第18話:水と油な天の川




 もうすぐだってのに、全然収まらぬピリピリムード。

 ピクピクと動くこめかみ。


 引き攣るは、端正な笑顔。


 あぁ、今にも爆発寸前だ。


 それは、さながら活火山。

 或いは、満たされ、今にも破裂せんとする風船。


 いや、べつに良いんだぞ?


 爆発してくれて良いんだ。


 

「「……………」」



 俺を挟んでやるんじゃなければ……な?


 

 大所帯でぞろぞろと。

 ウマも馬車も存在せず、整備もされていない道に在って。


 俺を川にでも見立て。

 西軍と東軍で分かれて歩く戦闘集団。

 アウァロン広しとは言え、こんなに愛のない織姫と彦星も居ないだろう。



「――おい、角の。喧嘩売ってんのか」

「何がでしょう? 力の」

「こっち見てんじゃねえよ。喧嘩売ってんのか」

「こちらの台詞です。同じ言葉をつらつらと。我々が駐屯する地へズケズケと踏み込んできて、一体何を企んでいるのでしょうね」



 いや、俺が最初にいたんだが?

 狩猟民なだけに、ブーメランの扱いも上手いと見えるな。


 昨日、景気よく歓待が終了し。


 すぐさま帰路に付いた俺たち。


 夜通し歩いても、コイツ等は元気に睨み合い。

 当然のように付いてくるエリゴス等はまだ一族を残してきているから仕方ないが、なーんでオーガ連中まで一緒なんすかねぇ。


 エリゴスの言葉通り。

 既に、村の付近だし。

 俺達は、すぐに様子に勘付いてやってきた連中の歓迎を受けることになった。 



「――ラグナ……どの?」

「あぁ、ポンドさん。二日ぶりですね。お変わりないですか?」



 ―――いや……変わるな。


 彼の顔が、顔色が悪くなっていく。

 主に、俺の後ろを見ているようで。


 青くなっていく。

 冷静で理知的な彼でも、行軍には随分と面食らっているようで。


 非戦闘者と思えぬ身のこなし。


 血走った瞳に宿る怪しい狂気。


 俺の肩に手を置き。

 彼は、ヒソヒソ声で耳打ちしてきた。



「――力の氏族の方々までッ! 一体、どういう事なのですッ!? 何故貴方はいつもいつもッ!!」

「いや、私に聞かれましても」



 知らねえよ。

 拾っても無いのに、勝手について来たんだよ。


 そちらは、どうでも良いので。


 駆けてきた少女に視線を向け。


 臣下の礼ではないが。

 片膝を付き、目線を合わせる。



「何も、変わったことは無いかい?」

「うん! お姉さんたち優しいし、皆親切にしてくれたよ」



 ……だろうなぁ。


 アレは親切というより。


 忠誠に近いのだろうが。


 何故、村で迫害されていた彼女が、周辺地域で名高い氏族からこれ程までの忠節を得ているのか。

 そこは全くもって分からない。

 シオン自身、あまり分かっていないようだったからな。


 その内、エリーに聞くか。


 なんて考えながら、彼女の頭を撫でていると。

 子供の匂いを嗅ぎつけたか。

 怖い男が、のっしのっしと近づいてくる。


 俺がどいても歩みは止まらず。

 

 ……マジで目的シオンだな、これ。

 お前もそういう趣味なのか?



「よぉ、直接喋んのは初めてだよな」

「――力の氏族さん?」

「おう、ロイドってんだ」

「……………?」

「ま、知らなくて当然だろうが、俺は嬢ちゃんの事はよぉーく知ってるぜ? 是非ともお近づきに――おい、角」

「はい?」



 必要も無いと思ったが。


 やはり、エリゴスが来たか。

 行動が分かり易いというか。

 シオンとロイドの間に割って入った王子は、大根と言える程の素晴らしい演技でもって黒鬼を牽制する。

 


 ―――だが……しかし。



「エリゴス?」


 

 彼女自身はそれを不要と考えているようで。


 後ろから、やや低い声を掛ける。


 うん、怒る姿も可愛い我が子だ。



「エリゴス」

「……いえ。ダメです、シオン様」

「それが駄目です」

「………くっ。少しでも触れてみてください? 斬りますよ」

「おぉ、こわ」



 やりそうなのが、なぁ。

 本当にコイツの忠誠は何処から―――ぁ。



 早速握手交わしてる。



「私はシオン。よろしくね?」

「……………! ――へへへッ。あぁ、よろしく頼むぜ、お嬢ちゃん」



 流石、シオンだ。


 恐れを知らんな。


 そら、見ず知らずの男を家にあげたり。

 恐怖を飲んで支龍の眼前にさえ飛び出すような少女だ。


 最初から、心臓の出来が違うだろうが。


 普通、あの年頃の少女が。

 屈強で牙の生えた巨漢に見据えられたら、逃げるか泣くかで。


 威圧もかかっていただろうに。 


 その程度は問題外ってことか。



 ―――問題なのは、あっちの二人じゃなくて。



「―――むぐううぅぅぅぅぅッ~~~ッ!! ――むむぅ―――ッ!!」

「落ち着けロリコン」



 今にもロイドに跳びかかりそうな男を羽交い絞めに。

 その口を塞いで留める。


 折角シオンに友好的な奴が増えんだ。


 しかも、超が付く有能。

 今は、邪魔しないでやってくれ。



「でも、力の氏族さん……どうして……?」

「所要だ。お嬢ちゃんらの村には元々興味があってな。んで、ダメ押しにあんな噂まで聞きゃあ、来るってもんよ」



 奴は、こちらを向き。

 イノシシのように鋭い牙を見せて笑う。


 ……コイツが敵に回るのは厄介だな。


 やはり、俺もエリーに加わるべきか? 


 だが、状況が良くない。

 何故か村人共も野次馬にやって来ている中で乱闘などしようものなら、折角貯めた好感度が下落だ。



 ―――まぁ、そこ行きゃ……。


 

「早くシオン様から離れてください、下郎」

「お前に指図される謂れはねぇな、角野郎」



 コイツ等同士の好感度は。



 いよいよ、ヤバいな。


 これは、爆発するぞ。


 昨日からそうだったが。

 両氏族長には、ちゃんと考える脳自体はある。


 だが、生物とは本能で行動するモノ。

 大抵の場合は両者が仲裁に入るおかげで下の連中は納得するが。


 コイツ等自身の中では、現在進行で相手への鬱憤が溜まり続けている訳で。


 吐け口がないわけで。



「「―――いい加減にッ―――――ッッッ!!」」



 まぁ、このように。


 爆発してしまうと。



 ……仕方がないので。

 俺が馬鹿共を調停してやろうとした――その時。



「二人共、喧嘩はだめっ」

「「……………!」」



 シオン、さん……?



「皆怖がってるの。エリゴスもロイドも悪い事してないんだから、イライラする必要ないの。もっと仲良くしてください!」

「……はい、シオン様」

「……あぁ。悪かったよ、嬢ちゃん」



 君、やっぱり陛下なんだね。

 あの両者の間に入っていくとか、心臓の出来が普通じゃないわ。


 異を唱える者も皆無の空気。


 覇王の片鱗が垣間見えるな。




  ◇




 帰る自宅があるというのは、やはりホッとする物。

 寛げるなら尚のこと良いだろう。


 村に戻って暫く経ち。

 報告も、ポンドさんが直接行ってくれたので。



 俺は、家でゆっくりと。



 寛ぐ事が出来なかった。



「――んで? んで? それからどうしたんよ」

「相対して、どうされたのです?」

「腹が減ってたから殺った。図体ばっかデカくて、食いでがありそうだったからな」



 語っているのは。


 以前、支龍を討伐した時の話で。


 俺自身、話す気など無かったが。


 こうもズズイとしつこく聞かれては、仕方なし。

 多少おざなりになるが。

 経緯を説明してやった。


 ……まぁ、良いだろう。


 扱いやすいエリーはともかく。

 ロイドは非常に厄介な存在だ。

 下手に敵に回して色々勘付かれるくらいなら、味方にして働いてもらった方が色々と都合が良いというのも事実で。

 頑張って引き込めるように立ち回ることにしよう。



「……何と、もはや」

「―――ハ……ッ――ハハハハッ! お前、やっぱおもしれェなァ!」



 で、呆れる優男とは違い。

 奴さんは、俺の創作法螺ほら話がさぞお気に召したようで。


 大笑いする黒鬼。

 やっぱ、アレと凄く似てんな。



 もしかして、血縁さん?



 およそ無いだろう可能性を考えつつ。

 適当に話を締めに掛かる。



「後は、いつの間にやら村で暮らすことになり、噂が広がる事になり……だ。満足したか?」

「おう、おう――くくッ」


「なら、とっとと次の野営地でも探しに行くといい」

「戻ってくなくて大丈夫ですよ」



 良いこと言うな、エリー。


 俺も言おうとしてたんだ。


 今旅立たれるのは、ちと困るが。

 家に居座られるのも勘弁なので。


 手近で、適当な所に野営でもしててくれやと手を振り。



「おう。んじゃ、そうさせてもらうかァ」



 対するロイドは、意外にも。


 上機嫌かつ素直に立ち上がり。

 エリゴスの事は完全無視という形で、そのまま扉を開けて外へ出ていく。



 聞き分け良いな、アイツ。



「――これで、広くなりましたね」

「そうだな。じゃあ、君もとっとと出ていくといい」



 ようやく帰れはしたわけだが。

 お前が居なくなってくれんと、娘とスキンシップが出来ねえんだよ。

 というか、何でいんの?



 シオンは熱心に本を読んでいて。


 三人の話は難しかったらしいな。



 今読んでるのは―――そうだ。

 彼女と暮らし始めて、暫くしての事だったが。



 ……………。



 ……………。



『シオン。それは?』

『戦士様の伝承! 先生がくれたの!』



 当然の事ではあるが。

 シオンは、全ての知識を自分の経験として得て来たわけではなかった。


 彼女には、色々と知恵を授けてくれた存在がいたらしく。

 家に在った古本は、大体その人物からの貰い物だとか。


 中でもお気に入りらしいのが。


 あのよれよれの絵本なのだが。



『これね? 魔獣の王様を戦士様と巫女様が退治するの』



 彼女から聞いた話は。

 俺がよく知る、ラグナ・アルモスの伝承とそっくりだったんだよな。


 話を聞いて、益々分からなくなったのだが。

 

 あれか……?

 世界がループしている的な?


 当時と同様の本を、現在彼女が読んでいることで。

 存在を思い出した俺は、丁度居合わせている男へと問う。



「なあ、エリゴス。出ていく前にちょっと良いか?」

「え? 出て――何でしょう」

「君は、あの物語を知ってるか?」

「……ええ、良く知っています。というより、私の一族で知らぬ者は居ないでしょうね」

 


 色男は、複雑な表情をしていて。

 その物憂げな顔の絵になること、腹立たしい事。


 だが、確かな事として。


 何か、思う所があると。


 

 ならば、その辺をこの機会にでも―――



「一ノ組、収集完了!」

「二ノ組、収集完了!」

「三ノ組も大丈夫っす」

「―――――おう! ご苦労さん! んじゃ、適当に組み上げるぞぉ!」

「「おおぉぉぉすッ!!」」



 ……………。


 ……………。


 

 何か、やたら騒がしいよな。

 アレは鬼共の声だろうが、人の家の外で何をやってやがる?



「すまない。ちょっと、庭の様子を見てくる」

「――うん」

「はい、こちらはお任せを」



 本当は任せたくなどないが。


 おちおち話も出来ない騒音。

 俺は家のドアを蹴破らんばかりの力で開き、外へ出る。

 


「―――――」



 そして、目に飛び込んでくる山の数々。


 どうやら、色々と収集してきた様子で。


 角材が沢山と。

 石レンガ沢山。

 後は、藁がそこそこ……って。



 ―――あぁ、三匹の子豚さんね?



 待ってろ、いま狼連れてくる。


 ヴァナルガンドの原種がいるかもな。

 連れてくれば、コイツ等のふざけた手の動きも止まるだろう。


 木材が手際よく裁断されて。


 即席とばかりに組み上がり。


 トッテン、カッテンと響く騒音。

 慣れた手つきで魔物皮由来の紙面を広げ、製図を開始している者ども。


 それが何を示すかは。


 心当たりデジャヴしか感じず。



「―――なぁ、ロイド」



 俺は、揚々と指示を出す頭領へと話しかける。



「んん~? どうかしたか? 親愛なる隣人さん」

「随分忙しそうだな」

「おうよ。やる事が山積みって感じだからな」


 

 そうか、そうか。


 そりゃ済まなかったな。

 確認が終わったらすぐに傍の自宅へ帰るからな。



「なぁ、君たち。まさかとは思うんだけどさぁ……?」



 いや、やめてくれ。


 違うと言ってくれ。



 まさか、お前らまで家の真横に住むなんて言わ―――

 


「そうだぞ? 暫くここに住むんだ。建築資材は幾つあっても足りねえだろ?」

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