第9話:イレギュラーは発生するもの

―陸視点―




 さて、こういう場合はどうすべきかな。


 敵は知能が高い魔物で。


 イレギュラーの大元は。

 スクロールと言う魔道具。

 魔物が持っていることに驚くのは当然として。


 それを早々に破るという。

 知能の高さに驚かされた。

 だって、使い方を理解しているという事だから。



「――キキッ! キキューッ!?」

「キャチャチャ!?」

「あちゃあちゃ!? 春香ちゃん、水くれみずッ!」


「……自分で出したら?」



 いや、やっぱり理解してないかも。


 エイプたちは。

 自分で発生させた火の粉に当たって転げまわり。

 もっと知能がありそうなお猿さんも一匹、熱さにのたうち回っている。

 

 腕がチリチリいってるのに。

 随分余裕があるね、康太。


 やっぱり、火属性使いだからかな。

 

 エイプたちと一緒に騒ぎつつも。

 敵を牽制する彼を尻目に。

 僕たち三人は、作戦会議をする。



「――スクロールは、攻撃に使わない方が良いんでしたね」

「何でだっけ?」

「何処に出るか分からないからだよ」



 そう、指向性を持たせずらい。


 どれだけ慣れても。

 完璧に放てず。

 ただ破るだけで発動するという利便性の高さで勘違いし、金持ちの出である冒険者が多用するという話を以前聞いたけど。


 その末路は、自爆が殆どで。


 短所も大きいんだ。



「――陸君。雨降って地固まらない…ですね」

「……うん。それで行こうか」


「「どゆこと?」」

「足元注意、って事だよ」



 彼等エイプがどういうつもりかは知らないけど。

 敵対の意思はしっかり分かる。


 ならば、此方も。


 討伐への抵抗はない。



「―――ッ! 一文字ッ――です!」

「キキッ!?」



 美緒の放った白刃の一閃に。


 エイプは回避行動を取る――が。

 途端に滑ってコケる。

 しかも、立ち上がるのも難儀し…そのまま刀で打たれて昏倒。


 水塊、水塊、水塊……。


 アレだけやったんだ。

 そりゃ、足元がぬかるみもする。


 彼等は予測し忘れ。


 僕たちがしていただけの事。



「「キキュッ!? ……キキ!」」

「いえす、危機ッ!」

「キキ、キキ、“激流”連弾ッ!」



 ………会話してる?


 春香が得意な水属性。

 その初級魔術を連発。

 既にベチャベチャだった地面は、更に水に覆われていき。


 足の踏み場は。


 どんどん無くなりゆく。



「――キューッ!? キキキッ」

「「キャーォ!!」」

「まだ、まだ行けますよ。覚悟してください」



 でも、そんな中でも美緒は止まらず。

 飛び回りながら敵を打つ。


 ……異能じゃない。


 あれも、魔術の一種。

 彼女の足元だけ、地面が盛り上がり。

 動きやすいように、操作されているんだね。


 やがては、学習し始めたのか。


 自ら動きを制限するサルたち。


 そこは、僕が風を操り。

 飛び上がって転倒を避けようとするエイプや、踏ん張っているエイプを煽って転倒させる。

 既に、彼等は泥だらけで。

 

 知能が高いゆえに。


 僕たちの力量を測ったらしく。


 

「――ホキャッ! ホホーキキッ!」

「「キャキャッ!」」



 ……転がるように。


 ……泳ぐように。


 高原を駆けて、逃げていく。

 元々美緒もみねうちばかりしていたので、エイプは皆無事で。


 昏倒していた個体も。 

 すぐに意識を取り戻し、仲間を追っていく。



「危ないから、もっと知恵を付けてから使おうねーッ!」

「「キキーッ!」」

「危機を察知、だな」

「あれ? もう一匹。仲間に付いてかなくて良いの?」 



 僕たちは、それを見送ることにした。


 一応、B級らしいし。

 一匹でも殺してしまえば。

 群れる魔物である彼等は、死にもの狂いで向かって来たかも知れない。


 だから、コレで良い。


 討伐依頼でもなし。

 戦わないに越したことはないからね。



「……何か、思ってたのと違う結果になったねぇ」

「あ、先生」

「ずっと見てただけでしたね」



 完全に意識から抜け落ちてた。


 本当に沈黙してたね。

 切り株座ってるし。



「――先生。あのスクロールは、冒険者の持ち物ですね?」

「魔術の不足を補うため?」

「切り札として、温存していたとか」


「そうだ。結局使わなかったみたいだけど…ね」


「何で使わないんすかね」

「相手は知能の劣る魔物だから大丈夫だろう……という考え。足をすくわれる要因だ。エリクサー症候群という言葉があるけど、現実では必要と感じたのならすぐ使うべき、それが活路となるね」



 勿体ぶってしまうというのは。


 ちょっと、身に覚えがあるな。


 遺体は無いけど。

 こうして、間接的に誰かの死を見せつけられる。

 スクロールもそうだけど、装備や武器だって…彼らが元々持っていた筈はなくて。


 青々として、瑞々しい草花に。

 何処までも続く清流。

 こんなにも綺麗な自然の中にあって、現実はとても残酷で。

 でも、僕たちはもう不必要に恐れてはいない。


 一々陰を落として。


 項垂れることは無い。


 だって、それがこの世界の常識だから。

 僕たちがすべきなのは、項垂れて悲しむ事ではない。



「――コウタは火傷、大丈夫かい?」

「…あぁ、忘れてました。痛みに強くなるのは良いんすけど、痛覚が鈍くなるのも怖いんですよね」

「治してあげよっか?」

「いや。これも機会だから、例のポーションを試してみると良い」



 そういえば、皆で貰ってたっけ。

 言われて、その存在を思い出し。


 康太がバッグから取り入だしたるは、例の小瓶。


 普段見るものより一回り小さい容器を傾け。

 傷口へ垂らすと。

 ゆっくり染み込む。

 薬草や薬石から抽出された純粋な回復薬は糖分を含まず、すぐに肌へ浸透するのから、べたつく心配も無くて良いね。


 でも、コレは何というか。

 普段のより、粘度が高め?


 それに興味を掻き立てられたか。


 彼は、腕に落ちたその液体に口を……。



「ふむ、トロリと――旨ッ!」

「――何!? あたしも舐めたい!」

「……少し、頂けますか?」

「康太。僕も、ちょっと貰って良いかな」



 反応に興味を覚えて。


 僕も経口摂取してみると――濃い。



「何か、濃縮されてるみたいだな」

「蒸留とか、煮詰めるとか…方法は数あるけど、どれも途中段階で薬自体の効果が薄まってしまう。それをここまで保ったまま製品化できるのは、高度な技術スキルの証拠だね」


「……美味しいです」

「アマー、うまー」

「味が良いのも、腕の良さですかね」



 アイリさんは、凄く優秀なんだね。

 通りで、あの時。


 先生が褒めちぎっていたわけだ。



「ともあれ、どれだけ腕が良くても材料がなければ作れない訳だから」

「――そうだッ! 早く探そう」

「お届けしないとな」



 そう、依頼を果たさなきゃ。


 戦いの興奮から我に返り。

 僕たちは、辺りをぐるりと見渡す。


 戦闘で多少荒れたけど。

 高原は、とても静かで。

 清流の涼やかな音と、風の薙ぐ音が心地よい。



「これだけ自然いっぱいなら…あるんじゃないです?」



 春香の言葉を皮切りとして。


 静謐な自然の中。

 ザクザクという足音。


 暫くは散策の足音のみが周辺に響いた。




  ◇




 薬草と言えば、葉っぱのイメージで。

 実際、栞に挟まれたのも葉っぱだった。


 でも、これは……。


 どちらかと言うと。

 多肉植物に近い…かな?

 

 不思議な植物で。

 アロエのような厚い葉に。

 よく見るタイプの葉っぱが沢山ついている感じ。

 

 ……本当に不思議な植物だ。



「これが、トルシア草ですか?」

「あぁ、面白いだろう」

「随分一面に群生しているんだねぇ、アロエ」



 暫く辺りを散策した後。


 上から流れる川に沿い。

 一際高い丘の所で、群生地を見つける。


 空気こそ薄い場所だけど。

 日の光も良く当たって。

 遮るモノも無いから、随分と成長しやすいのだろう。



「――暫く、誰も来てなかったみたいだね」

「そうなんすか?」

「固有種だから、群生地なんて此処ぐらいだしね。西側へ持っていけば、結構利益が出るんだけど…今は需要が発生していないと見る」



 ある種のビジネスが出来そうだね。


 でも、彼の言う通り。

 必要なのは今じゃないらしい。



「まるで、胡椒みたいだな」

「香辛料貿易に、付加価値。西では栽培が難しいのでしょうか」

「標高や魔素濃度の問題だろうね。後は、この川だ。肥沃な土壌から溶け出した栄養が隅々まで行き渡るようになっているからこそ――」


「おぉ。美味しいね、この水」

「……うぬ。こりゃ、確かに」

「あまり飲み過ぎないでくださいね? 生水は危険なので」



 そう、誰一人うんちくを聞いていない。

 

 タメになる話だけど。

 何時でも聞けるしね。


 この、とても澄んだ水が。

 薬草を育てるんだね。

 流水というのは不思議な力が有って。

 雪解け水とか、山の天然水という言葉があるけど、それだけ山岳が育む栄養は豊富で、行き渡っていくという事だろう。



「――君たち? 先生の話聞いて?」

「はいはい、聞いてます」

「お水美味しいって話ですね」


「あの、先生。何故需要が無いんですか?」

「西側に持っていくには乾燥させて運ぶのが一般的だけど、そもそも、これが必要になるほどの病はそうないからだね。だが、時として――」



 西側で、そういう病が流行れば。


 供給は追い付かなくなり。

 無謀にも一獲千金を夢見た冒険者が増える。


 そして、命を落とし。


 自然の糧として循環する、と。



「――世界が定めた、良く出来た仕組みだね全く」

「怖い話ですね」

「不注意までは、どうにも」

「楽じゃねえからなぁ、冒険者。あんまり嘗められると、困るぜ」



 僕たちのソレは。

 ちょっと異常だろうけどね。


 薬草を丁寧に摘みつつ。


 愚痴を適当に零し。

 空気が落ち着いた所で、先生が手を叩く。



「さぁ、帰るまでが採取依頼だ。ま、ゆっくりと戻ろうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る