第28話:葬式は盛大に

―アルモス視点―




「――彼等の魂は、きっと天星神様の御許で新たなる希望を得ることになるでしょう。次なる旅路に、優しき加護と小さな祝福の在らんことを」



 大きすぎる祝福。

 

 それは、身を滅ぼすから…か。


 流石は元聖女。

 その言葉には重みがあって。


 親子、兄弟、親族。

 果ては戦友や隣人のために。

 熱心にその言葉を胸に刻み、あらん限りに祈る魔族たちは、とても人間種が恐れるような恐怖の化身と呼べる存在には見えない。

 

 細かい教義こそ違えど。


 信じる神は、皆同じ。

 なのに、何故ここまでの軋轢が生まれてしまったのかね。


 古き時代を知るのは、魔王と老龍くらいで。


 俺たちが知るよしもない。


 そして、今回の一件も。

 記録に残る限りでは、魔皇国の歴史上に反乱など存在せず。


 初めての混乱に。


 去って行く者たちは、何を思うか。

 怒涛と押し寄せる感情と向き合いながら、未だ座り続けていた男の隣に座す。


 

「――シャックス。彼は、カルディナに帰るんだね?」

「ええ、父としては王都を守るのも良いでしょうが、伝来の墓に入れぬわけにもいきません。それに、私はまだまだ若輩者。傍で見守ってもらわなければ」



 戦後の彼は気丈だった。


 …いや。

 考える暇もなかったのだろう。


 だから、こうして実感が湧くと。

 一気に押し寄せてくる。

 彼はアインハルト老の事を、親としても、騎士としても尊敬していたから。



「父は、最期まで騎士として戦ったそうです。……引退した身で、戦う必要など殆ど失われていたでしょうに」

「彼は、生粋の騎士いくさびとだったからね」



 彼なら、間違いなくそうしたと。


 近しい者なら、誰でも分かることだ。


 出生率の低さゆえ。

 カルディナ現領主が生まれたのは、先代が老いを感じ始めてからだった。継承も遅れてしまったというし、不安の声もあっただろう。


 だが、シャックスは。

 騎士としても、領主としても立派に育った。


 だからこそ、あの老騎士も完全に肩の荷が下りたのだ。


 …俺としては、挨拶なしに逝ったのは不満だが。

 まだまだ、彼には借りがあって、最後に会った時も助言を貰って。



「私も、彼には多くの物を貰った。偉大な騎士として、決して忘れぬ事を誓う」

「――ありがとう、ございます。貴方がそう言ってくださるのなら、父も喜びます。きっと、今頃自慢していることでしょうね」


 

 ………。


 …………。


 去って行く領主を見送り。


 殆ど誰もいない空間で。

 一人、座ったまま物思いにふけっていると。



 何時しか隣には、彼女がいた。



 白銀の長髪。

 真紅の双眸。

 我らが魔王エリュシオン様だ。



「……陛下」

「らしくもないの。老け込みおって」

「誰かさんは、忘れる時間もくれませんでしたからね」



 仕事寄こせよ。


 考える時間が増えるだろうが。



「暗黒卿ともあろうものが、後悔しておるのか?」

「…それ、只の俗称です。――後悔は、してませんよ。ただ、もう少し話し合う時間が欲しかった…とは思ってます。友人でしたからね、あの愚か者は」



 初めて、かもな。


 彼を罵倒したのは。


 あの男は、何処までも策士。

 自分が勝利した場合は求めていた物、長年の悲願を達成できて。敗北し、死亡したときにも魔皇国にとって大きな益が出ることを分析した上で、この時を選んだと。


 端から自分が助かろうとは欠片も思っていなかった。

 今回の襲撃は大勢が目撃しており、勝利者となっても彼は今までの地位を維持することは出来ない。


 ―――いや。

 それ以前に、向こうを片付けた連中や、爺が殺すか。


 爺曰く、龍脈のハッキングも一時的な物にすぎず。


 維持できるのは。

 最長でも、一日が限度。


 言うなれば、手の込んだ自殺で。



 ―――本当に。

 最後まで食えない方だったな。



「愚か者、か。――ああ。大馬鹿者だとも、あ奴は」

「まるで、罵倒合戦ですね」

「死者を笑う趣味はない。が、言ってやらねばならんこともあるのじゃ」



 地獄で泣いてるな、こりゃ。

 折角告白までしたのに。


 この様子を見るに……脈なし?



「熱烈ラブコールは、失敗だったと」

「民に想われるというのは、王として誇らしい事よ。じゃが、かの統括局長でも見抜けなかったことがあるとはの」

「……それは?」

「そなたが負けても、メノウは何も手には出来なかったということじゃ」


「どういう事ですか? あの時、陛下は……」



 俺は当事者ではないから。

 どうしても、それが何なのかを推察することは出来ず、問いかける。


「当然じゃろう。――そなたが死ねば、のだから」











 ―――――は?











「何…を……?」

「眷属にするとは、そういう事じゃ。言ったであろう? 後にも先にもそなたのみじゃと。余がここに居るのが何よりの証拠で、これ以上増やすつもりもない」



 ……では。

 あの時の言葉は。


 「王ではなくなる」とは、そういう意味だったのか?

 確かに、死ねばそうなるだろう。


 だが。


 彼女は、魔王だぞ?

 後継者もなく、突然亡くなれば国の混乱は必至。


 第一、眷属になったばかりの頃も。

 俺があっけなく死ぬという可能性だってあったはずなのに。それら全てのもしもIFを度外視して、何故俺なんかを眷属にしたのだ。

 


「――なぜ、私なんですか。これまでも、そして今回も…何度も、危ういと思ったことがありました。死ぬ可能性なんて、山ほどあったんですよ?」

「そなたが死ぬはずがないじゃろう」

「……いや。おっしゃる意味が分からないです」



 話は平行線。


 深く語る気も無いらしい。

 だが、それ程までに俺の事を信用してくれているというのなら。


 今がチャンスでもあると感じた。


 だから……。



「陛下。私は…いや、俺は――」

「無理じゃ。話すことなど、何一つとしてない」

「何故です? 俺では、力不足だと?」



 口にする前に。

 見透かされたように切り捨てられる。

 しかし、ここで諦めるような脆弱な精神はとうの昔に失ってしまった俺は、なおも食い下がる。


 だが、尚も帰ってくるのは同一。

 


「その通り。そなたでは、力不足――いや。そもそも、


「では、試して――! …ッツ……ァ」



 ―――瞬間。

 迅雷が如き一撃が走り、俺の腹部を穿つ。


 油断があった。

 そう言い訳する事も出来た。


 事実として、反応すること自体はできただろう。

 だが、そこから攻撃を受け止める、もしくは反撃に移行できたかと問われれば、答えは否。せいぜい威力を軽減し、後方に避けるくらいなもので。


 圧倒的な力の差を感じながら、吹き飛ぶ。

 衝突時も受け身をとることが出来ず、意識を失いそうな虚脱感と、一瞬にして眠りから覚醒する痛みを同時に相手する。

 


「――驕るなよ、アルモス」



 歩み寄ってきた魔王。


 その瞳は、何処までも冷たく。

 だが、今の俺にそれを厭う暇はない。


 辛うじて重要器官の類を逸れている物の、致命傷一歩手前。

 どくどくと流れ出す血液をせき止め、治癒に全ての意志を傾けなければ、死がすぐそこで。


 おい。


 手の込んだ自殺か?


 まさか、葬式の場に血瓶を持ってきている筈もないので、どうしようもないな、これは。このままだと、俺だけ土葬してもらえない。



「その程度の実力で余を救うと? 笑わせるでない。」

「…い…あな……つ…すぎ」

 


 貴方が強すぎるだけです。


 そう言葉にしようにも、声が出ない。


 呼吸器が血で塞がれているのか。

 人間であったならば…魔術のない世界であったのならば窒息死するだろうが、これなら何とか…ではなく。


 暫くは動けんな。




「……そなたでは、無理なのじゃ」




 その言葉と共に去って行く陛下。

 止めることは出来なかった。


 いや、彼女の言う通り。

 このザマでは無理だ。資格が無いに等しい。


 ……結局。

 俺はその背中が見えなくなるまで目で追い続け、辺りに何者の気配もなくなったころを見計らって身を隠す。


 治癒が完了するのに、それこそ数時間。

 完了する頃には、辺りも暗くなってきて。

 墓場の壁にもたげていた身体を叱咤し、ようやく立ち上がる。着ていた黒地の礼服には見事な大穴が穿たれていて。


 この服は新調しなきゃな。

 おのれ、凶悪魔王め。

 仕事減らしておいて、出費だけ増やしてくるとは。



 不満一杯のまま、その場を後に――



「ギャー!? お化け!!」

「遺体が蘇ったのか!? 鎮まり給え!」

「……あ。いや、ちょっと待ってください。これはちょっとした痴情の縺れであってですね?」


 

 血みどろボロボロの男だ。


 そりゃ、誰だって怖いと思うか。 


 仕事があっても無くても。

 俺には、関係なく。


 ―――いつでも、更なる厄介事がやって来る。




  ◇




「――らしくないな。出てこい」


 騎士の元を去った魔王。

 いくらかの距離ができ、その姿が見えなくなった頃。不意に足を止めた彼女は、死角になっている木の影へと視線を送る。


 現れたのは。

 およそ似合わぬ行動を取った人物。


 しかも、彼の身体には多くの生傷が存在していて。


 

「やはり、隠密は性に合いませんな」

「うむ、存在は隠せても、その猛る本能に当てられてはな。かの龍公が、似合わぬものを二つ纏めて現る…か。随分手酷くやられたではないか」



 出てきたアダマスは、申し訳なさそうに頭を下げる。

 武人として抑えているものの、彼の本質はやはり魔物。

 彼ら龍種が俗界から切り離された極地で隠遁するのも、何かの要因で解き放たれた猛りを鎮めるのに、最も適した場所であるから。


 それを知っている者は、無論ごく僅かで。


 未だ消えぬ死闘の興奮に、彼は苦心していた。



「まがい物とは言え、あの方の写しですからな。――尽きぬ魔力とは、厄介なもので」

「あ奴には会ったか?」

「ええ、昨日に。詳しいことは、教えておりませぬが…やはり、戻りませぬか。或いは、全くの見当違いだったか」

「……かも、しれんな」



 両者にしか分からぬ会話は。


 ただ、ゆっくりと交わされる。

 


「千年…より正確に言うなら、千と数百か?」

「――さて、忘れてしまいましたな。五百年ほど前に、城の建て直しをした以前の記憶は朧気で」



 それは、仕方ないのだろう。

 本来の龍種とは、細かいことを一々覚えない種族。悠久の時の中で起きた事象を、事細かに記憶しろという方が酷なのだ。


 だから、特殊なのは彼女。


 時を数え、待ち続ける者の方だ。



「彼奴を連れて行くべきではないのですか?」

「かも、しれんな」



 そうすべきと分かっていて。

 できないことはある。


 迷って、迷って。

 結局、そのまま引き摺っていくことが。


 魔王の答えも、それと同じだった。



「……やはり。待つしかないと」

「余は――余は、恐ろしい。もし、戻らねば? ああ、きっと…間違いなく。永遠に希望を失うことになる」

 


 静かに身体を掻き抱き。

 己の身体を震わせる魔王は、普段よりも小さく映る。


 まるで、幼き少女のように。



「……陛下」

「――これで、良いのではないかと思っておる」



 それは、諦めの言葉。

 おおよそ欲しいものは何でも手に入るであろう彼女が、諦めている。



「奴が来てからは、かつてを思い出すことが増えた。間違いなく、幸福な時間じゃ。それに――」



 いつか、彼が倒れた時。


 自分も、休むことが出来る。

 その事実がまた、決断を出来ずにいる一因。


 後の事が心配な訳ではない。


 だが、相応に準備は出来ていると彼女は感じていた。

 

 確かに、後を継ぐ王はいないだろう。

 だが、自身が認める魔術の天才は宗家としての自覚が芽生え始め、政治手腕に優れた鬼がまだ暫くは崩れないことを、経験から理解している。


 武のアインハルトも新たな星が生まれ。


 優しき友と、頼るべき賢者も。

 しばし、行く末を見守ってくれるだろう。


 だから……。



「悔いは、残らぬだろうて」



 本懐を遂げられぬとも。

 幸せというのは、得られるものだから。



「そなたも、今は休むがよい。いずれ、余が自ら片を付ける。何時までもあの場に居座られるのは、厄介極まるのでな」

「――では、そのように。失礼いたします」



 恭しく頭を下げ。


 武人は、ゆっくりと踵を返す。

 彼は、一度として命に背いたことは無く。


 だから、今回も。

 魔王はその本心に気付かなかった。


 彼の心中が、まるで納得していない事に。




「……申し訳ありませぬ、陛下」




 龍公は、小さく呟く。

 


 ―――その瞳に、確かな決心を湛え。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る