第六章:勇者一行と信仰の国

第1話:勇者待遇、勇者行為

―陸視点―




 大陸中央部、南側に位置する地域。


 今から六百年以上前に興った国家。


 名を、クロウンス王国。


 希代の英雄とうたわれた初代国王。

 その性別は意外にも女性で。

 名をセラエノ・パーシュースと言い、周辺国家を併呑することで、暫しの安寧を…平和な時代を築き上げることに成功するも。


 彼女の死後は再び国家が分裂。


 結果、現在の形になったとか。


 現在の保有領土こそ、最盛期から大きく減少しているけど。

 国の規模的には都市国家であるギメールよりも圧倒的に大きいらしい。


 実際、領内には。

 いくつもの森林や都市、農村部を保有していて。

 馬車の中からは、のどかな光景が通り過ぎる。

 

 ――現在、僕たちがいる場所は。


 中央にある首都【グレース】だ。


 先生に聞いた話では。

 その名は、かつてこの国にいた【初代聖女】のものだという。

 

 現代では火の聖女がいるらしいけど。

 この国は宗教国家で、アトラ教との関係が深いとか。

 確かに、この都市は教国の中央のように厳かな雰囲気があるというか、言葉で言い表せない神聖さを感じる。


 言葉に表すなら……うん?



「なんかこう――綺麗だよね」

「そうだな、雰囲気とか…色々凄いよな」

「えーと……空気が澄んでる的な?」



 何とか言葉で言い表そうにも。


 良い表現が見つからない僕ら。


 春香も康太も凄く抽象的と言うか、ふわふわした言葉しか出てこない。

 僕たちらしいと言えばそこまでだけど。



「この国には、名物などは無いんですか?」



 一番詩的に表現してくれそうな美緒はと言うと、辺りを興味深そうに観察しながら、次々に御者さんへ質問を向ける。

 冷静な彼女にしては珍しいな。

 初めて来たところだからなのか、知的好奇心が優先されているようだ。



 質問を受けた御者――先生は。



 止めたままの馬車を点検しながら口を開く。



「この都市から少し離れたところにある【常しえの塔】は歴史的遺産としても有名だね。建物全体に最高位の保存魔術が掛かっていて、その頑強さは幾たびも行われた戦争によっても崩壊しなかったとか」

「馬車から見えたやつですね」

「遠目から見ても、かなり大きかったよな」



 科学は無いけど。魔術があるし。


 こういう建造物も造れるようだ。


 でも、塔と言うからには。

 かなりの大きさがあるだろうし、刻印魔術を使おうにも魔力が流れなければ力は発動しない。


 どこから動力を運んできているのか。


 考察したいし、是非行ってみたいな。


 先生なら知っているだろうけど。

 何でも人に聞くというのは勿体ないからね。



「――じゃあ、取り合えずは城の方に向かおうか」



 ギメールは、合議制の国家だったけど。

 此処は王国だし、宮殿があるのは当然。

 都市の外側……商業区画からでも見えるそれは、西洋的な建築だ。



「随分と古そうですけど……大丈夫です?」

「耐震建築とか」

「地震はそうないのでは?」

「あったとしても、頑丈だから無問題さ。あの城は、旧世界から残っていた遺跡を利用して作ったものだ。一般人が入れるものではないけど、十分観光地としても優れているんじゃないかな?」



 本当は、お仕事なんだけどね。


 僕たちがこの国に来たのは、勇者としての依頼を受けたからで。


 別に観光目的という訳ではない。


 でも、やはりそういう願望が湧き出るのは仕方が無いのもので。

 皆が、いかにも楽しみと言った感じで建物に視線を向けていた。

 


 特に、女性陣は憧れがあるのだろう。

 ああいう建物って、一度で良いから住んでみたいと思う物だよね。



 ―――にしても。



 お城は本来、侵略に備えた防衛施設。

 そして、宮殿は王族とかが住む住居。

 一応ははっきりとした違いがある筈なんだけど。 


 あれはどっちなんだろう。



「先生、あれってお城なんですか? 宮殿なんですか?」

「――あー、それは」

「「それは?」」

「………ははは、行こうか」



 逃げたね。


 笑ってごまかした彼は。

 再び席の手綱を操る。

 すると、止まっていた馬車が動き始め、そのまま商業区を抜けていく。



 あ、そのまま宮殿に行くんですね。

 



   ◇




 馬車は、堀の上にある大きな門を潜り。


 広大な宮殿の敷地へと乗り込んでいく。


 途中には勿論警備の兵隊さんがいて。

 検問とかで止められるかと思ったけど、先生は止めるような様子も無くて、相手も止める気がないようで……まさかの素通り。


 この辺はギルド経由で。


 話が通っているのかも。


 停車場は、当然だけど。

 宿屋とは比べ物にならない大きさで。


 馬車から降りると。



「ようこそおいでくださいました、勇者様。私はクロウンス王国神官長のネレウスと申します」



 出迎えてくれたのは。

 くすんだ金色の髪と、碧色の瞳を持った初老の男性で。



「「よろしくお願いします」」

「お久しぶりですね、ネレウス様。情報の伝達がお早いようで」

「ははっ……皆様がいつ来られるかと、首を長くしてお待ちしておりましたので。ナクラ様は相変わらずのようですね」



 恭しく一礼した男性…ネレウスさん。

 彼からは優しげな雰囲気が見て取れ。

 先生といくつかの言葉を交わし合うと、彼はてのひらで通路を指し示した。



「長旅でお疲れでしょう、皆様のお部屋へご案内いたしますので、こちらへどうぞ。紹介や詳しい依頼のお話は晩餐の折に致しますので」



 ……夜ご飯、楽しみだね。


 この世界の料理は普通に美味しいんだけど。

 

 宿屋で出してくれる食事は、やはり。

 材料や調理法の問題もあってか、どうしてもワンパターンになってしまう。

 

 その点、宮殿で出される物なんて。

 食べようと思って食べられるものでもないし、今から期待値が上昇しているんだ。



「――先生、せんせー」

「……うん?」

「神官長って何ですか?」



 ネレウスさんに先導されて歩く僕たち。

 景色に気を取られていると、春香のひそひそ声が耳に入る。



「この国独自の役職でね。聖女の補佐を務めると共に、実質的な方針を定めるための地位さ。内政面を大臣、宗教面を神官長が担当している感じかな」

「……やっぱ偉いんすね」



 この世界に来てから会った偉い人は。

 皆が慇懃に接してきてくれたから。

 どうにも調子が狂ってしまうけど、自分が偉くなったと勘違いしない方が良いだろう。


 増長なんてもっての他だ。


 勇者という名に恥じない人になりたいしね。


 自然豊かな中庭を見渡せる回廊を歩いている間。

 手持ち無沙汰になってしまった僕は、ネレウスさんに視線を送る。


 暫くお世話になる事だし。

 質問とかしてみようかな。

 初対面の人に話を振るのは得意じゃないけど、訓練しないといつまでもそのままだから。



「あの、ネレウスさん。皆さんは宮殿内で生活しているんですか?」

「――えぇ、務める者の半数近くが。御覧の通り、生活する空間には困りませんからね」



 ………確かに。


 入り組んでいるわけでもないのに、迷ってしまいそうな程に通路が多く、広く。


 少し横へと視線をやれば。


 幾つもドアが並んでいて。


 使用人さんたちの自室も沢山用意されているのだろう。

 外から見た限りだと、宮殿自体の大きさもかなりのものだったし。


 ……でも、だからこそ。

 生活に不便を感じてしまうことがありそうだ。



「通路が長すぎるとか、暮らしにくいとかは無いんですか?」

「ははは……。平和な時代になりましたからね。かつては最終防衛の要であった城も、利便性を重視した宮殿へと改装されたと聞いています」

「――じゃあ?」

「私個人としては、あまり不便は感じないですね。ですが、当時の生活は不便が多かったと聞いていますよ」



 それを語る彼の言葉には力が漲っているし。


 足腰もしっかりしている。

 知らずのうちに運動が出来ているから、むしろ健康にいいのかもしれないね。


 戦時中なら優先されるのは戦いで。

 生活のしやすさなんて、二の次だ。

 それが改善されているということは、多少は住み良い世界になったってことなのかな。



 平和な時代の召喚で良かった。



「他に、ご不明な点はございますか?」

「「……………」」

 


 どうやら、流れを掴めたようで。


 現在の雰囲気は、軽い質問をするための時間と言った感じだ。


 彼の言葉に、コミュニケーションの化身である春香が進み出た。



「この宮殿、あとで見て回っても良いですか?」



 ……いや、大丈夫かな?


 人の家に上がり込んで、「探検しても良いですか?」なんて聞くのは中々勇気のある行動だ。

 しかも、ここは正当な宮殿だし。

 高価な調度品とかが沢山ある筈。


 こういう事を聞けるあたりが。

 流石だと思いながらも僕が心配していると、ネレウスさんがにっこりと笑って頷く。 



「ええ、一般の区画は自由に見学なさってください」

「「良いんですか?」」

「……意外、ですね」

「困るモノでもありません。立ち入りが出来ない区画には騎士が常駐していますので、迷子になりましたらそちらにお尋ねを。――と、こちらが客室になっています」



 もう着いたんだ。


 いくつかの階段を使用して。

 三階まで上がってきた僕たちの前に現れたのは、部屋ごとの間隔があいた客室。


 それだけ一部屋のスペースが広いということなのだろう。

 奥側は突き当りになっていて、内側と外側合わせて六部屋存在している。  



「こちら側は都市部を、そちら側は中庭を望むことが出来ます」

「……む。……むむ」

「――こりゃあ……」

「お好きな方をどうぞ。私は業務へ戻りますので、ご不明な点があれば、何時でも使用人をお呼びください」

 


 「では」……と。


 一礼をして歩き去って行くネレウスさんを確認した春香と康太は。

 競うようにして部屋を確認し始める。


 わざわざ全部屋確認する必要があるのかなぁ? 


 どちら側か以外は変わらないと思うんだけど。



「では、私はこの部屋で」

「せっかくだから、俺はこの――」 

「あたしここー!」



 全部のドアを開けて満足したのか。


 荷物を持って部屋に入って行く皆。


 僕は中庭を望める方の部屋を選んだけど、確かにこれは待遇が良い。


 今まで宿泊してきた宿屋も。


 普通に良い場所だったけど。


 やはり宮殿の客室となると次元が違って。

 しっかりと実用性を重視した家具や照明具があり、ベッドもふかふか。

 お城での生活に憧れる人たちってこういうのを望んでいるんだろうな。


 実際に現実で体験してみると。

 本物のお城とかは不便が多く。

 想像と違うとか思ったりするかもしれないけど、この部屋は想像を超える居心地の良さと言わざるを得ない。



「……ふかふかベッド、最高だね」



 一通り内装を確認して。


 荷物を降ろした僕は部屋を出る。

 

 気分は修学旅行でホテルに来た時みたいな感じだ。

 引率の先生が生徒たちの顔を見回し、全員いることを確認するとスケジュールのすり合わせを始める。



「さて、しおりを見てくれたら分かるけど、ここからは自由時間だ」

「「はい! 持ってないです!」」

「…先生はどうするんですか?」

「流石に疲れたから、ゆっくりさせてもらうよ。御者席は腰に来るし……そろそろ年かねぇ?」



 ……………。


 ……………。



「皆は、好きなように見学してくると良い。この国の騎士達は優秀だから、面倒ごとも起きないだろうからね」



 彼はそう言って、さっさと部屋に入ってしまった。

 暦が違うから正確な歳は分からないとか言ってたけど、先生は向こうの年齢でも、まだ二十代か三十代前半だと思うんだけどな。


 取り残された僕たちは。


 四人で顔を見合わせる。


 別々に行動しても良いんだけど、僕たちはまだこの宮殿のどこに何があるかを全く知らない。

 見たい物が無い以上は、全員で固まって行動するのが良いだろう。



「――皆で探検に行きますか?」

「「賛成!」」



 他の三人も、意見は同じようで。

 僕たちは突き当りにある廊下を後にして歩き始める。

 

 途中で使用人らしき人や騎士さん達が居たりするけど、特に呼び止められるようなこともなく、軽い会釈をしてすれ違う。



「――お、花瓶があるぞ」

「それ、今更気になる?」

「何も入ってないだろうし、勇者行為は絶対にダメだからね?」

「――あ、そっちね」

「勇者行為……ですか?」



 勇者だからと言って、人様の家のタンスを漁ったり花瓶を割ったりするのは許されることではない。


 ここに有るモノだし。


 相当な骨董品だろう。


 僕は、地下牢を見学したいわけではないのだ。

 滞在期間も未定なら、なお悪い。


 ……うん、無難に書斎とかあればいいなぁ。

 勇者行為の意味を美緒に説明しながら、僕たち一行は探しを始めた。

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