第30話:馬車馬、深奥へと到る

―アルモス視点―




「――やめんか馬鹿者がぁ!」



 おいおい。


 怪獣大決戦か?


 飛んできた二体目の龍種。

 だが、その矛先が向いたのは俺ではなく、もう一体の龍で。

 龍化している状態でも明らかに堪能な言葉遣いに。


 俺は、それが何者であるのかを悟った。



「――全く。生態系が乱れると言うとるに」



 目の前で縮んでいく五体。


 人型には違いないが、三メートルに達する背丈。

 白髪は腰まで届き。

 同色の髭は威厳を感じさせるが、仙人そのもので。老いてなお覇気を失わぬ瞳は、こちら側では珍しい黒色。

 

 龍公アダマス・ドラコニカだ。



「オオ、アニジャ」

「…ムート、お主が降りてくるとは珍しいの。余程釣り針が大きかったと見える」



 そう言いながら。

 視線を俺へと向ける爺。

 

 俺は釣り餌か?


 腹壊すぞトカゲ共。



「おい、爺。助けてくれたのは感謝するが、よくよく考えれば身内の不手際じゃねえか。謝れ」

「生意気なわっぱが。儂も加わってやろうか?」



 あ、すみません。

 訂正します。


 ―――くたばれ老害。



「アニジャヨ、ナゼヤラセテクレンカッタ? イマナラショウコモノコランダロウニ」

「儂が困るからじゃ。コイツの命はどうでも良いが、結ばれているえにしが問題なのでな。何より、お主もただでは済まぬぞ?」

「……ム? ワレガオクレヲトルト――」


 老爺同士の醜い争いはどうでも良い。

 だが、気になる事はある。

 

 ……爺は。

 彼は、のか?


 それ自体は不思議じゃない。

 なんせ、最古参だからな。

 だが、こうして自身が知った上だと、多くのものが見えるようになる。前までは気にも留めなかった出来事や台詞が、意味のあるものに思えてならず。


 聞きたいことが増え過ぎるな。

 今は、とても聞ける雰囲気じゃないが。

 


「とにかくじゃ。お主は霊峰の管理へ戻れ。長らく居座ると、竜が西へ流れんとも限らぬしな」

「わーお、大迷惑」



 マジで付き合ってられねえ。


 本当に、コイツが管理者で良いのかよ。

 向こう側の国家群が耄碌爺の癇癪だけのために危機に瀕するとか、俺でも同情するぞ。


 怒られた方の爺が。


 こちらを睥睨し、顎門あぎとを開く。



「ワレハ、ミトメヌカラナ」

「……え?」



 ツンデレ?


 需要がなさすぎる。

 そのうち仲間になりそうな気すら覚える台詞だが、こっちから願い下げだ。そもそもの原因も爺共の勘違いで、俺は圧倒的被害者。

 どうしてこんな目に遭うのだろうか。



 一度も人化の姿を見せぬまま。



 もっさりもふもふ爺龍は飛び立っていく。



 この先、会うことは無いんじゃないか?


 引き留める用事もなく。

 俺と爺はそれを静かに見送り。



「――ハァ」

「珍しいな、あんたが溜息とは。そろそろ年か?」



 一匹去ったので。

 気が大きくなった俺。

 ヴァナルガンドの爪を回収しながら問いかけると、彼は言い返すこともなく頷く。



「なに、あ奴は物好きだったからの。完結した生命であるが故に、物欲などほとんど存在せん我らの中に在って、本気で魔族に恋をした結果がアレじゃ」



 アンタも十分子煩悩みたいな感じだったけどな。

 爺につがいがいるという話は聞いたことは無いし、直系の子孫もいるか不明。だが、初めてシャルンドアに赴いたときなんかは、マジで狂気を感じたくらいガードを固めてたし。


 龍種、絶対言うほど無欲じゃない。


 というか―――



「棚上げか? あんたも物好きには違いないだろ」

「……そうじゃな」


 例えるのなら。

 仙人が宮仕えしているようなもの。

 魔王に忠誠を誓っている時点で、弟の事を言える立場ではないのは明らかだろう。彼自身、それを肯定していることだし。

 酔狂な龍がいるもんだと。


 昔は、知れば知るほどにそう思ったもんだ。



「で、何しに来たんだ? まさか、本当に助けに来てくれただけなのか?」



 あり得ない事だが。

 頭を打った可能性を考慮しつつ尋ねる。


 だが、勿論。

 彼は首を横に振り。



「馬鹿を言え。ただ、用事ついでに取りなしてやったのみよ。ムートの考えも分からんではないが、個人的な感情を除けば、お主はまだ必要じゃからな」



 ああ、そういう。 

 つまり、個人的には助けたくなかったと。


 助けてくれてありがとな。


 お礼に、ボケたら介護を手伝ってやる。

 

 まずは車椅子の発注からだな。

 イザベラに掛け合って。

 サーガに材料を発注。

 フィーアに加護を掛けてもらう。



 くくッ――乗り心地が良すぎて、二度と歩けないようにしてやるぜ。



 最高に悪どい事を考えていると。

 トカゲは、ゆっくりと歩み寄ってくる。



「しばし儂に付き合え。行くところがある」



 爺の用事だ?

 やだやだ、絶対めんどくさい。


 ようやく普段の激務から解放されたのに、今度は爺にこき使われる馬車馬なんて絶対に御免だ。どうせ、碌でもない事だろうし。



「悪いが、茶飲みに付き合っている暇は―――!?」



 神速に煌めく剣閃。

 …どころか、光りすらしない。


 過程が存在しないみたいな、バカみたいな速度だ。


 完全には間に合わないため。

 剣を鞘から半ばまで引き出し、それを受け。


 すぐさま後方へ飛び退る。



 ―――まさか、本当にやるとはな。 



 首を狙うように薙がれた剣を。

 抜刀で迎え撃つ。

 これだけでも強いというのに、まだ第二形態を残していて。しかも陛下に聞いた話だと、そちらは人化の倍近く強いとか。


 第二段階やめろ。


 もう、アンタが魔王やれよ。


 その次元まで行くと。

 痛みとかと一緒で、大した違いが分からんが。


 出来れば、相手にしたくないのは確か。

 


「――ふむ、やるようになったな」

「…遂に、ボケたか? 短期間で二人も首脳を消したくはないんだが」



 彼は脳という面では戦力外だが。

 それでも、国家の最高戦力に変わりはなく。

 如何にボケておかしくなったからと言って、流石にここで使い潰すのは…。



「なに、この程度受けられんようでは、とても耐えられるものでは無いからの」

 


 言ったきり。


 背を向けて歩き出す爺。


 ついてこいという事なのだろうが、怪しい老爺トカゲに付いて行くなと小学校で教わったんだ。王都の士官学校で同様の事を教えているのかは疑問だが。

 むしろ俺たちは、怪しい奴に付いて行って拠点を壊滅させるのが仕事みたいなもんだしな。

 

 まあ、つまり。

 

 行きたくないという事だ。

 どんな理由かも聞かんうちにはな。



「自己完結させんな。何の話だか、説明してくれ」



 頭に疑問符を浮かべつつ。

 確認をとる。



「お主に、機会を与えると言うておるんじゃ。風穴を空けられて諦めたわけでもないであろう?」

「……盗み聞きとは、随分良い趣味だな」



 まさか、聞かれてたのか。

 あの時の会話を。

 腹芸は不得手だと知っているだけに、こんな形で不意を突かれるとは。


 やってくれたな。



「それは、つまり…?」

「儂は案内をするのみよ。どうなるか、想像もつかん。もしもこれまでの全てが見当違いならば…ああ。儂も、陛下も。二度と期待はすまい」



 二人は何かを待っている。


 それを自然に委ねるか。

 それとも、自身で引き寄せるかという話だろう。

 恐らく、後者である彼と前者である陛下の考えは相反する物で。彼女を敬愛する爺が、こんな非行に走るとは、どういう風の吹きまわしだ。


 爺は「だが」と言葉を切り。


 ゆっくり息を吐きだす。


 


「儂は、賭けることにした。行くぞ――王廟へ」




 問いかけに対し。

 帰ってきた言葉は、全くの予想外。



 それは。

 彼が守護する深奥への切符だった。



 ……多分、片道の。

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