第2話:ようこそ冒険者の都市へ

―陸視点―




「じゃあ、病気のお母さんのために?」

「……うん。他の薬屋や商人には取り合ってもらえなかったから」



 ゆっくりと進んでいく馬車の中。


 既に、森は抜けていて。

 薪を確保するために森へ繰り出していた僕たちだけど、少年少女を保護したという事で予定変更、夜のうちに都市へ入ろうということになった。


 その中で聞いた話は。


 とても、複雑なもので。



「なんか、嫌ーな話だな」

「本当は、東側にあるロンディ山脈固有の【トルシア草】の方が効果的なんですけど…。僕たちじゃ行けないし、ギルドにお願いできるお金もありませんから」


「――今は、これが精一杯なの」



 馬車を運転していると。


 背後から聞こえる皆の声。

 春香の質問に相槌を打つ女の子がマナちゃんで、その弟がロイくん。


 二人は、薬師である母親のために危険な森林部へと踏み込んだのだとか。


 如何に優れた職人でも。

 材料が無ければ仕事は出来ず。



 病に伏していれば、猶更で。



 誰かに助けも求められず。

 彼等は、自分の力で何とかしようとした。


 ……それは、この世界ではよくある事だという。



 どうにかしてあげたいと思いつつ。

 進んでいくと、やがて月明かり以外の光源が前方に訪れ始め。




「――これが、セキドウ」

「あの高い塔以外は、案外ふつうなのな」



 多少のイレギュラーはあったものの。

 僕たちは、無事に目的地へとやって来ることが出来た。


 街としては、この世界でよくあるタイプ。

 堅牢な石垣で囲まれた都市だ。

 何処にでもあるような検問は緩やかに進み、注視して壁を見れば、魔物除けの刻印魔術が規則的に配されているのが分かる。


 勿論、その魔力の流れも。


 二人の家は外周部に存在していたようで。

 少し進めば、すぐに辿り着くことが出来た。



「じゃあ、気を付けてね?」

「はい。……あの、ありがとうございました。お兄さん」

「ありがとうございます!」



 マナちゃん。

 そして、ロイ君。

 二人が馬車から降りるのを助け、その感謝を受け取る。


 …でも、ここまでが仕事じゃない。

 むしろ、まだ始まってすらいないというのが僕たちの考えだ。



「――依頼、僕たちが受けに行くから」

「はい、数日中に。ですから、お母さんには、上手く取り繕ってくださいね?」


「「!!」」



 怒られるのは仕方ないだろう。

 実際、危ないことをしていたのだから。


 でも、今回の件で姉弟は多くの事を学べた。

 五体満足でこうして家に戻ってこれた。だから、決して無駄な事なんかではなかったんだ。



 僕たちの言葉を受け。



 二人は、安心したように頷いてくれた。



「「うん!(はい!)」」



 その笑顔は眩しくて。


 このためなら、何でもできる気する。

 ……勇者、冒険者。

 戦う力を得るために、幾度もの死線と恐怖を超えてきたけど、この瞬間だけは本当に良かったと思える。




  ◇




「――いつもさ~? 陸ばっかりお兄さんなんだよねぇ?」


「本当にたらしだよな?」

「そういう所はありますね。心の隙間に入り込むのが上手いといいますか…」

「おやおや、悪い子だね。こんな風に育てた覚えはないんだけど、何時の間にやら勇者オブ勇者になっちゃって……ははは」



 言いたい…いや。

 言われたい放題。

 最後の人悪意はないんだろうけど。言い方は、もっとどうにかならないのかなぁ。


 二人を無事に送り届け。


 宿をとるためにゆっくりと走る馬車。


 僕は先生と交代して。

 皆と一緒に荷台に乗っているけど。


 どうにも、居心地が悪い。

 それは、先の会話では無くて。

 一帯の地理に慣れている先生の運転だから問題ないだろうけど、車窓から広がる景色も相まって少しばかり不安が残る。


 レンガ造りで、街道も舗装され。

 

 煌々と明かりが照らす夜景。

 

 街並みは凄く綺麗なんだけど…ね。



「……ホントに、荒くれさんばっかりじゃないですか?」

「そこは、冒険者の都市だからね。一般で言う、ゴロツキが幅を利かせるのは仕方のない事なんだ。本部の近くにもなると、もう少しマシになるだろうけど」



 ―――基本的に治安は悪い。


 そう話す先生の言葉に。

 感じていた物が間違いではなかったと分かり。


 【グレース】での滞在が長かっただけに。

 ある意味新鮮だ。

 向こうは人間国家でも上位の法治国家…それも首都だったから、こういう政府が存在しない都市と比べるのは酷だけど。

 裏路地から聞こえる怒声や嬌声は…幻聴、じゃないよね。



「……ねぇ、康太」

「おう。――しりとりすっか?」

「では、私も」

「参加しよっかな」



 ……そう、気まずいのだ。


 先程までのお兄さん談義だって。

 外的音声から意識を逸らす為だった。

 健全な青少年かつ男子高校生な僕たちからすれば、この都市が持つ独特の雰囲気は、やや気後れしてしまうものがある。


 大人の欲望。

 金や力、名声…色々いろごと。


 でも。

 これこそが、一般的な冒険者の本質なのだろう。



「――では、皆さん。右手をご覧ください」



 そんな折、馬車が止まり。

 御者席からの言葉で僕たちの視線はそちらへ向く。


 この手の下町には不相応に豪奢な外装の建物。

 ガラス張りの窓から見える内側は、シャンデリアが光る。

 ダークオークのような質感を覚える木造の建築は大きくも緻密で…どこか嘘くさい装飾には、見覚えがあって。



「…ここって。もしかして、奴隷商館ですか?」

「あぁ、ザンティア商会と並んで最王手を掲げる、ロウェナ商会だ。主に北側で商売しているけど…こういう店は、ある種、冒険者の街には付き物だろう?」


「まあ、確かにな」

「物語のテンプレではあるよね」



 主人公が奴隷を買って。

 一緒に戦い、世界を巡る。


 それは、王道物語の一つではある。

 もし僕がこの世界に一人で来ていて。……最初の時点で折れなかったら、そういう選択もあったのかな。


 先生と二人旅は……うん。


 ―――不安しか感じないし。



「どれ。皆が手持ち無沙汰なら、観光名所の紹介でもしてあげよう。質問は随時受け付けるから」



 しりとりは中止になり。


 およそこれからも、僕たちには縁のないだろう施設の前を素通りし、ゆっくりと進んでいく馬車。

 でも、すぐ傍の出店から。

 顔を出した初老の男性が声を掛けてきたことで再びの停車。



「――おや? ナクラさん。随分と久しぶりじゃないですか」

「やあ、忙しそうだね」


「お陰様で。最近では各地で……」



 社交辞令に、世間話。

 始まるは井戸端会議の男性版。


 どうやら、先生の知り合いらしい。


 やがて、話題は尽きたようで。

 微笑を浮かべた男は、ゆっくりと僕たちに視線を移す。


 その瞳は一見柔和で。


 しかし、その奥底にぎらぎらした光を帯びている。



「――今代の勇者様たちですか」

「あぁ、その通り。そのうち寄ると思うから、最高の品を用意して、大出血サービスをしてくれると良いことがあるだろうね」



 ……脅しに近い。



「えぇ、勿論です。近頃はギメールとクレスタから多くの物品が流れてきまして。特に、ギメールは…ええ、争奪戦そのものでしたね」



 …わざわざ聞こえるように。


 中々にしたたかな人だ。

 

 自分は知っていると言いたいのだろう。

 流石は、先生の知人。

 争奪戦というのは、ビショップ家の家財が他家へ流出した影響もあるんだろうね。


 でも、僕たちは。

 商人さんの欲望が凄いのは通商連邦の経験で慣れているし。



 緊張を余儀なくされる程ではない。



 見透かすような視線に堂々と相対していると。

 やがて満足したように頷いた男は、別れの言葉を切り出した。

 


 ………。



 …………。



「…さっきの人、耳が早いんですね」

「情報は冒険者の命っていうからね。この都市にあって、冒険者らを相手にするんだから、更にその上をいく情報収集能力を持っていないと」



 この都市の商売人は。

 皆が情報屋のようなもの。

 そう口にする先生は、油断ならない…なんて顔をしていて。



「まあ、公表されてからそこそこ経つし…なぁ」

「そうですね。如何に伝達手段が限られるとはいえ、交通網も確立していますし、これからは油断できませんね」



 奇妙な会話だけど。

 実際に仲間が攫われたり、街中で襲われたりした身だと、本当に死活問題。


 こちらは、冒険者として。


 ただ旅をしているだけなのに。


 襲い来る勧誘や脅迫。

 人の欲望は、留まるところを知らないのだ。 

 当時を想像して軽く身震いしていると、顎に手を当てながら外を伺っていた康太が確認するようにように呟く。



「――油断できないと言えば。…不思議な気分だな」

「ん? 何が?」

「こんな都市を歩いてんだから、上位冒険者とかがゴロゴロ歩いてるもんだと思ったんだよ」



 …ああ、そういう。


 確かに、その通りだった。


 言い方が悪いけど。

 すれ違う冒険者らしき人達は、皆そこまで強そうではない。

 これまでの経験で、何でもない時に最上位の人たちと出会ってきた僕たちからすれば。


 何でもない時を。

 すぐさま、何でもアリにされた僕たちからすれば。


 とても不思議な事なのだけど。…むしろ、これは。



「これが普通…じゃないのかな?」

「その通り。これまでが異常だったんだ。あんな連中と西側で出会う方がおかしいのさ」


「やはり、感覚がおかしくなってるんですね」



 そうだよね。


 感覚がおかしくなっているんだ。


 そんなこんなで停車したのは…整備された厩舎付きの区画。

 しかし、どう見ても宿屋じゃない。

 というか、公共スペースじゃないよね。


 所謂、私有地といった風体だ。



「先生? ここ、私有地じゃないですか?」

「ギルドの直営でね。私が使う分には文句も言われないさ。何より、巡回の時間と警備員の性格を把握しているから、バレる可能性は低い訳で…へへへ」

「「性格ワルッ」」

「凄く迷惑なお客さんの発想ですね」



 使わないなら良いだろ理論。


 迷惑客に有りがちなヤツだ。


 ここにも、感覚のおかしな人が。

 でも、今に始まったことじゃないし…ね。



「……冗談だよ。元々私の借用地でね」

「何で嘘つくんです?」

「――さて、と。私はちょっと単独行動をしてくるから、皆はギルドの方にでも行くかい? 例の塔、【アルコン】に行くのも良いかもね」


「「………」」 



 悪い大人にジト目を送り。

 彼の指し示す方向を見れば、ずっと目についていた構造物。


 大きな建物。


 そして、その真後ろにある高い塔。


 ―――アルコンの塔。

 クロウンスにあった【常しえの塔】とは別種の高揚感を呼び起こす尖塔は、僕の知る限りではその全てが資料収蔵庫…図書館としての側面を持っている。

 大陸最大の情報管理機関。

 それが、ギルドの前身であった組織。


 凄い歴史を思わせる威容だね。

 200年の積み重ねだというし。



「ワクワクですな。――禁書庫、行っちゃう?」

「……ダメ…です…よ?」


「美緒?」


「こりゃあ、理性や良心の呵責かしゃくと格闘だな。魔物より厄介だ」

「康太君は難しい言葉使いたいだけだよね。あたし知らないけど、カシャクって何?」

「……うし、行くか。じゃ、先生はまた後で」


「あぁ、ゆっくりしておいで。…まあ、出来ればの話だけど」


 

 不吉なことをいう大人に背を向け。

 誤魔化し勇者を先頭にして歩き出す僕たち。



「――そうだ。ちょっと待った」

 


 でも、その足は早々に止まり。

 再び後ろへと向き直る。



「どうかしました?」

「いや、これがあった方が面白……じゃなかった。スムーズに話が行くと思うから、持って行くと良いよ」

「おもしろ…なんて?」

「怪しいですね。変な物ではないんですか?」



 渡されたのは。

 

 この世界では、むしろ珍しい羊皮紙で。


 ポスターや掛け軸のように丸まったそれを開くと。大きく紹介状と書かれていて、短い文章と共に実印…先生が普段使っているハンコが押されている。

 ハンコは、上位冒険者の中でも特にへ支給されるモノらしく。

 


 明らかに渡す相手を間違っている。

 


「見ての通り、紹介状だ。それを見せれば一発さ」

「うーむ、良い品物」

「……これを売ったら?」


「勿論、良い小遣いにはなるだろうね……コラ」



 ―――痛たた。

 ちょっとしたお茶目なのに。


 僕の頭に軽く手刀落とし。

 彼は、大通りをゆっくりとを歩き出す。

 

 その姿が見えなくなり。


 僕たちもまた、顔を見合わせると。

 そのまま、塔へ向かって歩き出す。



 塔も本部もすぐそこだけど。



 ―――何故か、嫌な予感がした。

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