番外編:職場恋愛はいいけれど

―アルモス視点―




 統括局の反乱から少し経ち。

 俺は、以前にも増して真面目に歴史の調査を行っていた。


 出来る限りの情報。


 出来る限りの力を…だ。


 折れた剣の新調もしたいところだが。

 暫くは任務が免除らしいので、後回しでも良いという判断。



 ……だが。



 最近、気になってることも増えたわけで。



「――あぁ。それは俺も思ったけどよ? 奇麗どころばっかりだったぜ? 良いじゃねえか。自室くらい侍従に掃除してもらえよ」



 そう、城内の雇用問題。

 その広さ故に、減った人員を補充するのは当然の事。

 ……なのだが。


 どうにも、女性の雇用…侍従の女性率が圧倒的に増えている気がする。


 それ自体は別に良いんだ。

 目の保養になる――イデッ。


 ……問題は、見られて困るものが増える事で。



「知らぬ間に自室が綺麗になってたとするだろ? 同時に、身に覚えのない物が増えてるんだよ。女物なんだよ。いつも違うサイズなんだよ。誰だっておかしいと思うのが常だろうが」

「気にすんな。じきに隣で知らねェ女が寝てるさ」



 殴りたいのに殴れない。

 何だ、このもどかしさは。

 精力絶倫、遊び人の亜人総括様えらいやつはともかく、俺は魔法使いだぞ? 悪い女に引っかかって闇落ちしたら国家転覆するぞ?


 第二の反乱待ったなし。




「――あなた達、余裕ね?」




 頭上から聞こえる悪い女の声。

 

 そう、俺たちは横になっていた。

 それもベッドの上。

 手足はガッチリ固定されていて。

 あっちの世界でも、悪の組織とかで稀に見られる構図に酷似するそれは――俗にいう実験体。



「……おい。なんで素直に受けちまうかねぇ? お前のせいで断る口実無くなったじゃねえか」

「いや、新たな力がだな」

「これ以上は! いらねえだろうが! 英雄様はどんだけ強くなるつもりだぁ!?」



 ―――ああ、その通りだとも。


 現状で満足するべきなのだろう。

 だが、しかし。

 ギャーギャー耳元で喚く鬼野郎を無視しながら、俺は静かに目を閉じて身体を委ねる。



 強さへの渇望、なんて。



 そんなもの、ずっと昔に捨てた筈だった。



 だが。今更になって。

 それが、必要になるかもしれないと考え始めるようになったのだ。勿論謀反を考えているわけでも、最強になって世界征服ゥ! 

 ……なんて、大それたことを画策しているわけではない。



 ただ、一人の女性を救いたい。


 本当にちっぽけな、それだけの理由。


 だが、問題があって。

 その女性が最強の魔族と言うのは、トンデモナイ誤算。


 魔族基準では、未だ百に満たぬほどしか生きていない若造が、千年以上の時を生きる大魔族を救いたいと願うのであれば、手段は気にしていられない。


 魔素への適応は限界。

 肉体の成長も既に打ち止め。

 一朝一夕で技術を磨くという訳にもいかないため、こうして愉快な仲間たちと一緒に(ヤクに頼って)強くなる手法を模索している訳だ。



「取り敢えず、何を試すんだ?」

「いろいろあるわよ。筋力強化、視力向上、魔力容量増加? あと――老化の…? 遅延?」



 おい、後半部。


 何故全て疑問形なんだ。


 やはりやめようかと考え始めるも。

 四肢を拘束された状態では抵抗も虚しく。


 再び身を委ねる頃、サーガが呟く。



「――老化っていや、局長殿は三百歳越えだったんだよな。あれも魔術か?」

「そうね、彼なら、そういう魔術を開発していても不思議ではなかったわ。寿命に関する魔術の殆どは一族間で秘匿されているから、自分で編み出すしかないのよ」



 寿命…ねぇ。


 俺の残りはどれ程か。

 あと、こいつ等の残量……あ。


 そういえば、前々から疑問に思ってたことがあったな。



「寿命と言えば。なあ、イザベラ」

「……そうね。私もそれが気になっていたのよ」



「ん? なんか付いてるか?」



 そう、コイツ。

 黒鬼の寿命についてだ。


 どうにも、サーガという男は年を取っている様子がない。

 周りが長命種であるから見落としていたのだが、オーガ種というものはさほど寿命が長い種族ではない筈なのだ。

 元々気性が荒く、殺し合いの絶えない種。

 老衰出来れば奇跡ともいえる連中。


 生きたとしても、50程度。

 80歳にも歳に満たない寿命。



 ―――なのに、コイツは。



「でも、考えてみれば可能性はあったのよね」

「……どういう事だ?」

「だって、黒鬼種って弱いんでしょ? これまでに天寿を全うした個体の記録が残っていないのなら、基準も分からない。それこそ、サーガが何百年生きようと不思議じゃないのよ」


「「なるほど」」



 ……………いや、なるほどか?



 んな訳ないだろ。

 おい、鬼。

 自分の事なのに思考放棄してんじゃねえよ。


 確かに黒鬼は異例な個体。

 突然変異の希少種だ。



「だが、あくまで派生した変異種でしかない。歳も取らず、通常種の数倍も生きるなんて、あり得るのか?」

「知らないわ。興味薄いもの」


 

 この研究バカが。


 興味があるモノに関してはとことん貪欲だが。

 一度興味が失せれば、何処までも淡泊。

 その意味では、今までに数え切れぬほど無理やり調査を行ったコイツの肉体に関しては、もう殆ど興味を失ってしまっているのだろう。


 青筋を浮かべる俺に対し。


 興味ないと言われた本人は豪快に笑う。



「ハッハッハッッ! 俺としちゃ、狙われなくて大助かりだぜ? ――とはいえ、いつ死んでも良いように、跡継ぎがいるに越したことは無い…よな?」

「こっち見んな。俺には無縁だ」



 今は休職中だが。


 こんな役を押し付けられる相手などいない。

 

 それこそ、過労死まで秒読み。


 …仮に、俺が父親になったとしてだ。

 通常の三倍以上は死の危険が高まり、かつ国内外を縦横無尽に出向しなければならないような不安定な職に就かせたいと思うだろうか。

 

 あり得ない。


 自身の血を引く寵児なら。

 もっと楽な職に就かせてあげたいと願うのが親心だ。


 結果、世間に溢れる二世。


 七光りさんの完成、ってな。



 ……まあ、結局のところ。



 俺は魔法使いだけどな。



「頑固でいけねえな、英雄様は」

「…気に入ったのか? それ。あと、頑固なのは俺だけじゃねえだろうが」



 そこの魔女とか。

 俺と違って、良家の子女だぞ?


 ローレランスと言えば。

 国内有数の大貴族。

 並ぶ者と言えば侯爵位のアインハルトとかだが、それ以上ともなると唯一の公爵たる爺とか、辺境伯のフィーアくらいなもんだ。


 家としての格式が伴っている分。

 貴族たちからは、後者二人よりも上にとられてんだぞ?

 

 それこそ、飢えた男共が――



「―――アァ!? イデェッ!」



 血管が浮き出る。

 腕が収縮し、内側から圧迫される。


 二千年の歴史を持つ拳法か何かか?


 今にも肉体が破裂しそうなんだが。

 研究畑の癖して、何時の間に伝承者になったんすかねぇ。



「大丈夫よ。貴方ならすぐに治るし」

「それが前提かよ。もっと有情うじょうな奴で頼めないか?」



 注文の多い患者に対し。

 医者は、嘆息したように別のぶっとい針注射を持ってくる。


 ……いや、待て。


 ちょっとタンマ。

 それはガチで痛いやつだって。 



「じゃあ、これはどうかしら?」

「いや、待っ――アァ!」

「次は…これね!」

「ちょっとまっ――グェ!?」

「まだまだあるわよ」


「…あ……あぁ、タイム」



 痙攣する腕で注射針を掴み。

 そのまま砕き割る。

 患者としては最もめんどくさい部類のアクションだが、医者も医者でくるっているので問題は無いだろう。


 狙い、狙われ、砕き割る。


 一進一退の攻防を繰り広げる俺達。


 その隣からは。


 ―――いつしか、ガシャンガシャンというべき破壊音が聞こえていて。



「――俺は! パスだぁ!!」

「「あ」」



 専用に設えた拘束具を破壊し。

 逃げていく鬼は、必死の形相。


 余程お注射が嫌だったらしい。



「「…………」」



 お見合い。

 完全な沈黙。


 先に根を上げたのは、あちらさんで。



「――そういえば」

「ん?」

「“念話”……そろそろ完成しそうよ」



 ……だろうな。


 彼女たちの熱心な研究も大きかっただろうが。

 別のアプローチをしていた者たちの成果も大きかった。



「本当に、一杯食わされたというか」

「すごく複雑よね。研究が大躍進したのは良いのだけど、殆ど彼のおかげだし」



 彼が劣化と言って渡してきた術式。

 あれ、普通にヤバいものだったのだ。


 今まで当たっていた壁。


 それは、魔力の消費が激しすぎることで。

 俺が貰ったあの信号魔術を加えることで、従来より遥かに燃費が良くなるらしかった。

 イザベラより彼の方が上というわけではなく、別側面から見ていたからこそ出せた打開策と言ったところ。


 研究は大きく躍進。

 あとは、距離の問題を解決すれば実用に足る精度だと彼女は言う。


 だが、それとは別に。


 内心は、とても複雑な事だろう。



「目標……だったんだよな?」

「一応は、ね。小さい頃からの憧れだったんだもの。研究にしか興味がない者たちがいる中で、彼ほど国のために尽くした妖魔種はいなかったから。皆押し付けるように、彼だけに背負わせ過ぎたの」



 背負わせ過ぎた罪…ねぇ。


 あれなる男は。

 最期まで、恨み言など言っていなかった。


 あれは、あれで。

 一族を大切に思ってたんじゃないだろうか。



 ―――俺の事は、容赦なく殺しに来てたが。



 ま、終わったことは仕方なし。


 今は、それよりも……。

 


「――ところで、君の小さい頃って何百年ま……あだだだだだッ!?」

「私は! 貴方とそんなに変わらないわよ!」



 ええー、本当でござるかぁ?


 というのは、冗談だ。

 イザベラが俺より年上なのは確かだが、離れても十年前後というのが結論。…いや、それでも九十代ってことにあばばばばb。



「止めてくれ、その濃度は流石に効く。明らかに適正量じゃないだろ」

「私は、このまま耐久テストに移行しても良いのだけど」



 ざっけんな。


 まだ死ぬ予定はないんだよ。



「――別のは?」

「まだまだ他もあるわよ?」

「…あぁ。そっちので頼む。出来得る限りは協力するから。……俺に出来る事なら、な」


「ありがとう。素直な男の子は好きよ」



 HAHA、こ奴め。

 直訳すると「実験体は大人しくしとけ」ってことらしい。


 まあ、それは当然だし。

 ゆっくり行くとするか。


 この程度の協力で。


 更なる力を得られるというのなら―――



 ………。



 …………。



 次の日、俺は思いっきり腹を下した。

 原因は間違いなく、無作為無尽蔵に注射された薬品類。


 当然、実験は失敗。


 やる気は下がったし。

 ステータス的なのが下がる音を聞いた気がした。




 ―――やっぱり、地道に強くなろう。 

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