第15話:角の氏族




 なんて恐ろしきロリコンだ。


 ここまで役に入り込むとは。 


 挨拶をしながら、俺たちの前へ片膝を付いた男。


 シオンは、中々微妙な顔をしている。 

 どうやら、彼女自身は。

 女性が夢想するお姫様願望のようなものを持ってはいないみたいだな。



「「……………」」



 村人共の視線が痛すぎるが。

 それにしても、このロリコン野郎。



 ―――強いな。

 


 動けるロリコンとは、かなり厄介だが。


 それよりなにより。



「ラグナ……?」

「いや、大丈夫だ。私がいる」




 ――――いけ好かねェェェェェ―――――ッ!!




 なんて眩しいイケメン野郎なんだ!


 金色の長髪は輝かんばかり。

 魔族特有の紅い瞳は透き通るよう。

 青白くもがっしりとした細マッチョボディに、立派な一本角。 


 ……とんでもない美形だ。


 白馬でやってきそうだな。


 向こうが主人公なら、俺は悪の手先か?

 ライバル的なやられ役か?


 やられるくらいなら。


 ―――いっそ、此処で始末してやろうか?


 俺がそんな事を考えている間に。

 王子は跪いたまま、シオンの手を取ろうと手を伸ばす。


 そう、手を伸ばす。

 

 ―――え……なに?



 君、ガチのロリコンだったり?



 じゃあ、ダメだわ。


 パパが許しません。


 俺は、シオンを隠すようにして前へと立ち塞がり、いけ好かない男の瞳を覗く。

 やらしい視線を向けているわけでは無いな。


 コイツ、天然か?


 嫌みが加速するじゃねえか。


 今すぐ失せろ、目が肥える。



「―――ふむ……?」



 今の今まで眼中にもなかったのか。

 ロリコン王子は、ようやくこちらへと視線を向け。

 


「貴方は、初対面ですね。村の者なら、私は知っている筈です」



 嫌みを感じない程度にマウント芸。

 

 ある程度村との繋がりがあるのか。


 それを匂わせる発言。

 魔物を狩りつつ旅をしているという話も頷けるな。


 戦闘民族――有角種。


 彼等の生業は、狩猟。

 魔物の被害に遭った村々を廻り、討伐の報酬を得て生計を立てているとか。


 それは、想定内の情報。

 だが、聞き齧った話の確認が取れたので、こちらからも言葉を送る。

 


「そうだな。私は旅の者だ」



 敬語だと?


 知らんな。


 よそ者には強く出る。

 これは、小物の常識だ。

 相手の立場が低いと判断したなら、思い切り強く出ろって死んだじっちゃが言ってた。


 実の祖父とかじゃなく。

 尊敬する元侯爵貴族様(故)なんだけどさ。



「………ほぅ……よもや」



 俺を検分するように眺めていたイケメンは。


 やがて、納得したように頷く。



「では―――貴君が、かの支龍を?」



 ………おい。


 話が広がってたのか。


 どういう情報網だよ。


 村の連中に聞いたにしては違和感があるし。

 何処で仕入れたのかさっぱりな収集能力だ。


 ……だが、まあ。


 隠す必要は無い。


 むしろ、言ったほうが後の牽制にもなるだろう。



「ああ、そうだ。私が屠った。多少手こずったがな」

「……ふ。多少、ですか」



 何笑ってんだ。


 サマになるじゃねえか嫌みか?



「では、改めまして自己紹介を。私の名はエリゴス。角の氏族、アインハルトの長です」



 ……………!!



 おい、マジかよ。


 確かに、これは。


 お上品な騎士様ってよりは……戦士、だな。

 んでもって、アインハルトと来たか。


 その言葉を理解した瞬間。

 俺の中で、目の前の男へ対する警戒が何段階も下がっていく。


 何代前の当主かは知らんが。


 その面影は、確かに重なるところがあって。


 誰も知らぬ場所で。

 思いがけず、友人に出会った時のような心境に、言葉が詰まり。



「―――その……何だ。まぁ、よろしく頼む」

「はい。こちらからも」



 握手は基本。

 この世界でも当たり前にある。


 多少意味合いは違うがな。


 挨拶を交わした彼は、暫く俺と視線を合わせ。

 やがて、こちらを伺っていた氏族の者たちを呼ぶと、村の方へ視線を送りながら口を開く。



「では、失礼いたします。村長へ、挨拶に行かねばならないので」



 律儀な奴らだ。

 そういうとこ、変わらんな。


 男女、各々が荷物を持ち。

 ぞろぞろと村の方向へ歩いていく連中。

 見物に来ていた者たちも、一緒に戻るみたいだな。



「では、また会いましょう。姫巫女様」

「………うん」


 

 うわ、微妙な顔。

 聡い幼子が、無理して祖父母に愛想笑いする感じだ。


 だが、これはこれで良いな。


 パパ、凄くカメラ欲しいよ。


 太陽みたいな顔面でくらんだので。

 俺は、完全に視線をシオンへと戻していたが。



 ―――すれ違う瞬間。



「我々も、暫くこの地へ滞在させていただくことにしますよ」



 不穏な一言を残して。


 彼等の長は、一足遅れて村の方へと向かって行った。




   ◇



 

 ……………。



 ……………。



 んん、良い育ちだ。

 ここ数日は特に気象が穏やかだから、土の具合も……うむ。


 地上の太陽と邂逅してから半刻程。


 俺は、自宅の庭を手入れしていた。


  

「土壌が良いから育ちも良いし、順調なのも気持ちがいい」



 職業が職業なだけに。

 今まで、あり得なかった事だが。


 案外、土いじるの好きだな、俺。


 村人に基礎を学び。

 軽く始めた程度の児戯みたいなものだったが、やり始めたらとことんやる性分の影響か。


 菜園がとても楽しく。



「うちの子も、好き嫌いしないしな。作物の作り甲斐が――っと。そろそろ、シオンも遺跡から……ん?」



 待ち人は可愛い主様なのに。

 俺が、一度腰を上げる頃に現れたのは。


 エリゴスと名乗った有角種で――何故か、肩を怒らせている。



 いや、待て、落ち着け。



 まだ、俺に用があると決まったわけじゃない。

 多分、お隣さんとかに用があるんだろう。


 何故か寒気を覚え。

 

 俺は、家の軒先で。


 出来る限り端の方に小さくなり。

 奴が過ぎ去るのを待とうとした……が。


 彼は当然のように俺の目の前で足を止め、何を言うでもなくジッと見つめ始める。

 

 恋は始まらんが。


 やがては、逸らした視線も合い。



「「……………」」



 え、なに……?


 何なのマジで。


 きみ、さっきと違くない?

 さっきってより、殺気なんだけど。


 射殺さんばかりなんだけど。


 俺、またなんかやっちゃいました?

 謝るんで許してくれない? イケメンの怒髪天はフツーに怖いんだよ。



「―――名を……」

「はい?」

「名を。直接聞いていませんでしたね、流浪者殿」



 ………は?


 それだけで、おこなの?


 礼儀に厳しすぎるだろ。


 頭の中は疑問符で一杯になっているが。

 他の事を聞いたりできるような雰囲気でもないので。


 仕方なく、二度目の邂逅で。


 俺は自己紹介を開始する。



「その件は、悪かった。私はラグナ。今はこの村で厄介になっているだけの流浪者だ」

「……そう、ですか」



 うん、そうなんだよ。



「―――ところで」

「はい?」

「貴方と、あの方が同じ屋根の下にいる――というのは、真ですか?」



 ……ああ、そっちか。

 つまり、エリゴスなにがしが肩を怒らせている理由は。


 奴が知りたかったのは。


 ……羨ましい、ってか?

 

 やっぱりロリコンじゃねえか。

 


「あぁ、本当だ。古いものを建て替え、今はこの家で一緒に暮らしているが――問題か?」

「……貴方は、流浪者なのでは?」

「そういう扱いだな」


「では、何故定住を」



 随分と斬り込んでくるイケメン野郎だが。


 よもや、村長の差し金か?

 何時までも滞在している俺に、そろそろ業を煮やしてきたとか。


 だが、もうかれこれ三か月ちょっとにもなるし。

 俺も、ちょっとした考えくらいは出来ているさ。



「私の目的は単純だ。この村を、ちょっくら大きく……いや。ここに、都市を創りたい」

「……都市?」


 

 ここが本当に過去の世界だというのなら。


 いずれは魔皇国が出来るのだろう。


 だから、俺がやってやろうってな。


 どちらにせよ。

 このままなら、遅かれ早かれ魔族は

 


「それが不可能と言われていることを知っていて、ですか?」



 ああ、そうだとも。


 奴の言う通りだ。


 現在、魔族領土に国家は無い。

 どころか、都市もない。

 西側の情報が全くの不明という事からも分かるが。

 ごく小規模の村が緩やかに繋がり、何とか生存しているだけ。完全な袋小路と言える、破滅の未来しかない状態だ。


 何せ、敵は不滅。


 魔物―――魔獣は強大無比。


 統率個体である【支龍】は死なぬ存在。

 仮に多くの犠牲を払って魔獣に打撃を与えることが出来ても、それらを操れる個体を殺すことが出来ない以上、必ず再生して戻ってくる。


 言わば、永遠の負け戦なんだ。


 何とか現状を維持するほか、選択などない。




 ―――が、それは今までの話だ。




「勿論、不可能らしいというのは知っている」

「………ならば」

「だが、私ならやれる。奴らを殺すことが出来る」



 さっきの件を、考えてみた。


 んで、あっさり納得できた。


 絡繰りは誰も知り得ぬが。

 、不死身の支龍を殺せる者が現れた。


 そんな話が。

 広がらないほうがおかしいんだよな。



「全ての支龍を殺し、【魔獣の王】を完全に滅する。それが、私のやるべき事。だが、その為には装備も協力者も少な過ぎる」

「……………!」

「だからこそ、ここに逗留し、待ってたんだ。噂を聞いて、君みたいな戦士が来るのを」



 一応、ここ迄は計画通り。

 村が大きくなればなる程に他の場所から民が集い、やがては技術も武力も得られると。


 ずっと考えてたんだ。


 ちょっと早過ぎるとも思ったが。


 早いに越した事は無いんだしな。



「……すべきことがあるので、失礼いたします」



 だが、俺の話が終わるが早いか。

 エリゴスは、足早に振り返り。


 スタコラと去っていく。



 ……………。



 ……………。



 何だったんだろうな、アイツ。

 というか、何処に滞在するのやら。


 まあ、何はともあれ。


 気になる事が、一つ。


 今が何年前なのかという事。

 陛下が千歳越えの化け物だというのは知っているが、俺は正確な歳を知らなかった。


 むかし聞こうとした時、半殺しに遭ったし。



「それとなく聞いてみるか? だが、殺されるのは……お」



 トラウマを思い出しながら土いじりを再開するが。

 すぐに、足音が聞こえて来て。


 シオンが、てくてくと。


 お勤めから戻ってくる。


 ……かつては殺されかけたが。

 今の彼女が、そんな事をする筈はないよな。



「只今、ラグナ」

「お帰り。……なぁ、シオン」

「んん~?」

「君は、自分の年齢とか分かるかい?」



「……………? ……十歳……とか?」



 うわ、ようじょ。

 

 正確な歳が分からないのは仕方なしだが。

 それでも、10歳前後とか犯罪そのものだろ。


 こんな少女の手を取ろうとしたロリコン野郎が居たってマジ?

 やっぱりイケメンに人権とか無いだろ。


 都市計画に予定追加。


 牢の作成も進めるか。



「ラグナって、何歳なの?」



 ……未来を見据えた俺の考え。

 しかし、それは隣の少女に裾を引っ張られたことで霧散する。


 ……………。


 ……………。


 え、なんて? 聞こえない。



「ちょっと答えにくい」


「……もしかして、おじいちゃんなの?」

「―――ガハッ―――――ッ!!」



 聞かないで。

 俺はまだナウなヤングで………フッル。


 めまいがする。


 吐き気がする。


 視界が明滅し、外界の情報が不鮮明になる。

 まさか、幼子にジジイと言われるのがこれ程堪えるとは……あ、やめて、揺すらないで。



「―――ラグナ――ラグナぁ!」



「追い打ち、止めて……」

「違くて……っ!」



 良いんだ、良いんだ。


 どうせ、俺は年寄り……ん?


 涙声のシオンに何度も袖を引かれて。

 俺は、ようやく現実へと目を向けるが。



「―――では、こっちだ」

「「承知」」

「間隔を空け、野営に備えた陣を」



 ……………えーと?


 何やってんの君達。



「すみません、姫巫女様、流浪者殿。こちら、失礼しますね」

「「え?」」



 慣れた手つきで広げられるテント。

 大小、さまざまな形の簡易住居。


 数十にものぼる数のソレは。


 次々と広がっていき。


 ―――自宅周辺には、瞬く間に包囲網が完成して。

 

 

「……ラグナぁ……!」



 で、当然な事に。


 我が主様は涙目。


 包囲網の完成に怯え切っている。


 当然、俺も戦慄している。

 だが、俺は騎士として主の求めに従う訳で……やるしかないだろう。



「だ……だ、大丈夫だ。今に私が村長に掛け合って――」




 プライバシーと日照権の侵害で訴えてやる。

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