第6話:夜も眠らず大騒ぎ
―陸視点―
「…よし。今日こそは、ちゃんと寝よう」
この世界は、毎日が非日常。
本当に刺激的で。
昨日の一件……数件があって。
今日はゆっくり身体を休めたものの。
やはり、睡眠をとらないと根本的な解消にはならない。
明日も忙しくなるだろうし。
まだ、やや外が騒がしいけど。
既に夜更けだし。
僕は、ゆっくりと瞳を閉じ―――
「「――りくーッ!!」」
……たのに、眠れないッ。
元気な声と共に、控えめに叩かれる扉。
元気っ子二人分の良く通る声に。
気遣うような、控えめノック。
これは、間違いなく。
三人とも揃っているよね?
面倒な匂いがするし。
居留守を使っても良いんだけど。
それはそれで、後々面倒なことになりそうだし……また弄られそうだし。
渋々ながら、僕は起き上がり。
覗ける範囲で扉を開く。
「――すいやせん、MHKですけど。受信料払ってないっすよね?」
「……テレビないです」
「最近東側で宗教流行ってるらしいんですけど。神様による人類救済に興味はありません?」
「ゴメンなさい、ウチ無神論者なんで」
著作権と天罰の間で揺れ動き。
ギリギリを攻めてくるね。
こういうのは、一度リザさんあたりに怒られればいいんだ。
あの人神官職だし。
というか…。
「――MHKって何?」
「美緒、春香、康太でMHK……らしいです」
申し訳なさそうな声が答えてくれるけど。
受信料関係なかった。
というか、凄い下らなかった。
……うん、やっぱり寝よう。
「ふぁ…んん。お疲れ――」
「まあ、そう言いなさんな。一緒に楽しいひと時を過ごしましょうぜ?」
「一緒にお祭りに行こうッ!」
……お祭り?
いつの間にか、扉に足を挟みこまれ。
閉じられなくなったところで。
彼らは本題を切り出した。
「良いじゃん、良いじゃんっ!」
「行こうぜ親友ッ!」
「……いや。だから、何処に?」
「外でやっているらしくて、お二人に誘われたんです。先生も昼呑みから帰ってきていたので――」
美緒の話の途中で。
ゆっくりと近づいてくる足音。
現れた彼は。
珍しく、ややふらついている。
「やぁ。お祭りに行くんだって? 私もお呼ばれし…あれ。リク、背伸びたね」
「俺っす、先生。もしかして、かなり酔ってます?」
本当に間違えたのか、冗談か。
彼の場合は、本当に分かりにくいのが問題だ。
可笑しそうに笑いつつ。
あっちへふらふら。
こっちへふらふら。
本当に、窓から落ちていきそうで。
「今なら、先生の財布。紐も緩いんじゃないかな」
「おねだりしようぜ」
「――ははッ、そう思うかい? まぁ、多少なら出してあげるのもやぶさかではないね。さっき取り立ても終わったところだし」
―――まんま闇金融だ。
うんうん頷いているし。
「……では。収入があったようなので、お代はお願いしますね、先生」
「俺も、財布は置いて来たんで」
「あたしも」
「うんうん……うん? ――え?」
流石は、僕たちの先生。
とても羽振りが良いね。
じゃあ、僕も服だけ着替えて行こうかな。
◇
「「……お祭りだ」」
煌々と輝く大通り。
日中は店内販売が主な店も。
夜になると、軒先で商売をするようで。
流石に、浴衣を着ている人はいないけど。
それでも、この光景は。
僕たちの知る縁日などと、ほぼ同じで。
「凄い、賑わいですね」
「日常風景さ。毎日お祭りをやっているようなものだからね」
「…これ、毎日ッ!?」
「夜眠れない原因が一つ増えそうだな」
屋台はいつでも存在する。
日常となると、流石に現代日本ではあまり見られなくなった光景らしいけど。
かつては、確かに。
各地に存在していた物らしくて。
知らない光景の筈なのに。
何処か、不思議な懐かしさを覚える。
……本当に、懐かしいな。
日本にいた頃は、こんな感じで。
お小遣いをもらっては、一日で使い切ってしまったっけ。
ここじゃない。
別の世界の話だけど。
「……まだ、ほんの半年くらいなのに」
「あぁ、随分と昔に思えるな」
「それだけ、濃密な時間を過ごしたとも言えます。私たちも、この世界に染まってきているみたいですね」
「何か、言い方…なんでもないよ」
召喚自体、凄く昔に感じて。
この世界こそが、居場所みたいに思えて。
それが、ちょっと怖い。
もしかしたら。
あちらでは、僕の事を覚えている人はいないんじゃないか…って。
でも、先生なんかは。
十年近く、この世界にいるんだよね。
「その辺、どうなんですか? 先生」
「康太……?」
「――大丈夫だよ。前にも言ったが、私は悲観してはいない。この世界が、自分の居場所みたいなものだから。…勿論、帰りたいと思う皆の考えも分からなくはないけど、ね」
こういう景色に身を置くと。
何故か、デリケートな話題でも出しやすくなって。
康太のは、流石にいきなり過ぎだけど。
当の先生はと言えば。
本当に、憂いを感じていない様子で。
本当に、この人は……。
目標とする冒険者の強さ。
そして、大きさを。
改めて、その身で感じることが出来る。
「――さぁ。毎日やっているとはいえ、せっかくの休日だし、存分に楽しもうか。我らはブルジョワだからね。好きに冷かしていくとしよう」
暗くなった雰囲気を払拭するように。
彼は、手に持った小瓶を呷る。
中に入っている琥珀色の液体は間違いなくお酒…じゃなくて。
「……それ、何処から出したのかねェ」
「買ってるところなんて見てないしな。マジで、アイテムボックス的な
「お酒は、程々にしてくださいね?」
「何を言うんだ。これは私にとって、水みたいなもの。自分にまで遠慮しはじめたら人間終わりさ」
遠慮…えんりょ…ねぇ?
本人から言質取ったし。
彼がそう来るというのであれば。
僕たち四人としても、遠慮することは無い。
こちらも、自由に。
楽しく過ごさせてもらおう。
………。
…………。
「――これも、全部先生が出してくれるってッ!」
「「ご馳走様ですッ!」」
「……ああ、うん。君たち、ちょっとは遠慮しても良いんだよ? ただでさえ、体質が大食いになってきているんだから」
「おい、高給取りが何か言ってんぞ」
「男子に二言なし…ですよね?」
「子どもは遠慮するなって、いつも言ってるじゃないですか」
思い思いに立ち止まり。
彼の財布を空にするつもりで楽しむことにした。
たくさん食べるのは仕方ないよね。
それだけ運動もするし、圧倒的な身体能力の代償として、カロリーの消費量も凄いことになっているから。
次なる気分は…魚かな。
鋭敏になった嗅覚を利用し、炭火の香りを感知。
「ちょっと、あっち見てくるね」
「この香りは…串焼きの魚だな? 俺の分もよろしく頼む」
皆が鼻をひくつかせ。
何処にどんなものが売っているのかを特定している。
五感が大きく発達したのも魔素のおかげ。戦闘がメインの運用だけど、この使い方に関しては今更過ぎて気にしていない。
利用できるものは使わないとね。
目的の店へ向けて。
預かった財布を抱えて歩き出す…が。
………おかしいな。
「――おい、坊ちゃん。随分羽振りがいいみてェだな?」
「俺たちにも分けてくれよ…へへっ」
「なに、金袋を置いてってくれるだけで良いんだぜ。簡単だろ?」
「……ええ、と?」
これって―――
どうしたモノかと周りを見回すけど。
道行く人たちは、我関せずで。
なるほど。
これが、冒険者の町なのか。
冒険者ギルドで同じ目に遭いかけたことはあるけど。
観光中に絡まれたのは初めてで。
勇者だと知っている人たちが丁寧に接してくれるからこそ、こういう人たちに出会うのが新鮮な気持ちを齎してくれた。
恐怖は、確かにある。
でも、本当に微々たるもの。
いつの間にか、僕の心臓は強固になっていた。
「――あなた達、冒険者なんですか?」
「「はッ?」」
「あたりめぇじゃねえか! C級冒険者、轟雷のエルボとは俺の事よ」
……C級ッ!
十分一流と言われる領域の人なんだ。
しかも、凄く格好良い名の。
異名持ちで……あれ?
でも、おかしいな。
確か、ギルド公認の二つ名って。
「二つ名って、B級以上の冒険者に送られるんじゃ?」
「……このガキッ」
あ。
轟雷…じゃなくて、地雷だった。
さっきの二つ名は自称なんだね。
「もしかして、他の人も二つ名を?」
「「うっせェッ!!」」
「やっちまえ! 大人の怖さってもんを見せてやる!」
やっぱり、言おうとしてたんだ。
で、先に言われてしまったから。
凄く怒ってるんだ。
突然殴りかかってくるくらいだから、ひどくお冠で。
クロウンスの騎士さんたちは。
本当に、凄い連携だったんだなぁ。
集団攻撃へ対抗する訓練を積み上げ。
あの国を後にした僕たち。
【炎誓騎士】の連携術に比べれば、彼の動きはしっかりと捉えることが出来て。
振り下ろされた拳を避け。
何故か参加してきた彼の仲間たちの攻撃を避けながら思案する。
「すみません、ちょっと失礼します」
「――うぉッ!?」
攻撃の手数も増え。
どうしても避けられない攻撃は、体術で捌く。
合気っていうのは。
ちょっと違うけど。
相手の力を利用して転倒させるのは、難しくない。
そんなことを続けているうちに。
何時しか辺りが騒がしくなり。
何かが飛んできたのが目に入る。
手のひらサイズで。
キラキラ光る丸いそれは―――投げ銭?
意図せずして得た臨時収入に。
彼等の目的を思い出し、荒い息を吐く彼らに向き直って尋ねる。
「お金ですよね? これで良ければ、持って行ってください」
「ゼェ…ゼェ…クッソ…!」
「なんで、当たんねぇ。……このガキ、何もんだ?」
……これ、ちょっと嬉しい。
のらりくらりと躱すって、格好良いからね。
漫画の主人公みたいで。
彼等は、まだやるみたいだし。
このまま、飄々と。
その場を切り抜けられれば―――
「――あいたッ!?」
しかし、願望叶わず。
輝く小銭が後頭部に当たり。
痛みはほぼないけど、思わず間抜けな声が出る。
その正確無比な銭投げを披露したのは……あ。
「……今の、春香が?」
「そ。一人で盛り上がるのはズルくない?」
「ほんっとにな? どっか行ったかと思ったら、小銭稼ぎのバイトなんかしやがって。あぁ、そっちにも――先生、足元です」
「ちょっと散らばり過ぎだね…ミオ? 箒とちりとりを」
「……最低です、二人とも」
小銭をぶつけたのは春香。
相変わらず、投擲能力が高いようで。
後は、僕たちの足元に跪いて。
集金に精を出す男二人。
美緒が軽蔑の視線を向けるのも仕方ないだろう。
「陸君? どうして、こんなことに?」
「えと…そこの人たちに恐喝されて、襲い掛かられたから――」
自分でも良く分からない。
今更ながら。
どうして、こうなるんだろうね。
「――ゲェッ! 暁闇!?」
「うっそだろッ!?」
「お疲れ様、君たち。報酬は山分けだが、三人分の寝酒には足りなそうだから、これも持っていくと良い」
ゴロツキたちにそう言い放って。
未開封らしい瓶を放る先生。
三つ葉の焼き印が入っているあれは、彼がいつも飲んでる銘柄だ。
本当にお気に入りなんだね。
「…えー、あー……帰るか?」
「「……帰るか」」
瓶一本のお酒程度で納得したのか。
或いは、危険なものを感じたのか。
困惑していた三人の冒険者は、僕たちに目を合わせないまま。
ゆっくりと歩き去って行く。
観衆も、まばらに散っていき。
これも夏の夜の醍醐味……なの、かな?
何時までも彼等を見送る僕に。
何を勘違いしたか。
先生が、もう一本取りだして尋ねてくる。
「――リクも飲むかい?」
「飲みません。というか、何本持ってるんですか!?」
やがて、投げ銭の回収も。
無事に終了したみたいで。
一見、最初よりも膨れた様子の金袋は、実際には十円で溢れているようなものだ。
凄く重そうだね。
「いやー、儲けた儲けた。――んじゃ、これ使って何か買うか」
「あたし、りんご飴食べたい」
「……春香ちゃん。流石に、ないのでは?」
今更ながら思うけど。
完全に縁日気分だ。
僕が絡まれていた短時間の間に、どれだけ楽しんできた事やら。
新たな甘味を探すべく。
皆できょろきょろ辺りを見回し…。
「――あ、有った!」
「「なんでッ!?」」
本当に見つかったようで。
りんご飴…によく似た商品の屋台に。
突撃する少女……たち?
さりげなく。
美緒も、食べたかったみたいだ。
明日も予定があるのに。
背徳の夜更かしは、まだ終わらない。
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