第17話:八百年の軌跡
―陸視点―
地下……と言っても不快感は無く。
暖かな照明に包まれた通路。
細く、長い通路を超えて。
僕たちが踏み込んだ先。
そこには、一つの部屋があって。
一定間隔に、幾つもの石像が並んでいた。
でも、どの石像も。
掘り込みは浅くて。
意図して容貌をぼかしている?
およそ、そんな造りだろうか。
一目見れば性別くらいは分かるけど、顔の部分などは岩の模様そのままの状態で。
何で、こういう手法を?
「どうぞ、ご自由に見て回ってください」
傍らに立っていたリディアさんが。
先を示すように、手を伸ばすけど。
そう言われると、まるで。
気分は美術館の中だね。
並んだ石像はクロウンスの聖女像よりも小さく、実寸大に準拠していて。
「……此処が――凄いですね」
「勇者の歴史…ねぇ」
「私達のも並ぶってことでしょ? ちょっと恥ずかしいね」
そう、この場所こそ。
この厳かで、優しい空間が。
歴代勇者の旅の記録。
彼等の残した功績が記され、後世に語り継がれる聖域だ。
コレが存在するという事は。
彼らがこの国…すなわち。
大陸の中央を越えたという証明になる。
(……でも、だからなのかな)
およそ、全部じゃない。
順に並んでいる石像は。
歴代の召喚勇者は八人だから。
都合、八か所はある筈なのに。
空きのスペースがあり。
それが示すのは…志半ば。
道半ばで倒れてしまった勇者も存在するという事だ。
それこそ、こちら側へやって来ることも無く…散った者が。
手近にある石像は。
短髪の女性で。
眼鏡を掛けているのかな。
「これは三代目の……女性勇者ですね」
「極東へ到り者…だっけ?」
「そう、そう。一回物語読んだよな。確か……【伝道の勇者】」
色々な文化を持ち込んだ勇者。
モノではなく、本とか思想とかが多かったらしい。
実力も、確かなもので。
極東…魔皇国へ到った。
でも、確か彼女は。
その後消息を絶ち…魔族に葬られてしまったとされている。
「歴代勇者は、その殆どがこの国を訪れたとされています。ですが、極端に情報が少ない者や、三百年前に召喚された【悲劇の勇者】などは記録されていません」
……悲劇の勇者ね。
凄く知りたいような。
知りたくないような。
ある種の、怖いもの見たさを覚える。
「――でも、これ程の人数が……何故、秘匿された国家のここまで?」
「エルフに会いたかったんじゃない?」
「絶対そうだよなぁ」
「流石に……いや。無いとは言い切れないんだよね」
何故かはわからないけど。
僕たち、日本人って。
好きな人が多いよね。
多分、美形ばかりっていうのに惹かれるものがあるのかな。
憧れの金髪とか。
碧眼が多いっていうのも理由かもしれない。
……見たところ。
勇者の像は男性が多いし。
それも彼らの知的探求に拍車をかけたのだろう。
「……えぇ、そういう事もあるのかもしれませんね。ですが、正確には通らざるを得なかったというのもあるのかと」
「初代の影響と700年前の大戦、ですか?」
「流石、ミオ様ですね」
「知っているのか美緒ちゃん!」
美緒は歴史も良く調べていたね。
僕はあまり詳しくないけど。
そういえば、その時代って。
大国だったクロウンスが瓦解した時代、英雄や聖女の力が必要とされた時代と重なる。
じゃあ、戦争の影響は。
この国にも波及して?
「当時、我が国は大陸でも有数の大国でした」
現代でこそ、様々な影響で。
この規模になってしまった。
でも、昔は中立国家の立場を生かして多くの者を受け入れていたことから、この国を拠点とするのが動きやすかったとか。
もう一つが初代勇者の影響。
彼が最後の拠点とした国家。
それが、エルシードの前身。
当時の影響力は未だに消えておらず、後の勇者たちも、その足跡をなぞる様に行動する必要があったとか。
700年前から、現代まで。
幾つもの国が乱立し。
そして、亡び…一つに纏まっていた大国も、今ではごく小規模な秘境国家エルシードへ。
そんな話に耳を傾けつつも。
皆でゆっくりと歩いていると。
リディアさんが一つの石像の前で足を止め。
台座の側面に立って。
像について解説する。
「つい百年前の出来事なので、【百識の勇者】も有名です。異界より多くの技術を伝え、人間種の生活基盤を整えるために尽力したと」
「…それ、つまり?」
「よく小説とか漫画で見るやつだろうな」
俗に言う、異世界チート。
現代知識で無双…とか?
確か、彼は戦いではなく、財を成すことで元の世界へ戻ったんだよね。
それでも、此処まで来たって。
どれだけの探求心を持ち合わせていたんだろう。
「……恐るべしエルフスキーだな」
「でも、結局帰ったってことは、やっぱり地球が好きだったのかな?」
「もしかしたら、文化とか技術面が肌に合わなかったのかもしれませんね。生活レベルを上げるためにいろいろ考えて、結局肌に合わず、帰ることにしたとか」
そういう考えもあるけど。
真実は本人しか知らない。
やっぱり、向こうの世界に慣れていると、この世界での生活は怖いのかもしれない。
陰謀にも巻き込まれるし。
魔物は星の数ほどいるし。
「我が国でも有名ですよ、彼は」
「――それは?」
「ある意味では、ですけど。私からは何とも言えませんね」
問いかけた僕の言葉に。
話を濁すリディアさん。
彼女が先へ案内するように進んでしまったので、僕たちもそのままついていく。
「勇者とはいえ、性格は千差万別。多くの者が居ました」
それは、彼女には珍しく。
若干棘のある口調で。
「勇気も清廉な心も、確かに持ち合わせてはいたのでしょうが。陰謀と欲望によって曲がってしまう者も確かに存在しました」
悪逆へと身を任せた者。
肉欲を求め自滅した者。
より多くの賞賛の為、自ら厄災を招こうとした者。
言葉を連ねる彼女だけど。
前者二つはともかくとして。
自ら引き込むって…何?
もしかして、闇堕ち?
この世界の勇者も、そういう道に行ってしまった事があるのだろうか。
誰がそうなのか……見回していると。
不意に、リディアさんの足が止まる。
「――では。彼女で最後ですね」
込められたのは尊敬の視線。
石碑には字が入ってるけど。
刻まれた文字は、読めない。
ここまでに前を通った石像台のもそうだったけど。
どうやら、この文字は現在一般的に用いられているものでは無いのだろう。
これが翻訳の限界なんだ。
言語学が得意な先生が居れば。
或いは、読めたかも。
でも、彼は今頃樹木の肥料だ。
「彼女は、聖者オノデラ。この国の救世主です」
今までのモノとは違い。
石像は全部で四つある。
人間種の男性と女性。
着流しの男に…エルフの女性?
個性的と言える面々が一緒に並んでいて。過去に僕が呼んだ幾つかの本は、ある人物が主として載っていたので、その他の人はあまり知らないけど。
消去法的に考えるなら。
この人が異界の勇者で、彼の恋人なら。
「……彼女が、二百年前の召喚勇者」
「じゃあ、その隣にいる人が」
「ソロモンさんなんだろなぁ……うぅ。陸、ハンカチ貸してくれ」
「……はい、予備――鼻かまないで?」
今にも泣きそうな康太はともかく。
一見普通の青年な容姿の男性。
顔は見えないけど。
彼がそうなんだね。
この世界の人間であれば。
誰もが知っている存在。
僕たちの旅…その規範を作ってくれた人物だ。
リディアさんが一人一人。
丁寧に説明してくれて。
僕たち四人は、目の前の像へと視線を集中させる。
まず、リーダーの勇者ソロモン
西側で生まれ育った青年。
誠実で、礼儀正しく情に厚い。
何の変哲もない村人さん。
歴史上で、唯一【天星神】の加護を授かりし者。
大陸全ての国家を踏破し。
その存在は【至高の勇者】の二つ名と共に、現代でも語り草となっている。
歴代最強と目される実力の持ち主。
隣の女性は異界より召喚された勇者オノデラ。
最初にソロモンと出会った仲間。
彼女は【聖者】の異名で呼ばれ。
明晰な頭脳と魔術の才を持ち。
刀術にも秀でていたという素晴らしい才能の持ち主だ。
実際、像にも
柄には、花の模様があしらわれている。
有名な話だけど。
ソロモンとは恋人同士だったとか。
着流しの男は【剣聖】シディアン。
二人目の仲間で、ソロモンの親友。
さる国家で開かれた武闘大会の優勝者で、当時まだ弱かった勇者たちを補強した兄貴肌の人物。
とても寡黙な人物だったようで。
魔術の使えない体質であった。
しかし、多くの近接武器を使いこなし。
半妖精の女性は【賢者】ティアナ。
女王であるセレーネ様の姉。
先代の女王であった彼女はソロモンらに国を救われたことでその旅へ同行。
豊富な知識を保有し。
数多の補助魔術により、彼等の冒険を大きく助けた。
「――と、このような所でしょうか。他にも同行者は存在していたようですが、どの国の文献でも語り継がれているのはこの四人です」
「………村人さん?」
「凄いね、ソロモン」
「突然変異ってやつなのかねェ」
「……でも、思えばシン君も元は村の生まれだったらしいですから」
それは、絵に描いたような勇者パーティ。
ゲームそのモノな人たちだ。
彼等は東側に到った後も。
引き返したり、進んだり。
考えうる全ての秘境を冒険し尽くして、数多の経験を積んだ。
そして、旅の終わり。
遂に、彼等は会ってしまった。
悪夢と言える強さの怪物に。
四人で戦っても決して敵わず。
仲間を逃がすため。
剣聖が犠牲になり。
敵をとるため、彼らは不可侵とされた国家と戦う決意をした。
結果がどうなったのかは。
あの伝説が示す通り……と。
「――そもそも、何で歴代勇者たちは魔王を倒そうとしたのかな」
「神様にお願いされたとか?」
「…そう言えば、そうだな。ソロモン以降の勇者たちはむしろ戦わないほうが良いって言われて送り出されたらしいし」
「謎だね。どこかで心変わりがあったとか」
少なくとも、僕たち四人は。
神様になんて会ってないし。
本当に倒さなければいけないのなら。
それがほぼ不可能なことだとしても、討伐に送り出すものでは無いだろうか。
事実として、前例が。
勇者ソロモンがいる。
彼は多くの最上位魔族を退けて、あと一歩の所まで迫ったと言うし、魔王討伐が絶対に不可能なことだとは言い切れない。
にも拘らず、現在は?
旅の目的はまるで異なったものとなっている。
「……うーむ、意味が分からん」
「情報の不足ってやつだよ!」
「二人は、あんまり深く考えないほうが良いんじゃないかな」
頭から煙が上がっているし。
それ以前に、現代では。
答えが出るとは思えない。
迷宮が大迷宮になるだけの気がする。
……………。
……………。
部屋自体は一方通行で。
簡素なものであるため。
一定の時間をかけてゆっくり見たものの、すぐに展覧は終わってしまった。
「では、戻りましょうか」
リディアさんの言葉で。
春香が、少し離れた位置にいた美緒を呼び戻しに行く。熱心な彼女は何時の間にやら二周して見学していたようだ。
彼女の視線は、何でだか。
下向きに固定されていて。
「美緒ちゃん、どうかした?」
「……いえ、何でもないです。行きましょうか」
見ていたのは何だろう。
読めない文字と…台座の側面かな?
後者は他のと同じなら、何も書いていない筈だけど。
ゆっくりと立ち上がった彼女を加え。
僕たちは地下室の階段を上って宮殿へと戻………。
「やぁ、諸君」
「「あ、生きてた」」
ばったりと出会ったのは先生。
見た感じだけど。
頭から芽も出ていないし、健康体だ。
「例の地下はどうだった?」
「面白かったですよ」
「不思議な空間で……凄く興味深かったです」
「というか、先生」
「ん? 何かな」
「知ってるんですね、あの場所」
「まぁ、これで信頼がある冒険者様だからね。特別にテレビ初公開…位のテンションで見せてもらった事もあるのさ」
信頼があるの部分だけ。
若干の懐疑があるけど。
僕たちが尋ねる前に。
彼は「それよりも」と話を濁し。
やや気合の入った視線でこちらを見る。
「盛り上がった所で済まないね」
「行きずりで聞いたんだが、女王様から大事な話があるらしいよ」
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