第3話:ギルド本部は超広い

―陸視点―




 白塗りの壁はレンガ造り。

 配色が見事にマッチしたホール。


 木製の雑貨は、どれも銘木ならではの質を感じさせ。


 要所には、見事に手入れされた観葉植物。

 

 …僕は行ったことが無いけど。

 一流大学とか。

 大学病院のエントランスって、こんな感じなのかな。



 ―――これが、大陸ギルドの総本部。



 酒場が併設されたような…。

 西部劇のような施設ばかりの印象だったのに。


 本部ともなると。

 こんなにも、めかし込んだ雰囲気になるんだ。

 

 僕たちは目を見張りながら屋内を望む…が。


 ……それは。

 向こうの側も同じだったようで。



「――なんか、凄く見られてるね」


「まぁ、いつも通りだな」

「ええ…と。新鮮さとかは……?」

「特にないね。このまま立ってたら、新人だと勘違いされて絡まれそうだし…行こ?」



 そう言えば、そうだ。


 クロウンスではあまりにもギルドに顔を出していなかったから。


 感覚を忘れていたけど。

 これは、一種の様式美と言える。

 にしても冷めている仲間たちに頼もしさともの悲しさを感じるが、今更気後れするものでなし。



 四人で固まって上がり込んでいく。



「良い所だね。広いし、清潔感あるし」

「少なくとも、今までの中では一番綺麗だな」



 少なくとも、施設はね。


 悪意ある視線、下卑た視線…。

 そんなものは、もう慣れっこで。

 一々気にしていたらやっていけないし、突っかかろうものなら面倒ごとに発展するのは誰でも想像出来る事。


 僕たちは、ごく自然な足取りで。

 色々と聞くために、受付へ向かう。


 ……依頼を受けるわけじゃない。


 まだ、それには早いだろうし。


 受付さんの役割は多く。


 依頼の斡旋は勿論の事。

 冒険者登録の案内や、新人の指導。

 果ては施設内の利用案内まで担当している。常勤の人たちもある程度の数がいるから大丈夫だと思うんだけど、真なる問題は。


 受付さんの人気度合い。


 それによって、列は大きく変化するわけで。


 何処も、随分と並んでいるんだなぁ。

 何時もは、一つや二つ全く並んでいないカウンターがあるんだけど。


 流石は本部というべきだろう。


 こういうのは、手分けして並ぶのが良い。

 話の内容によって。

 列の進みが大きく左右されるから、一番早く話に入れた仲間の所に行くのが賢い冒険者というもの。



「という訳で、僕と康太はそっちに」

「では、私と春香ちゃんは向こうの二列に行きましょうか」


「うい~、了解っス」

「――あいよッ。面倒ごと起こさないでねー?」



 春香がそれを言うのかな。 

 男女で二手に分かれ。

 それから、康太とも別れ。それぞれが手近な列へと並んで思案する。


 いくらテンプレとはいえ。


 流石に列に並んでるときまで……はい?


 後ろから肩を叩かれ。

 僕は、ゆっくりと振り返る。



「おう、チビちゃん。ここは子供の来るところじゃないんだぜ? 小遣いが欲しいのなら、母ちゃんにでも頼むんだな」

「……あ、やっぱりですか?」



 知らない男性だけど。


 どう見ても、絡まれている。


 なんで僕ばかり……って、彼の言葉のままか。

 やはり、低身長童顔はナメられる。

 良いさ。まだ、成長の余地は…ある。



 ―――僕だって、これから伸びるんだ。



「貴方、奥さんいますか?」

「……居たらどうした」

「いえ、お小遣い減らされてイライラしてるのかなって」


「………この餓鬼」



 え? 図星?

 どうやら、こちらの世界もそういう事はあるようで。

 何とはなしに聞いただけなのに、怒らせてしまったようだ。


 こういう時は。

 機転の利く親友に助けを求めよう。

 既に彼は列から離れ。


 何時でも対応できるとばかりに、男の背後に回り込んでいるので。


 応援要請の目配せをする。



「…………」

「あい、了解。そこな冒険者さん? 金貨落としましたよ」

「なに!? …あぁッ待てッ! それは俺の金だアァァァッ!!」



 いえ、違います。


 康太が放ったやつです。


 僕に絡むのも忘れて。

 転がる硬貨を追っていく男。

 目聡くそれを見ていた他の冒険者たちも交え、たった一枚のためにむさ苦しい肉弾戦が繰り広げられている。

 …どうやら、小遣い制の亭主は多いようで。


 金貨ってだけで宝の山みたいだ。


 それで良いのかギルド本部。


 ―――あと、ホールは乱闘OKらしい。

 

 覚えておこう。



「ありがと康太。――さ、行こ?」

「…ああ。行くか」



 そんな残念そうに。


 片竦めなくてもさ?


 ――改めて、よくよく見回せば。

 受付に男性職員は居なくて。

 列の長さから分かる通り、奇麗どころの女性ばかりが居るみたいだ。

 


「……ホンット! 単純だねェ?」



 女性陣に合流すると。

 呆れたように春香が呟く。

 言葉にはしていないようだけど、隣にいる美緒も同じ感想を持っていそうで。


 それは、どっちの…いや。


 恐らく二重の意味だろうか。


 ―――そう、ジト目。

 女性陣のジト目が向けられている。

 でも、何故その視線が僕と康太にも向いているのか…これが分からない。



「……あ。そこのカウンターが丁度空いたみたいですよ?」

「よし、行くぞッ」

「行こう、すぐに行こうッ!」



 ……丁度奥から出てきた受付さんが居て。

 並んでいないならと。

 僕たちは、その人のカウンターへと足を運ぶ。

 


 ―――でも。



 これは、ちょっとマズったかな。


 一斉に後ろに並んできた人達を見るに。

 「どけよ」とでも言いたげな複数の視線から察するに。

 

 もしかして。

 この人が、一番人気の受付さんだったのかな。


 彼女は、愛嬌ある笑顔でこちらに視線を向け。

 にっこりと……うぅ…トラウマが。


 なんで?


 ……なんか、誰かに似て……あ。


 そうだ、春香そっくり。


 正確に言うのなら。

 僕に数多の無茶ぶりをしてきた、昔の彼女そっくり。



「――ようこそ! 大陸ギルド本部…へ…子供? いや、違いますね。ある程度の…ふん、ほん」



 しかも、なんか始まったし。


 僕たちの目の前で。

 一人で頷いたりしている受付嬢さん。


 

「……あの? ええ…と」

「大丈夫です?」

「――あ、失礼いたしました。えぇ、年齢層的には十五歳前後なのでしょうが…身分を証明するもの、もしくは冒険者証はお持ちですか?」


「あ、所属済みですので」

「ええ、承知しました。では、冒険者証を拝見…え? C級?」



 彼女の困惑した声。

 それに続くような、真後ろのどよめき。


 ……なんか、あれだ。

 凄く小説とかで見る展開を踏襲している気がする。


 冒険者証とにらめっこを始めた女性。


 やがて、それが終わると。


 今度は、穴が開く程に僕たちを見つめてきて。

 多分…恐らくだけど。

 年端も行かない子供たちが、C級というのが不思議なのだろう。


 何度か、同じような。


 こんな感じの視線を受けたことがある。


 …とはいえ。

 上位冒険者でもあるまいし、そこま驚くことではない筈。



 ―――そうだ、こんな時にこそ。



「あ、そうだ。紹介状があるんですけど」

「左様ですか! なるほど…紹介状を持参されるくらいなのでしたら、この年でC級冒険者というのも納得でき――A級冒険者…【暁闇】」



 話が進まないようなので。

 乗り気ではなかったけど、思い出した体を装って例の羊皮紙を渡す。


 だが、しかし。

 当初こそ、彼女の表情も晴れて良い感じだと思ったけど。


 僕たちの安心も束の間。


 ピシリと。


 固まる、女性の笑顔。



「……いや。まさか、そんな筈は…特徴的な黒い髪。――四人? いや、そんな筈は…というか、何で私?」 



 再び、独り言を呟く女性。

 だけど…うん。

 段々と、こちらも見えてきた。


 商人とはいえ、一般の人たちが。

 僕たちの特徴を知っていたという事は。

 当然、ギルド本部の役員さんがそれを知らぬはずがなく。


 ―――しかも。


 紹介状の本来の持ち主。

 かのA級冒険者が、現在行っている依頼と言えば?



「あの…違うと思うんですけど…出身は教国で?」

「はい、一応」


「ははは…。いつ頃登録を?」


「半年前程ですね」

「ふえぇぇ…。じゃあ、この国に来る前は…クロ――」

「私達は、クロウンス王国にいましたね」



 この人、もう分っているよね?


 「違うと言ってくれ」とでも言いたげな。

 絶望の表情で質問を重ねてくる女性。

 だが、先生や親友と違って、美緒が下らない嘘をつくわけもなく。受け答えを重ねる程に、女性の顔色は青くなっていく。



「あはははッ…。――じゃあ、あなた方四人が?」

「……勇者です」


「ピギャッ!? ゆううう…あ…あぁ……ぁ」



 カウンターの向こうで、崩れ落ちる女性。

 とてもコミカルで。

 心配は必要ないだろうね。 



「何か、すっごく愉快な人だね」

「ギルド本部ともなるとな」

「……教国にも、同じような方がいなかったですかね。やはり、忙しさゆえの悩みがあるんでしょうか」



 本部とか関係あるのかな。


 その人の性格だと思うけど。


 まぁ、確かに。

 改めて言われてみれば。


 目の前で突っ伏している女性は、悩みが多そうだけどさ。



「……ええ、分かりましたよ。やればいいんでしょ、やればッ! 大変結構、よろしいですッ! この私が、やってやろうじゃありませんかッ!」



 ―――やがて。

 意を決したように顔を上げた女性。


 その瞳は……鋭く。


 強者特有の眼光が宿っていた。



「よくぞ来てくださいました、勇者様」




「――早速ですが、その力量! 私が測らせていただきますッ!」

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