第12話:是非も無くない




 ミニマムな主様と暮らし始めてから暫く経ったが。


 一体、どれだけ経ったか。


 多分――二ヵ月くらいか。


 住居が廃屋から掘っ立て小屋へ。

 掘っ立て小屋から味のあるログハウスへ。

 補強する程にLv.2、Lv.3と次々にグレードアップしていく二人の住居。


 取り敢えず、生活環境が良い感じに整ってきたくらいだ。

 サバイバルとしては、これ以上の変化は望めないだろうな。


 生活が安定すると同時に。

 村の魔族たちとも密な交流が増えて来て。



「――ラグナさん。良かったら、コレ食べてくださいな」

「一番いい野菜です」

「あぁ、これは。有り難うございます」



 俺が村へと赴けば。

 声を掛けてくれて。

 料理を貰ったりもすれば、こちらから食材を分けたりもする……そんな当たり前の暮らしだ。


 お裾分けは生活の基本。


 先住者との付き合いで。

 

 抱える荷物が大きくなり過ぎて。

 俺は、そろそろ戻るかと村の外へ歩きながら荷物持ちの任を遂行し。


 離れた自宅へと戻ってくる。



「――シオン? いるかい?」



 ……………。


 ……………。


 居ない、な。

 こういう時は二パターン。

 

 俺を驚かせようと何処かに隠れているか。

 毎日のお祈りを遂行するために、例の遺跡へ出かけているかだ。


 前者はすぐバレるけど。


 今回はお出かけの様で。

 地下へ行っても誰も居ない為、適当に荷物を運び込んだ後、俺は庭の椅子へ座り込んで帰りを待つ。



 ―――そう、庭だ。



 普通の野草は簡単に枯れたり。

 育たなかったり、或いは成長が遅かったりもするが。


 ハーブってのは生命力が強く。


 クレソンなんかはその典型で。


 そういうのを植え込んで。

 何時でも料理へ使えるようにって簡単な庭をこしらえたんだよな。


 発展し続ける我が家。


 村人から報告を受けたのか。

 稀に村長から呼び出しを受けて、彼の住む長屋へ向かう事もあったが……。




『お主――いつまでここに居る気じゃ……?』

『もう暫し、もう暫しです』




 この繰り返しで。

 そも、出ていくわけがないんだから、はぐらかすの安定だよな。


 何時ものやり取りで。


 合う頻度もそこそこ。


 案外、仲良くなれそうか?

 乙女ゲームはやった事もないし、進行度も不明だが。



「―――題は――ジジ恋って所か?」



 頼むからプレイさせないでくれ。


 俺の死因になりそうな気がする。


 まぁ、そろそろだ。

 普段通りならば。

 そろそろ、シオンも元気に帰って来る筈だし―――




「―――出たんだ! 支龍が――――ッ!!」



 ……………。



 ……………。



 村の方から聞こえた大声。

 勿論、一定御距離があるから、普通は聞こえもしないのだろうが。


 耳が良いのは良い事か。


 或いは、悪い事なのか。


 ハッキリと、それが聞こえ。

 俺の注意は完全にそちらへ注がれる。



「――あっ! 只今、ラグナ……どうしたの?」



 しかも、間が悪く主様登場。

 もしもコレで彼女に聞こえていると、色々と都合が悪く……。



「……お帰り、シオン」

「うん」

「何か、いつもとは違う事とかあったかい?」

「……………? 何か……?」



 愛らしくも、首を捻る少女。


 聞こえていない――と。


 なら、良かった。

 そりゃ、こんくらいの距離があれば、普通は聞こえないだろうからな。



「済まないね。さっき行ってきたばかりだけど、ちょっと、村に忘れ物をしてきたんだ。このまま、家で待っててくれるかい? 出来れば、地下で」


「え? ――う、うん」



 本当は一緒に居たいのだが。


 ちょっくら、行ってくっか。

 丁度、動物性たんぱく質の備蓄が減ってきたところだ。


 俺は平静を装って家から離れ。


 自宅が見えなくなった辺りで。


 抉れる地面に取り合わず。

 全速力で村へと走り。

 広場で人だかりとなって話し続けている村人達の話へと加わった。




  ◇




「事実なのか? その話は」

「――俺だけじゃない。定期連絡で東側の村から逃げてきた連中も言ってる」

「あぁ、水の支龍サマ――間違いなく、そうだ」

「「……………!!」」



 男たちの言葉を聞いて。


 静寂に包まれる村人ら。


 俺はその名で呼ばれる存在を見たことは無いが。

 彼らの反応からして、かなーりヤバいという事が理解できる。



「何故、いま……?」

「あと数年は現れない筈なのに……」

 


 周期が迫っているとは。

 あくまで、数十年の間で現れる確率が最も高い時期が近いという意味。


 およそ、数年後の事。


 ……だが、毎度毎度。

 数年前の時点で、魔獣の狂暴化と集団化がおこると言われているらしい。



 つまり、現段階でも充分に危険で。 

 彼等が、どのように脅威を取り払うのかを遠目に観察する事、暫く。


 総人口百にも満たぬ集落。

 その殆どが集結する魔族たちの波が割れて。


 長屋から出てくる老爺。


 

「止む負えん、か」

「……村長」

「全て、古き時代からのしきたりよ。我らには、どうする事も出来ぬ」



 ―――不穏過ぎるだろ。



「長。では、やはりしきたり通りに?」

「うむ、我らは――」


「あ、すみません」

「「……………」」


「……居たのか、流浪者よ。もう出て行ったとも思うたが、やはり、貴様は村から――」

「支龍とは、どのような姿形なので?」

「「……は…………?」」



 いや、気になるし。


 腰折ってすみませんが。

 元々折れてますが。

 気になったら、聞かないと気が済まないんですよ。



 ……聞いたら殺される時以外。



「―――お主……よもや」

「いや、いや。トンデモナイ。別に、会いに行こうなんてしてません」



「ですが、道中で変な奴に出くわさない保証は無いですね」

「「――――!」」

「……貴様……一体、何を」


  

 そこからは、素晴らしく早かった。


 誰でも、簡単に予想できる結果だ。


 もう、俺は総スカンそのモノで。

 明日には村八分になっている事間違いないだろう様相。



「―――ダメです! ラグナさん!」

「いくらあんたが強くても、支龍には絶対勝てない」

「そうだ、やめるんだ……止めてくれ……ッ」

「アレを悪戯に刺激しないでくれ! 取れる方法なら、他に存在――ッ!?」



 ……………。


 ……………。



 何だよ。

 途中で止めちゃ、分からないだろ?


 ちゃんと最後まで言えよ。


 ほら、早く。


 早く言えよ。



「――それは、なんだ……?」

「……ぁ……ぁ……ッ」



 訳わっかんないよな。

 優しく聞いてるだけなのに、ぶるぶるバイブレーションしやがって。


 まぁ、奴が言いたい事と言えば。

 こういう展開でお決まりの……。



 ―――生贄、とか?



 彼女を差し向けるとか?


 じゃあ、それで仕方ない……って。

 なるわけねえだろ、ふざけんなよ。

 主を差し出して危機を脱しようとする騎士が何処の世界にいるんだ? 


 その瞬間、ソイツはただの反逆者だろうが。



 理解できている。



 いま、俺がすべきなのは。

 俺がこの居場所でやらなければいけないことは。


 主の障害を。

 全ての敵、その一切を余さず取り除き、鏖殺おうさつする事。


 そのための、手始めは?

 勿論、肥え太ったトカゲを斬り裂く事だ。


 最早、予定調和。

 そうなる気しかしなかったしな。



「私は、ただの流浪者。あなた達とは何の関係もない存在だ。村の中なら郷にも従うが、村の外でどうしようと、勝手に野垂れ死のうと、関係はないでしょう?」

「「……………」」

「……村長。いかがしましょう」



 完全に怯えた目で、黙りこくる村人共。


 その中でも冷静を保っていた若い男。

 あの、補佐的な青年だな。


 傍にいたその男の言葉に。

 鋭い瞳の老爺は、ゆっくりと頷く。



「……余所者が。好きにするがいい。じゃが、我らは期待などせんぞ」



 ―――へぇ。

 老爺らしく、杖振りかざして襲ってくると思ったんだが。

 中々、骨のある爺さんだ。


 やはり……ああ、そうなのか。

 俺の考え、感性が間違っていないのなら。


 まだ、捨てたもんじゃない。



「では、問題ないですね」



 支龍とやらがどんな姿形かは知らんが。

 本当に、龍って名前のヤツとは相性悪いよなぁ、俺は。


 折角の隣人関係を築いたのに。


 さっきの件で明らかに好感度が下がったぞ。

 そもそも、俺が此処へ来たのも老トカゲの所為なわけだから。



 決めた――ぶっ殺そう。



 流石に、苛立ってきた。


 

 俺は、新たな決意を胸に。

 早々に村を後にして、無手のまま報告のあった森林部へと向かうことにした。

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