第29話:野宿の方が安全か?

―アルモス視点―




 自国の王都が一番の危険地帯ってどういう事だよ。


 それは、ふとした疑問。

 統括局の乱から数週間が経ち。

 魔物を狩り、野営で火を起こして休息をとっている時に思ったことだ。


 現在俺がこんなことをしているのは、任務というのもあるが、あるオーガ種…鍛冶屋の主人から依頼された素材採取のためでもあった。



『あぁぁぁぁ! また壊したな!?』

『……すまん』

『龍公様のも壊れたってのに!』

『……爺? ――は、どうでも良いか。今回は相手が相手だったんだ。多少の無茶は仕方ないし、剣が折れるのも砕けるのもしょうがないだろう?』


『――ざっけんなぁぁぁあ!!』



 まあ、怒られはしたが。


 一応約束は取り付けたので。

 剣を打つことを条件に、依頼を請け負った。


 気分はマジで冒険者。

 だが、俺はむしろ気分転換になるとのびのび過ごしていた。

 ――だって。

 王都にいるより、野外で魔物を相手していた方が安全なんだもの。


 つい最近。

 立て続けに。



 ―――そう、都合二回死にかけた。



 一度目は、不死なチート魔術師の相手で。

 二度目は、最凶魔王様の鉄拳制裁で。

 俺の住む国は魔境も魔境、大陸でも類を見ない怪物が服を着て跋扈している無法地帯。寝ているだけで棺桶に押し込まれ、自室にいるときさえ油断ならぬ修羅の国だ。


 それこそ。

 何時命を落とすかもしれぬ風前の灯火で……あぁ。



「また消えたか」



 空気が薄く、標高も高い影響か。

 何度目かも分からぬ鎮火。


 何処ぞの消えない火が恋しくなってくるな。


 炙っていた肉が生焼けのままだ。


 ここは、極東である魔皇国のさらに東。

 俗世を嫌う龍種が複数存在するとも伝えられる霊峰のふもとだ。

 因みに、ここを抜けると何処までも続く大海原なので、馬鹿正直に西から来るのではなく、船を造ってこちらへ回るのが、王都攻めには最も適した経路かもしれない。


 まあ、その前に。

 大量生息する竜たちに食われるだろうが。

 霊峰の危険度はロスライブズと同格、又はそれ以上。RPGで例えるなら、ストーリー後のエンドコンテンツだ。


 取り敢えず、この生焼け肉は…?


 ゲームと違って、使い道は無いな。

 俺と同職の某魔物狩り達は、こんなんで強走薬とやらを作れるらしいが。あれもアレで魔術みたいなもんだ。



「まあ、一人分で良いから調達が楽なんだがな。最悪生でもイケるか」



 腹痛くなるけど。

 処理する奴が居ないから仕方ないな。


 リオンには暇を出している。


 首ではなく、休暇の方。


 暫くは好きな時に飛び回り、好きな時に飯を獲ってくる気ままな生活。ペットには過ぎた福利厚生かもしれないが、しばらく休ませてやると言った手前、反故にするのは気が引ける。


 あれで頭は良い方だし。

 面倒は、起こさないだろう。



 今頃何処を飛び回っていることやら。

 


 元から見通しの悪い霧が張られた山。

 さらに、辺りはすっかり影を差し。

 目的の魔物も姿が確認できぬまま、時間ばかりが過ぎていく。



 ―――そろそろ帰路に付くのが吉か?



 別に、急ぎの用事でもない。


 麓には簡単だが住居のようなものも用意されていることだし、休んでからまた来るというのも一つの選択肢だ。

 いや、むしろ帰るべきじゃないのか?

 よし。帰ろう、そうしよう。


 そして惰眠を貪り尽くそう。


 決まれば早い。

 生焼け肉を回収し、簡単に包装してバックパックへ。

 くすふった火に砂をかけ、処理をしていると。匂いに誘われたのか、やって来る者がいた。


 それ自体は問題ではなかったが。


 やって来た魔物が問題で。



「……ゴメン。もう帰るから明日にしてくれない?」

「―――ァァァァア!」



 帰り支度を始めたら、これだ。


 何と、目的の魔物…ヴァナルガンド。

 大陸中の狼の祖とも呼ばれる巨大な魔物で、この山に生息するだけあって非常に強力。

 狼ながら単独で行動することが多く、その素早さから繰り出される爪斬には指を落とされたこともある思い出深い奴だ。


 その長く、特徴的な爪は鋼の粘りを強める性質を持ち。

 有りと無しでは、最終的な金属の強靭性が段違いとも言われる混ぜ物に出来る。ハンバーグでいう所のパン粉、卵…俗に言う


 まあ、それはそれとして。


 おさらいしたは良いが。


 生憎、今の俺は完全にお帰りモードな訳で。

 既に思考を切り替えてしまっているだけに、「さあ見つけたぞ、爪置いてけ!」という気分ではなくなってしまっている。

 超希少という程でもないし、別に明日改めて探しても構わない。

 


 というか帰りたい。



 そんな俺の気持ちに反して。

 匂いを追ってきた先に如何にも狩りやすそうな獲物を見つけた彼…彼女? は、疾風の移動速度を生かして躍りかかってきた。



 ので、仕方なく剣を走らせる。


 勿論、粗悪な急造品だ。


 

「そう、これが欲しかっただけなんだ。もう行っていいよ」

「……? ――グラァァァア!!」



 ああ、とてもうるさい。

 

 当然のことながら、言葉は通じず。

 むしろ猛り狂って襲い掛かってくる姿は、同様にうるさい俺のペットを幻視させる。


 何の手品か。

 自慢の武器を瞬時に切断した獲物。

 それに対して、警戒を一段階強めた奴は俺の周囲を縦横無尽に駆けずり回った末―――



「キャン!? ――キャンキャン!」



 突然、情けなく背を向けて走り出した。

 先程までの風格は霧散し、まるで子犬のように。


 …はて。

 何故逃げの一手を?

 最初からそうするというのなら分かるが、今のは急に路線を変更したようで。小さな獲物の反抗にビビったわけでもなく、割に合わんという感じでもなく。

 

 そう、まるで何かから逃げ出すような。



 ―――本能の危機感知。



 それは、時に索敵を上回り。


 常に死線へと身を置く魔物は、研ぎ澄まされた感覚を持つ。

 だから、もし俺が分からない範囲から何かが近づいてくると…い…う……?



 …これは


 ……まさか




「――おい、冗談じゃねえぞ」




 異変は、少し離れた丘に始まった。


 まるで地面からかのように。

 突然現れたのは、白くふさふさの体毛を持つ幻生物。

 勿論、ポメラニアンやプードルのように可愛げのある見た目ではなく、圧倒的に巨大かつ、威圧は大地を震わせんばかり。


 周辺に感じていた複数の魔力反応は、逃走の一手。

 決して敵わぬと、野生の本能が告げたのだろう。俺自身、それが何なのかを理解した瞬間、楽観的な空気おかえりムードを切り替えて全力で相対する。


 なにせ、突然現れたこの化け物は。



「タ…ブ――ム…シ――」



 そう、その通り。

 明らかに、発声器官を震わせ、言葉を紡いでいて。



 ただの魔物じゃなく……龍種。



 魔物の中でも最高位に配される存在。

 一夜にして大国すら滅する、厄災の化身だ。


 そんなものが脇目もふらず。



 ―――真っ直ぐこちらに駆けてくる。



 俺から見れば離れた丘でも。

 あちらさんからすれば、何かを跨ぐのと変わらぬ距離感。


 そして、当然の権利のように……。

 


「ガァァァァァ!!」

「――っざっけんな! 殺す気か!?」 



 鉄槌など生易しい。

 まるで、隕石の衝突だ。


 のっけから問答無用で繰り出された踏み付け攻撃には殺意マシマシ。

 巨大な切れ長の瞳は、明らかに俺を中心に収めており、逃がしたところで問題ない矮小なアリ一匹だとは欠片も思っていない。


 どころか。


 まるで親の敵と言わんばかりに。

 しつこく攻撃ふみふみを繰り返してきて。


 そんなアホな攻撃。

 一撃でもまともに喰らえば、栄養豊富な魔物の餌(有毒)になる事は想像に難くない。

 


「タイム! ストップ! 言葉が通じるなら話せばわかる!」



 というか、何で今なんだよ。


 俺は霊峰へ踏み込む許可を公式に得ている。

 であるため、知性皆無の魔物はともかく、ただ隠遁しているだけの仙人…仙龍たちは、不干渉を貫いて接触してこない筈なんだが。


 深いとはいえ、ここはまだ山の中腹。


 何故、こんな場所に龍畜生が―――



「マゴヲタブラカスムシケラガァァァァ!!」



 え、なんて?


 ―――孫を誑かす虫けら?

 龍種、孫…爺……なんか、どっかで。






 ……あ? ―――あ!






 イザベラの爺さんかよ! 


 爺の弟じゃねえか!


 どうしてこの一族は俺に対してまともな対応をしてくれねえんだ!?



「猶更話せばわかる! そういう関係じゃねえよ!」

「アアアアア!? アノコニミリョクガナイトモウスカ!」



 マジで! めんどくせぇ!

 爺馬鹿過ぎんだろこのトカゲ!


 爺、あれでまだマシな方だったのか。

 

 この龍に関しては。

 大図書館の資料で見たことがある。

 一般で、龍はそれぞれ個体に合った二つ名で呼ばれるらしく。

 爺が龍公と呼ばれ、最強の武人だとされるのに対し、コイツは【魔公】と呼ばれる存在。早い話が、魔術の極致に至った龍とか言う悪夢みたいな化け物だ。


 生まれついての強者でありながら。


 鍛えに鍛えて魔術まで極める意味が分からん。


 そんな変人…変龍だからこそ。

 魔族と交わって、子供を残そうなんて考えるのだろうが。


 致命的なことに、今の俺にはあの怪物の攻撃を受けられるような武器を持っちゃいない。故に、手持ちの剣では攻撃しようにも、鱗を貫通できないだろう。


 技術ではどうしようもないほどに強靭性が違い過ぎる。


 

 なんなら、こっちの剣が砕ける。



 魔力鎧の転用も出来なくはないが。形状を魔術式に記憶させているだけに、剣の形を改めて取るのも骨が折れる。

 さっきのポチ公ではないが。

 こんな奴の相手をするのは割りに――は?



 逃げ道を探さんと。



 周囲を伺っていた俺が目にしたのは、大きな影。



 上空よりこちらに飛来するあの特徴的なシルエットは。

 この化け物の威圧にも、全く動じることなく進んでくる存在は。




 ……もしかして、龍?




 ―――二体目来たぁぁぁあ!?

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