第16話:狩人の領域

―ラグナ視点―




 ―――タカタカ…タカタタ。



 ―――タン、タタタン…タ。



 ―――タタタン、タタン。



「………また」

「警戒してください。次、来ます」



 遥か上まで見上げられる大部屋。

 とても、不思議な雰囲気の空間。


 全面に樹木が生い茂り。


 生物の痕跡を秘匿する。


 屋内である筈なのに。

 そこは、まるで森の中で……壁ですら、苔が蒸して閉鎖感がない。


 そんな中で。


 リク達四人は背中を預け合い。

 極度の集中を強いられていた。



 ――ヒュン……と。



 飛来する光跡。

 正体すら掴ませない速度で襲い来るのは、矢だ。


 スィドラという種の樹木。

 東側に分布する大樹だが。

 成長するには千年以上の歳月が掛かり、育ち切った世界樹と言える威容のソレは、正しく最硬。


 削りだされた木材は。


 金属に勝る硬度を持ち。


 最上のしなやかさと。

 頑強さを両立する。

 だが、そんな樹木で作られた矢が……鳴いている。



 ――今にも、破砕する兆候だ。

 


 技の威力と、矢の耐久。


 その二つを、ギリギリ。


 極限まで振り切った一撃は。

 本来なら、調節さえ不可能。


 半妖精の、熟練弓術士でさえ。

 10発に一発撃てれば御の字。

 そんな大技を、当然の如く使用する彼女は、の名に恥じぬ超越者。


 本当に、見事な技量だな。



「これは俺が――グッ! ウゥゥゥ――ッ!?」



 四人へ飛来した光槍を。

 大剣で受け止める康太。

 だが、あまりの威力に引き摺られ、手が弾かれ、急所を晒す。


 それを識っていたかのように。


 碧色の眼光。

 現れた影は、既に彼の懐。

 だが、繰り出された木製の短剣は乾いた音に弾かれる。


 通常より軽い、訓練用の木刀だが。


 見事に使いこなしているな。



「……ほう。素晴らしい」


「もう一度、やり直しを要求します…春香ちゃん!」

「おうさ! “雲水竜”……八連!!」

 


 鍔を競り合う両者。

 うち一人…美緒のみを避けるように、四対の腕を広げて襲う小刃。

 

 相手は、後方へ飛んで避け。


 短剣ナイフは、それぞれの刃が。

 別々の方角へ飛んでいく。


 本来であれば。

 そこらの木々に刺さって終わり。

 だが、角度と表面の水の膜によって修正された軌道は、樹木で弾かれ向きを変え。

  

 ―――跳弾……跳剣。


 まだ操作が粗削りで。

 

 うち2本があらぬ方へ飛んだものの。


 直感型の春香は、無意識的に指向を操作しているのか。

 最適な角度と速度で。

 相手が最も厄介だと思う攻撃を送る。


 此方も、素晴らしい成長だ。



「飛剣の指向操作。では、正面から受けて――」



 その予想に反し。


 彼女へ届く前に。


 春香の術は解除され。

 跳ねた水が、弓術士の視界を奪う。



「………! 本命は…此方」

「そういう事で――! ――う……ぁッ!?」

 


 確かに、それは良い作戦だった。

 

 だが、しかし。

 相手が悪いな。


 例え、目を閉じた不可視の状態でも。

 狩人の系譜にとって、探知はお家芸。

 それが半妖精種の当代最強ともなれば、なおの事。



 縮められた間合いを突き放さんと。

 彼女が投擲した短剣こそ。

 

 剣で弾いたリクだったが。


 それで気が緩んだのか。

 愚直に間合いを詰めた刹那、身体がくの字になる。


 それは、胴を守る革鎧へ。

 彼女の矢が命中したゆえ。

 弓を引き絞るのに一瞬で事足り、かつあまりに自然な動作であるから、一度目で看破するのは至難。



 まぁ、ある種の不意打ち。



 初見殺しのようなものだ。



 ―――リディア・エルシード・ベルベーノン


 エルシード護衛戦団戦士長。

 又の名を…【天弓奏者】


 大陸ギルド最高位。


 S級冒険者の一人。


 俺が生きた三百年で、二番目に強い弓術士だ。



 彼女の得意属性は風。


 繰り出される矢は、それこそ銃弾と形容するしかない速度で。

 リディアの指揮次第で、意思持つかのように襲い来るうえ、それぞれ特殊な魔術を刻印された鏃も存在する。

 不意打ち奇襲はお手の物。


 弓術の実力は勿論の事。

 剣術も体術も熟達した、冒険者の見本のような存在が彼女だ。


 強力なリクの異能だが。


 やはり、遠距離型の彼女とは相性が悪い…か。



「……ッ……うぅ。良いの…食らったぁ」

「くの字で吹っ飛んだしな」


「陸君、大丈夫ですか?」

「いまの、絶対ポンポン痛いでしょ?」

「……かなり、クル。鏃がついてたら貫通してたかも」



 集まってきた仲間たち。


 これは、訓練だからな。


 一人がやられたなら。

 まだ継続は出来るが。

 彼等の流儀としては、すでに敗北のようなモノなのだろう。

 

 反省しつつ、身体を起こすリク。


 

「ゴメン、皆。負けちゃった」


「――いえ、素晴らしい踏み込みでしたよ」

「…有り難うございます」

「やはり、最上位は高い…ですね」

「ミオさんも、先の剣捌きは素晴らしいものでした。単体の戦闘力も上位冒険者に匹敵する実力。それが、四人同時の連携なら格段に引き上げられていますね」



 訓練相手も来てしまったし。


 これで決着、だな。

 

 むしろ、良く食い下がったくらいだ。

 

 此処まで順調に来た四人は、今まで。

 遠距離主体の強敵とまみえたことが無く。


 彼女という存在の技を知り。


 更に多くの事を学べたはず。


 今に、また一つ壁を越えてくれる事だろう。




  ◇




―陸視点―




 お腹に鈍痛を覚えながらも。


 ゆっくりと立ち上がり。


 僕は、一息ついた。


 次瞬にはリディアさんへ。

 剣が届くと思ったのに。

 突然の激痛と共に視界が揺らいだと思ったら、自分が吹き飛んでた。


 まさか、あの一瞬の間に。


 矢をつがえていただなんて。


 途轍もない集中力だ。

 もしも僕だったら、間違いなく気を取られてそれどころじゃなかった。


 間合いを詰めた瞬間は。


 確かに隙だったし。


 攻撃までの予備動作がなさ過ぎないかな。



「なぁ、陸。俺の迫真演技、どうだったよ」

「……あぁ、アレね」



 先の矢によって。

 剣を弾かれて隙を晒した康太だったけど。

 あれはリディアさんを誘い込むための罠だった。


 樹上を自在に飛び回り。

 姿を見せない彼女へ。


 僕たちが攻撃を当てるには。


 誰かしらがピンチを演出する必要があったけど。

 流石は、防御を一手に引き受けている彼だ。 



「アレを受けきるのは、流石桐島君でした」

「でも、凄い真に迫ってたね」

「……多分、思った以上に威力が強くて、本気で焦ってたんでしょ」



 先の戦闘を思い返しつつ。


 三人で視線をやるが。


 

 ……目を逸らすところを見るに、図星か。



「でも、やっぱりリディアさん凄いよね」

「えぇ、本当に」

「凄く格好良い!」

「イメージ通りって言えばそうだけど、その極地って感じだよな」



 かつて、名を耳にしたS級の一人。


 それが彼女の事だったなんて。


 知ったのは遂さっきだけど。

 その肩書は伊達ではなくて。

 今までに出会った強者たちとは全く異なる戦闘スタイルの、新しい種別の強さだ。



「奇襲に対する判断のコツとかは有りますか?」

「やはり、経験によるものですね」

「……む……むむ」

「こればっかりなぁ」

「――今回で言えば、若干のズルがあったというのもありますね」

「「ズル?」」

「変な事なんてしてましたかね」


 

 確かに、この部屋は凄いけど。


 自然の環境そのままで。


 これは卑怯とは言えない。

 冒険者としては、対応出来て当然の戦闘環境だ。 


 

 つまり、彼女の言うズルというのは――?



「皆さんの師はナクラ殿ですからね。それぞれに合った戦い方をしていても、原形はそこにある。幾度も立ち合った私に一日の長があったという事です。あの距離の詰め方は、彼の得意技でもありますからね」

「……成程、確かに」

「康太と春香はともかく、僕と美緒はね」



 初対面…彼を知っているかと聞いて。


 あの時はとぼけていたけど。


 先生とリディアさんは友人。

 模擬戦の経験だって。

 相応にあるというのは、当然の事なのだろう。


 だからこそ、僕たちの技も。


 ある程度、指向が読める訳で……春香?


 目を輝かせた春香が。


 興味深そうに尋ねているけど。



「先生とリディアさんって、どっちが年上なんです?」



 ――また、センシティブな。


 本当に、彼女は。

 恐れを知らない。


 というか、好奇心の塊。

 やっぱりネコみたいな感じなんだよね。


 女性同士だから一安心だけど。

 僕か康太だったら、間違いなく顰蹙を買っていただろう。


 女性に年を聞くのは。


 失礼というらしいし。


 春香の質問を受けて。

 困ったように首をかしげるリディアさん。



「……どう、見えますかね」



 暫くして、逆に問われる。

 

 ―――という訳で。

 

 僕たち四人は円陣を組み。

 真剣に相談し始める。

 滅多なことを言わないようにと、聞かれて困るような会話をするかもしれないからだ。



「……見た目は、リディアさんの方が若いですよね」

「まぁ、長命者だしな」

「勇者に会ったことが無いっていうのなら、百歳未満だよね? 雰囲気的に落ち着いているし……二十代以上は間違いないよ」


「でも、同年代であれば先生が年上の可能性もある…と」

「さてさて。どうかな」

「……あの。結局、どうなんすか?」



 角形を形どった円陣の中で。

 康太が尋ねたのは、隣。


 何故か加わっていた大人だ。



「ソレは、自分で考えなきゃ」

「じゃ、先生が年上で」

「ははは、まさか。彼女は私より一回りも二回りも年m――」



 ………ブスッと。


 凄い命中精度の。

 背後からの奇襲。

 後頭部に矢を受けた彼は、前のめりに倒れて。


 出血は無いけど。


 ビクビク痙攣している姿は、見るに忍びない。


 半妖精……エルフって。 

 やっぱり耳良いんだね。

 先生の声量は僕たちと同じくらいだった。それでこの状況という事は、今までのヒソヒソ話が全て聞こえていたという事で。


 というか、大丈夫かな。


 起き上がらないけど。



「――あの、リディアさん」

「問題ありません、みねうちなので」

「…み…ね……?」

「本当に生きてます?」

「はい、問題ありません。良い時間ですから、私たちは一足先に食事にしましょうか」



 ずっと倒れたままに彼の事も。

 気にならなくはないけど。


 先生だし、大丈夫か。


 彼に対する対応とは正反対に。

 僕たちへの配慮は素晴らしく。

 こちらを気遣うようにゆっくりと先導するリディアさんに付いて、僕たち四人は森林のような部屋を後にする。



「食事…先生も食事になるのかな」

「木々の養分に…な」

「帰って来た時に頭から芽が出ていないと良いんですけど」



 何ともブラックなジョークを回し。


 便乗する仲間たちと歩く。



「そいえば、訓練の後に何処かへ行くって」

「……言ってたっけ?」

「康太、頭打った?」

「なら、さっきの衝撃ですね。――確かに言ってましたよ?」

 

 

 歩きながら、春香が呟き。


 康太が首を捻るけど。


 起きて…ご飯食べて…休んで。

 そして、訓練があった。

 始まる前にリディアさんが案内したい所があるって言ってたし、この後も一緒に行動するんだろう。



「リディアさん。食後は、何処へ行くんですか?」

「はい。昨日皆さんも聞かれたと思いますが、この宮殿には地下があるのです」



 そんなこと聞いたっけ。

 ……あぁ、そうだ。

 セレーネ様が、「地下に案内」とか言っていた。



「――地下室……うーん。頭が」

「アレとは違うだろ」


「何があるんです?」

「言わば、皆さんに所縁ゆかりある場所…そうですね」



 言葉を探すように。


 首を傾げた彼女は。


 一つ頷いて口を開く。



「歴代勇者を祭る聖域…というべきでしょうか」 

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