第18話:難易度S級の猛獣

―陸視点―




 曰く、氏族同士で結ばれた不干渉協定。


 双方、不必要な干渉を避け。

 有事の際は特使を送り合う。


 共通の敵に際しては。

 種族の分別なく、協力して対処すべし。


 それが、エルシード周辺に住む亜人種の決まり事だ。


 亜人とは、狭義的ならば。

 半妖精や小人種などが主。

 だけど、広義的には言語を解し、複雑なコミュニティを築く人型の魔物なども亜人とする場合が多い。


 

 ……今回の場合は、後者らしく。



 問題は、そんな亜人の一角で。


 最も厄介な存在の襲来だった。



「トロル種――東側に分布する種族…ですか?」

「会った事無いね」

「東はまだなぁ…」

「面白い生態だとは思ってましたけど……その彼らが」



 西側には殆どいないから当然。


 僕たちは姿を見た事は無く。


 元々、この一帯にも生息していたらしい。

 彼等は森林の奥地にコロニーを作り。

 ここ数十年の間は、ずっと大人しく森の深部で暮らしていたようだけど。


 今……何の前触れなく。


 その状況が変化したと。

 セレーネ様の良く通る声が、耳へと届く。



「――多頭種、という個体が現れたとの報告があったのです」

「……たとう。頭沢山?」

「上位種…だよな」

「だろうね。最近になってから、良く聞くようになったし」



 それも、大陸東側の影響か。


 此処までやって来ると。


 上位種が非常に多い。

 今までにも何度か目にしたり戦ったりもしたけど、厄介さは通常種より圧倒的に上で。


 ……でも、【多頭種】というのは。

 聞いたことのない存在だね。



「先生は、知ってますか?」

「頭部が二つ、腕が四本に発達した種だ。過去にも自然発生の例はあるが…単体でB級上位。個体差もあるが、知性が優れているのなら更に上だろうね」



 B級以上とは……つまりは。


 A級に届く可能性もあると。


 ギルドが誇るA級冒険者。

 彼等は一軍を凌駕する戦力と言われるけど。

 それと同ランクである魔物の指標は、そんな戦力が一パーティで対処した場合で。


 A級冒険者=A級の魔物じゃない。


 人間と魔物の間では、確実に。

 地力に差があり過ぎるから。

 A級の魔物ともなれば、一般人では決して対処できない厄災だ。


 そんな存在が、この森に?



「……でもよ。戦士団――リディアさん達なら、問題なく対処できるんじゃ?」



 康太が疑問を挟むけど。

 実際、その通りだ。

 彼女はエルシードの戦士であると同時に、大陸ギルドの最上位冒険者。戦力として不足がある筈ない。


 如何にトロル種の数が多くても。


 こちらも、独自に軍を保有して。



 ―――だから、これは恐らく。



「僕たちを試す、という事ですね?」

「「……え?」」

「えぇ、そういう事になります」

「……成程、そう来るか」

「通りで、あたし達に」

「――ですが。只それだけ、という訳ではありませんよ。我が国は地方都市を持たぬ丸腰の国家。周辺には敵も多く、唯一の戦力が中央を空けることは難しい」



 僕たちに理解させたうえで。


 彼女は、自国の事情を語る。

 


「我がエルシードは人間側、魔族側…そのどちらにも属さない中立国。故に、弱みを見せるわけにはいかぬのです」

「「……………」」

「一度弱みを見せれば…それは崩壊を招く」



 その言葉で、理解が追い付いた。


 敵が多いというのは……。

 亜人だけの話だけでなく。


 人間も、そうなんだね。

 仮想敵という言葉があるけど…見目が良くて、その美しさがずっと続く種族なんて、傍に置きたい人間は星の数ほどいて。

 それが希少種族なら猶更。

 表に出ることが殆どない者たちなら猶更。


 人間だって、敵になり得る。


 中立国家の弱点というべきか。

 恐らく、過去にも。

 国がこの形になる以前にも、同様の出来事はあったのだろう。



「勿論、お願いするだけではありません。こちらも手助けとなるよう、一定の手配はしてありますよ」

「「…………?」」

「それは、一体?」


「お見せしたほうが早いですね――アレをもってきなさい」

「承知……しました」



 セレーネ様の言葉を受け。


 複数人の護衛が、奥へと下がっていく。


 やけに雰囲気が重々しく。

 何かを覚悟したようで。

 微妙に恐れの混じった雰囲気を漂わせつつ…だ。

 

 何故だか、変な予感がするな。



「何を手配したのですか?」

「秘密兵器…とでもいうべきでしょうか。捕らえたは良いものの、持て余していた猛獣がいるのです」

「……猛獣、ですか?」

「どういうこっちゃ」

「俺たち、魔物使いの心得なんてないですよ?」



 四人で、頭を捻りながらも。

 使いの帰りを待っていると。

 やがて台車に乗って運ばれてきたのは、黒いカバーの掛けられた箱……檻かな?


 号令と共に台車が停止して。


 箱を台車から降ろすようだけど。

 ……ソレは、凄く重いらしく。

 護衛の人たち七人掛りで、何とか持ち上げて、荷台から外している。



「誰がやる? ……ゾイ、お前が頼む」

「頼むぞ、本当に」

「……あぁ、外すぞ」

「刺激しないようにな」

「――そうだ…ゆっくり。ゆっくり頼む…本当に」



 何か、凄く怖がってるんだけど。


 本当に、大丈夫な魔物なのかな。


 エルフさんの一人がカバーを取り。

 下から現れたのは格子。

 それは予想通り檻だけど、黒光りする、不思議な模様が刻まれていて。


 そして、その中身に……。


 僕たちは釘付けになった。



「――グルルルル」



 ……猛獣…猛獣だ。

 それこそ、魔物なんて問題にならない怪物が入っている。


 筋肉質で、巨大な体躯。

 灼熱の如きたてがみ。

 刻まれた幾重もの古傷は、壮絶な戦闘の歴史を感じさせ。


 恐ろしく鋭い双眸は。

 並みの冒険者ならば、相対しただけで気絶してしまうだろう。


 ―――だが、しかし。


 巨大というのは人間基準で。

 檻というのも、常識的なサイズ。



 ……………………で?



「――ガルルル…グルルッ」

「何やってんすか? 



 呆れたように声を掛ける康太。


 何と、檻の中の猛獣は。


 僕たちの知っている人物だったのだ。

 親友が声を掛けてくれて助かった。

 僕も美緒も春香も、開いた口が塞がらなくて、どうすれば良いか全く分からなかったから。


 というか、ゲオルグさんだよね?


 グルグル唸ってるんだけど。


 彼は、底冷えする声を出し。

 檻の中で胡坐をかきながら、僕たちの後ろ…リディアさんを睨みつける。



「見て分かんだろ。捕まってんだ」

「……ノリノリじゃないっすか。てっきり、頭でも打って野生化したのかと」

「その程度で俺が記憶喪失になるかってんだ」



 冷静になってきた頭で考えるが。


 言われてみれば、その通りで。


 どうやら、問題なく僕たちを覚えていてくれたらしい。


 S級冒険者ゲオルグ・ペテルブルグ。

 通り名は【竜喰い】ゲオルグ 

 西側の国家である【セフィーロ王国】出身の大剣使いで。

 豪快な性格の男性だ。

 初対面では結構危ない人という印象が強かったけど、本当は面倒見が良くて、気の良い人だというのは僕たちの知るところ。


 もしかしたら、保育士志望。


 しかし、そんな強者の彼が。

 何でこの国にいるんだろう。



「――おい! いい加減出しやがれッ! 人様を野生動物みたいに扱いやがって!」

「……えぇ……?」

「動物だね、これ」

「この檻、破れないんですか?」



 手錠とか……首輪だとか。


 拘束具のような物はなく。


 怪力の持ち主である彼なら。

 檻くらい、片手間で破壊しそうなのに、大人しく収まっていて。


 言動から、檻に愛着があるのではなく。

 出たいのに出れないという事で良いのだろう。


 一般人だったら。

 卒倒間違いなしの彼の恫喝どうかつ


 しかし、同格とされるリディアさんは涼しい顔で流す。



「礼節を欠き、不法に踏み込んできたには当然の処置です。リザンテラ様の紹介状でもあれば良かったのですが、貴方の身元を証明する者も居ませんので」

「うっせー! お前が保証しやがれリディア!」 



 やはりS級同士だから。

 顔見知りなんだね。

 

 ……と言うよりも。

 彼程の実力者を捕獲できるのって……あ。



「――もしかしてだけど」

「リディアさんにやられました?」

「やられてねえッ!」

「彼は直情ですからね。氏族伝来の捕獲網を作動させれば、骨ではありますが、私でなくとも不可能ではありません」

「……エルフスゲェ」

「S級捕獲できるんだ」

「そして、捕まえさえしてまえば、その牢は破れません」



 リディアさんの言葉を聞いて。


 改めて注意を向ける漆黒の檻。


 不思議な模様もさることながら。

 見たことのない材質だ。

 説明が欲しいけど、睨み合う両者はそんな空気じゃなく。


 ……でも、こういう時こそ。

 僕たちには、頼りがいる。

 四人で視線を向けると、大人しくしていた彼は胸を張って説明を開始した。



「この檻の材質は【鉄晶石エルシディア】といってね? 東側で産出する希少金属さ。オリハルコンみたいなものって言えば分かりやすいかな」

「オリハルコン…ですか?」

「多分、世界一硬い的な」


「確かに、言われてみれば」

「――俺達、この世界でミスリルとか、オリハルコンとか見た事ないよなぁ」



 美緒はこの手の話には詳しくないけど。

 オリハルコンと言えば。

 ファンタジー世界では定番の希少鉱石。

 素手で破壊するなんて芸当、漫画の中でも見たことは無かったし…。


 エルシディア……うん。


 凄い強固な素材なんだ。


 この光景を見れば、理解できる。

 ……嫌でも、目に入って来るし、理解させられてしまう。



「――おいコラ。出せや」

「……ふっ」

「コウタてめっ!」

「餌とか与えて良いのかな? 看板は……」



 ……うん、まぁ。


 盛り上がるのは良いんだけどね?

 偉い人の見ている前で、平行線の話を何時までも続けるのは良くないよね。


 セレーネ様笑ってるけど。


 護衛の人たちがアレだ。



「……なぁ、ナクラ…さん?」

「不法侵入者だからなぁ。一介の冒険者にはとてもとても」



 助けを求める彼の言葉に。


 おとぼけを貫く悪い大人。


 彼も、本当にノリが軽い。

 いつも通りと言えば、その通りなんだけど。


 ひとしきりふざけた後。

 先生は、急に真面目なトーンで、言い聞かせるように言葉を続ける。

 


「――そういう訳で、貸しひとつだ。取り敢えず、暫く皆の稽古に付き合ってもらう」

「「え」」

「……わあった、それで良い」



 色々と納得しきれない部分があるようだけど。


 僕たちも遠慮したいところだけど。

 立場が下なのを理解しているのか。


 随分素直に納得するんだね。 


 先生も変に揶揄い過ぎず、随分と素直に―――



「ああ、稽古分は以前の貸しだからな?」

「…………ひょ?」

「まだまだ、お前には働いてもらうぞ」



 リディアさんに借りた鍵を使い。


 檻を開けつつ続ける先生。


 話を聞いているのかいないのか。

 ゲオルグさんは檻から這い出し。


 そのまま、堂々と立ち上がると。



「………これ、乗せて良いんだよな?」

「え? あ、はい」

 


 傍に控えていたエルフさんに尋ね。


 許可が出るや否や。

 


「――うらァァァあッ!!」



 七人掛りでようやく降ろした巨大な檻を持ち上げ。

 荷台へと、やや乱暴にのせる。


 途轍もない怪力無双で。

 一見すれば、勇ましい光景だが。


 ……先の件で台無し。


 只の八つ当たりにしか見えない。

 そして、その八つ当たりの矛先はこっちへも向いて。



「――おい、餓鬼ども。久しぶりの再会だし、早速付き合えや」

「今から稽古ならお断りっす」

「あたしたち、忙しいんで」

「今日は終わったので」


「……おい、弟子の育て方がなってねえぞ」



 血気盛んなのは良いけど。

 仲間たちは、そんな気分ではない様で。


 のらりくらりと躱す康太たち。

 その姿に、口をへの字に曲げたゲオルグさんは、先生へと抗議の視線を送る…が。



「子どもは正直が一番さ」

「じゃあ――」

「私も、今日は後頭部が痛むからパスだ」

「…………」

「あと、昨日から腰が」

「……俺ァよ? 時々お前が死んだ爺さんに重なるんだ」



 それはつまり、爺臭いと。


 僕達も、同意見だけど。

 今日は色々あったし。…最上位冒険者は、既にお腹いっぱい。


 数日はゆっくり休んで、

 

 まずは、偵察からかな。


 空気が完全に変わっているけど。

 一応、向き合うべきはトロル種。

 これまでに培った冒険者の戦い方を信じ、只向かって行くのみだ。

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