているエリゴスがそこには居た。



「――浮かない顔だな。どうかしたのか?」

「……いえ。貴君と、少し話がしたいのです。お手数ですが、一緒に来てはいただけないでしょうか」



 余りのショックで男に走る……じゃないな。


 これは、真面目な話だ。

 コイツが冗談を言うはずもない。



「一緒に――って……そっちか? 聞かれて困る話でもあるのか?」

「……………」



 向かう先は、森林方面のようで。

 誰にもに聞かれたくない話という事なのだろう。


 何かの予感を覚えながら。


 ヒリつく物を感じながら。


 コレも、一つの仕事だと。

 俺は、大人しく付いて行くことにしたが。



 ……………。



 ……………。



「森の中をスイスイと。随分慣れたものだな」

「生まれた時より、我らは流浪者。私自身、幼少期より、遊び場は常に森の中でしたからね。この程度の不便、何でもありませんよ」

「――へェ……昔話か」

「はい。お話するのも、昔の――絵本の話です」



 並んで獣道を歩きながらも。


 俺達は交互に言葉を交わす。


 これで、慣れてきたモノ。

 数年来の友人のように気心が知れ始めているが。


 そんな分かり易い男エリゴスが語ったのは、ちょっとした昔話で。

 自らの一族の歴史だった。



 ―――だが……しかし。



 その内容は、俺が無視できぬモノ。


 想像以上に聞き捨てならぬモノで。



「絵本に出てくる戦士の伝説。――君の一族が……?」

「遥か昔の話、ですね」

「よく伝承が残ってるもんだな」

「それ程、我が一族にとって忘れられぬ事なのです。……当時の氏族長であり、我が一族の始祖――彼の名を、アルモスといいました」


「……なに?」



 ちょっとビクッとしたわ。

 良くある、知らない奴の名字が偶々一緒で反応しちゃうあれだ。


 だが。

 これは偶然――じゃないよな。



「私が伝え聞いた限りでは、およそ数千年も以前の話になりますね」



 数千年も以前となれば。


 誰もが知る歴史がある。


 ―――そう、漂白化。

 地上より多くの生命が姿を消した、荒廃した世界。

 偶々地下に潜っていた故に生き延びた者たちが、現人類や亜人たちの祖先だが。


 昏い地下より出でて。


 荒野を彷徨っていた者たち。


 その一つこそ、彼等の祖先。


 一人……また一人と。

 数を減らしていく彼らは、しかし彷徨い続ける。


 もう、文明など無かった。


 定住に足る地も無かった。


 故に、歩き続けなければ生きられぬ世界であったが。

 それでも、誰もが……子供ですら、いずれ来るであろう亡びを予見していて。


 遂に、ソレを待つばかりになった時。

 彼等一族は、月の様に美しきものによって救われた。

  


「その者たちは――月の氏族。長は女性で、封印の巫女と言いました」

「………一族……当然、か」



 月の一族は、文明を再興すべく都市を興していた。

 優れた智慧と力……魔術の力を持っていた。


 その魔力を持って。


 多くの命を救った。


 救済の恩義に報いるべく、彼ら角の氏族は。

 封印の巫女――その一族たる月の氏族と呼ばれる者たちを守護する任に就いたと。



 月の氏族には、多くの不思議な力があった。



 魔獣に襲われること無く。

 故に都市を築くに至った。


 膨大な魔力を持ち。

 故に巨大な魔除けの結界を構築するに至った。


 中でも、特殊な力は、やはり。

 他の氏族たちが、自ら従いたくなる程の統率力を生まれながらに纏う性質。

 長く生きる程に、その力は強大となっていく。


 力の影響もあり。


 一族らは栄えた。


 北の地に都市を築き。

 長き平穏の時を、多くの者、多くの氏族が共に暮らした。



 ―――そう、支龍が現れるまでは。



 其は、魔獣を自在に操る存在。


 其は、定めを知らぬ不変不滅。


 奴らは、突然現れ。

 突然に都市へと攻撃を始めた。

 存在していた筈の魔獣を祓う結界は意味をなさず、多くの獣が雪崩れ込み。


 魔獣との、長き戦い。

 永遠とも思える戦いが始まり、多くの戦士が生まれた。


 中でも、巫女と契りを結んでいた角の長。

 彼は、まさしく最強だった。


 透き通る青白い肌。

 赤い瞳を持つ戦士。

 彼の身には月の権能が宿り、生来不得手な筈であった魔術を幾重にも行使することが出来た。

 

 一度肉体が損傷しようとも。


 信じられぬ速さで復活した。



「始祖の実力は、真に伝説と語られるモノであったと」



「我らは、始祖の名を信奉し、彼に近付く事を目標として研鑽を積んでいます」



 しかし、今現在――この状況からも分かるが。

 都市など存在していない。 


 そう、無情にも。


 戦いは終焉した。


 目覚めた魔獣の王によって都市は滅び。

 巫女と有角の長は、その身を犠牲にして王を都市へと封印した。



「――その後。我らは、再び流浪の一族となりました。古き故郷は、死の大地と化した故に」



 エリゴス自身、戦闘型だから。

 あまり語るのが得意ではなさそうな口調であったが。


 重要なポイントは抑えることは出来て。


 俺も理解が追い付いてきた。

 ―――むしろ、揃い過ぎた。


 月の氏族。


 角の始祖。


 北の都市。


 ならば、物語に語られる戦士ってのは――眷属。

 巫女と契約を交わした、魔人だろう。


 とはいえ。

 元が魔族なら、俺とはちょっと扱いが違うが。

 この重大情報のオンパレードは……ヤバいな。


 月の一族ってのは、吸血種。

 当時の長――アルモスってのは、俺と同じ吸血種の眷属だ。


 そして。


 滅びた北の都市ってのは。



 ―――ロスライブズ。



 そうとしか考えられない。


 そうと考えれば。

 多くの歴史が繋がってくる。


 あの都市で、定期的に不死の巨獣が発生したのも。

 あの地が異常なまでに魔素が濃く、強力な魔物が闊歩しているという事も。


 だが、あの地はもう空箱だ。


 王の痕跡なんてものは、都市にはなかったぞ。



 昔話を語り終えた彼は。



 ゆっくり俺へ振り返る。



「――私が知るのは、これが全てです」

「あ……あぁ。話してくれて有り難うな。色々と、有意義な話だった」



 だが、此処まで大人しく聞きはしたが。

 まだ、彼に聞きたい事は残っていて。


 と、言うよりは。


 ここからが本題。



「で、エリゴス――君は? 結局、何を伝えたい? 何故、それを私に話した」

「……………ッ」



 真に俺がすべきなのは、一つだ。


 戦士が持つ真意。


 それを測る事だ。


 

「我々は、見守ってきました。……それしか出来なかったゆえに」



 そこからの男の変化も、また分かり易く。


 震える手を握り締め。


 険しい表情を見せる。


 ……それは、悔いだ。

 一族が代々伝えた悔恨を背負い続けた、強き戦士の顔だ。



「我が一族は、陰から月の氏族を見守り続けてきました。あの方々がそれを望んでいた故、許容した……! 不完全な封印を維持するための贄として、その身を捧げるのも、全て!」



「だが、最後の一人である彼女にその業を背負わせるのはあり得ない!」



「――今度こそッ……護るのです」

「……………!」




 ―――いや、本当に。



 本当に……こういう所だよな。


 流石は、有角種と言うべきか。


 義理の強固さと、折れぬ信念。

 その二つを併せ持った超絶イケメンがいるってマジかよ。



「―――ラグナ殿」

「……あぁ」



 お前の言わんとする事は分かった。


 大体、想定通りだ。

 シオンを守るために協力するというのなら、是非もないさ。




「―――私は。貴君へ、決闘を申し込みます」




 おう、任せとけエリゴス。


 その言葉を待ってたんだ。



 これからは、一緒に……。



 ……………ん?



 ……………え?



 けっとう――血糖……?

 ―――――決闘―――――ッ!? ナンデ? ケットウナンデ!? 

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