第7話:町の薬屋さん!

―陸視点―




「――ぁ…うぅ~~ぃ」

「うェ……ねむ」

「昨日は、ちょっとはしゃぎ過ぎましたね」



 本当に、ひたすら眠い。


 どうして夜更かしなんて。


 後悔先に立たず。

 寝る前は良いんだけど、こうして朝起きた時に全てのツケを払わされるんだよね。


 宿屋の入り口で風を受け。

 欠伸もそこそこ。

 皆と一緒に装備を整えて宿を出る。

 


「というかさ、スケジュールがおかしいんだよ。やって来たその日のうちにギルドで戦闘…すぐ屋敷にお呼ばれして、縁日で大騒ぎなんてさ」

「パリピかよ。やる奴の気が知れねえな」

「……春香ちゃんと桐島君も、お酒飲んでました?」



 本当に、そう思いそうな程。

 お花畑だね。


 主に二人のせいなのに。


 なんて都合の良い頭をしているんだろう。

 


「そういえば。昨日の今日で、私の財布が芥子屑けしくずになっていたんだ。記憶が覚束おぼつかないんだけど、誰か知らない?」

「「……さあ?」」

「それは…知りませんね」



 二人とは逆に。

 こっちは忘れてくれた方が都合が良い。


 人の金とはいえ。


 思うままに使い過ぎた。


 彼は、トボける僕たちを見て首を捻り。

 納得しきれない表情で首を振る。



「…うん? ……まぁ、いいか。依頼ついでに、二日酔いに効く薬でも処方してもらおう」

「そういう使い方もあるんですね」



 ちょっと驚いたけど。

 よくよく考えれば。

 薬屋さんのお仕事って、そうだよね。


 僕たちは、冒険者だから。


 回復薬の購入が主だけど。

 

 よくよく考えれば。 

 日常生活に根付いてこその薬屋だし。

 主な収入となっているのは、風邪薬とか、酔い止めとか…案外、その辺なのかもね。


 ……あと、思う事が一つ。



「先生は、この店に入ったことは無いんですか?」 

「あぁ、セキドウは広いから。都市中が冒険者をサポートする機能を備えているし、闇市のような一般向けではない商売も陰でやっている」


「……やみいち?」

「何か、危なそう」

「勿論、薬屋だって数えきれないほどあるから、一つ一つは…ね」



 話題にある通り。

 現在向かっているのは薬屋さんだ。


 買い物はあくまでついで。 


 僕達の真なる目的地は勿論―――



「お兄さん達! 来てくれたッ!」

「ありがとうございます!」

「約束、したからね」

「ギルドで正式に依頼として受理してもらいましたから、何も問題はありません」



 ギルドへ手を回して依頼にして。

 姉弟の家へと上がる。


 そこは、こじんまりという表現が似合う建物で。

 

 ロイ君に案内されて店内へ入ると。

 香しい薬草の香りに。

 爽やかな薬液の匂い。


 町の薬屋さんというべき店内情報が五感を支配する。


 棚の薬品に目を移しながら。

 案内され、店の奥へ行くと。

 そこは、寝室兼倉庫といった感じで。

 ベッドに腰かけるようにして、一人の女性が迎えてくれた。



「――いらっしゃいませ、皆様。このような姿で申し訳ありません…。私は、この薬屋の店主をしています、アイリと申します」

「「……わぉ」」

「――あの、宜しくお願いします」



 とても綺麗な女性だ。 

 

 若々しくて、儚げで。


 本当に二児の母?

 その若々しさは、自分の母を思い出す。


 彼女に自己紹介を終え。

 僕たちも椅子に腰かける。

 姉弟は、アイリさんの傍が良いみたいだ。



「子供たちの無理な頼みを聞いてくださって、本当に何とお礼を申し上げればよいか」

「気にしないでください! 私達はどんな依頼でも大歓迎なので!」

「人の役に立つことなら…ですけどね。既に通達済みかもしれませんが、正式に依頼として受理してもらいましたので、詳細をお願いしても良いですか?」


 昔は、こういった話は。

 何時も先生がしていたけど。


 今では、殆ど僕たちへ一任されていて。

 交渉を一手に引き受けている美緒の言葉に、アイリさんはゆっくりと頷き、詳細を語り始めた。



 それは、当初の想像通り。


 薬草採取の依頼で。


 姉弟の目的の延長だった。


 昔から、アイリさんは体が弱く。

 夫も既にこの世を去っていて。

 女手一つで子供たちを育てていたのだが、無理が祟って病に侵されてしまったと。


 それも。

 珍しい流行り病で。



「――解熱に必要な薬草も、在庫を切らしてしまい。騙しだまし行っていた療養も、そろそろ限界だったのです」

「「…………」」

「――マナ。あの花、分かる?」


「うんっ! ……これでしょ?」

「あっ、お姉ちゃん、ズルいよっ!」



 アイリさんの言葉に。

 マナちゃんがしおりを持ってくる。


 本に挟むような。

 一般で、透明な栞だけど。


 そこに挟まれたのは…花?



「これが、病の大元に効く花なのです」

「……これ」

「初めて見るタイプ?」


「だろうね。この薬草は、固有種だ」

「……じゃあ、前に聞いた通り、ロンディ山脈にしかない花なんですか」



 ロンディ山脈は、すぐ東にあり。

 北側と中央を隔てる山脈だ。

 その地形故に、開拓は殆どされておらず、未だ手付かずの自然には、多くの魔物や希少な植生が存在していると聞いたけど。


 行く事になるのかな。


 先が気になる僕たち。

 話の主導権を持っていた先生が、部屋を見回し。



 「にしても」と呟いた。



「【ロクス】原産…イリアス草。【クレスタ】の咳癒鉱…。西から東まで幅広く…ね。随分と品を揃えたものだ。ご婦人、もしかして名のある商人や冒険者と契約を?」

「…腕の良い商人の方と結んでいたんですが、数年ほど前に事故で命を落としてしまったようで。今では他の方々と契約をとるしかないのですが…それも」



 例の、足元を見られるとか。

 

 とり合ってもらえなかったとか。

 

 事情があるみたいだ。

 でも、当然だよね。

 大陸冒険者ギルドは独自の交通網を開拓していて。


 何処の国にもあるし。

 概ね同じサービスを受けられるけど。


 国ごとの商業組合や。

 何らかの連盟は別。

 大抵がその都市や国家のみで完結した繋がりだ。



 それ故に。



 村八分されてしまえば。

 どれだけ腕があっても、商売はあがってしまう。



「お母さんは凄く腕のいい薬師なの。だから、他の人たちが嫉妬したんだよ」 

「こら、マナ。私の事は良いのよ」

「……妬みから、ねェ」

「やり方はどうあれ、合理的な思考ではあるがね。ポーションの効果は職人の腕次第、それは皆も良く知っているだろう?」



 ……勿論、知っているけど。

 

 それでも、僕たちは。

 微妙な顔をしてしまう。


 ポーションは確かに上位や下位などの区分けがある。

 だが、それは実質的な品質を指す言葉であり、どのような材料を用いて作成されるかも、どのような技術が用いられているかもバラバラ。


 知っているのは。

 それぞれの作成者たちのみで。


 情報は秘匿されている故に。

 全ては、職人の腕と材料次第。


 腕の立つ商売敵を追い落とそうとするのは……当然。


 本当に、酷い話で。

 横行しているというのが、救えない。

 


「だからと言って、本当にやるかどうかは別だよね」

「良くない事って分かってるのにね」

「自分が成長しないのなら、相手のレベルを下げれば良いってか…。やっぱ、何処の世界も同じなのかねェ?」


「――だからこそ」

「それをどうにかするのが僕たちの仕事、だね?」



 ここ迄来たんだから、やる気は十分。


 総意は固まっている。


 それを確認したからか。

 先生は、満足げに頷き。


 彼は、今日一番の。


 如何にも真剣な表情で。



「――二日酔いの薬、あります?」

「「………」」

「……あの、先生?」


「いや、本当に」

「――ふふっ。はい、ございますよ。マナ? 二番の方を出してあげて?」

「はーい!」



 呆れる僕たちをよそに。


 アイリさんの言葉を受け。

 マナちゃんが、一つの引き出しを開け、瓶を取り出す。



「おじさん、コレだよ!」

「あぁ、有り難う」


「……おじさんで」

「良いんだね。本当に」


「――フム。原種寄りのナツメル…ね」

「貴方のような冒険者様であれば、副作用も問題ないと判断しました。…通常のモノをご用意いたしましょうか?」

「いえ、コレで。お代はいくらです?」



 この世界の薬は、副作用の強い物もあって。

 身体を壊す物も存在する。


 だから、当然。


 その人物の年齢とか。

 身体能力…どれだけ魔素に適合しているかも念頭に入れないといけないけど。


 アイリさんは。


 本当に腕の良い薬師なんだね。

 

 一目見ただけで。

 先生に合う薬が分かるんだから。



「――あの、皆さん。こちらも、お持ちください」


 

 思わず感心していると。

 渡されたのは薬瓶。


 中は深い蒼の液体で満たされていて。


 よく見るタイプのポーションだけど。

 そのサイズは、普段携行している物より。

 一回り小さめかな。

 貴重品だろうに、全員に行き渡らせるのを惜しまないのは、感謝の意や選別ということなのだろう。


 遠慮なく、有難く受け取り。


 大事にバッグへしまっておく。


 五人の中で、ただ一人。

 その場で栓を抜いている大人以外は。



「……成程、これは」

「先生?」

「いや、何でも。ご婦人、本当にいい腕をしていますね」

「ふふっ、恐れ入ります」



 また勝手に納得して。

 こういう所だよね。

 


「――じゃあ、ロイ君とマナちゃん。達は……」

「行きますよ、おじさん」

「おじさん、急ぎなんですから」


「オジサン」

「出立、早い方が良いですよね? おじさんさん」



 こうなれば、善は急げだ。


 安心した様子のアイリさん。

 笑顔の眩しい姉弟。

 三人に挨拶をして…ロイ君たちと談笑している先生を引っ張って。

 ゆっくりと店を出る。


 恐らく、内容は。

 会話の訂正をしようとしたのだろう。


 だが、彼等からすれば。

 先生は、十分オジサンと呼べる年齢だ。


 訂正の必要などない。




「先生、ああいう女性が好みなんですか?」




 店を出た途端、春香が聞いてるけど。

 …初手でそれ?


 やや考え込んでいる様子の先生に興味を持ったのか。

 興味深そうに尋ねているが、これ…多分、冷かしとかじゃなくて本当に知りたい感じで。 


 僕だって。

 凄く興味はあるけど。



「確かに、綺麗な人だったしな」

「まずは子供から篭絡なんて…あくどい」

「…いや。あれは、そういう意味じゃないんだが。あまり大人を揶揄うもんじゃないよ」



 こっちも。

 教育者の模範解答。


 いつもの彼だね。


 その話の後には。

 話題は、依頼一色で。



「ロンディ山脈っていうのは、セキドウに来る前に見えたところですよね?」

「ああ、その通り。ロンディは北側と中央を隔てる標高の高い山脈。長旅になるだろうし、普段馬車中でダラダラしている付けを払ってもらうとしよう」


「良い運動になりそうだなぁ」

「あの、所要日数は?」

「…往復四日といったところか。馬車も使えないからね」



 山だし、当然か。


 平地なら馬車に入って夜を明かせるけど。

 立地の悪い所ではそうはいかない。


 どうやら。

 今回は野宿が主みたいだ。

 


「では。所持品の点検をして、すぐに行きましょうか」

「「はいっ!」」



 やるべきことは固まった。

 最近は、専ら討伐が多かったから。 



 採取依頼なんて。



 ―――本当に久しぶりだ。

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