第15話:驚愕、喋る玉座

―陸視点―




「――セレーネ様。皆様をお連れ致しました」

「大儀でしたね、リディア」



 通されたのは、豪奢な一室。


 恐らく、謁見の間とかだね。


 広い部屋の全体に広がる。

 朱と黄の、質の良い絨毯。

 段差のある中でも、特に高い位置に一際輝きを放つ半妖精の女性が居て。


 その両脇…やや下の段に。

 控えるリディアさんと、同様の鎧を着た人たち。


 今まで偉い人と出会った経験は多いけど。

 こうした「謁見」というのは初めてかもしれない。 



「初めまして、ですね。皆様」

「「―――ッ――ッ…ッ」」

「本当に、よくぞおいでくださいました。九代目の勇者達よ。私はエルシード国の女王、セレーネ・アルス・エルシード・ローレンティアです」



 女性は、目を見張るような金髪。


 碧色の瞳は、やや切れ長で。

 確かなカリスマを感じさせ。

 一般の女性では着こなせないような輝かん純白のドレスですら、引き立て役にしかならない程に…妖精と形容するに相応しい美しさ。


 その一言一言の声ですら。

 歌うように魅力的で、相手の胸に響く音色……なんだけど。


 ―――ッ……うん。


 感動を覚える間もなく。


 僕たち勇者四人には。

 唖然とした雰囲気が漂っていた。



 あぁ、コレは確かに謁見だ。

 緊張感だって、存在する。

 だが、しかし……彼女の玉座に問題大アリ。


 それは、金色の腰掛でも。

 座り心地の良さそうなソファでもなく……というか、椅子ですらない。



「……やぁ、皆――グ…ッ」

「ふふっ…ふふ」

「無事に――辿り着けたみたいだね」

「全く、椅子が喋らないでほしいものですね。大人しくしていなさいな」



 ………なんて。


 なんて、無様なんだろう。


 あの喋る椅子のせいで。

 話が耳に入ってこない。

 長い名前は良いんだけど、別の事が気になって気になって。


 本当に、耳に入ってこない。



「発言を許しますよ、小さき勇者達。疑問に思う事、答えましょう」

「「…………」」

「……では、女王陛下? その玉座は、どういう?」


「―――趣味です」



 趣味……あぁ、そういう。


 なら、しょうがないよね。


 いや、良い訳は無いんだけど。

 この状況で意見できる程。

 僕たちの心臓は強固じゃない。

 というより、春香と康太が笑いを堪えるのに必死なので。


 下手に口を開かせないよう。


 納得しておくしかない。



「ほんの、ささやかな趣味ですよ」

「……左様、ですか」



 代表して問いかける美緒と。

 女王の会話に耳を傾けつつ。


 僕も玉座へと視線をやるが。

 座られている彼は渋面を作っていて。

 そういう趣味は無いのかな。

 嫌々やらされているような様子だし、何かの弱みでも握られているのかもしれない。



 ……確かに、アレは女王様だ。



 女王セレーネ、セレーネさん――様?

 やっぱり、様付けすべきなのかな。


 会話に集中すべきだろうけど。

 こんな事でも考えていないと。

 緊張と、目の前の混沌とした状況のせいで、頭がおかしくなりそうなんだ。


 むしろ、自然体の美緒は。


 何で素面で話せるのかな。


 この状況でおかしいのは、彼女の方だ。


 

「――勇者ミオ。他の疑問は、大丈夫ですか?」

「では、もう一つだけ」


「えぇ、許しましょう」

「私たちがエルシードへ参った理由なのですが」

「話は、聞いておりますとも。その件は日を改め…今日は、ゆるりと休むのが良いでしょう。この国は貴方たちを歓迎しますよ」


「お気遣い、感謝致します」

「ふふッ。――えぇ、歓迎いたしますとも」



 何か………あれ?


 気の所為、かな。



「もう、宜しいのですか?」

「はい、以上です」

「よろしいです。勇者も、冒険者も。資本はその五体ゆえ…羽根を休めるのも大切な事。すぐに部屋へ案内させましょう」



 いや……気のせいじゃない。

 複数で話をしている以上は。

 相手の内の誰かと、不意に視線が合うこともあるだろう。


 でも、女王――セレーネ様は。


 時々、にっこりと微笑む。


 何故か、僕へと視線を向けて。

 果たして、何か彼女の琴線に触れるようなモノがあったのだろうか。


 だとしたら、多分思い違いだ。 



「誇らしき戦士長リディア」

「――は、此処に」



 美緒との会話が終了して。

 一つ、頷いたセレーネ様。

 彼女の言葉を受け、控えていたリディアさんが進み出る。



「彼らの歓待は、貴方に一任します。粗相なきよう、部屋に案内してあげてください」

「はい、畏まりました」

「明日は地下を案内してあげると良いでしょう」

「――は。御心のままに」



 こういうのを見ていると。


 映画のみたいで感動する。


 空間の中に一つだけ。

 とんでもない異物が紛れ込んでいるけど。


 リディアさんは臣下の礼をとり。

 再び僕たちの傍へとやってくる。

 


「では、皆様。不肖ながら、私がお部屋にご案内します」

「「……ッ……ッ」」

「あの、先生は」

「大事ありません。いずれ、お戻りになるかと」



 未だに堪えている二人。


 僕だって、心配だけど。


 彼女にそう言われては。

 どうしようもないので。

 リディアさんに案内されるまま、謁見の間を後にする。


 僕たちに対して、後ろから。

 縋るような視線を向けられている気がするのは……。



 多分気の所為だと誤魔化しながら。




  ◇


 


「――では、ゆっくりとお休みください」

「有り難うございます」

「「…………」」


「――その。お二人は、大丈夫ですか?」

「気にしないでください」

「謁見というのが初めてで、緊張したんだと思います」


「あぁ、左様でしたか。――では、ごゆっくり」



 ―――今ので納得するんだ。

 不思議な人だね、彼女も。


 談話室のような場所へ通され。


 丁寧な所作と共に閉まる扉。

 遠ざかっていく、本当に小さな足音は、リディアさんの物で間違いない。


 …………。


 ………さて。


 僕たちは、暫くの間。

 顔を見合わせ続けて。

 決して何があっても動じぬと、堪え続け。



「――どう…だ? 大丈夫か?」

「もう、良い?」

「……恐らくは、大丈夫かと」


「「あーッ! 死ぬッ!」」 


「大丈夫? 二人共」

「いや、死ぬかと思った。アレは、確実に笑いを取りに来てたよな」



 ようやく混乱から回復して。

 情報整理と休息の時間。

 僕たちは、さっきまで碌に会話できなかった分。


 疑問に思っていたことや。

 抑えていた感情を爆発させてリラックスする。



「マジで、何があったのさ」

「……さぁ?」

「考えても、無駄じゃないかな」


「というかさ。女王様、陸ばっかり見てなかった?」

「ええ、そう見えましたね。初対面だと思うんですけど」


「童顔の少年が好みとか?」

「あぁ、あるかもしれねえな。向こうの世界のジャンルに――」

「「言わなくていいからね?」」



 幾ら自由だからといって。


 何て事を言い出すのか。


 一気に噴き出す疲れと共に。

 呆れを込めて、座っていたソファへと、身体を沈ませる。 


 ……コレも、凄く良いな。

 上質な革が使われている。



「――ん…んん~~確かに、コレは」

「良いソファだよね」

「多分、さっきの玉座よりも上等だよな」


「そりゃそうでしょ」

「でも、あちらも大陸に数十しか出回っていないA級の家具さんですよ?」



 冗談を交えながら談笑していると。

 耳が、微かな物音を感知して、僕たちは反応する。


 近づいてくる足音は。


 これは、間違いなく。


 噂をすればといった感じだね。



「……ただ…いま」

「あ、先生。お帰りです」



 ボロボロになった彼を見るのは。

 かなり、珍しい事で。


 まるで、雑巾だ。



「本当に、何があったんですか? 先生」

「そりゃ、色々と」

「何か弱み握られてたり?」

「あぁ、脅されて穢されちゃったよ。酷い国だね、流石エルフ。自分の方が上だと考えたら何処までも女王様気取りで高慢ちきで――」



 ソファへと腰かけた彼の口からは。


 延々と文句が出てくる。


 余程とさかに来たらしい。



「本当にこんな国、独裁国家の方が分かり良いだろうに」

「さっき、平和だって言ってませんでした?」

「国家ぐるみの場合は犯罪でも法律ってね。当事者以外がみんな向こうの味方なんだから、被害者は泣き寝入りするしかない。――ああ、帰りてぇ」


「先生、本音漏れてますよ」

「やっぱり乗り気じゃなかったんすね」



 そんな感じだったけど。

 

 完全に参っているね。



「でもよ? あんなに美人な女王様の……くっ、なんてうらやましいんだ」

「……康太君?」

「じゃあ、次はコウタに代わってもらうよ」

「きたー!! 俺の時代だッ!」 



 ……思えば、何時もそうだ。


 男のロマンがなんだと。

 よく、のたまう割には。


 彼は女性関係に靡かず。

 勿論、恋人さんがいるって話は聞いているけど。

 一人で異世界転移なんてやっている割には、成り上がり欲がないというか。


 やっぱり変な人だよね、この大人。



「ホント、羨ましすぎて気絶しそうでした」

「酸欠寸前でした」

「二人は窒息しかかってただけだね。吹き出すの堪えてたでしょ」



 顔真っ赤だったしね、二人は。


 リディアさんも心配してたし。


 ……でも、彼女も。

 何処か、ズレてる。

 どうしてそうなっていたのか、全く思い当たらない様子だったし。


 ………間違いないね。


 この世界の強い人、皆おかしいんだ。



「というか、康太君は背中に乗ってほしいの?」

「……え? あー、いや…大丈夫」

「なにその反応」

「多分、恥ずかしいんじゃないかな」

「ダメですよ? 春香ちゃん。はしたないです」



 ……いや、本当に。


 純情な親友くんが。

 遂に、昇天してしまうかもしれない。



「それよりも、議会の件はどうしましょうか」

「保留されてたな」

「頼みがあるとか?」

「まぁ、さっきの話ではないけど、こういう時はゆっくり休むのが良いさ。寝室は全部で三つあるから……私が一人で良いよね」


「じゃあ、僕と康太で」

「私が美緒ちゃんと一緒だね」



 野営以外の相部屋は。


 本当に久しぶりだね。


 今更遠慮するような仲でもなし。

 そこに関しては心配していないんだけど…。



 今日は…今日こそは。



 ―――ゆっくり眠れると良いなぁ。

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