第8話:久々の採取依頼
―陸視点―
新人の冒険者には、それに見合ったクエストがある。
その中でも、特に数多いモノ。
それこそが、採取依頼で。
言わば、チュートリアルだ。
採取依頼で周辺の地理を知り。
討伐が目的でもないため。
冒険者は、焦る事も緊張することもなく、安心してクエストを行える。
「……でも、此処まで来るとなぁ」
「大変だよね」
「敵のレベルだって上がってるし、環境自体が結構シビアだからね」
現在地は、ロンディ山脈の高地で。
標高が高い分。
空気も薄くて。
身体が怠くなり、思うような動きが出来ない。
「昔の私たちだったら、高山病になっていたかもしれないです」
「……鉱山?」
「高い方だよ、春香」
「酸素が足りなくて中毒ってやつだな?」
とは言え、山に入って既に一日。
身体も慣れてきている。
この分なら、後は。
【トルシア草】を採取するだけだ。
「採取依頼なんだし、とっととクリアできちゃうと良いんだけどねェ?」
「油断は、大敵ですけどね」
「クエスト自体、久々だしな」
「…そうだね。クロウンスでは、ギルド自体無縁みたいな感じだったし」
対人戦がメインの訓練だったし。
もしかしたら。
魔物相手の戦闘や、自然に身を置いた勘が弱まっている可能性もある。
「なら、早々に勘を取り戻さないとね。準備は、大丈夫そうかい?」
「もう、戻りかけてますよ」
「……恐らく、大丈夫ですね」
「康太君もダイジョブ?」
「おう、勿論。地理もバッチしよ!」
必死に皆で覚えたからね。
康太は、特に念入りに。
ここから先は、さらに高所になるだろうから、身体に気を付けながら進まないと。
そう思って水を飲み。
管理に務めていると。
気分転換か何かなのか。
美緒と春香が先生に質問をしていた。
「地理と言えば…先生? この周辺には、何かしらの産業とか」
「あと、名物とかあります?」
「冒険者の都市だから、工業自体は専門外だね。でも、クロウンスと同様に多くの自然が残っているから、生態系も多様だ。私のお勧めとしては、非常に透明度の高い湖とかがあってだね?」
「――おおッ! 湖!」
「……湖水浴、良いですね」
地理情報で盛り上がる三人。
その会話を聞きながら。
前を歩んでいた僕は、隣にいる親友に話を振る。
「……ねえ、康太」
「ああ、俺も。暇になったら聞いてみっか」
僕たちは、娯楽に飢えているから。
湖水浴なんて。
素晴らしいイベントは外せない。
その気持ちは康太も同じはずで、主語を用いることなく伝心した意思に、一も二もなく相槌を打ってくれる。
決して…そう、決して。
水着とかがどうこうではなく。
変な妄想をしている訳ではなく。
皆で遊ぶのはきっと楽しいと思えばこそ。
その内先生に聞こうと…行くことにしようと胸に誓ったのだ。
「――お二人とも、前に出過ぎですよ?」
「どったの?」
「「何でもないっす」」
話に気をとられ過ぎたかな。
大分先に進んでいたようで。
「目的の匂いでも嗅ぎつけたかな。そろそろ、群生地に着くからね」
「……はははッ、やっぱり?」
「そうなんじゃないかと思ってました」
「……何か、怪しい」
「春香ちゃん、考え過ぎでは?」
さっきの湖水浴の件は。
また、次の機会にして。
ここに到るまでも、何度か戦闘はあった。
でも、今の僕たちであれば問題なく対処できる程度の魔物しか出てこなかったので、気分が楽観的になっていたようで。
……だからなのか。
目の前にそれが現れるまで。
僕は、異変に気付くことが出来なかった。
「………あれ、何?」
「「え?」」
「ほら、一本杉みたいな木の後ろに……サル?」
現在地である高原には、点々として細い木々があり。
その陰と、上に居た生物。
向こうもこちらへ気付いたか。
端から見ていたのか。
三匹のサルが。
此方へ視線を向けている事が分かる。
「……エイプ・リール? まさか」
「フールっすか?」
「猿さんの名前です?」
「先生、あの魔物は初見ですよね。どのような特徴が?」
――エイプ・リール?
凄くコミカルな。
しかし、油断ならぬ名前で。
名前通り。
その外見は、猿そのモノ。
茶色と栗色の中間にあるような体色で。
尻尾はバネのように巻き巻き。
一見、可愛らしくも。
確かに鋭い牙が生えていて、爪だってナイフのようだ。
「アレは、リール種だね。尻尾が特徴の。中でもエイプ系は、素早さもさることながら、知能が高いB級の魔物さ」
「「……B級」」
「猿山…お山の大将名乗れるだけの強さって事か」
「――まぁ、ギリギリだよ」
B級の魔物は、実は初めて。
だけど、先生は。
問題ないというように首を振る。
「彼等は、集団でなければ真価を発揮できないから、リク達の実力なら一匹や二匹――あれッ?」
「「…………」」
しかし、彼の話を遮るように。
後から後から、ぞろぞろと。
現れる小型の魔物は。
その全てが同一の種。
説明通り、群れる魔物なんだろう。
解説の途中で言葉を切った先生は、微妙な顔でこちらへ向き直る。
「……は楽勝だと思ったんだけどね。団体様だから、油断せずに掛かってくれたまえ」
「――ホンットに」
「先生の言葉ほど信頼できないものもありませんね」
口を開けば冗談ばかりで。
時々、フラグを立てる。
彼のせいではないんだろうけど。
どうして、こうも都合良く出てくるのか。
十匹は下らなぬ群れに。
油断なく向き合いながらも嘆息し、同時に一つの疑問が浮上する。
「何故、此処まで接近するまで気付かなかったんでしょうね」
「確かに。索敵への反応は…?」
「……あぁ、そう言えば、掛かんなかったな」
「――先生。どうしてです?」
「それは、身に着けたからだね。彼らが生きていく中で、強力な魔物に遭遇する危険性を少しでも低くする方法を」
……冒険者も、魔物も。
考える事は同じなんだ。
僕たちが、索敵や隠形。
生き残るために必要な技術を身に付けるように。
彼等も、また。
自然界で生きていくために必要な能力を、本能ながらに理解し、身に着ける。
合理性を突き詰めれば。
同じ答えを得られると。
思わず、僕が感心していると。
エイプ・リール達が。
短剣や盾などの武器と一緒に、古びた紙のようなモノを取り出しているのに気づく。
そして、先生が。
感心したようにソレを指さす。
「さぁ、あれなーんだ」
「「――スクロールッ!?」」
本当に考える事同じじゃんッ!
叡智そのものじゃんッ!
何処であんな物をッ!?
スクロールは、希少な魔道具。
作る事も出来るらしいけど、恐ろしくコストが掛かるため、出回っている殆どが出土品というアイテムだ。
その紙で出来た情報体の中には。
特定の魔術式が入っていて。
紙を破ることで、効果を発現させることが出来る。
そして、当然だけど。
知能の高い魔物が。
それを、取り出したという事は?
「――キキッ! キキッキュー」
「「キキキキッ!」」
エイプの一匹が破ったのを皮切りに。
複数匹が、続々と。
次々にスクロールを破り。
まるで、お祭り騒ぎだ。
まず、大玉の水塊が弾け。
次にそよ風、水塊、火の玉、水塊、水塊……。
――水多すぎない?
と思った次の瞬間。
「―――ッ!! 皆さん、避けてッ!」
「何で風属性がッ!」
「おかしいでしょ!」
「まぁ、根本的な使い方自体は分かっていないようけどね」
頬を掠めて飛んでいく風針は、とても鋭く。
呑気なのは先生だけで。
僕たちは、必死に“
アレは、下級だけど。
それでも風属性魔術。
もしまともに当たれば、肉を軽く貫いてくだろう。
「――キキ!」
「また、何か来るぞッ」
康太の注意喚起に身構えるけど。
しかし、僕の五体へ届くのは。
……ふわっと。
………また、そよ風?
いや、これは。
発生した風に。
同じ式から放たれた種火が……うん。
「……なぁ、陸? あれ、最近」
「僕と康太の自主練で、見るやつだよ――じゃなくってッ!?」
またしても、発生したのは予想外。
高く…何処までも高い塔のような。
とぐろを巻くそれは。
紅く揺らめきながら。
僕たちの方向へ目掛けて、かなりの速さで進み始める。
「「――――ヤバッッ!?」」
どんな魔術を封じていたやら。
発生するは焔の旋風。
例えるなら、巨大な竜巻の中で、業火が燃え盛っているようなもので。
何処までも殺意マシマシ。
間違いなく上位魔術で。
それは、高原をうねりながら進んでいき。
やがて、爆裂の兆候を見せつつ。
一人の少女に向かって突撃する。
「春香ッ!」
「爆発すんぞッ! 気を付けろっ!」
「――じゃ、“
炎に対抗して彼女が唱えたのは。
巨大な水壁を生み出す魔術。
殺傷力は無いけど。
火属性には大きな対抗力を持つ…が。
「――わっぷ……うぅ」
「あ、ゴメン陸」
「足場も悪くなるよなぁ、コレ」
「滑って足を取られないように、気を付けないといけませんね」
別に、使うの自体は良いんだけどね?
もっと…こう。
周りを見よう。
未だ大混乱の猿たちはともかく。
春香が生み出した水壁。
スクロールの焔の旋風。
それらがぶつかった余波で発生した冷や水を浴びせられながら。
僕は、急いで顔を拭い。
自分に言い聞かせるようにぼやく。
「―――採取依頼って、もっと簡単な筈じゃなかったっけ」
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