第14話:お迎えは突然に
―陸視点―
「どうすれば良いのかな?」
「私達、何も知りませんからね。先生は大丈夫だとは思うんですけど」
言葉は…通じるだろう。
意志疎通も問題はない。
だが、ここは天下の往来で。
所在なさげに立つ。
人間種の子供たち。
先の件もあるし、控えめに言って目立ってしまっている状況の中、これからどうするべきかと視線を交わし合う。
「――というか、あの人攫ってどうすんのさ」
「そりゃ……人質?」
「命要らんの?」
「一番ダメな選択じゃないですかね」
うん、間違いなく。
最悪手な気がする。
確かに、一番の障害になるから、優先的にというのも考えられるけど。
そこまで考える頭があるなら。
あんな手段を強行するより。
別の一手を講じる方が良いと分かるだろう。
―――と、言うより。
「本当に人攫いなんでしょうか」
「確かに、そうだよね。順路も入国の仕方も知っていたんだから、エルシードの政府とも繋がりがあると思って良いし…その関係かも」
何より、おかしいのが。
あんな事があったのに。
道行く人々が自然体過ぎる。
騒ぎに発展していないんだから、これが普通と考えれば…考えれば。
……やっぱりおかしいよね。
何処の異文化に、こんな歓迎の仕方が?
「本当に、今のがお迎えなのかな」
「蛮族すぎねえか? マジでさっきの話だろ」
これが、この国流の歓迎説。
もしかしたら、一番の名誉。
エルフ族による小粋な
一人一人馬車で連れ去るのが流儀…などなど。
やる気のない回答ながら。
皆で知恵を出していると。
「――おい、アレって」
「……逃げる?」
「いや、さっきと違って止まりそうだし」
「もしかしたら、減速して一網打尽…とかかもしれません」
同じようなシチュエーションで。
一台の馬車が、目の前で止まる。
今まで通り過ぎた物の中でも。
明らかに質が良く、高級品で。
目につく箇所に複雑な文様が入っている。
何より、引いているのは。
ただの馬ではなく…角があって。
これ、魔物だよね。
飼いならしてるのかな。
どう見てもユニコーンな馬に引かれる視線。
警戒もそこそこに僕たちが立ち尽くしていると、馬車に付いている扉がゆっくりと開き。
「お待たせいたしました、皆様」
「「……わぁ」」
すっごい美人さんが来た。
如何にもなエルフさんだ。
淡い、金色の長髪。
スラリとした長身。
何処か冷めたような碧色の半眼。
しかし、声色は何処までも真面目そうで抑揚があり。
一礼も、凄く丁寧で。
「……あの、貴方は?」
「エルシード護衛戦団の戦士長、リディアと申します。皆様の案内を女王より仰せつかり、お迎えに上がりました」
恭しく頭を下げる女性――リディアさん。
だけど、もしも罠だったら。
なんてこともあるわけで…。
懐疑的な雰囲気はやむなし。
何より、こういう時に意見をくれる人が拉致されちゃったし。
「実は、もう一人連れがいたんですけど…知りません?」
「……さて」
「凄く胡散臭い感じで」
「白々しい男性なんですけど」
「どうでしたかね。そのような物…いえ、者が入国したとの報告は来ておりませんが」
…うん。春香でなくても分かる。
これは、どう見ても知ってるね。
あからさまに誤魔化している様子の彼女は。
全く表情を変えないけど。
しかし、何故かチョロ…凄く分かりやすい雰囲気を纏っている。
多分、腹芸が苦手なんだろう。
凄く真面目そうな人だし。
まあ、それはさておき。
彼女の言葉に確信が得られたので、人前ではちょっと失礼かもしれないけど、4人で小さく相談する。
「入国、ね。どう思う? 美緒」
「その情報を入手できる立場なら、大丈夫じゃないですか?」
「……行こっか。二人は――」
「「任せたインテリ」」
国に入った時から見ていて。
すぐさま一人を拉致して。
瞬時にここまでの対応が出来る存在は限られる。
そう判断した僕たちは。
素直に馬車へ乗り込み。
身体が揺れるのを感じながら、成るがままに任せることにした。
◇
「……………」
「「………………」」
もしかして、気まずい?
誰も言葉を発しないね。
というのも、リディアさんが。
まじまじと僕たちを見ていて。
女性に覗き込まれるという経験など殆どない僕と康太は緊張で固まってしまうし、春香と美緒も彼女の身体特徴を興味深く観察していて。
実質的なお見合い状態が。
この空間を支配していた。
「――不思議な物ですね」
「「え?」」
最初に行動を起こしたのは。
向かいに座るリディアさん。
彼女は僕たちに視線を固定したまま、ゆっくりと口を開く。
此方の四人とは違い。
緊張とは無縁の様子で。
僕らの浮かべた疑問符を解消するように話を続ける。
「私は、異界の勇者と出会うのは初めてなのですが…こうして向かい合っていると、不思議と心を許してしまいそうな安心感があります。これも、勇者の力なのでしょうか」
今までに、そんな言葉を。
言われた事があったかな。
いや、言われたこと自体はない。
でも…どうだろうか。
互いに害意が無かった時、僕たちは自然と多くの人たちと歩み寄ることが出来て。
当たり前かもしれないけど。
沢山の人と親交を結んで。
疑問に思ったこともなかったな。
気付いたのは、種としての視座の違いだろうか。
「…ええと。そりゃあ…どうなんすかね?」
「私たち自身、知らないことが多いんです」
「そうでしょうとも。全く思いもしない状況にあって、突然別の世界へと呼び出される…。混乱しないほうがおかしかった。それでも、こうして皆さんが揃っている事こそ、不思議な力の働きがあるのかもしれません」
「ま、神様の加護貰ってますから!」
向こうから声を掛けてもらったことで。
好意的な言葉をもらったことで。
多少は肩の力が抜けてきて。
ゆっくりと、会話が始まる。
「六大神とは異なる、異界の神ですね?」
「…まあ、どんな神様かは知りませんけどね」
「話だけなら存じていますよ。確か…ヤオヨロズといいましたか? 二ホンというのは古くは数多くの神を祭っていたと」
…そこまで知ってるんだ。
それは、人類学的な話で。
全ての物質に神や精霊が宿っているという考えの延長…多神教。
しかし、この世界には。
微妙に当てはまらず。
全ての宗教の根幹にアトラ教がある大陸では、そういった思想は発生しない。
当然、伝聞として向こうの世界…。
地球を知ったという事に他ならないだろう。
「リディアさん、詳しいんですね」
「我が国ほど異界の勇者との関りが強い国家も珍しいですから。彼らの残したチキュウという世界の歴史や知識…そういったものは、文献として大切に納められています」
「それは…また何というか」
「ちょっと恥ずかしいよね」
「赤裸々に記録されてないと良いね。向こうは、こっちみたいに種族が多くないし、徹底的に習性を調べられてそう」
日本人の生態辞典とか。
絶対嫌な予感がするね。
「チキュウは、亜人自体が存在しないんでしたね」
少なくとも、定説では。
そうなっているというのは間違いない。
彼女の知る向こうの常識は。
僕たちとほぼ遜色がなくて。
やっぱり、途轍もない未来からは勇者も召喚されないらしいね。
もしも、そうなったら。
技術レベルが変わり過ぎたり、
「今となっては純粋な妖精種も、精霊種も大陸から去ったと言われていますが、未だに解明されぬ神秘は数多く。わが国でも研究の対象になっています」
「…エルフもそういった研究を?」
意外と言ったら失礼だけど。
それは、興味深い話だった。
「この世界の文明は、数千年の間に再構築されたものだと聞いています。故に、我ら自身…それ以前に何があったのかを知りたい、目の当たりにしたい。その考えは強いのかと。…私自身は興味本位ですが」
当然の欲求…なのだろうか。
過去を掘り出し、考察する。
とても、難解な題材で。
知識が必要な物だけど。
それを学ぶことが出来る程に、世界が平和な証拠でもある。
この世界でも、人間同士で。
大きな戦争の時代があった。
その情報を知るだけに。
とても不思議な感覚だ。
知識欲と言えば、美緒だね。
僕が感じ入っている間にも。
彼女は、次なる疑問をリディアさんにぶつけていた。
「先ほど攫われた人に聞いたのですが、半妖精の始祖が千年生きたというのは本当なんですか?」
「……あ、そうですね。言い伝えでは――」
やや反応が遅れたリディアさんは。
簡単な伝承を語ってくれた。
元より、この世界は亜人が居て。
旧世界より沢山の種が存在した。
今より文明が圧倒的に栄えた時代。
しかし、人間種の寿命は同じで。
永き時を生きる種がどのように思われたか。
圧倒的に進んだ技術力がどのように使われたかは、想像に難くなく。
かつても、現代でも。
希少種は生きずらく。
他種族の迫害を逃れんと半妖精が巨大な国家を造り、その王家は上位種と言える力と、悠久の寿命をもって。
神の代行者として。
同族と、数少ない自然を保護した。
代を重ねる程に血も薄まり。
大厄災…天罰の影響を受け。
世界は一度、亡びを知った。
漂白から逃れた王家一族によって、新たな国家が造られ。
生き残っていた王家は三つ。
別たれた彼等のうち。
現在も国を保っているのは、エルシードのみ。
その他の王家や、仕える者たち。
彼等はひっそりと里を存続しているか…既に他種族によって滅ぼされたか。
だが、数を減らした現在でも。
この国は、そういった同族たちの受け皿となっているらしい。
「……長命も楽じゃないんだね」
「あくまで、寿命が長いだけですから。代替わりは常に先んじて行われているので、単純に300年周期で行われるわけではありません」
「やっぱり、そうなのか」
「徳川幕府とかが分かりやすいのでは?」
260年で15代だから。
単純計算であっても。
17年で代替わりする。
当時だって、人間の寿命は50年以上あったのに、だ。
やっぱり、国を維持するというのは、とても大変なのだろう。
「因みに、今代の王様の年齢とかは?」
「それは、恐れ多く」
「……あ、すみません」
「ですが。女王陛下は、二百年前の勇者様とも面識があったと」
「「……に…ひゃく?」」
当時の勇者は短命だったらしく。
没したのも早かったらしいから。
つまり、それは。
200歳以上かも?
長命種だというのは知っていたけど。
実際にそれを目の当たりにすることになるのは、初めての経験だ。
その後も、僕たちは。
次々に質問をしたり、驚いたりして。
…………。
…………。
やがて、話が終わる頃。
「――あの、リディアさん?」
ワキワキと手を動かし。
目を輝かせている春香。
これは、凄く嫌な予感がする。
声を掛けようかとも。
止めようか迷う時間もなく。
既に、彼女は行動を起こしてしまっていた。
「失礼なことかもしれないですけど……耳、触っても良いですか?」
止めておけばよかった。
車内に広がる静寂。
暫くの間、その言葉を咀嚼していた彼女は。
―――やがて、くつくつと笑いをこぼす。
「――ふ……ふふ。そうですか。耳を…やはり」
「春香、それは流石に」
「いきなり過ぎんじゃないか?」
「いえ。私で宜しければ、構いませんよ」
「「良いんですかッ!?」」
……美緒…さん?
そう言えば、さっきの空白時間も耳見てたよね。
春香と一緒に声を上げた彼女は、我に戻ったように赤くなった顔を伏せるが。
その言葉にリディアさんは。
再び、了承の意思を伝える。
「困るようなものではありませんので、宜しければどうぞ。ですが、言われたのは初めてですね」
「…あの、同族でとか……」
「人間に言われた事とかは、ないんですか?」
「同族からすれば、耳が長いのは当然の事なので、気にも留めないですね。人間…冒険者は、私に声を掛ける者は少ないですから」
それは……どうしてだろう?
出会う機会がないではなく。
人間は、声を掛けないって。
普通、彼女ほどの美人さんなら、沢山の人が声を掛けそうなものだけど。
疑問を抱く僕をよそに。
完全に思考を放棄した春香は。
およそ、女性的ではない手つきで両の腕を伸ばす。
「では…へへへ。ちょっとだけ失礼しますね」
「……あの、私も良いですか?」
「ええ、どうぞ。私が中央に座りますので」
――あぁ、そんな。
――なん…ズル…くッ。
「やっぱり…フニフニですね……!」
「これは感動ものだね!」
「「……ッ…ッ…ッ」」
「ふふッ――少し、恥ずかしいですね。おかしなものですが」
同性特権ズル過ぎる。
何でこれ見よがしに!
親友と悔し涙を流すこと暫く。
結局、僕たちは何も成すことが出来ず、馬車が動きを止める。
「もしかして、到着ですか?」
「はい。既に宮殿内部です」
御者の男性に扉を開かれ。
僕たちが降りたのは。
木材の温かみに溢れる、心地よい雰囲気の回廊だったけど。
リディアさんの言葉を受けて。
緊張が戻ってくるのを感じる。
というか、何で忘れてたんだろ。
如何に時間があるとしても。
絶対、先程話題に出た長命者の女王様と会う事になるんだろうし。
今から、精神集中をして――
「既に謁見の準備は整っていますので」
「「えッ!!?」」
そんな時間もなく。
案内されるがまま。
僕たちは、一際目立つ大部屋へと通された。
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