第16話:救援の依頼




 仁義なき示談交渉は連日続いた。


 奴らは、シオンの傍にいたい。

 パパは、絶対に近付けたくない。


 肝心の裁判長……村長は双方の話し合いでどうにかしろというスタンスだったので、特に援護を頼む事も出来ず、俺はただ一人奮闘を重ねた。


 時に奴らを落とし穴へと案内し。

 時には飯で釣って落とし穴に案内し。


 またある時には。

 案内せずとも、未完成の罠に引っかかられ。


 俺は気付いた。



 あいつ等、絶対に馬鹿だと。



 マジで警戒心の欠片も無い。


 相手を信用しすぎなんだよ。


 高潔な性格と言えば聞こえは良いが、もしも持ち前の戦闘能力が無かったら、間違いなく早い段階で一族滅亡してたと思われる純粋さ。

 南極のペンギンを思わせるような無垢さ。


 そんなものを見せられて。


 結局、俺も毒気を抜かれ。


 双方が認め合う形――俗に言う意気投合をした末。

 俺たちの交渉は、自宅からある程度の距離を置いて彼らが野営するという事で合意。



 ……した、筈なのだが。



「――おい、エリゴス」

「はい……?」

「何故、君たちは家を建て始めているんだい?」



 マジかよお前ら。

 なに本格的に家造ってんの?


 永住しようとしてんの?


 流浪の民って設定は何処に行った。

 此処へ来るまでに落としたのか?

 なら、俺が拾ってきてやるからはよ旅に戻れや。



 このドジっ子種族どもが。



「もし、ラグナさま。――どうか、お許し下さい」

「我々は流浪の身ですが、時にはこうして腰を落ち着け、子を産み育てる必要があるのです」

「どうか……どうか」


 

 ―――くッ、ダメだ。



 純真な野郎おとこは見ててキモいが。

 女性陣は軒並み美人揃いで。


 しかも、氏族の特徴的に純粋無垢がデフォなので。

 彼女らが平に頭を下げて懇願するのは、男としてはかなりクるものがある。


 だって、男共の理想系じゃん?


 尽くす系の女性ばっかじゃん?


 クッソ羨ましいぞテメェらァ。

 是非、今からでも、女性陣は俺の所に永久就職―――じゃなくてだな。



「分かりました。そういう事なら」

「……ラグナ? 何かだらしない」



 そう言わんでくれシオン。


 これは、男の性なんだよ。


 彼女は「鼻の下を伸ばす」なんて言葉は知らなそうなので、まだセーフだが。

 シオンに軽蔑されようものなら、間もなく俺の魔人生は終わるだろう。


 彼女の注意を逸らすため。


 騒音から耳を避け、俺は中断していた作業へと戻る。



「――ふむ。やはり、ラグナ殿は手慣れていますね。これ程丁寧な捌き方も珍しい。我々も、見習いたい程の腕前で」

「そりゃ、どうも。だが、野郎に褒められても……」

「私たちにも教えていただけますか? ラグナ様」

「はい! 如何様にも!」



「――ラグナ……?」



 なんでだろうね。

 前はこんなじゃなかったのに。


 やはり、任から解放されているのが大きいのだろう。


 騎士としてではなく。

 ただの村人として、彼等と交流する日々。

 ストレスフリーなこの生活は、昔の――まだ人間だった頃の俺の性格が出やすくなって。


 魔人になってからは。

 親しい友人たちとしか素で話せなかったから。


 そう言う意味では。

 今の俺は、大分気が軽いのだろう。


 アメリカのホームパーティーのように。

 周りを沢山の者に囲まれながら、ゆっくりと切り分けた肉を炙っていく。



「「……………」」



 ………なぁ。


 お前らさぁ。


 何時まで見てるんだ?

 というか、いつまで座ってんだ?

 俺並みに拙い建築はどうした。早く、続き始めろよ。



「実に、いい香りですね?」

「あぁ、スパイスの絶妙な配分を知ってるからな」

「……美味しそうです」

「凄く、凄く……旨そう」

「ふふ、そうですね。これ程のモノとなると、旅中では決して――ねぇ?」



 ……………。


 ……………。



「良かったら、食っていくか?」

「「―――良いんですか―――――っ!?」」



 「良いんですかぁ?」じゃねえだろうが! 天然どもォ!

 んなじっと見つめられて、集中できるか!


 マジ、アレだぞ?


 シオンが怒るぞ?


 うちの魔王様は、怒らせたらそりゃあ―――



「ふふふ……。姫巫女様、とても可愛らしくて――頬も……まぁ……!」

「なんて弾力なのでしょう」


「――ふぁぁ」


「凄く、愛らしいです。髪もサラサラで……」

「伝え聞く月、そのままですね」

「シオン様? この干し果物も美味しいですよ」


「――んん……む。美味しい!!」



 ……………堕ちたな。


 撫でられ、頬をモチモチされ、餌付けされ。

 完全に可愛がられている。


 悪意もないし。

 同性だから、全く遠慮なく触れあっていて。



「姫巫女様――いえ。シオン様が心配ですか? ラグナ殿」

「……いや、大丈夫そうだ」



 あの様子なら、問題は微塵もないだろう。

 面識はある筈なのに、初めて触れ合うみたいな様子に違和感は覚えるが。

 


 ……ゆっくりと火が通っていく肉たち。



 燻り、ちらつく炭火の先。


 煙の向こうに、影が見え。



「やぁ、ポンドさん。どうかしました? お肉食べます?」

「――いえ。急ぎの用です」 



 「はぁ…はぁ…」と。

 息を切らせてやって来た男。


 彼は、村長の血縁の村人。

 あの時の第一村人だな。

 最近では多少仲良くなった気がするのだが、こちらへ来るのは中々珍しく。


 その数少ない来訪は。


 大体、一つのことで。



「村長から、言伝を預かってきました」



 こういう役回りが多いが。

 本当に、今回ばかりは切羽詰まっている様子だな。



 ―――まさか、またトカゲか……?



 ……………。



 ……………。

  


 ―――ふ、むぅ。


 成程、なるほど。


 この場に居合わせた者たち。

 エリゴスを始めとした角の連中。そして、俺とシオンは彼の話を咀嚼そしゃくした。


 肉と一緒に、噛み噛みごっくんと。

 報告しながらそれを見せつけられるポンドさんは、拷問にも等しい時間を耐え続けた。



 ―――で、話の内容は。



 村長の小言……ではなく。


 予想内の魔獣関連だった。


 曰く、近くの集落から、救援の依頼があったという事で。

 

 この一帯には、幾つかの村がある。

 比較的拓けた地域ゆえに、獲物も少なく、魔族も獲物としては割りに合わず。一種の棲み分けが成されている影響で、魔獣が集落を襲いに来ることはかなり珍しい事らしいのだが。


 ごくごく稀に、こういう事もあって。


 生存闘争に負け、住処を追われたか。

 もしくは、による行動の操作が行われたか。


 何にせよ。

 村同士は緩やかな助け合いを行っているという事で、求められた救援には行かざるを得ないと。



 如何に、戦闘能力がなくとも。



 それが、村々の繋がりだしな。



 ……まあ、幸いなことに。

 今はちゃんとした戦力がある。

 恐らくは、村長もそれを頼って使いを出したって事なのだろう。



「――断っておきますが、これはとても危険なお願いです。それでも、行って頂けますか? ラグナ殿」

「あぁ、わかりまし――ん?」

「では、我らも参りましょう」 

「長、私たちは動ける戦士たちを連れてきます」



 え? 何故に、おれ……?


 そこに戦闘民族おるやん。


 何故に俺が行くことになってんだ?

 村の保有戦力だと思われてる?

 確かに魔族は庇護対象だし、出来る限り助けたいとも思うが、それでも俺の最優先はシオンで、越えられない壁の下にソレがある。


 俺自身はその次、三番目だが。


 彼女を残して、俺が何処かへ行くなど……。



「行ってらっしゃい、ラグナ」

「………あぁ、君もか」



 後に残った者たちと待つ間。


 俺へ優しく耳打ちする少女。


 ……瞳に映る信頼の色は強く。

 全幅と言える程に、信じてくれているのが分かって。



「――なぁ。君たちは、此処に残るのだろう?」

「「はい」」


 

 武装する様子のない女性たちへ話しかけ。

 俺は、一つ任せてみる事にした。



「シオンを、頼めるかい?」



 彼女を一人にはしたくない。


 もう、二度と。

 孤独に戻してなるものか……そう思っての事だったが。



「―――は。命に換えても」

「我々が、命を賭して、シオン様をお守りいたします」


 

 おっも。

 何なんだよコイツ等。


 口々に、命がどうたら。

 軽すぎんだろ君らの命。

 本気で言っている様子なのが、むしろ怖い。


 

 本当にやろうものなら。



 ―――いや、やはり。

 俺は、この村に残るべきじゃないのか?


 そう考えながら火に当たり。


 友軍の長が戻ってくるのを待っていると。



「お待たせ致しました、ラグナ殿」



 完全装備王子様、降臨。

 

 物珍しい白の革鎧に、染色したと思われる藍の外套。

 白馬は何処に置いてきた?


 こちらへと歩み寄り。

 自然に笑顔を見せるエリゴスは、今までとは異なる攻撃的な笑みを湛え、俺へと言い放つ。



「ラグナ殿。貴方の実力、ここで測らせて頂きますよ」

「……そうかい」



 これは、ダメだわ。

 今更行かないとは言えない。



 あと、どうにもライバル視されている気が?




   ◇




「――――グルルッ……!」

「グルル……ガルルルルルッ」

 


 その群れは、大型の熊で形成されたモノ。

 俺が見た事のない種類だが、統率しているらしい個体は、バックドベアーの原種っぽいな。


 瞳に幻覚作用があって。

 まともに視線を合わせると危険な魔物だ。


 だが、種としては能力型。

 膂力での戦闘というよりは、特殊能力で生き残るタイプ。


 闘争には弱い部類の魔物で。


 生存競争の末に流れた口か?



「――これは、只の魔獣だな」

「はい。特に指向のようなものを与えられたわけではなさそうですね」



 聞いた話では、支龍は全部で四個体。

 それぞれが特異な能力を保有しており、全ての個体が魔獣を完全に操ることが出来るという馬鹿げた能力を持っているらしい。

 今回はその手の操作が働いたわけではなさそうだが。


 ………恐らく。

 普通に腹が空いたから村を襲ったとかだろう。


 因みに、俺が戦った支龍の個体。


 氷のような鱗を持つ龍。

 支龍コキュトスは、無限の再生と、相手を身体の内側からズタズタに引き裂くとかいうヤバい特異能力を持っていたらしい。



 一回も見た覚えがないのだが。


 もしかして、最後のアレとか?


 勿体ぶったまま死んじゃった?


 確かに、俺の攻撃は不意打ちみたいなところがあった。

 言うなれば、主人公が物語の最後に使う必殺技を、何の前触れもなく使ったような感じだったが。



 ……今更可哀そうになってきたな。



 哀れ、コキュトスよ。


 どうか安らかに眠れ。



「急に瞳を閉じて――どうかしましたか?」

「いや、私の出番はなさそうだな……と」



 エリゴスの言葉に首を振るが。


 事実、彼等角の氏族の戦闘力は確かで。

 完全に魔獣と戦う為に鍛え上げられたようなアクロバティックな動きで敵を翻弄し。


 対一でも能力に勝り。


 増してや連携も上だ。


 油断も慢心もないみたいだし。

 能力頼りの魔物たちが勝てる要素など、微塵もないな。



 ―――不測の事態が起きない限りは、だが。



 一人の有角種の戦士が魔物を斬り裂き。

 敵を真二つに分けるが。

 運悪く、その後方からコンニチハしたバックドベアー擬きと視線が合い。


 くらんだ目を反射的に抑える。

 

 足が固定され、動けなくなる。



 その一瞬が隙になり。



「……………ぁ――っ」

「グルルッ―――グアアァァァァァ!!」



 主を守って貰ってんだ。

 代わりに、こちらも手助けくらいはしないといけないよな。


 俺は、大熊を睨む。


 そう、睨むだけだ。


 相手が知能型なら対策もあるかもしれないが。

 野生の魔物は、ほぼほぼ本能型であるから、殺気の籠った気配を送るだけで充分に効果的。



「―――グアァァァ―――ッ!?」

「とま……今ッ!」

「援護! 急げ!」

「―――私が――相手だ!」



 生き物が持つ反射という性質。


 一瞬の硬直が生まれ。

 その間に距離を詰めていた味方たちが、注意を引きつけると……ぁ?



「――――――ッ―――ッ!!」



 お前も反応すんのかいィィ!


 エリー? エリゴス?

 お前もしかして、その顔で本能型の脳筋か?


 俺と熊のちょうど中間。

 他の者と同様、仲間の助けに入ろうとしていた彼は、偶々俺の殺気にあてられたようで。



「……………ラグナ殿」

「ん?」

「………いえ、感謝します」



 さて、何の事やら……と。

 気恥ずかしくなり、という訳でもなく視線を逸らし。

 

 俺は、やって来るであろう気配へ。

 深い森の方角から近付く一際大きな気配へと意識を集中させる。


 飛び出してくるのは。


 同じく熊型の魔物で。


 そいつの身体は先程の大型個体よりも明らかに大きく、およそヌシと呼べるものだが―――しかし。



「―――グルァァァァ――――ッ!?」

「暴れんなぁバッキャロぅ!!」



「……何だ、アレは。どういう状況だ?」

「……あれは、よもや」



 その背には、声を張り上げる大柄な人型。


 ロデオのように、乗る影があり。


 飼いならしている様子ではない。

 むしろ、原始的な狩りとでも言わんばかりに荒々しく揺られ、振り落とされそうになりながらも背中に食らいつき。


 刺す、刺す、刺す。


 熊の背中を、何度も鋭い得物で切りつける。

 俺達がそんな光景を見ている間にも、続々と同様の姿を持つ人型が森林から現れては。


 突撃とばかりに。

 巨大なヌシへと、屈強な筋肉集団が飛び掛かっていく、投網が飛ぶ。



 オイオイ、マジか。



 アレって、オーガ種―――



「―――アレは……力の氏族たちですか……ッ!」

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