第3話:初めての大浴場

―陸視点―




 読書に集中し始めてから。


 どれ程時間が経ったかな。


 魔道具に関する文献を流し読みしていた僕は肩を叩かれたことで我に返り、辺りを見回す。


 肩を叩いたのは康太で。

 どこか落ち着かない感じで立っているのが美緒。


 そして春香は。


 ………春香は?



「――あれ、春香はどこ行ったの?」

「いや、居ねんだ。もしかしたら、まーた行方不明かも」

「……迷子、ですかね」



 ……また?



 流石にこの状況で攫われたとは考えにくいけど。

 何処かで遊んでいるのかなぁ。

 でも、特にそんなことは聞いていないし、出て行くなら一言くらい声を掛けてくれる筈だけど。



「春香ちゃんが部屋を出て行ったのは知っているんですけどね」

「んー、トイレ行くっつってから帰ってこないんだよな」

「――あれ、そうなの?」



 全く気づかなかった。


 何かに集中していると、周りの状況とかが入ってこないんだよね。

 悪い癖だし、改善したほうが良いんだろうけど……。


 でも、ここの騎士さんたちは。

 皆優秀だと先生が言ってたし。

 何か事件が起きたなら、既に慌ただしく人たちが行き交っている筈。

 

 もしも、本当に春香が。


 失踪したというのなら?


 勿論、絶対に助けなければならない。

 何度でも、皆で捜索して救出するのみだ。


 

 ―――そんな事を考えていると。



 ―――書斎の扉が静かに開いて。



「ただいまー、待ったかい?」



 普通に帰ってきた。


 しかも、どこぞのA級冒険者のような挨拶付きで。

 全く、こっちは本気で心配していたっていうのに。



「どちらへ行ってたんです? お嬢さん」

「あー……っと。散歩?」



 康太の冗談めかした発言に。


 ちょっと困ったような春香。


 いつもの彼女なら乗っかっていただろうけど、何かあったのかな。


 彼女は席の上に乗っていた本を書架に戻すと、こちらに振り返る。



「さっきネレウスさんに会って聞いたんだけどさ、ここのお風呂ってかなり大きいらしいよ? 夜ご飯の前にどう?」

「……………?」

「お、良いねぇ!」

「――大浴場ですか。とても興味深いです」



 あっさり流れてしまったけど。


 どうやら春香は何かがあったのを誤魔化したいらしいな。

 付き合いが長いだけに、その癖はよく理解している。


 普通に気になるけど。


 ……まぁ、良いかな。


 彼女が言わないってことは、悪いことではないのだろう。


 それに、これだけ大きい宮殿の浴場――確かに興味深い。


 存在する家財とかも質が良いけど。

 何処か上品な趣向になっているし。

 宗教国家としての側面を表しているのだろうけど、お風呂は果たしてどのような感じなのか。



 混浴じゃないよね? 流石に。

 宿の中には混浴のお風呂とかもあったりしたけど、ここは宮殿だし。



 ……………いや、だからこそ、あるかも。



「――陸、どうした。考え事か?」

「……いや、何でもない。じゃあ、今から行こっか」



 心配そうに覗き込んでいる皆には申し訳ないけど、大したことは考えていない。

 僕だって男なんだよ。



 ―――いや、期待してないよ?




  ◇




「――んじゃ、元気でねー」

「また後で会いましょう」


「「……………うっす」」



 という訳で、春香に案内されて。


 四階の浴場へとやって来たけど。


 やっぱり、お風呂は男女で分かれているらしく。

 使用人さんに聞いた話では、この階の浴場は偉い人とか来客用に開放されているらしい。


 つまり、中に人がいるとすれば。


 一定以上の役職に居る人物だと。

 


 というか、もしかして。

 

 康太、期待してた……?


 女性陣への返答がハモッた僕たちは、互いに何かを察し、並んで浴場に入って行く。



 浴場と書斎が同じ階にあると。

 本が湿気てしまいそうだと思うけど。

 部屋自体が凄く離れているので問題にならないのだろう。


 春香が言っていた通り広い浴場は。

 大理石による材質で、滾々こんこんと湯気が上がっている。

 この世界に来てから入ったどのお風呂よりも広く、一般的な高校生一クラス分くらいなら軽く入ることが出来るだろう。


 見上げれば日が没してきた空を一望できる窓が存在しているけど。


 ここは四階なので外から覗かれる心配は……恐らくない。


 それこそ、壁を気合いで登るなんて。


 馬鹿な発想を持つ人がいない限りは。


 僕たちは適当に体を流して湯船へ。

 他にも丁度入っている人がいるのから、騒ぐのはやめておいた方が良いかな。



「――でも、本当に大きいね。こんなお風呂は初めてだよ」

「んだな。中学の学生旅行でもこんなデカくはなかったし……何かの入浴剤でも使ってんのか?」



 確かに――ここのお湯は濁りがある。


 決して汚れのようなものじゃなく。

 淡い乳白色と言えるモノで。

 見下げると、自身の全体像がうっすらとぼやて見えるくらいだ。


 香りも女性が好みそうな感じで。

 肌がすべすべになりますよって感じのキャッチコピーでCMやってそう。



「……んなぁ、陸さんや。あれ」



 全身が綺麗になるように。


 肩にかけ湯をしていると。


 康太が変なテンションで声をかけてくる。

 

 彼の示す方向にいるのは男……の娘?

 そこにいたのは、黒髪の人物だった。

 湯船に浸かっているので身長などは分からないけど線が細く、肌は青白一歩手前。


 病的なまでに青白いという訳でもなく。

 あくまで健康的な血色を損なわない程度の白さの肌は、女性だと思ってしまう程に綺麗だ。


 でも、ここ男風呂だし。


 あれも男性……だよね?


 前にも一度やらかしている身としては。

 どうも疑心暗鬼になってしまうけど、今回ばかりは間違えようがない。



「男性でしょ。気にしなくていいんじゃない?」

「……そうだよなぁ」



 これで康太はナイーブだからね。


 セクハラ発言も偶にするけど。

 それは信頼している相手だからこそ出来ることだし、初対面の女性には結構礼儀正しい。


 僕たちが視線を向けていた事に気付いたのか、推定男性が軽く会釈をしてくる。


 正面から見た感じは中性的。


 青い瞳がチャーミングだね。


 ……ロシェロさんは、元気かな。

 あの人も性別迷子だったしなぁ。


 あと、料理のレシピも。


 取り敢えず、僕たちも会釈を返す。

 ここは公共スペースなので、相手を尊重することが大切なんだ。



「良い湯加減だけど、どうやって沸かしてんだろうな」

「あぁ、確かに。宿の小さい湯舟なら――」


「――いやー、やっぱり広くて良いね! こういう所の風呂はぁ!」



 ……尊重しなくてもよさそうな人が来た。

 


 長タオルを肩に掛けたままで。


 揚々と浴場へ入ってきた男性。


 彼はかけ湯をした後。

 何の遠慮なしに、僕たちの傍にやってくる。

 


「おや、奇遇だね」

「「白々しいです、先生」」



 この人、絶対僕たちが浴場に入ったのを確認してから来たよね。

 ネレウスさんとの会話から考えて、前にもこの国へ来たことがあるのは間違いなく。


 多分、宮殿の間取りについても。


 ある程度は知っている事だろう。


 おのれ疑似GPS機能。


 先生はからから笑うと。

 力を抜くように、肩まで湯船に浸かりながら伸びをする。


 彼が服を脱いでいる光景は。

 何度か見たことはあるけど。


 まさしく、鋼の筋肉で。

 康太も結構凄いけど、どういう鍛え方をしたらこんな風になるんだろうという感じ。


 少なくとも、僕がこうなるのは想像できない。


 でも、先生の身体には古傷とかがあんまりないんだよね。

 それだけ攻撃を受けることが少ないのか、余程高位の回復魔術を使うことが出来るのか。



「――ふぅ。……冒険もいいけど、休息は大事だ。それに、恋愛もね。守るものが多ければそれだけ強くなれる」

「「……………」」



 名言風に言っているけど。

 この人、絶対僕たちの恋愛事情に首突っ込みたいだけだ。


 なんで、僕の周りの人たちは皆。


 こういう事ばかり聞くのかなぁ。

 

 前に同じようなことを聞いてきた親友はと言えば。

 何を考えているのか微妙そうな顔をした後、恥ずかしそうに視線をさまよわせる。


 あの時は前後の記憶が朧げだったからなぁ。

 直前まで恋愛の話をしていたのは覚えているんだけど。



「良いね、青春している。………うん」

「先生?」



 彼はひとしきり僕らの顔を確認すると。

 ゆっくりと浴場の中を見渡す。

 監視カメラでも探しているわけではないだろうし、こっちを盗撮を考える者は居ないだろうに。


 でも、そっちが振ってくれたということは。


 こちらとしても話がしやすいということだ。


 反撃の時間と行こうじゃないか。



「先生には恋人がいるって話じゃないですか。放っておいて良いんですか?」

「………それ、聞いちゃう?」

「はい」 

「俺も、気になって夜しか眠れないので」



 康太は平常運転だ。

 反撃に転じるや否や協力してくる三下感が素晴らしい。


 未だに口を割らないので。

 僕たち四人の中では七不思議の一つになっているし、本当に存在するのかすら分からない。


 先生のふかしの可能性もあるし。

 脳内で付き合っているとかだったら面白いんだけどな。


 彼は暫く黙っていたが。


 やがて、不敵に笑って。



「綺麗な女性だよ。凄く……ね」



 なんてズルい答えだろ。


 そもそも、自身の彼女のことを聞かれたとき。

 そう答えない男性が果たしているのだろうか。

 窓の外に浮かんだ月を眺めながら笑う先生は、それ以上問うことを許さないような雰囲気を伺わせて。



「さぁ、そろそろ身体でも洗おうか。じき夕食にお呼ばれするだろうからね」

「……納得いかないっす」

「そのうち皆で尋問しようよ」



 僕も納得いかないけど。


 今は、夕食が最優先だ。


 康太も着替えればそちらに注意が向くことになるだろうし。


 僕たち四人は食べることも趣味で。


 食道楽的な冒険も満喫してるから。



 いわゆる宮廷料理。

 一体、どれほどの物なのか……非常に楽しみなんだよね。

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