第5話:猫耳令嬢

―陸視点―




 高価である事は分かるけど。

 自然の温かみを感じる、落ち着いた木製家具。


 毛や革由来の素材は少なく。


 不自然な煌びやかさも。

 見せつけるような荘厳さもなく。 

 計算されたような調度品等の配置は、その場に座る者に安心感を与え、教国やクロウンスとは違った趣がある。


 端的に言って。

 居心地の良い部屋だ。



 ―――まあ、それはそれとして。



「……ねえ、本当にどういう事なの?」

「うん、全く分からん」

「あの時のお礼がしたいって、家にお呼ばれしたところまで…家の前に立ったところまでは覚えているんだけど」



 そこからの記憶が。

 抜け落ちているみたいだ。


 何で、僕たちこんな所に?



「三人とも。――現実、見ましょうね?」

「「はい、すみません」」



 美緒の言葉に三人で諭され。


 思考停止を解除する。


 まぁ、ここまで来てしまえば。

 流石に分かる。

 もしかして、もしかしなくても。



 ―――コーディ、令嬢様?



 よくよく考えれば、ヒントは有った。

 セフィーロにいた頃。 

 彼女は行動力も、地理知識も……言語能力だって、普通の子供と比べて特出していた。当時の僕たちは経験が浅かったから気づかなかったけど。


 改めて考えると。

 それは、とても自然な事で。



「――コーディちゃん、すっごく可愛くなってたよね」

「女子って凄いんだなぁ…と」

「そうですね。生活環境一つで、女は変われるものだと言います」



 ……そうなんだね。


 実際、彼女は大人気のようで。


 ギルドの冒険者たちからも可愛がられているようだ。

 勿論、見守るという意味で。

 一人が近づこうとすれば、それだけで周囲の人たちが袋叩きにしていたし、暗黙の了解みたいなものがあるのかもしれない。


 皆で話しながら時間を潰していると。

 


「お待たせしました、皆さん」

「お忙しい所、申し訳ありません」



 扉から現れたのは二人。


 一人は、コーディ。

 白を基調とした服は、青のフリルがあしらわれていて、まだ幼い容貌を一段上の…うん。


 やっぱりダメだ。

 何故か、凄く色気がある。


 ふんわりとした髪の上には。

 亜麻色の髪によく映える、ピコピコと動く耳。

 


 そして、もう一人は。


 彼女と同じ髪色を持った男性。



「ようこそおいでくださいました、皆様。私はこの子の父、ルーサー・ロウェナ・アシュトンと申します」



 彼女と同じく、優し気な雰囲気の若い男性。

 彼が、聞いていたお父さん。


 この世界では珍しい丸縁の眼鏡を掛け。


 身体は細いながらも。

 きびきびとした歩きは非常に洗練されていて。

 敏腕のビジネスマンといった印象を受ける。


 入室した彼らは、僕たちの対面へとやってきて。

 腰を下ろすことなく。


 深々と頭を下げて一礼する。



「――セフィーロでは、娘を…リアを助けていただき、心から感謝いたします。もしも、あなた方が居なければ…私は、自身を許すことが出来なくなっていたでしょう」


「いえ…私たちは」

「人として、冒険者として。当然のことをしただけです」



 言葉に出して表しもするけど。

 心からそう思える。

 あの時、僕たちは初めて本当の意味で誰かを守れた。


 心を救うことが出来た。


 冒険者としてではない。

 勇者としての原点。

 それは恐らく、あの時から始まったんだ。 


 ……でも、リア?

 コーディの事で良いんだろうけど。


 愛称だとしても……?



「僕の本名は、コーディリアっていうんです」

「「え」」



 コーディ…コーディリア?


 まさかのカミングアウト。

 確かに、その名前なら誰が聞いても…。



「――成程。誰が聞いても、女性名だね」

「凄く、上品な名前ですね」

「メッチャ、コーディちゃんに似合ってるっ!」


「…ははは。そうか」

「最初に聞いてれば、俺達も…なあ? 陸」



 あの時、聞いていればね。

 今更過ぎるよ。

 でも…あの件があったから、もっと仲良くなれた気もするから。


 これで良かった…のかな?


「本当に、すみませんでした。出先では、何時も偽名で行動するようにしていたんです」

「私からも、謝罪します」

「「…………」」

「私共は外部にも多い身ですが。長らく、娘に不自由で窮屈な暮らしを強いていたと反省し、偶の旅行に遣ることも了承していたのですが……よもや、身内に愚か者がいるとは」

 


 それは、彼女の叔父の件。

 

 騙されたとは聞いていたけど。

 認識外から騙されたみたいなものだったんだ。

 後悔してもしきれないといった様子のルーサーさんは、心から娘の事を大切にしている様子で。


 やがて、一度の沈黙が訪れると。

 話に耳を傾けていた美緒が、確信を得たように口を開く。



「――では、ロウェナというのは、やはりロウェナ商会の?」



 ……ロウェナ商会?

 あ、あぁ、そうだ。


 少し前に耳にした記憶のある、大手の奴隷商会。

 彼の名前は、それと同一のもので。



「はい。私共の一族が運営する機関の一部です。私自身が任されているのは別部門…他の都市と我々の閥を繋ぐ交易網の運営ですが」

「……では、複合企業なんですか」

「それが最も分かり易いでしょうかね」 



 一族で様々な分野の運営を行っている。

 先に見た商館は。

 あくまで、その内の一つだという事だろう。


 しかし、それでも。


 皮肉を感じてしまうかな。


 ……微妙な顔の僕たちはさて置き。

 頭から煙を上げるは。

 康太と、春香。

 理解している筈なのに、何故か先の難しい場所を考えようとしているらしいね。



「…んん? ……ん?」

「つまり――スゴイヒト?」

「まあ、その話は後で私がしてあげよう」


「「あ、お願いです」」


 

 相変わらず、先生は知っているようだけど。

 今は、そっちより。


 ロウェナさんの視線。


 それが、僕へ向いた事。

 とても人の良い笑みの筈なのに。


 何処か、鋭いものを感じる。



「――リク様と言いましたか?」

「はい。如月 陸です」

「ふふッ、有り難うございます。……リク様は、特に尽力頂いたと娘、そしてギルドから伺っていまして」


「……いえ、そんな」

「リアは、とても感謝していると。――ですが」



 今のは、全て前振りのようなモノ。

 彼の本音の部分は。


 この次、だよね。



「リク様にとって、娘は…コーディリアはどのような存在ですか?」



 ………。


 …………それは、勿論。



「この世界で初めての、大切な友達です」

「ほう…それは、それは。である貴方が、そう言ってくださる。それは、とても光栄なことなのでしょう」



 彼の表情は満足そうだった。

 

 満足そうではあるが。

 しかし、納得してはいない。


 今の彼から感じるのは。

 今まで出会ってきた商人のような打算的な色ではなく。

 あくまで個人として。

 父親としての、感情と言えるモノ。



 皆の視線が注がれる中。


 「では」と前置いて。


 

 ロウェナさんは。

 次なる言葉を紡ぎ始める。



「――もしもの話ですが。この子がそれ以上を望んだら、如何されますか?」



 ……。


 ………。



「私…勿論、妻にとっても。一人娘であるリアは宝です。ゆえ、この子がそれを望むのであれば、親として願いを叶えてあげたい。無論、生活の心配はないと保証いたします」



 思考がままならない。

 この重圧は、本当に。


 でも、世の男性は。

 それでも向かって行くんだよね。


 そこに必要なのは。

 確固たる観察眼を持つ相手に向けるべきは…偽らざる、真実の言葉。


 嘘など、通用する筈もないから。


 だから、考える事を止め。


 思ったことだけを口に出す。



「僕は、本当に偶々彼女を助けられる立場にいただけです」



 あの時も、こんなだったかな。

 考えるより先に行動して。


 次に、言葉が出て。


 でも、そのままにはしておけなくて。

 お節介かもしれないし、結果的に迷惑をかけてしまう未来というのもあったかもしれないけど、今こうしていられているのは。


 それが間違いではなかったという事。



「互いの事を良く知りもしないまま、一時の感情を利用して不誠実なことはしたくありません。だから、ゆっくりと時間をかけて向き合いたいと思います。――本当に、大切な友達ですから」



 言葉を切って、息をつく。


 …変だったかな。

 尋ねられて頭が真っ白になって。

 咄嗟に出た言葉に、その場にいた皆が沈黙していた。


 もしかしたら。

 変な言葉に翻訳されていたとか?


 と言うか。

 先生とロウェナさん以外の皆の顔が真っ赤に。



「あ、あの…。変な事を言ってましたか?」

「いえ、いえ。十分過ぎるお言葉です。やはり、娘の目に狂いはなかったという事ですね。私も昔は、妻と燃えるような恋と逃避行――」

「お父様、恥ずかしいです。皆さんの前でその話はしないでください」



 娘に諫められる父親。

 これが、普段の公務で見せる姿な筈はなく。


 それだけ。


 ロウェナさんは、腹を割ってくれているんだ。

 何か、ちょっと嬉しいね。

 


 そこからは。

 やや砕けた話をして。


 改めてお礼を言われた後。

 そろそろ時間が…という事で。



 僕たちは退席することになった。



「あぁ、そうでした。皆様は、現在冒険者として活動しているとお聞きしています」

「はい。そうです」

「困ったことがあれば、何時でもッ!」


「……皆さん…ふふっ」

「ははッ…左様ですか。それは、とても心強い限りです。…本当に、些細な事ではあるのですが、困ったことが起きていましてね」



 嬉しそうに笑う親子の様子に力が湧き。

 その言葉に。

 乗り出す僕たちだけど。


 それを制するように。

 彼は、両手でジェスチャーをする。



「現在は、調査中なので」


「そうなんですか」

「では、また次の機会で…?」

「はい。いずれ、依頼を申し込むことがあるかもしれませんね」




  ◇



 

「――報酬も応相談…娘さんを貰って欲しいとか?」

「どうなんでしょうね」

「でも、狙ってきてる感じあったよな」



 屋敷を辞した後。

 僕たちは宿へ向かって歩いていた。


 送っていくとも。

 泊まって良いとも言われたけど。

 流石にそこまでしてもらうのは気が引けるし、何処か身が危ない気もしたから。


 これは正しい選択だっただろう。


 未だ冷めやらぬ興奮だけど。

 この都市に来てから。

 さほど時間が経っていないというのが驚き。 



「……というか。何時の間に宿を?」

「皆と分かれてすぐさ。この辺では、顔が利くから。勿論、ロウェナの交通網を取り仕切るであろう彼には、遠く及ばないけどね」


「そんな話、ちらっと聞きましたね」

「あれってどういう事です?」


「一族経営みたいなものさ。彼はその中でも、三指に入る実力者。…よもや、娘さんが彼女だったとは思わなかったけどね」



 流石に、予想は無理じゃないですかね。

 巡り合わせを実感する程だし。 


 ……企業と聞けば。

 パッとは思い浮かばないけど。


 知っている言葉を並べたいのが高校生で。



「完全週休二日制です?」

「福利厚生は? ホワイト企業なんすか?」

「……何処で覚えてくるのかね、この子たちは。まぁ、週休二日かは知らないけど、私の知る知識では真っ白なところだよ。彼らの一族は――」



 ロウェナの一族。

 彼等は、祖先に亜人の王家があるらしく。


 商会のシンボルも。

 耳と尾を象ったもの。

 亜人に対する手厚い保護を信条としていて、その影響もあってか、奴隷に対する手当が最も厚いことで知られている。

 基本的に獣系の亜人は種としての成長に重きを置くようで、お金や利権といった人の欲望に無頓着だからこそ、こうして大陸有数の商家になったとか。


 人間国家からの信用も厚く。


 国家間の交渉にも呼ばれる程の名家だとか。



「本当に、凄い家系なんですね」

「ヤバいの? 康太君」

「ヤバいらしいっすね」

「――まあ、そういう事だ。種の本能かもしれないが、血の繋がった親類と、そのつがいを何より大切にする者たちでね。どうだい? リク。彼女は、超がつく優良物件だと思うんだけど」


「………ははは」



 容姿端麗、良家の子女。

 性格も、全く文句の付け所が無く。


 ……そして、まだ幼い少女。


 どう答えれば良いんだろう。


 犯罪じゃん。

 冒険が終わっちゃう。


 やっぱり、もう少し成長を待つべきじゃないかな。

 決して逃げている訳じゃなく。

 コーディの気持ちを大事にすればこそだ。



「いや、それにしても。たらしだとは思っていたが、まさかリクがこんなにも男らしいセリフを言える子だとはね」

「人前で言えるくらいだしな」

「ああ、あれっ! もう一回やってよ陸」

「……私も、是非もう一度聞いてみたいですね」




 ―――暫くこの話題で弄られた。




「……あぁ、オモシロ」

「セキドウが暫くの拠点になるから。時間はたっぷりあるしね」



 つまり、何度でも持ちだすと。

 下手に弱みを握られたようだ。



「……なんか、疲れちゃった」

「どうかしたの?」

「天使でも呼ぶ? あと犬」


「アライグマさんは?」


「――ふぁっ……うん」



 それは、誰の欠伸だったか。

 凄く眠気を誘って。


 夜だし、当然だよね。


 なんか。

 凄く濃密な一日だったけど。



 まだまだ。

 朝には早すぎるから。

 今日は、宿でゆっくり休むことにしよう。

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