第4話:勇者の剣技
私の名前はカレン。
ギルド総本部の人気受付嬢だ。
一応は良家の子女だったけど。
窮屈な生活に嫌気がさして出奔…してからは。
冒険者として活動し。
あれよあれよと頑張っている間に天職に巡り合った。
そう、大陸ギルド職員。
観察眼に長けた私にとって。
その人物に合った依頼を斡旋するのは、実にやりがいのある業務。今まで、私が斡旋した仕事通りの依頼をこなして帰ってこなかった冒険者は殆どいない。
……あぁ、そうだとも。
決してゼロではないさ。
冒険者に不測の事態は付き物。
どれだけ単純な依頼であろうとも。
簡単な筈でも。
たった一粒の砂が紛れ込んだだけで、狂ってしまうこともある。
だが、それでも。
私が、少しでもそれを防ぐことはできるから。
少なくとも、私は。
身の丈に合わない依頼は絶対に斡旋しない。
高圧的に難度の高い依頼を要求してくる冒険者なんて、高が知れている者ばかり。
つよつよな私の敵ではないのです。
そんな実力派の私だけど。
2か月ほど前に、一つの業務連絡が下った。
「―――もしも勇者一行がセキドウまでやってきたら」
「その実力が、どれ程なのか測るべし」
曰く、上層部の威光らしく。
かなりの剣幕だったらしい。
まぁ…そりゃあねぇ?
アレだけ自信満々で送り出した上位冒険者の失踪。
そんな大事件の渦中に飛び込み。
見事、クロウンスの一件を解決した勇者たち。
優れている側は明白。
だが、プライドだけは高い理事たちなので。
それが気に食わなかったというのが、私たち現場の考え。
先代総長の古い考えに縛られた老害共の、取るに足らない指令だ。
そんな指令なので、当然。
乗り気だった職員は皆無。
勇者に会いたいというのなら、まだ分かる。
しかし。
戦いたいかと聞かれれば……否。
―――だって、勇者っすよ?
伝説や物語の中で語られるような存在。
短期間で、想像を絶する成長を遂げ。
やがては人類の限界を軽く飛翔していくような英雄の雛型。
下手な対応なんかして。
恨みを買いたくもないし。
立場上、負けるというのもキャリアがピシリで。
あくまで、友人のような。
気安い関係になれるのが最上でしょ。
常識的に考えて。
……しかも、
どんな怪物が出来るか考えたくもないし。
―――まあ、色々考えて眠れぬ夜を過ごしましたが。
よくよく考えれば。
私には通用しない。
そう、通用しないのだ。
何故なら、いつも私の前には長蛇の列が出来てしまうから。
実力派で、大人気で。
超絶美女な私だから、仕方ない事なのだけど。
いくら私が綺麗でも。
初対面の受付嬢に興味を持ったから、わざわざ列に並ぶ程、勇者たちは面食いではないだろう。
聞いた話では、礼儀正しい青年たちだというし。
彼らを試すのは。
列の短い別の受付。
だから、私は絶対に安全―――
……なんて思ってたら。
丁度出勤したときに。
私のカウンターに来てしまった。
本当に偶然。偶々何処のカウンターにも列が出来ていて、偶々私がエントランスに出た時に彼らが目の前にいたという事実。
ほんの十秒でも違えば。
また結果は変わっていたのだろう。
だが、例え天文学的確率でも。
起きてしまったことは変えられない訳で。
―――もう、やるしかないじゃん。
という事で。
彼らを誘って訓練場へ。
……ギルド職員の多くは。
特に、本部職員ともなると。
その殆どが、元々名のある冒険者だったりする。
私だって。
これでも、元上位冒険者。
かつては天才として持て囃され、凡人では到底不可能な成長速度で出世街道を駆けあがり、その領域までのし上がった。
ギリギリとは言え。
人類の限界に肉薄できた。
そんな私が……。
ちょっと、情けないことになっていた。
「――えええッ!? なんで! 今の避けるのッ!?」
いや、この子たちおかしいって。
ポテンシャルお化けとは聞いてましたよ?
四人いるって言うのも聞いていましたよ?
でも、まだ召喚から一年経ってないじゃん。
半年くらいって言ったじゃん。
何で私の攻撃を防いで、反撃までしてくるの?
もう一人の子がめっちゃ隙を狙ってきてるし。
遠くでスタンバイしている女の子って……絶対魔術師じゃん。
実戦だったら既に積んでるよ? これ。
そもそも。
斬り込んでくる子が大剣の子と長剣の子だけって、手を抜かれているようなものだし。
「ええと…加減、してくれても良いんだよ?」
「………?」
いや、違うからね。
何もないからね。
「何を狙ってるんだ?」みたいな目で見ないで?
作戦とか無いかないから。
ただ、本当に加減してほしいだけだから。
……マジで。
これが、勇者の実力。
間違いなく化けるじゃん。
まだまだ成長途中なのに、一人一人が既にB級レベル。しかも、余程対人戦闘に長けているのか、こちらのフェイントを当然のようにいなしてくる。
ナクラさん、何してくれてんの?
あの人を導き手に選んだ総長、流石の慧眼っスわ。
そして私。
情けないこと、この上なく。
いくら実戦から遠ざかっていたからといって、ここまでの無様を…?
―――――あれ…は?
遠くでほくそ笑んでる冒険者。
黒い髪に、同色の瞳。
「どんな気持ち?」とでも言わんばかりの表情で立っている男。
今までの無理な依頼の数々を。
余程根に持っていたのか。
とても嬉しそうな。
愉快そうな笑顔で…こちらを。
それに気付いた瞬間。
……私の中で、何かが爆発した。
「――こなくそォォォオッ!!」
「………!」
先駆者の意地ッ!
あっけなくやられてなるものか!
戦闘の基本とばかりに前衛と中衛の護りを抜け。
後衛の少女に突撃。
まずは、彼女を無力化して…して……うん。
―――まあ。
その後の事は、追々考えようか。
「はあぁぁぁぁッ!」
「こっち! ――からのッ、ジャンプ!」
私の突撃に対し。
少女は冷静にバックステップ…の振りをして。
そのまま局所的な身体強化によって。
私の頭上を。
仰向けに飛翔する。
わぁ、身体柔らかーい。
……じゃないよッ!
もしかしてー、なんて思ってたけど。
あの子、白兵もこなせる感じじゃん。
隙が無いじゃん。
黒髪の少女が何らか指示を出していたのか、何時の間にか私は完全に囲まれてしまっていて。
……ははは。
よもや、これ程とは。
―――流石、勇者様だぜ。
◇
―陸視点―
「……うぅ……ぷしゅー」
「お姉さん?」
「あの、大丈夫…ですか?」
どうすれば良いんだろう、これ。
受付嬢さんに勝負を挑まれたと思ったら、とんとん拍子に模擬戦がセッティングされて。
……勝った?
いや…まぁ。
僕たちは四人一緒だったから。
有利も有利だったし。
負けたとしても仕方ないけど。
あれだけ自信満々だったから、何かあるのかと。
「……結構強かった――よな?」
「うん。上位冒険者だよね」
「でも…なんていうか、普通?」
「正統派の剣士さんでしたね」
「正攻法ばっかりしてきてくれたから、対処しやすかったし」
そう、強くはあった。
凄く強かったんだけど……なんか、あれだ。
順当に有利になっていって。
順当に勝っちゃった。
多分、今まで戦った冒険者の中でも、S級の人たちを抜けば五指に入る実力者なんだろうけど。
どうやら。
僕たちは成長著しいようで。
ここまでくると、申し訳なさしかない。
倒れた受付さんを見下ろし。
どうしようか四人で悩んでいると。
「――くくッ…ははッ…ゲホッ」
重厚な人垣を割り開き。
今にも爆発しそうな笑いと共に、先生がやって来た。
何とか押しとどめるようにお腹を押さえる悪い大人は、まず受付嬢さんに向かって行き。
倒れた彼女の顔を覗くと。
如何にも心配していますといった声色で尋ねる。
「カレンさん。大丈夫ですか?」
「……ナクラ、さん?」
「えぇ、私ですが」
「――ナクラさんッ! マジで、マジでッ!」
声を掛けた瞬間。
眼にも止まらぬ速度で立ち上がった彼女。
語気も荒く先生に詰め寄るがしかし。
先の言葉が出てこない。
僕は良く分からないけど、今時の女性ってこんな感じの人が多いんじゃないかなっていう「マジで」連呼だ。
二人の会話に気を取られていると。
いつの間にか。
僕たち四人は、冒険者に囲まれていて。
「――おい! ガキどもぉ!」
「次は俺達が相手だ! よくもカレンちゃんを!」
「俺たちの二大アイドルなんだぞ!」
「二大……いや、アイドル?」
アイドルなんて言葉。
この世界で、一度も聞いていない。
しかし、彼らが言っていることからも間違いはないのかな。
翻訳に不備が無ければだけど。
「あの…先生。アイドルってこの世界に存在するんですか?」
「さぁ? 過去の勇者のせいじゃないかな。確かに、この受付さんは人気者だし。でも、二大なんて目されるような人物は…」
「あぁ? 何だてめぇは。部外者が――……」
随分と騒がしくなってきた。
主に、僕たちの周りだけ。
怒声を上げた男は。
先生の顔を見ると、一気に顔を引きつらせ。
顔が青から白へ向かう。
「……へへへ。なんだ、ナクラさんじゃないっすか」
「へへ、久しぶり…ですね。暫く見ねぇんで死…心配してましたぜ」
関係性が見える見える。
言葉を残したきり。
冒険者たちは、逃げるようにいそいそと身を引いていき。
多少動きやすくなった。
「――あの人たちに何かしたんですか?」
「お金貸しているんだよ、トイチで。まあ、暫く本部を空けてたから、金利の方が圧倒的に高くなっているだろうけどね」
……闇金かな?
お金は、ちゃんと大手から借りよう。
睨む僕に見せつけるように。
去って行く冒険者を一人一人指さしながら、誰にどれだけ貸しているのかを口にする先生。
ああ、分かった。
こういう事の記憶力だけは凄いんだ、この人。
「やり方が最低ですね。流石、先生です」
「陸、トイチってなんだ?」
「十日で一割利息が増えるんだ。で、先生が本部に来なかった期間を考えれば?」
「「……まちきんゆう」」
「そういうのは、良くないのでは?」
「ちょっとした小金稼ぎだよ」
度し難い副業。
借りる方も借りる方だけど。
貸す方も明らかに悪意があるようで。
いや、本当に。
なんて酷いことを―――
「……リクお兄さん?」
………え?
空耳のような…本当に微かな声を耳にして。
僕は、思わず振り返る。
この世界に来てから。
そう呼ばれることは多けれど。
記憶力の良さもあり…何より。
大切な記憶であるが故に。
決して、忘れることのない声色。
「――コーディ?」
「「え?」」
「……コーディちゃん?」
そこに居たのは、かけがえのない友人。
この世界で初めて出来た友達。
僕の返答に。
間違いないと判断したのか。
少女は、一般人と思えない程の速さで飛び込んできて。
……亜人の身体能力?
「ぼくッ! ここで働いていれば、すぐに気づける、会えるって思ったんです!」
「「ウボアァァッ!?」」
「俺の…俺の脳が破壊される」
「なんで、あんなガキにコーディちゃんが……グハァッ!?」
うん……友人…友人だよね?
その筈なのに。
凄く、熱烈な抱擁をしている気がする。
「お兄さん! リクお兄さんッ!」
「コーディ。僕も、凄く嬉しいけど……ええと。――その恰好は?」
凄くはしゃいでいる彼女には悪いけど。
気になる事がある。
そう、彼女の恰好。
働いているという言葉から、何かをしているというのは分かる。
実際、ギルド職員の正装に似せてあるし。
でも、ややアレンジの入った服装は。
明らかな仕立ての良さがあり。
早い話が。
―――彼女の服装は、まるでお嬢様だった。
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