第26話:内戦の行く末
「――団長。周辺住民の避難は、滞りなく終了しました」
「ああ、ご苦労だった」
激化の一途を進んでいた市街は。
何時しか、静寂に包まれ。
両軍は睨み合う。
幾度もの衝突にふるい落とされ。
未だ抵抗する下手人も、怪物揃い。
個々が上位の魔術を自在に操る術者ばかりであり、おいそれと手が出せないのも事実。慢心して警戒を解けば、どれだけ犠牲が出るかも知れず。
最優先となったのは、住民の避難。
未だかつて、経験しえなかった事態に。
不慣れながらも、彼ら騎士団は行動する…せねばならない。
―――千年以上も続いた平和の崩壊。
衝撃も混乱も大きい。
だが、いずれ。
この反乱が殲滅されるのは、時間の問題。
最早、趨勢は決定的である……が。
「…何時まで続くんだよ。普通、こんくらい追い込まれりゃあ、投降の一つもあるもんだが…どんな精神の構造してんだ? 連中は」
「…全く、大した忠誠というべきか」
「ある意味、尊敬すべきなのでしょうか…?」
ウンザリしたような三者。
軍を指揮するルークとシャックス。
そして、参謀のような役柄を請け負っていたサーガらは、辟易していた。
このような状況でも相手に敬意を表す騎士団長。
しかし。
そんな彼の言に、近くで防御結界を展開していたイザベラは首を振る。
「――冗談。あのお爺さんたちは、頭がおかしいのよ」
曰く。
妖魔種の精神構造は偏っている。
そう語るのは生粋の妖魔種令嬢…令嬢?で。
種を束ねる一族の者が言うのなら、間違いはない。知識を求め、技術を求め…必要とあらば何年、何十年と引きこもれる者たち。
世が世なら、排斥されて然るべき。
蓄えるのは知識か、贅肉か。
方向性によっては、どのような成長を遂げようと、全く不思議ではないのだ。
…彼女の言いたいことは。
あのような狂った連中を模範にするな…と。
つまり、そういうことである。
「――だから。やっぱり、有角種の方が分かり易くていいわよ」
「……それは、それで」
「我らが、いささか単純だと言われているようで…何とも」
他意はないだろう。
事実、彼らの種族は実直でおおらか。
不正や不義を本能的に忌避することが多く。ある意味、彼らという種族の存在が、国家の存続に大きく影響していたという側面もある。
……しかし。
それでも、腐ることはある。
―――結果が。
十年前の大粛清。
有角、妖魔問わず。
多くの権力者が排され。
空いた席に座った者たちもまた、今回の敵方として同じ運命を辿ろうとしている。
排した側が廃される。
これは、どのような皮肉であろうか。
「まあ、大丈夫だって。お前らの前に断罪者は来ない。――少なくとも、今はな」
「今、勝手に潰し合ってるわけだしね」
「「………」」
心配しているのか、していないのか。
断罪を下す処刑者同士の戦闘は、離れた城内…否、屋上で。
今なお、繰り広げられているだろう。
伝播する焔の衝撃波。
海を割るかのような、割れんばかりの剣轟。
―――全てを吹き飛ばす、大爆。
かつてない程大きな衝撃に。
思わず、多くの者が視線を上へと向け。
次瞬に響いて来るであろう、新たな戦闘の到来に身構える。
………。
…………。
しかし。
どれだけ待てども。
続く戦闘の音響はやっては来ず。
何時しか、誰もが天を仰いだ……その時だった。
『――そこまでじゃ、我が子らよ』
響く、声。
直接脳内に……?
いや、これは違う。
外側から聞こえたソレを、言うなれば。
―――隣で囁かれているような。
落ち着いた声だった。
「おい、専門家。どういう原理だ? コレ」
「……さあ? 陛下の使う魔術は、私にも分からないの。【固有】かもしれないし、失伝した古代技術の可能性もある…何でもアリね」
まるで【念話】
開発途中の魔術そっくりだ。
しかし、その効果範囲は比較にならず。
見渡す限り、敵味方問わず。
兵士、騎士、術士…すべての者に声が聞こえているようで。
全ての者が耳を傾ける中。
宣告が訪れる。
『――此度の首謀者は、死んだ』
「「………!!」」
『騎士アルモスによって討たれた。――もはや、下手人の目的は無い。そうであろう?』
「「………は」」
彼等は膝をつき。
剣が、弓が…武器が。
次々と落ちていく。
困惑したのは、相対していた者たち。
あれほど頑なに投降を拒み続け、徹底して戦闘の意志を見せ続けたものたちが、突如として武器を捨てたのだ。
誰であろうと、混乱もする。
―――だが、事実として。
最早戦う意思はないとでも言うように。
彼等、未だ健在の古強者たちは投降していく。
最初から決められていたように。
一人、また一人―――では、なく。
全員が、一斉に。
『――戦いは、終いじゃ。』
終わりは。
突然に、訪れることとなった。
◇
―――瓦礫の山、そのもの。
飛散した血液。
肉が焼ける臭気。
それは、凄絶なる戦闘の痕跡で。
炭化した柱
融解した瓦礫
クレーターのように抉り抜かれた床
どのような戦闘を行えば、これ程の被害が出せるか。
首を捻りたくなるような有様だった。
生者などいる筈もない地獄の様相の中。
とある姿を探して、足場なき床を歩く者たち。
「―――! あちらを!」
柔らかな女性の声。
それは、緊張に包まれたまま響き。
ようやく目の前に現れたのは。
柱を背にして、その場に倒れ込む者。
だが、その周囲を確認する限り、倒れている者が相対していた筈の敵…その遺骸は確認できず。一面には、塵や血痕が残るのみ。
「……確認、行って。サーガ」
「お願い…します」
「――え、何で俺が……。はい、分かりましたよっ…と」
イザベラとフィーアに押され。
渋々確認へと向かうサーガ。
この時点で。
仕返しではないが、彼の脳裏にはちょっとした茶目っ気が広がっていて。
「……死んでる」
「「!」」
「うっそー。冗談ぁぁぁあ!?」
黒鬼が、更に黒く。
火達磨のに包まれたサーガは、瓦礫の上を転がり周り。
自ら魔術を唱えられぬ故、何度も床を転がり、ようやく鎮火する。
「――真面目に答えなさい? 死体が一つ増えないうちに」
「…サーガ様。嘘はいけません、よ?」
「すみません、すみません、すみません、すみません」
(流石に、これは)
(ああ。フォローはしきれんな)
よくまあ、ボケられると。
その心臓の出来を、むしろ感心する騎士達。
よほど何処かでやり慣れているのか。
彼は謝り倒し、平謝りを繰り返し。およそ部下には見せられぬ醜態をまざまざと見せつけた後。
「――んじゃ、気を取り直して」
開き直ったように。
再び、倒れた男の容態を確認する。
そもそも、心配などしていない。
彼は、別れ際に約束をしたのだから。
「コイツが死ぬわけねえだろ? ほら、呼吸だって………うん。……あ?」
―――が。
胸に手を当て…首を傾げ。
口に手を当て、首を傾げ。
徐々に顔色が変わっていく。
「生きてる…生きてる、よな? おい! 起きろロリコン!!」
「―――――!!!!!」
「落ち着いてください、イザベラ。地母神よ――****変成。我が意をもって、ここに彼の者の魂を……」
「誰か…この状況を」
「どうにかしてください、神よ」
そう、誰も落ち着いてない。
魔女は狂乱状態。
元聖女は一見冷静に見えて、尋常ではない術式を発動しようとしていて。
鬼に至っては、重傷者を殴りつける始末。
この中で常識者たる領主、近衛騎士長が天へ助けを求めるのも仕方なきことと言えた。
が、当然。
こんな状況に介入するのは、神も御免。
永遠とも思える不穏な空気が続いていた。
―――そんな時。
「……ん………んん」
「「!!」」
意識を取り戻した?
或いは、殴られたことによる筋肉の反射か。
指が動き。
手が動き。
腕が足場を探り始め……折れた剣へと。
探り当てたソレを握り、男は再び動かなくなる。
「「…………」」
安堵、そして脱力。
彼等は胸をなでおろす。
「……全く、この方は」
「私には「静かにしていろ」という意思に見えましたね。やはり、休息中は近くに寄らぬ方が良いかもしれません」
最も客観視出来ていた騎士両名は。
平静に戻るのも早かった。
そして。
穏やかでなかった者たちも。
「んっとによ。心配させやがって」
「……心配して、損したわ」
「――良かった。本当に、良かったです」
「――心配せずとも。そ奴が死ねば、余が分かるわ」
ようやく我に返った、その時。
良く通る声が空間を支配し。
彼らが崇拝する女性が姿を見せる。
「「――陛下!!」」
魔王エリュシオンは、何処からともなく現れ。
控える配下たちを手で制す。
「よい。其方らが控えることになれば、そこに倒れ伏している者にまで、それを強制せねばならんからの」
「「………」」
(…案外、起き上がって来るんじゃねえか?)
冗談とも真実ともとれる主の言葉。
思わず、五匹は視線を向けるが。
無論、起き上がる筈もない。
ただ、石のようにそこにあるだけだ。
「――くくく……。信頼、ととるべきかの?」
しかし。
その反応があまりに想定通りだったからか、それとも琴線に触れたからか。
魔王は一度小さく笑い。
それが過ぎた後に、言葉を下す。
「歴史にも存在せぬ未知の事象への対処、そして鎮圧。働きは後世に受け継がれるじゃろう。そなた等も、ご苦労であったな」
「「――は」」
……暗に下がれと告げられ。
目的の生存確認が取れていた彼らは、ゆっくりと退去する。
元々、すべきことが山積みなのだ。
城下は目も当てられぬ惨状。行方不明者の捜索に、各地方への支援の要請、多くの死傷者を出したゆえに、今一度指揮系統を組みなおす必要性。
無論、負傷者の手当て。
急ぎ、破壊された家屋の撤去。
かつてない程の山積みや…しかし。
頼るべき賢者の双璧…その片割れは死亡、もう一方はまともに動くことが出来ない筈。
だからこそ。
誰かのように。
眠ってもいられない身分ゆえ。
各々が、それぞれの役目を果たさんと。
―――彼らは、その場を後にした。
後に残されたのは、王と騎士のみ。
あまりに無防備な姿に嘆息の顔を見せた彼女はしかし。
徐々に頬が緩み。
優しく、ゆっくりと。
魔王は、その男の頬を撫でる。
「……ご苦労であったな、我が騎士よ。その働き、実に見事…大儀であったぞ」
およそあり得ぬ労い。
聞いていたのなら、彼は跳び起きただろう。
―――しかし。
意識ない者には、知る由も無い事であった。
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