第2話:ガールミーツガール?

―春香視点―




「――ぐぬぬぅ……本の虫めらがぁ……!」



 此処、お城……宮殿?



 違いが何なのかは分からないけど。

 とにかく広い建物の中を探索したり、使用人さんたちに道を聞いたりすること数十分。


 あたし達は屋内をぐるりと回って。


 四階の一室にある書斎に来ていた。


 図書館とかの蔵書量には及ばないけど。

 そちらでは見たことが無いような古くて貴重な本があったりもして、質的にはこちらが上かも知れないね。

 陸と美緒ちゃんはともかく。

 康太君もが興味のある書籍を見つけたのか、熱心に読み耽っていて。


 つまり、今回のあたしには。


 味方がいないということだ。



「おのれインテリ。――ま、いっか」



 読書自体は嫌いじゃない。

 偶には、こういうゆったりした休日があっても良いよね。


 都市へと近づいてきてから。

 初めて気付いたんだけどさ。

 この一帯には、何らかの魔術が常駐しているような気がするんだよね。


 他の皆に尋ねても感じられないみたいだったし、かなり希薄なモノ。


 でも、多分悪い物じゃなくて。


 何処か安心できる感じの魔術。



 ―――結界とか張られてるのかな?



 考えつつもあたしが書架から手に取ったのは、動物関係の本。

 この世界――アウァロンは魔物は居るけど、動物は居ないみたいな、ポケットなんちゃらみたいな世界感にはなっていない。


 馬が居たり、犬や猫が居たり。

 食肉用の動物が飼育されたり。

 無理に魔物を狩って食糧にする必要は無いんだね。


 先生に曰く。

 魔物肉は適切な下処理をしないと魔力のバランスが崩れて中毒になったりするらしいし。

 実際、あたしたちは処理の仕方を教えてもらったけど、魔物の種類によってバラバラだし、何より工程が多くて面倒なので、普通に買ったほうが早いという結論が出た。


 ……動物さんと言えば。

 この国に来てから特徴的な耳や尻尾を持つ獣人――たちも稀に見かけるようになってきた。


 アトラ教の大元の教義的には。


 全種族は平等とされているし。


 その教義を尊ぶクロウンス王国では差別もないし、生活がしやすいのだとか。


 流石に道行く人に声をかけるわけにはいかなけど。

 モフりたいと感じたのは一度や二度ではないよね。



「んで……しょっと」

「――春香ちゃんは何を読むんですか?」



 本を持って皆が座っているスペースへ戻ると。

 気配を感じ取ったのか美緒ちゃんが顔を上げ。

 ページを捲りながらこちらに話しかけてくるのだけど、そのペースは異常なほどに速い。



 ―――流し読みとはやりおるわい。



 あたしも、美緒ちゃんの席に座って。


 本のタイトルを確認して言葉を返す。 



「取り合えず、あたしは………んへ?」



 でも、あたしの言葉は。


 途中で止まってしまう。


 その視線は、完全に。

 席の下に集中してしまっていたからだ。



「「……………」」



 そこには、隠れるかのように。


 座り込んでいる美少女がいた。


 如何にもチョコンという擬音が聞こえてきそうな感じで。


 すぐに淡い朱の瞳と目が合う。

 瞳は、まるで宝石みたいで…引き込まれそうなほどの美しさ。


 動きやすそうな衣服を着ていて。

 歳はあたしと同じくらいかなぁ。

 この世界では珍しい訳ではないけど、真紅の長髪は凄く羨ましいと思ってしまう。


 私が染めても似合わないだろうけど。 



「…………ぁ…の」

「――えと、こんにちは?」



 あいさつ、大事。



 図書室――書斎? なので。

 声を潜めて下にいる女の子に話しかければ、キョトンとした顔を見せた後、頭を下げられる。


 よくよく見なくても。

 本当に凄い美少女だ。

 もしもあちらの世界に居て、同じ学校に通っていたら、彼女の下駄箱はラブレターの保管庫と化すだろうくらいに。


 そんな想像を膨らましながら。


 二人でお見合いをしていると。


 部屋の入り口から誰かが入ってくる。

 音に気付いたあたしは勿論、本を読んでいたみんなの視線は一斉にそちらに集中して……。



 あ、ネレウスさんだ。



 初老ととれる外見に反して。

 きびきびした足取りで歩んできた彼は、あたしたちの姿を認めると、申し訳なさそうに声をかけてくる。



「お寛ぎのところ、申し訳ありません皆様。此方へ同じ年の頃の女性が来ておりませんでしたか?」



 良く響く声があたしの耳に届くと同時。


 机の下にいる少女が。


 ピクンと跳ね上がる。



 ―――うん、絶対この子だ。 

 


「特に誰かが入ってきたとかは無かったですね」

「えぇ、特に気付かなかったっすけど。というか、本に夢中だったし――陸は?」

「僕も見てませんね。えと……春香?」



 多分あたしたちが入ってくるより前から。

 ずっと此処に隠れてたんじゃないかなぁ。


 いや、何も知らないけど。 



「あたしも見てないね。他の所じゃないです?」



 朱い瞳と真紅の髪の美少女とか見てないです。

 席の下に隠れてるとかあり得ないです。


 まったくちっとも…何も知らないです。

 不安そうな目であたしを伺っている女の子を庇おうなんて、これっぽっちも思ってないです。



「――左様でしたか。お楽しみの所、申し訳ありませんでした。また後程お会いする事になりますので、引き続きお楽しみください」



 そう言って、申し訳なさそうに。


 部屋を後にしてくネレウスさん。


 あたし目線だとどっちが悪いかとか分からないし。

 ネレウスさん優しそうな人だし……この少女も悪い子には見えない。


 神官チョーさんが去って行くのを見届けた美緒ちゃん達は。

 再び本に目を落とし。

 目を走らせ始めてて。

 皆、読書に夢中で顔を上げそうにないし……今なら大丈夫かな?



「今なら逃げられそうだよ?」

「……………!」



 あたしの言葉を聞いた女の子は。


 そろりそろりと下から這い出て。


 何故か、あたしの服をクイクイと引っ張る。

 ……もしかして、一緒に来てほしいのかな? 



「―――ゴメン。あたし、ちょっとお花摘んでくるね」

「……はい」

「……あい、あい」

「……………」


 

 ―――陸? 


 相変わらず、集中していると。

 周りの事が見えなくなるよね。


 その集中力こそが強みなのだろうけど。


 でも、今はそれが有難いか。

 誰も目を上げて確認しなかったのを良い事に、あたしは女の子と一緒に部屋を後にする。 



「こっちに来てください」

「あいあい、行きますよー」



 こういうのは、やはり。


 ノリが大切だからねぇ。


 川に流されていくかのように抵抗なく、手を引かれるまま女の子に付いて行く。

 悪い子じゃなさそうだし、一応【テクト】を使ってみても、変な感情は見受けられない。


 ……最近では。

 異能に慣れる為、ちょこちょこ使ったりしているのだけど。

 少し使っただけで体に気怠さが出るんだよね。


 これを長時間使う陸や美緒ちゃん。


 二人は、凄いのか…おバカなのか。


 でも、やっぱりこの宮殿って広いなぁ。

 さっきの部屋は四階に在ったけど、今あたしがいるのは階段を上がった五階。


 宮殿って一階建てとか二階建てとか。


 もっと低いイメージだったんだけど。


 お城を改装したからなのかな?

 ここまで来ると、あんまり人が居ないし――もしかしたら入っちゃいけないところかも。

 


 まぁ、騎士さん居なかったし。



 多分、大丈夫だよね……多分。 



 やがて一室に通されたあたしは。

 誘われるがまま、腰を下ろす。

 凄いふかふかベッドで、あたしたちが泊まる予定の客室よりも広いし、使用人さんの部屋ではなさそうだ。


 対面の美少女ちゃんは。


 あたしへと頭を下げて。



「あの――さっきは有り難うございます」

「良いよ、いいよ。誰だって隠れたくなる時はあるよね」



 この子はお城に住んでいるのだろう。


 迷いなく通路を先導し、当たり前のようにこの部屋の鍵を開けた。

 もしこれで不法侵入者だったのなら、度胸が据わり過ぎているよ。


 この部屋だって、そうだ。

 高そうな調度品がそこかしこにあって、女の子の部屋っぽい雰囲気が漂っている。



「私、オフィリア・パーシュースって言います。貴方は?」

「あたしは春香だよー」



 対面席に座った女の子と。


 お互いに自己紹介をする。


 こういう雰囲気の子は、親しみやすい話し方で接するのが良いだろう。


 パーシュースってどっかで聞いたかなぁ?

 大体の情報は先生経由だろうけど、皆が聞いていることだから特に真剣な話しているとき以外は聞き流すことも多いんだよね。


 もし忘れたら、後で。


 誰かに聞けばいいし。



「――で、何でネレウスさんに追いかけられてたの?」

「……うぅ。爺やが勉強しろってうるさいからです」



 爺やって、ネレウスさん?


 もしかして親戚なのかな?



「私だって偶にはお外で遊びたいです」

「ふむ、ふむ」

「本を読んでだらけたいのです!」

「そうだそうだ!」



 うん……可愛い。



 頬を膨らませる少女。


 オフィリアちゃんは。


 外見よりも子供っぽく見えるけど、むしろそこが良いね。


 余程溜め込んでいたものがあったのか。

 彼女はぶつぶつと愚痴をこぼし続けて。


 こうやって独白しているだけでも。

 気分は軽くなるモノだし、合いの手を挟んで続きを引き出しつつ、話に付き合ってあげようかな。



 ……………。



 ……………。



「――だって、風のお方は大陸中を飛び回っているとお聞きします。私だって……」

「でも、そういう人にも結構苦労があるって聞くよ?」


「……そうですね。失言でした」


「大変なのは同じだろうけどね」

「いえ、自分だけが大変なのではないですから。会ったことは無いですが、水の方も地の方も代々世襲していると聞きますし」

「………ウン、ソウダネ」



 小一時間話を聞いて。

 もしかしたらなんて思っていたけど、ここまでくれば私でも分かるさね。

 

 この子、聖女様だわ。

 クロウンス王国が抱える生ける至宝、火の聖女。


 しかも聖女ってことは。

 

 この国の王族って事で。


 風の方ってリザさんの事だろうし、同じ聖女なら知っていてもおかしくない。

 お外で遊べないのも、聖女を守るためには当然の事だろう。


 ―――火の聖女。


 同世代に必ず四人存在する、役職みたいなモノの一つ。

 火の場合は、聖女のみが使えるという【浄化】の力が最も強い存在だとされている。


 今は、魔人とかいう怪物が居て。


 実際に確認されている現状では。

 

 ギルドとしても絶対に守らなければならない存在。

 その守護にあたしたちが駆り出されたってことは、それだけ信頼されているってことで良いんだよね?

 


 ……なら、今から仲良くなっておこう。



 聖女様と会いたいって。


 前々から思ってたしね。 



「うんうん。オフィリアちゃんは大変なんだね」

「ありがとうございます。――ハルカさんはどうして書庫に居たんですか?」

「知らない人だし、やっぱり分かるよね。あたしは冒険者なんだ。この国を守るために大陸ギルドから来たってわけ」


「―――冒険者ですかっ!」



 座っていた椅子から身を乗り出し。

 興味津々な様子でこちらへ詰め寄るオフィリアちゃん。


 余程外の世界の情報に飢えているね。


 王族や聖女様。

 彼女たちがどのような教育を受けるのかは分からないけど、自由な生活が送れないのは確かに大変なんだろう。

 

 それは、彼女の愚痴からも。


 片鱗を垣間見る事が出来て。


 ……どうしよう。

 へんりんとかかいまみるとか、難しい言葉使うあたしちょっとカッコ良いかも。



「冒険者、憧れます」

「やっぱりそう?」

「はい……自由にこの世界を見て回って、沢山の人たちと交流して…仲良くなって」



 ―――悪い癖が出てきそうだ。



 あたしが「なら、今から行こう!」とか言って。


 彼女を外へと連れ出すこと自体は。

 もしかしたらできるかもしれない。


 でも、周りの人たちは彼女の事を思うからこそ。


 とても大事にしているし。


 凄く必死に探しているし。


 ……さっきのネレウスさんみたいに。

 職務そっちのけで、かくれんぼ挑戦してるんだよね。


 あたしの抱いた欲求は。

 今は、エゴでしかない。

 だから、自分の出来る範囲で彼女の苦しみを和らげて上げられるように考える。



「あたしに出来ることなら、沢山協力するよ?」

「……例えば?」



 窓の外を眺めながら物憂げな表情をしていたオフィリアちゃん。


 彼女へと、そう声を掛ければ。

 縋るような目で問いかけられ。


 チョロそうに見えるけど。

 これは、仕方がないよね。

 オフィリアちゃんは、それだけ国外から来た人たちと交流する機会が少ないのだろうから。


 そういう子を守るのが。


 強い女の役割だからね。



「一緒に本を読んだり、トランプしたり」

「とらんぷ」

「勉強したり、魔術練習したり」

「……おべんきょ」


「後は、やっぱり友達になろうとか」

「―――お友達!」



 おおう……目を輝かせるオフィリアちゃんは、本当に嬉しそうで。



「私、お友達は初めてです!」

「それは良かった。こんなに可愛い子の第一友人に慣れる機会はそうないからね」



 調子に乗ったあたしが歯の浮きそうな言葉をかけると。


 彼女は「可愛い」と呟いて赤くなる。

 ホントこういう台詞に耐性無いんだ。


 あたしだって恥ずかしいけど。


 まぁ、女だからセーフだよね。

 陸や康太君がこんなこと初対面の女の子に言ってたら、後ろから引っ叩くけど。



「――春香さんと、お友達…ですか?

「おうともさ」

「……春香ちゃんって呼んで良いですか?」

「良いともさ」

「私の事もフィリアって呼んでくれます?」

「あい、承った!」



 全てが二つ返事。

 彼女の言葉を優しく肯定してあげる。


 その後はオフィリア…フィリアちゃんと他愛もない話をして。


 二人で楽しんでいると。



 突然部屋の扉が開いて。


 

「――見つけましたぞ、オフィリア様!」

「「あ」」



 ここ安全な宮殿だし。


 完全に油断してたね。


 他の三人ならともかく。

 あたしは魔術型だから、通常の気配感知は不得手なのだよ。


 でも、入ってきたのは怖い刺客とかじゃなくて。

 さっきから彼女を探していたと思われる男性。

 だから、特に身構えることもなく自然体で受け入れる。


 というか、悪いのって。


 やっぱりあたしだよね。



「全く。警護の騎士たちを味方に付けられますと、此方としては打つ手が――おや?」

「……あ、どうもです」

「これは、勇者様」

「……勇者? ハルカちゃんが?」



 ―――大分状況がこんがらがってきたね。



 ネレウスさんは、やっぱり。

 フィリアちゃんを探していたみたいで、私が一緒に居るのに困惑している。


 そして、フィリアちゃんは。

 まだ言っていなかった情報を分析しようとして思考を巡らせている。


 声を掛けてみても反応無し。

 なので、取り敢えず部屋のドア口に立っていたネレウスさんに話しかける。



「――あの、ネレウスさん? フィリアちゃ……さんは大丈夫なんです?」

「えぇ。オフィリア様は稀にこうなってしまわれるのでお気になさらず」



 ……どういう事っス?

 

 良く分からないけど。

 今話しかけても反応が無いということなのだろう。

 どうしようかと考えていると、ネレウスさんがあたしに目を留める。



「して、勇者様は何故こちらに?」



 あ、やっぱり聞かれますよね。



「えーと……廊下でばったり出会って」

「ふむ……ふむ」

「お友達になったって感じですかね?」

「――ほほう! それは素晴らしい! 是非、私からもお願いします。オフィリア様はとても内向的なので、少しでも笑顔が多くなるようでしたら、私共も大変うれしいのです」



 ネレウスさん、良い人ですわ。


 内面聖人さんですわ、コレは。


 再び騙すことになってしまったのが申し訳ないね。

 でも、見つかってしまった以上は話を続けているわけにはいかないだろう。


 何時までも帰ってこないあたし。


 皆が探しているかもしれないし。


 ……また行方不明扱いは不服だし。

 これからの事をゆーりょした結果、あたしは宮殿に詳しい彼に指示を仰ぐ。



「えっと、どうしましょうか」

「そうですね。では、他の勇者様方とご一緒に、身体を流されてきては如何ですか? ここの浴場は広いので、旅の疲れも存分に癒やせるでしょう」



 お風呂、良いね。


 この世界に来てからは。

 大浴場なんてものは目にしていないし、久しぶりにはしゃいでしまうかもしれない。


 流石に泳いだりしたら。


 美緒ちゃん怒るかなぁ。



「ありがとございます、ネレウスさん」

「いえ、いえ」

「じゃあ、フィリアちゃん? また後で――」

「……勇者……王子様? じゃあ、これが運命……?」




 ―――何か変な単語が聞こえるね。

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