第27話:爪跡は痛々しく

―アルモス視点―




 暗い、くらい空間。

 金縛りにあったように、身体が動かない。

 繰り返される何故、どうしてという混乱からようやく立ち直り。


 記憶をたどり。


 自問自答の末に。

 覚えている最後の景色を思い出して、ようやく気がつく。



 ああ、そうだった。






 どうやら、俺は―――

 





 いや待て。


 死んでねぇよ。

 

 心の中で突っ込んだ瞬間。

 落下音と共に、身体に走る大きな衝撃。

 


「――落ちるっつったじゃねえか。最後くらい頑張って担げよ」

「だって、重いんだもの。私は貴方みたいな脳筋じゃない……あら? 起きてる」



 何かの蓋が外れ。


 訪れた光明は、知っている天井。


 そして、知っている二人組。

 何処か安堵したような様子の悪友たちは、誤魔化すように後ずさりしていく。


 

「………何やってんだ?」

「「出棺」」

「――おい」



 勝手に殺すな。


 バリバリ現役だこの野郎。


 横たわったまま突っ込むと。 

 こちらが動けないのを理解したのか、開き直って近づいてくる二人。



「お前が全然起きねえのが悪いんだろうが。終いにゃそこの魔女が泣きそうになるし、フィーアさんが変な呪文唱えようとするしで――」

「泣いてないわ! 泣いてないわよ!」


「ああ、どっちでも良いから降ろしてくれ。まだ身体が動かしにくい……なんて?」



 ―――ちょっと待て。


 どうでもよくないな。


 変な呪文って何だよ。

 もしかして、本当に死霊種ルートか? 

 人間発、魔人経由死霊種行きなのか?


 乗った覚えはないんだが。


 二人の手を借りながら。

 棺桶から脱出して身体を動かすと、自分が見事な白装束を纏った状態であることに気付き。

 

 マジで死んだことにされてそうだな。



「ここは…五階層おれんちか。どのくらい寝てたんだ?」

「四日よ。既に戦後処理と建造物の建て直しが始まっているわ。建設責任者は、そこの鬼さんで」

「おい、早く仕事に戻れよ」

「これも重要な任務だったってわけよ。なあ? 英雄殿」



 ―――その言葉で。


 状況を理解した。


 どうやら、俺が寝ている間に全てが終了していたようで。

 ついでに、イヤーな情報が追加されていそう。


 ……さて、何から話したものか。



「彼等は、降伏したのか?」

「ああ、お前が局長殿を倒したと陛下が宣言してな。そしたらみーんな降伏よ。ありゃ、最初からそのつもりだったんだろうよ」

「でしょうね。詳しい話はあとでするとして…城下、行きたいでしょ?」


「……いや」





 ―――その前に、着替えさせてくれ。


 



  ◇




 白装束を華麗に脱ぎ去り。


 外出用の旅装に替え。


 戦場で別れた後の二人の行動などを質問しながら進んでいく。

 改めて城下へと降り立った俺が見たのは、信じがたい光景だった。



「どうだ、このザマは」

「……酷いな」



 不規則に潰れた家屋。

 陥没した石畳と、露出する水道管。

 

 確かに、血潮の痕は無く。


 ある程度の整備がなされているのだろう。


 だが、生々しい戦闘の跡がそこかしこに散見されて。

 そりゃあ、極東でやっていけるような化け物じみた種族…その上澄みたる騎士や魔術師が入り乱れて争えば、こうもなるだろう。

 だが、普段の活気と、美しい街並みを知っているからこそ、それは痛ましくて。 


 これが、あの王都…か。

 


「これでも、まだ良くなった方。特に、主戦場になっていた西側の商業区画は壊滅的ね。元の状態に直すには、一月二月じゃダメみたい」

「一番酷いのは城の方だがな。下層は問題ないが、上層は…まあ、あの通りだ。丁度宰相殿が魔力切れになったあたりで戦い始めた連中がいるらしいぜ?」


「……へえ。そりゃ困ったな」



 暫く減給だな、こりゃ。


 外部から改めて見ると。

 確かに、王城は見る影もなく。


 下層は大したことがないが、問題は上層階。

 俺とメノウさんが殺し合っていた屋上など、目も当てられない惨状で。やっている最中こそ気づかなかったが、足の踏み場が何処にあるのかと首を傾げるくらいに壊滅的。


 最早直視も忍びなく。


 現実から目を逸らすように歩き始めるが。

 再び、現実と向き合わねばいけない状況が訪れる。



「――アルモス卿! 目が覚めましたか」

「やあ、ルーク。君は、何をしても似合うね」



 王都は広いから。

 出会ったのは、本当に奇遇だな。



 ―――その腰に下がっている長剣は。



 確と、見覚えがあって。

 現実が…重くのしかかってくるのを感じて。忙しそうに指示を出す彼と軽く話をした後、再び歩を進めていく。


 

「……戦死者は、城の一角だ」

「――そうか。既に予定はたっているのか? 何もやらない訳はないだろうが」



 これだけの戦い。

 勝利者であるが、こちら側も多くの損壊を被ったのは間違いなく。


 葬式は、当然。

 墓の準備もしないといけないな。



「ああ。葬式は、明日の予定だよ」

「間に合うようにって…貴方がちゃんとお別れできるように、棺桶に詰め込んで歩いてたの。大変だったのよ?」

「なんでそれで起きると思うんだ?」


「「起きただろ(起きたじゃない)」」



 ―――確かに。


 何で俺は起きたんだ?


 ギャグ補正か?

 


 思考しても答えなど出てこないし。

 こうも注目を浴びていると。更に落ち着かんな。


 視線を感じるのは、仕方ない。


 俺の両隣にいるのは、軍のお偉いさんだ。 

 同時に、王都を守護し、民を守り抜いた英雄たちで。むしろ、一緒に歩いているアイツは何者だとなっていることだろう。

 俺が別種族だというのは、注視しなければ分からない。


 一見すれば。

 何処にでもいる、赤目の魔族だ。



 屈強なオーガたちが旧ピッチで建材を運び。

 騎士が剣をノコギリに持ち替え、インテリ魔術師たちが設計図を回し読む。


 勿論、働いているのは軍属の者だけではなく。

 

 一般の若者に、髭を湛えた老爺。

 果ては子供も、自分に出来ることは無いかと親に尋ね、一人で座り込んでいる子供に話しかけては慰めていて。


 

 ……お、アレは。


 生死不明、というより。

 元から死んでる老爺が働いているな。



「――おや、アルモス殿。目覚められましたか」

「ええ、お陰様で。相変わらず、忙しそうですね」



 積まれた荷物は何なのか。

 帳簿のようなものを片手に、山々を検分している老宰相は、全く疲れた様子を見せていない。


 見たところ。

 食料と、建材…服飾品もあるな。



「ええ、と。…これは?」

「有事のために貯蔵していた物資、及び地方からの支援ですよ。未だ最寄りの領からのみですが、既に予定を遥かに超える量が来ているのです」

「好機とばかりに押し寄せてるからな。最終的には、この数倍になるんじゃないか?」



 おいおい、マジか。


 これで氷山の一角かよ。


 死んだわ、宰相。

 ……冗談抜きで、何で生きてる。


 そして、手伝いをすることもなく俺と共に悠々と歩いてるこのおバカさん達は、何で平気で見ていられるんだよ。

 

 …ここはひとつ。

 起きたからには俺も何かしないとな。


 ―――好感度アップで、出世が近づく気がする。 



「手伝えることは…いえ、私がすべきことはありますか?」

「いえ、ありませんね。貴方の性格を考えれば何か頼むべきなのでしょうが、陛下より、「暫く安静にさせるように」と言伝られておりますので」



 …まさかの拒絶。


 何だよそれ。

 なにを考えているんだ? あの魔王は。

 俺は長年の調教のせいで、仕事が無いと落ち着かないってのに。


 彼から視線を外し、悪友たちに視線を送る。


 助け舟くらいくれんだろ。



「――んじゃ、俺は仕事があるからよ」

「私も暇じゃないから、失礼するわ」

「おい、どの口が――待ってくれ。俺を見捨てないで――」



 普通に逃げられた。


 何だ、あいつ等。



「仲良きことは素晴らしいですね。…少し、話しましょうか」



 そう言って。

 帳簿の束を纏めるバルガスさん。

 

 視線は真剣そのもので。


 俺も聞きたいことがあったので、丁度いい。



「まずは この度の件を収めてくださったくださったこと、心より感謝いたします」

「こちらこそ、城の崩落を防いでくださって――」




「――やっぱり、最初から分かっていたんですよね、貴方は。それで、私に失踪事件の話を持ってきた」




 今なら、確信があった。


 彼は、確実に情報を管理する主義だが。

 今回は何時にも増してそうだった。

 自ら俺に話を持ってきて、情報資料の類も、口頭で伝えたり運んできたりと。


 最初から、統括局を疑っていた。


 確信すらあったかもしれない。


 

 ―――俺の問いかけに、彼はゆっくりと頷いて。



「ええ、気づいていました。最終的に固まったのは、貴方がアベールの施設を壊滅させ、サーガ殿とイザベラ殿が彼を捕縛する。そうなるはずでした」


「なぜ、その事を他の者たちには」



 話さなかったのか。



「――恐らく、メノウ殿と私の考えは同じだったでしょう」

「それは?」 


「千年続く安寧というのは、あまりに行き過ぎた平和を実現します。例え他国から攻め入られようと、この王都へ戦火が及ぶことは無く。だからこそ、彼はこういった形で実行した。――今一度、軍備の見直しを行うため。陛下の庇護に胡坐をかくことなく、自らの力で立つために」



 陛下と、メノウさん。

 両者の会話はその場で聞いていた。


 だが、宰相曰く、他にも目的はあったようで。



「現在の我が国は、かつてないほどに力を持っております。それは勿論、あなた方の功績ゆえ。ですが、それが何時までも続くわけではない。アルモス殿も、何時までも生きているわけではない」


「仰る通りで。ですが、未来の事はどうなるか分からない」



 俺は不死じゃない。

 彼も、永遠じゃない。

 

 時が来れば動かなくなる身で、何時までも働くわけにはいかないから。


 大人しく未来へ託すことだって――



「ええ、その通り。ですから、未来へ託すために――未来へ託すからこそ、我々が体制を整えねばならないのです。何時か、彼らが最善の選択を出来るように」



 語り終えた彼は、一息つく。

 何時もの老爺らしからぬ仕草とは対極的に、小さく見えるその背中。


 背負った重荷は、あまりに大きく。

 それでも、決して膝を折らなかった傑物が。


 往生した瞳で。


 俺に向き合ってきて。


 ―――勘弁してくれよ。

 暫く、その手の視線は見たくなかったんだがな。



「覚悟は、出来ております。私を、咎人と断じますか?」

「……には、分かりませんよ。あなた達天才の考える事って言うのは」



 この国を思う気持ちは…同じ。

 彼は、彼らは。未来のために、その道を選択したのだろう。


 この規模の反乱など、大図書館の情報資料にもなく。

 語り継がれる事件になることは当然。統括局の壊滅によって発生した空白を埋めるために、大規模な軍備の改革が行われる。


 国内の情報網も、戦力も。

 一様に、見直されることになるだろう。


 それを成す為にも、この目の前にいる賢者の力は必要不可欠で。



 ―――俺に、資格などあるのだろうか。



 今の俺に、彼を裁く資格は。


 無いな。断じて、否だ。


 そもそも、武器忘れたし。

 次の機会へ見送りってことで。



 逆に、あることを伝える。



「答えは、保留させてもらいましょう。――実は、俺にも大層な野望があるんです。身の程を弁えず、馬鹿みたいにみみっちい夢が……ね」 



 それ、即ち―――



 ……。



 ………。



「……大きく、出ましたね。私ですら、それを成せる人物は知りませんよ」

「でしょうね。そりゃ無理だ」


「――ですが、貴方のそれは……いえ。では、私に夢を、見せてください。アルモス殿ならば、それが成せるかもしれません。いずれ、世代交代は成る」



 俺たちにも、彼女にも。


 いずれ訪れる、その時を。



「その瞬間を見届ける。それが、私の願い…という事にしておきましょう」

「――本当にお爺さんみたいですね」



 それは、とてつもない話。

 千年以上続いた歴史の終着。


 俺一人では、決して口にもできないような大言。


 だが、この老宰相が。

 彼が全面的に協力してくれるというのなら、何でも出来てしまいそうな気がして。



 ―――いずれの話だが。



 俺も、彼もが隠居して余生を過ごせるような時代を。

 平和でありながら、決して揺らがず。あの魔王が、悲しい目をしなくてもしなくても良くなるような国に。


 その未来を実現するためには。



「これからも、知恵をお借りして良いですか?」

「ええ、勿論です。いずれ、私が働かなくて良い時が来る……。フフ、素晴らしき夢ですな。その前にポックリ逝かなければ、の話ですが」



 笑い事じゃねえよ。



 乗せといて計画潰す気か?




 ―――この老宰相、偶にボケるよな。

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