第13話:龍狩りの騎士
森へ向かって―――気配へ向かって、走る。
鎧を纏う必要は無い。敵が大型なら、身軽で機動力に優れる方が良いからだ。
凶暴化した魔物を斬り裂き。
立ち塞がる怪物を刺し貫く。
まるで、キリがないが。
この拭えない違和感は。
「――やはり……か?」
操れるのか? 魔物を。
それ等は、只一つの方向へと。
俺がやってきた方角を目指し、一直線で。
当然、その直線上に存在している俺の事も遠慮なく襲ってくるわけだから……。
もしも、村へ辿り着けば。
どうなるかは分かり易い。
こういうのを。
よくある小説とかでは―――何だっけ。
読んだのも大分昔の話だから、そろそろ容量が……そう、【スタンピード】だ。
そして―――あぁ……成程。
近付いてくる。
その巨大な圧。
この気配を、俺は知っている。
肌がヒリつくような、ドス黒い魔力反応。
よく知っている気配とも。
嘗て相対したモノとも酷似した気配。
ならば、俺が紡ぐ言葉はこうだ。
「―――よぉ。調子はどうだ?」
「……………」
前は言葉の途中で爆裂したが。
今度は、しっかりと言えたな。
そこには、確かなバケモノがいた。
地竜種に多い傾向の太い四足。
翼のようななモノは存在せず。
氷晶の如く、硝子の如く……凍てつくような蒼の鱗で全身を覆われたソレは、芸術品の如き美しさを纏っていながら。
漏れ出る瘴気は醜悪も醜悪で。
「―――貴方が支龍サマ――で、宜しいよな?」
「……………」
やはり、竜などとは違う。
どころか、比較にならない存在だ。
―――コイツは、言葉を理解している。
そして、俺を測っている。
まるで自身を畏れない不遜なサルを、見下しながらも警戒している。
その、血のように朱い瞳で。
「……………」
「どけってか? 生憎、大回りの帰宅兼、食糧調達の最中でね。丁度いい肉が落ちてんだから、回収しない道理はないだろう」
「――――ッ――――!!」
あ―――怒った。
短気すぎないか?
龍って種族らは。
本当に、俗界から離れて仙人のように暮らしている種族なのかと、疑問すら覚えるぞ。
「―――っと――これは、ご立派ぁ―――っとッ!!」
鈍重さを感じる両脚が。
一瞬で振り下ろされる。
マジで、一瞬だ。
ギリギリ、こちらの生成が間に合うような速度で。
冷や汗をかく間もなく。
俺もまた、対抗するように。
「「……………ッッ!!」」
おいおい、めっちゃ硬いわ。
しかも、やっぱ重いわ。
もしも形状変化をしてなかったら、対抗手段なかったかもな。
大地が途端に波打つ程の衝撃。
魔物共は既に逃げ去っていて。
そのままだと、膂力とエネルギーの差で潰されるので。
鎚を脚と大地とのつっかえ棒としてバックステップで脱し、すぐさま槍の形で生成した“
二撃目、三撃目のスタンプと中空ですれ違ったソレ。
光の速度とまではいかないが。
音速くらいは軽く超えているだろう槍は。
―――地を
「――――アァァァァァッ――――――ッッ!!?」
そりゃ、痛いだろうがな。
でも、痛いだけ……だろ?
どす黒い体液が流れ出て。
「おぉ、やっぱり」
しかして……その肉体の大穴は―――ッ。
「―――ラグナ! ダメっ―――――ッ!!」
◇
生物の穴が塞がっていく貴重な光景を見る間もなく。
俺は、全力で両足を駆動して。
同時に動いた存在と競り合い。
決して負けられないレースを行う事となった。
「――ラグナ! ダメっ! 支龍さまは―――ひゃぁっ……っ!」
「――――――」
シオンが現れた瞬間から。
奴はすぐさま狙いを変更。
やはり、目的は……クソッ。
―――それは、さながら隕石の衝突。
アホかと思う程の地揺れと砂埃が巻き上がる中。
俺は、主を包み抱えて。
土の上を転がっていき。
態勢を整えて身を起こし。
すぐさま、村の方角から遠ざかるように逃走。
やはり追いかけてくるバケモノから逃れつつ。
少女に怪我がないかを入念に確認する。
「―――ッ―――シオン、大丈夫かい……?」
「……ラグナ……」
「お留守番は?」
「―――ゴメン……なさい」
来ちゃったもんはしょうがないが。
奴の狙い的に、マズいな。
どうやって少女を守りながら……っと、あぶな。
追い付かれてはいないが。
四方から、魔物が牙をむき。
命令されたかのように俺たちへ捕食目的ではない突進を繰り返し。
同時に、後方からは。
巨大な岩が幾度となく飛んで―――違う。
岩ではなく。
水晶の様な―――氷か……?
「―――あぁ、氷の塊か。やはり、逃げてるだけでは、駄目か」
「―――ダメっ! 駄目だよっ!」
「……大丈夫だ」
「戦っちゃダメ!! 誰も、支龍サマは倒せないの! 絶対に、傷つける事も出来ないの!」
懇願するように、縋るように。
失う事を恐れるように抱き着くシオンだが。
分かってるさ。
不死身、だろ?
さっきので大体わかるし。
もう、散々見てきたんだ。
俺だって、あんなのと戦うのは御免被るが。
……だが、残念な事に。
兵隊ってのは、怖い、怖くない……知っている、知らないで敵を選べない。
自分の持てる全てを賭けて国と主を護るのが仕事だ。
「大丈夫、シオン。大丈夫だ」
だから、俺は。
少女の背中を撫で、言い聞かせる。
「……ダメ……ダメ」
「大丈夫。私を――君の騎士を、信じてくれ」
「……………!!」
何を言ってるか分からない?
そうだろうな。
俺も分からんし。
何なら、事案だ。
追いかけてくるやつも警察ではなく、恐らく同業者だろうが。
だが、一つだけ言えることがあるとするのなら。
彼女のためであるのなら。
俺は決して諦めはしない。
半生の中で何度も千切れて爆散した腕や足など、今更どうなっても動揺せず、武器がないなら作るだけだ。
そう、こうやって―――ほい、槍。
片手で少女を抱きかかえつつ。
もう一方の腕で、後方の支龍へとそれを投擲。
頭部を貫く一撃。
奴は避けようともせず。
弾ける一部分の氷晶と、肉塊。
その間に、横を大回りで抜け………。
森をグルグルと、先程の戦闘区域へ戻ってきた俺は、落ちている大鎚を薄く組みなおし。
即席のシェルター完成……っと。
本来は盾のカタチを想定しているが。
小さな少女なら、ギリギリ隠れられる大きさだろう。
「さぁ、ここに。絶対に、出てきちゃダメだよ?」
「……………うん」
「いい子だ。すぐに――」
『―――邪魔立テスルナ、定命ヨ――――!』
……はい、どなたで?
『我ガ喰ラウハ封印ノ巫女ノミ。不純ナル成リ損ナイナド不要デアル』
「……ラグナ?」
俺は、思わず目を見開くが。
傍らに隠れ始めた少女は首を傾げていて。
シオンは、聞こえていない……?
つまり、脳内に直接ってやつか。
およそ、考えうる発信源。
テレパシーなんぞ飛ばしてくるような化け物は、すぐに地を揺らし現れて。
「――お前、だよな?」
「……………」
「ふざけんなよ? こっちは、国家ぐるみでソレ開発してんだぞ」
―――念話の件はさて置いて。
シオンには、聞こえないと。
それはそれで都合がいいな。
なんせ、コイツは。
支龍は、どういう訳か、俺がどのような存在であるのかを理解している。
「不純なる成り損ない」
それは、つまり。
俺に流れる劣化した血液。
シオンに向かって一直線に行動していた龍は、ソレを感知することが出来る。
当然、彼女の血を持つ俺の事も。
しかし、俺に対しては引けと。
何時でもやれるとか。
興味ないとか種類があるが。
ある種の情けを掛けてくれているのかもしれない。
だが、俺としては。
知っていて、喋れるような奴が生きているのは非常に都合が悪い。
村にのっしのっししてきて、ベラベラ言い触らされても困るしな。
という訳で、答えは……。
「まあ、愚問だな。俺は、彼女を護る為にいる。それに――トカゲを斬るのは初めてじゃない」
『………キサマ』
前に尻尾斬り落としたし。
嘘は言ってないぞ?
「あぁ、ついでに切れ端を踏み付け―――」
『我ヲ、支龍コキュトスヲ愚弄スルカッ!!』
「―――――アァァァァァァァァァァア―――――ッッ!!!」
「………ッ……!!」
一々デカい声で叫ぶんじゃねえよ。
ウチの子が起きちゃうだろうが、怖がってるだろうが。
響く声と共に。
辺りに轟く龍の大咆哮。
その圧を受けた少女は、狼狽したように青ざめた顔で。
悲鳴を押し殺して。
口を押えて、蹲る。
一応土属性の“葉隠し”も使ってるし。
見つかってないと思うんだが……どうだ?
「―――喋る厄災……お名前付き、ね」
……支龍コキュトス。
それがあんたの名と。
随分格好良いじゃないか。
名付け親は、俺と違って良い
「良い
『――――キサマァァァァァア――――――ッッ!!』
咆哮と同時に繰り出される、地を抉る氷の
俺達の住居ほどもある氷の塊が。
それこそ、
爆裂する。
小刃とばかりに降り注ぎ、目に付く全てを貫く。
回避する。
回避する。
両断も出来るだろう。
小刃くらい当たっても平気だろう。
だが、何が仕込まれているか分からない以上、落ちている物は拾わない主義なんだよ。
……………。
……………。
足りないのは、決定打だ。
斬っても斬っても死なず。
高尚な聖剣はなく、一撃必殺の聖なる技は使えない。
刻印もない、ゆえに一撃必殺の邪道な技も使えない。
なら―――どうする?
答えは既に出ていて。
「――――終わりにしようか」
突き進むままに、右手を突き出し。
両刃の刀身。
ずっしりとした柄の質感。
慣れ親しんだ形状を取った武器を手に。
俺は、地面を蹴って。
奴の正面へ突撃する。
その間に。
支龍は、咢を広げ……先の礫とも違う、蒼く輝くナニカを放とうとしており。
『―――――愚カナ定命者ヨ! ココデ去ネ―――ッッ!!』
うるせェな。
定命定命騒ぐんじゃねえ。
お前らみたいなのを、世間様では老害ってんだ。
不死身の存在?
強大な怪物?
破壊の化身?
悪いが、そんなのはお国で見慣れているんだ。
何時までも生に―――あんな小さな少女に執着してんじゃねえぞ。
クソトカゲが。
「定命がお嫌い? 結構。では―――もっと嫌いにしてやるよ」
話している間に、俺は己の肉体を操作。
あるモノを一か所へと集め。
左の腕は、既に大小無数のドス黒い管の筋に支配されていて。
腕を掻っ切る。
血が舞い散る。
そして、黒血迸るその腕を。
切り裂き開いた奴の傷口へと、思い切り突っ込み―――水属性の応用と打ち込んだ。
「龍と拳で語り合う―――ってな」
「……………!!?」
一瞬………一瞬だ。
奴は、何をされたか気付いていないだろう。
いや、気付いたとて、すぐに治るのだから、痛みなど気にも留めなかっただろう。
定命は、そうはいかない。
神経、痛覚。
痛みがないといけない理由があるんだよ。
「――――――――ッッッ――――――ッ!!??」
それは、もう咆哮じゃない。
定命と変わらない、悲鳴だ。
『――――イタイ……ッ。 イタイ!イタイイタイ! イタイイタイイタイッイタイッ!? イタイイタイイタイイタイイタイッ―――ッッッ!!?』
俺以外には、只の咆哮。
俺には、永遠にも感じる断末魔の悲鳴。
終いには出来の悪い無線のように。
かすれる声しか聞こえなくなって。
『―――――』
『――――――――――』
『―――――オマ…エハ……ナンダ……………?』
「……答える義理はない」
答える筈の自分自身も。
今は、それが分からないんだよ。
俺は何故ここにいる?
どうしてやって来た?
俺は、ここで何を成せばいい。
―――――あぁ、今はどうでもいい……!!
「永遠に地の底で眠ってやがれ、バケモノ」
全てを灰燼とする滅殺の業。
使いたくないとは思ったが。
こういう手合いなら……主を害する敵がいるなら、俺は喜んで殺す。
そも、これ以外に手段がないしな。
今の俺は、“浄化”の付与された武器なんて持っちゃいない。
「――――――ァァァァァァァァァァア―――――ッッ!!?」
………痛いだろ?
………死ぬのって、怖いだろ?
俺も、昔はそう思ってた。
だが、コイツの場合は違う。
自分は決して死なない存在であると慢心し、いざその時が来るまで侮っていた。それがどれだけ恐ろしく、どれだけ冷たいのかを。
コキュトス―――なんて、名乗っておいてな。
支龍コキュトスは。
崩れ去り……消え。
後に残されたモノは、何もなく。
風が薙いで行くのみ。
生きとし生けるもの、死んでしまえば、大抵そんなもんだ。
……………。
……………。
「―――らぐな……らぐな、ラグナ……っ!!」
「……ふぅ。大丈夫かい? シオン」
ぶら下がる腕を隠しながらも。
隠れていた彼女へと歩み寄り。
俺は、飛び込んできた小さな身体を受け入れる。
……ふふっ。
また、ロリ主様に格好良い所を見せて―――あれ……?
腕の中の少女からは、続く言葉がなく。
ただ、顔を伏せて俺の胸に顔を埋めて。
―――胸に、確かな湿り気を……。
「……ひぐっ……っ……バカぁ……!!」
あ、マズったわ。
完全にお怒りだ。
「―――だ、大丈夫だ。言った通り、ちゃんと倒し――」
「言ってないよ!! ……無事で良かったよぉ……。ラグナが、ラグナが死んじゃうかと思った!」
「………ゴメンなさい」
ちょっと、かなり論点がズレていたようで。
今度は、俺が謝る番になった。
シオンは、俺が不死の魔獣を倒した衝撃よりも、無事だった安堵が勝ったようで
そうか……。
そうだよな。
シオンにとって、俺は拠り所になってきているのだろう。
出会いがどうであれ。
今は、ずっと一緒で。
だから、こうして寄り添って。
……これからは、その辺も気を付けんとなぁ。
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