第17話:力の氏族




 憎々しげに言い放ったイケメンの言葉に。


 俺は、思わず二度見三度見と状況を伺う。


 オーガ種が……?

 力の氏族ってのは彼らの事だったのか?


 魔族という枠で考えていたから。

 完全に、脳内から外れていたが。


 確かに、彼等は剛腕だ。

 力なんて名を冠するには不足も無いだろう。



 ―――だが、あの個体は……。



「爪に引っ掛けろ! 引き剥がせ! のた打ち回る所を数で潰せ!」

「「おおぉぉぉす!!」」



 俺達二人の視線の先。


 前線を駆け巡りながら戦う鬼たちを指揮するように。

 後方で激を飛ばす存在。


 その姿は。

 浅黒い肌に、通常種よりやや細身の躯体。


 動きは遅く。

 どう見ても、戦闘には向かぬ身のこなし。

 そもそも、指示を飛ばしながらも、身を隠すように立ち回る男。



 アレは変異種――黒鬼だ。



 こんな所で鬼野郎の同種を目にする機会があるとはな。

 


「二ノ組! 投網! 三ノ組――掛かれぇぇぇ!!」


 

 だが、貧弱さとは相反し。

 声のデカさは一級品だな。

 そして、指示の正確さも間違いないだろう。


 俺達が来た段階で、戦地は村中へ波及し。

 取るに足らぬ障害バリケードによって何とか堪えていた村は、森側から襲来する魔物を迎え撃つ戦場と化しているが。



「隠れてろやバカ共が!」

「逃げろや、阿呆共が!」


「……こ……腰が……っ」

「―――あぁん!? ――んじゃ、大人しくしてろこの野郎ッ!」



 口調の悪さはさて置いても。


 剛腕をもって怪我人を抱え。

 安全地へと運ぶ見事な連携。

 彼等の多くは、あくまで戦闘ではなく、救助を中心として立ち回っている様子で。


 しかし、戦闘力も一流だ。


 投網が蜘蛛の巣のように張り巡らされ。

 一斉に、縄紐の端を引っ張る鬼の集団。


 個々の膂力こそ大型獣には下回るが。

 何十にも合わさったオーガの剛力は一級品。

 たちまちの内に捕縛されたヌシの熊は、暫く暴れ続けたが、やがて襲い掛かる攻撃に沈んでいった。



 ……………。



 ……………。



「相変わらず、戦うことしか考えてねえな? お前ら」

「そちらこそ。主な戦闘は我らに任せて、後ろでコソコソと。手柄を横取りする事だけは上手いと見えますね」



 小耳に挟んではいたが。


 ああ、これは仲悪いわ。


 曰く、両氏族は犬猿の仲。

 その性質故に戦地で鉢合わせることは数あるが、その度に衝突すると。 


 マジで、今にも殺し合いそうだな。

 

 俺を挟んで……繰り返す、俺を挟んで睨み合う屈強な男達。 


 既に状況は落ち着き。

 怪我人こそ出たモノの、大事に至る事は無く。

 魔物の死骸が撤去されていく中に在って、何故俺を挟んでやる?

 

 何故俺に視線を向ける?



「――なんだ? テメェ。角の連中はガキ以外覚えてんが、知らねぇ顔だな」

「……………」



 黒鬼の性質その物と言えるが。


 やはり、記憶力が化け物だな。

 どうやら、会った有角種――角の氏族は軒並み覚えているらしい。


 だが、ガキ以外―――だと?


 子供を覚えてないのは……アレか?


 敵の仲間は助けたくないが。

 敵として顔を知らないなら、只の庇護対象だから助ける……とか。


 優しい世界の可能性を考えつつも。


 向けられた鋭い視線へと相対する。



「あぁ、初対面だ。私はラグナ。只の流浪者だが、今は西の村に厄介になっている」



 あの集落に固有の名など無いが。


 便宜上、そう呼ばれているとか。


 鋭く細い目で俺を伺う鬼は。

 やがて、思い至ったように頷く。



「……合点がいった。テメェが、そうか」



 それが何を意味するのか。


 分からぬ程馬鹿ではない。



「そういう事だ」

「ふん――ほゥ……? へへへッ……成程なぁ」



 あぁ、むっずいな。


 コイツは、危険だ。


 敵対して、色々暴かれる可能性もある。

 もしも個人情報を拡散なんてされたら、この時代での情報アカウントが存在しない俺は、たちまち数の力で炎上する事だろう。


 どっちかにするなら。


 味方に引き込んだ方が良い……のか?

 鬼を味方にすると、後悔には事欠かんという体験談があるからなぁ。


 悩む俺だが。

 ニヤリと笑う奴の顔で現実に引き戻され。



「俺はロイドだ。一応、力の氏族を束ねる長ってことになってやがる」



 心底めんどくさそうだな。

 本人的には、嫌々やっているといった感じで。


 どういう経緯か知らんが。


 生まれ持った身体能力のまま上に立つとは。

 その辺はアイツと違うか。



 互いの挨拶もそこそこに。

 未だ睨み合う男衆を見て時間が過ぎ去るのを待っていると、やがて村の家屋から一人の女性が進み出て来て。

 


「お待たせいたしました、皆様。この度は、どう御礼を申し上げたら良いのでしょう」



 ―――この女性、何でも村長さんらしい。


 村長を名乗ってこそいるが。

 まだ、かなり若い女性だな。

 これが最年長という事になると……やはり、あの村の爺さんが異常という事になるが。


 それは、やはり。

 あの遺跡とお祈りさんが関係しているのだろう。

 魔物に襲われる可能性が低いという大きすぎるアドバンテージがあるからな。



「―――それで、なのですが……えぇ。その――代表者は、どなたですか?」



 迷うように問いかけてくる女性。

 両氏族は、顔と名が売れていて当然だからな。


 彼女の悩みは、アレだ。


 角の氏族に礼をとるか。


 力の氏族に礼をとるか。


 女村長さんの選択次第では。

 村の滅亡が近くなるだけに、滅多なことはできないと。



 ―――まぁ、この状況へも慣れてるだろうエリゴスに任せるか。



「「……………」」

「……あの……ぇ……? ――ひぅぅぅ……」



 しかし、俺の考えに反して。


 肝心の王子は全く動かない。


 戦士たちの鋭い視線を受けている女性は卒倒しそうな程に怯え。

 意外にも静かに立っていた鬼たちは、居心地悪そうに身じろぎして。


 ……村長への虐めか?


 流石王子きたないな。

 これは、婚約破棄決定ですわ。

 


「―――あの……ラグナ殿」

「ん?」

「何故、名乗り出ないのでしょう」

「ひょ?」

「あぁ。阿呆に同意すんのは癪だが、そうだな。他は角連中しか居ねえし、一応はお前が代表者ってことになるんじゃないのか?」



 ………えぇ……?


 責任だけ押し付ける系?


 大暴れしてたのオマエラだろうが。

 俺なんて、後ろの方でビクビク睨んでただけだぞ?


 新学期の委員長決めのように。

 或いは社長付き秘書のように。

 周りから一方的に責任者認定された俺は、仕方なく前へと進み出ていく。



「はい、西の村より来ました」

「あぁ! 貴方が……っ!」



 まるで救世主が如く。

 今にも抱き着かんばかりにズズイと距離を詰める美女村長。


 パッと手を取られ。


 流し目を送られて。


 

「是非、御礼させてくださいな。村を上げて歓待いたしますわ」

「――は、はぁ」


「皆様も、是非」

「えぇ。勿論、ご一緒させて頂きます。コレ等と別なら」

「随分長旅だったからな。あぁ、出来ればコイツ等とは別の場所で頼むぜ」




 ―――仲悪すぎだろお前等。




   ◇




 災いが、時に恵みを齎すというのは真実だ。


 火山の噴火で温泉地が出来たり。

 大豪雨で枯れた土地が潤ったり。

 いずれそこから産出することになる資源も、大きな名物を生み出す。


 災害とは、ある意味。


 表裏一体と言えるだろう。


 

「――この肉は……クセが……うぅぅぅむ?」

「……ラグナ殿」

「どうにかなりませんか?」


「いつものアレを」

「あの粉、止められないのです」



 黙って食えや、美食家ども。


 これでも充分美味いだろが。


 今回、村が得た恵みはと言えば、コレだ。

 団体様で魔物がやって来た事で、滅多に村人の口に入らないであろう獣肉や、温かな毛皮を多量に手に入れることが出来た。


 そう、熊肉パラダイス。


 ジビエさんは癖がある。


 元々舌が肥えているのか。

 それとも、俺が肥えさせてしまったのか。


 文句とは言わないまでも。

 やや微妙な顔をしている角連中。

 折角歓迎と御礼を兼ねた宴に誘われ、最も上等な食事――捌いたばかりの新鮮な肉で持て成されているのにコレでは、村側へ申し訳ないので。



「だが、あっちの連中は美味そうに食ってるぞ。――負けで良いのか?」

「………む……!?」

「それは……いえ!」



「「―――がはははははは――――ッッ!!」」



 かなーり離れた位置で。

 コイツ等と接触しないようにガハガハやっている鬼たち。


 敗北という言葉に反応したのか。


 角連中は、無理にでも食べ始め。



(本当に、扱いやすくていいよなぁ、この種族は)



 と、口には出せないが。


 実際、その通りだよな。


 エリゴスなどは、何故だか。

 何も文句なく旨そうに食い続けているが――舌馬鹿か……?



 いや、舌というべきか。



「――あの、御代わりは如何ですか? ラグナ様」

「えぇ、えぇ。いくらでも頂きますよ」



 皿ではなく肉厚な葉の上に盛られた豊かな肉。

 そして、豊かなモノをお持ちの美女。



 ―――最高だな。



 村長自ら酌をしてくれるし。

 給仕とばかりに席を回っている村娘さんたちも、美人揃いで。


 有角種も良いモノだが。


 妖魔種美人も良いよな。


 プロポーションが良すぎるし。

 年をとっても、文字通り美人な魔女が多いんだよ。


 ……ただ。

 何か、ちょっと近くないっすか?



「ゆっくりしていってください……ね?」



 あぁ、お誘いだコレ。

 夜中にってやつだわ。

 わーい。俺氏、遂に大人の階段上っちゃ―――落ち着け。


 やる事は終わったし。


 お礼も充分に受けた。


 貸し借りの義理は果たしたと言えるだろう。


 何より、この状況は……そう。

 嫌という程に舞踏会で味わったものと同一で、トラウマが蘇り。


 

「すみません。そうしたいのは山々ですが、留守を任せていますので。落ち着いたところでお暇させていただきますよ」

「……そうなのですか」



 心配なのは、シオンだ。

 大した理由もなく朝帰りなどしようものなら……。


 いや、大丈夫。

 あの子に限って、そんな筈はない。


 魔王とは違うのだよ、魔王とは―――



「おい、そりゃあ俺達んとこに来る筈だったモンだぜぇ?」

「――む……?」

「それは、申し訳ない――もぐ」

「もぐもぐもぐ……」


「――はぁぁぁぁぁ……楽しみにしてたのによぉ」

「返せよぉ……!」

「謝りながら喰うのヤメロ!」

 


 ……今は、まだ小さな火の気だが。


 そのうち爆発しそうだな、アレは。

  


「おい、行ってこいエリー」

「そうですね。では、少し」


「おい、何やってんだ馬鹿共」

「「だって―――」」



 この席で面倒ごとはマズいと。

 それを分かっているからこそ、早めに両氏族の長が仲裁に入る。

 

 んで、俺自身は。


 井戸水をチビチビと傾け。

 同時に、耳も傾けてっと。


 ……流石に、穏便に済ませる脳があって良かったな。

 どちらも最初っから好戦的に行くわけじゃなくて大助かりだ。



「――ちゃんと躾しとけよな」

「えぇ、そちらは申し訳なく」



 むしろ、ちゃんと話し出来ていて。

 両者の間でいざこざは収められ、簡単な世間話のようなモノが始まり。


 問題なく続く会話。



 心配し過ぎなのか? 



「――んで、お前等はいつ野営地に戻んだ?」

「……ふっ」

「何笑ってんだ」

「一緒にしないで欲しいですね。現在、私たちは定住をしているのです」



 マウントやめろバカ……!


 ぜってぇ自覚ないぞアレ。

 アイツはマジもんの天然だから、素でやってるやつだ。



「……へェ、定住……ね。家屋なんか造る脳味噌があんのが意外だが、となると早め……今日中には帰るか」

「――貴方達に関係があるのですか?」


「おう、色々と聞きたいことがあるからな」


「――ふむ? なるほど?」

「お前にじゃねえけどな」

「……………?」

「俺達がこっち側の村へ立ち寄ったのは、アイツの噂を聞いたからだ。お前等が居たのは面倒だが、俺らも西の村までついてくぜ?」



 へぇ、そうなのか。

 アイツ等も、西の村へ……。



「………………ん?」

「「え?」」



 変な会話が聞こえた気がするな。



「何を言っているのですか? 貴方は」

「あ? 遂には言葉も理解できなくなったか? 脳筋野郎が」

「言わせておけば。殺しますよ貧弱」

「蛮族がなんか言ってんなぁ? すまん、公用語で頼むわぁ」



 ……………。



 ……………。



 酒を持ってきてくれ。

 今からでも、それ飲んで幻聴という事にしておきたい。



 ―――やっぱり泊まりで良いですか?

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