第19話:偵察トロル

―陸視点―




 トロルは、特殊な力をもった種族だ。


 毛深い剛体と、暗闇で爛々と輝く瞳。


 人間が知るその性質としては。

 財宝を好み、時として冒険者を襲うことで装備を略奪し、それらを着飾るという。


 ……そして、その最たる特徴は。


 およそ全ての個体が。

 高い治癒能力を持つという事。

 


「腕を切断しても、頑張ればくっつく……だったっけ?」

「そうらしいですね。対策としては、切断面を予め焼いてしまう事…残酷ですけど、それくらいしか手段がないようです」

「康太の得意技だね」

「……うへぇ。勘弁してくれよ」



 彼の必殺技である“炎誓刃”ならば。


 切ると同時に、焼くという事が可能。


 でも、あれは魔力消費が激しいし。

 何度も使えるというものでもない。

 後は、試したことがないから分からないけど、この“浄化”付きの武器も有効なのかな。



「そもそも、火を付けんのはそれが目的って訳でもねえんだけど……お!」

「……いたね」

「どう見ても、あれがトロルさんでしょ」



 遠方に見えるのは、ずんぐりとした体躯。

 身の丈、二メートルは確実にあるね。


 深い…深い森に囲まれた国家。

 エルシード近辺には、幾つかの亜人集落があるというけど、その中でも最も奥まった場所に住んでいて、高い凶暴性を持つのが彼らだと聞いている。


 話通りの、茶色い体毛と。


 瞳は……輝いているかな。


 ちょっと見えにくいかも。

 現在、僕たちは暗視の魔術“光明こうみょう”を使っている。

 トロル種は目が悪い訳ではないけど、良い訳でもない。だから深い森がさらに暗くなった夜の闇に紛れて偵察に来ているのだけど。


 魔術の効果が高いからか。

 鮮明に見えるせいで、むしろその特徴の一つが視認しにくいな。


 何事も長所と短所はあると。


 しっかり抑えておかないと。


 そして、姿が視認できる位置までやって来たという事は。



「じゃあ、ここら辺からは彼らの領域だね。…どうしようか」

「……話しかける?」

「どうですかね。取り合ってくれるかは、微妙です」

「話を聞いた限りだとな。でも、奇襲しに来たわけでもない訳だし、最初はそれでもありかもしれん」



 彼等がどんな反応をとるのか。


 それを知ることも大切だから。



「……じゃあ、挨拶から行く?」

「「おけ」」

「大丈夫ですかね」

「危なかったら、すぐ撤退しよう。今のところ罠はないみたいだし、索敵にも他の反応はないから」



 出した結論は僕たちらしさ全開。

 全員で武器を収め、ゆっくりと歩いていく。


 そして、此方へと。


 その視線が向けられたところで。



「あの、こんにちは!」

「本日はお日柄も良く」

「―――!? *********」


「「え」」

「……なんて?」

「――****! ****ッ!」



 ……………。


 …………あ。


 言葉が、通じない。

 トロルが何かを言っているのは分かる。

 でも、全くその言葉の意味が分からず。


 彼…彼女? が現在話しているのは。

 公に使われている言語ではないのだ。


 彼ら自身の言語。


 仮称トロル語は、翻訳されない。



「――なぁ、どうするよ」

「いや、ちょっと待ってさ。もしかしたら、簡単な単語くらい知ってるかもしれないし。…グローバル化の時代だし?」



 春香が慌てて、そう言うけど。


 それ、あっちの世界の話だよ。


 ……沈黙の中で。

 僕たちが根気強く待ち続けていると……やがて。


 目の前のトロルさんは。


 ゆっくりと口を動かし。



「……ニ ン ゲ ン?」

「はい、人間です!」

「……春香ちゃん」

「異文化交流って、大変なんですね」



 同じ土俵へと迷わず入って行く春香。

 そのコミュニケーションは流石で。


 確かに……会話はできる。

 

 これなら、もしかしたら。



「――ニンゲンハ…タオス。ウォォォ!!」



 あ、ちょっと無理かも。

 静止させる間もなく。

 両手を高く上げたノーガードの突進。


 そのまま突っ込んできた巨躯は、猛牛の如く。

 数瞬の間にアイコンタクトを交わし、僕が前へと進み出て。


 腰を極限まで前傾姿勢へと傾け。

 

 前へ…前へと跳び、武器を振る。


 そう、抜刀することもなく。


 剣の鞘に躓いたトロルはそのまま前のめりに倒れ。

 顔面を、地面へと強かに打ち付ける。

 今の状態は、立ち上がってこちらを向いたなら、背後の仲間が。そちらに行ったのなら、僕が相手できる陣形だ。



「ウ…ウゥ…***」

「……あの?」

「*デェ…イデェヨゥ」

「――せいっ」

「アガッ!?」

「ゴメンね。悪いけど、ちょっと気絶してて」

 


 立ち上がってこないトロルに対し。


 うなじ部分を攻撃する有効打を入れる。

 人間だと後遺症が残る可能性もある危険なものだけど、頑丈な頸部を持つ彼らなら、暫く意識を失う程度で済むだろう。

 ……本来なら、もうちょっと。

 でも、この個体だけがそうだという可能性も?

 


「さき、進もうか」

「……だな」

「思う所はあるけど――」

「まだ、分かりません。確信に足るだけの情報を…もっと。進めばまだまだ仲間はいる筈」

「美緒ちゃん。その台詞、なんか悪役っぽいよ」



 湧いて出た疑念。

 仲間内では皆が気づいただろう。


 それを解消するべく。


 更に深部へと足を踏み入れていく。




  ◇




「ウオォ!?」

「安心してください、みねうちです」

「――ブヘェェ!!?」

「安心してくれ、みね……うん。陸、ポーションプリーズ」

「「ばかっ!」」



 美緒の逆刃打ちはまだいい。

 でも、大剣の平打ちは、如何にトロルでも下手したらショック死だ。


 鼻血を吹いて倒れたトロル。

 申し訳なさそうに瓶の液体をかける康太。

 それを一瞥した後、僕は周囲をぐるりと見渡す。


 ……大分、奥まった地域だ。


 差し込む月明かりも薄く、心許ない。

 

 やって来るのはトロルさんのみ。

 完全に縄張りとしている証拠で。

 ここに来て、彼等の出現頻度は格段に上がっている。

 連携して掛かっている事、同種の者たちで会話をしていたことから考えるに、間違いなく彼らは自然発生の傾向。

 前のオークのように。

 作為的に集められ、促成的に育ったわけではない。 



「――偵察としては、ちょっと深くまで来ちゃったね」

「やってきたトロルさん、みんな相手しているしね。これで…7人?」

「十分な数ではありますね」 

「……やっぱり、悪役だな」



 彼等を気絶させた後、皆で木の上へ。


 高い樹木へと飛び移り、話し合う。



「――それで…どう思う?」

「………おかしい、かと」

「やっぱり、そうだよね」

「あぁ。奴さん達の動きもそうだが、能力を十全に活用できてない」



 本来であれば、トロルは強力な魔物。

 それこそ、オーガ種に匹敵するC級上位のツワモノだ。


 しかし、彼らの動きは。


 想定をはるかに下回り。


 対人に洗練された身のこなしがなく。

 大型の魔物を相手するような力強さも、危機感知能力も存在しない。


 ……詰まるところ。


 戦い慣れていない。



 ―――彼等は戦闘者ではないのだ。



 …どういう事?

 促成の生態というのなら分かる。

 でも、彼等は確かに高い知性が。

 その事だって、聞いた話から考えると、違和感がある。



「魔物が本来持つ、本能的な闘争心。そして、独自の戦闘スタイル。彼らの戦いは、それらから大きく外れているのは確かです」

「まるで、戦い方を知らないみたいにね」



 そこが、最もおかしいんだ。



「…平和的な一族さんとか?」

「凶暴って程でもないよな」

「では、何故エルシードと敵対関係に?」



 ……分からない。

 分からないけど。


 違和感は確かだった。



「――これは、ひと山あるかもな」

「一度、戻って考える時間が必要ですね」



 この場に先生はいない。


 頼れる先駆者はいない。


 この件は、勇者のみに任された依頼だから。

 僕たち四人で考え、自分たちで達成しなければならない。



「何なら、奴さんらに聞いてみるか? 縄あるぞ」

「…恐らく、千切られてしまうかと」

「康太でもいけるんだから」

「連中の怪力だと……そだな。じゃあ、やっぱり帰って考えるしかねえか」



 気絶した者はともかく。


 回復薬を掛けた個体は。


 今に目覚めるだろう。

 だから、再び襲い掛かってこないうちに去ることになった。


 闇夜に紛れて疾駆して。

 樹上を飛ぶように駆け。


 僕たちは、帰路に付く。


 本当は、敵は始末する必要があるのだろう。

 でなければ、何故隠密行動の形をとって偵察しに来たのかが分からなくなる。次に来た時は、今ほど警戒は緩くはないだろう。

 

 ―――でも。

 


「その時は、その時。構わないよね?」

「「無論」」



 最初から殺し合いが始まるわけじゃない。


 まだ、互いはその段階に達してはいない。


 自分の心にまで嘘はつかない。

 自分たちの信じる勇者の像から外れない。



 だから、今は。



 ―――綺麗事でも、偽善を貫かせてもらおう。

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