番外編:怪物共の…茶会?




 それは、たった二人だけの茶会だった。


 片や、人々に祭り上げられ。

 人界の象徴的存在とされた元聖女。


 片や、その人間達が真なる恐怖を向ける魔族の王。


 違えようもなく、本来であれば。

 敵対関係以上のモノは生まれなかった間柄。


 その両者が卓を囲み。

 紅茶に口を付けながら会話をしているのは奇妙な光景であった。


 和やかな雰囲気が流れつつも。

 どこかぎこちなさのある両者。

 ……否、硬いのは元聖女の側だろう。彼女にとって、魔王は恩人と言える存在だった。



 魔王は時々ふらりとこの領にやってきては。

 元聖女と共に談笑に興じる。

 国王であるが故にすべきことも多い筈であるが、元聖女が何を言っても「問題ない」としか言わないのだ。


 それは、かつて存在した親友が大国の王であり、その激務を間近で見ていた元聖女からすれば、とても不思議な話であった。



「――陛下。何故、貴方はここまでしてくださるのですか?」



 自身がここに来てから。


 どれ程経っただろうか。


 本来であれば行く当てもなく。

 帰る場所すらもなかった自分。

 その生態故に死ぬことも許されず、その瘴気ゆえに魔物に喰らわれることもない。


 死霊種という生態に詳しい訳でもなく。


 朽ち果てるには悠久の時が必要だっただろう。


 そんな荒野から救い上げてくれた魔王には、心の底から感謝している。

 だが、どうしてそこまでしてくれたのか。


 元聖女は、積年の疑問をとうとう口にすることとなった。



「何故……か。そうじゃなぁ」



 茶菓子を持参していた魔王は、気取った様子もなくそれを口に放り込む。

 礼儀や作法という点から見ればあまり良い物ではないが。

 元聖女からすれば何かを演じるでもなく、自然体で接してくれる彼女の所作は嬉しいことだった。



 魔王は甘味が好きなのだろう。



 焼き菓子を咀嚼する彼女は。


 たちまち、その顔を綻ばせ。


 その仕草はまるで少女の様であるが。

 元聖女の疑問へ回答する為に思案している姿は、紛れもなく長き時を生きた賢者のもの。


 彼女は、何処かちぐはぐな印象を与える。



「そなたは余に似ておるからじゃろうな」

「……私が、陛下に?」



 魔王が考えた末に出した回答は。

 元聖女にとって、意外な言葉で。


 立場としても。


 半生としても。


 両者の間に共通点があるとは言いにくい。



 ―――少し考えても、やはり答えは出なかった。



 何時しか、焼き菓子は無くなって。

 満足そうに茶に口を付けた魔王は、説明するように語り始めた。



「余はな、死ぬ筈であったのよ」

「……………!!」

「それは誰が悪い訳でも、誰に強制されたわけでもない。余に課せられた運命と言うべきものでな」



 それもまた、予想外の言葉。


 死ぬ筈であったが、死ななかった。

 確かにそれは元聖女の境遇と同じ。


 だが、この魔王が? 


 自身が出会ってきた数多くの英雄、豪傑。

 その全員が束で掛かっても勝てるか分からないような彼女が、そのような境遇に置かれている時代が想像出来ようはずもない。



「じゃが、が現れた。そ奴はとんでもない大バカ者でな。散々大暴れして価値観、悲しみ、怒り……全てを。余の世界その物を、丸ごとひっくり返してしまったんじゃ」



 嘲弄するかのように。


 さも可笑しそうにからからと笑う魔王。

 それを語る彼女は本当に嬉しそうで。


 ―――楽しそうで。


 その人物の事を、心から想っていることが伺えた。


 それは、恐らく男性なのだろう。


 元聖女も求婚されたことはある。


 それこそ、数えきれないほどであった。

 目の眩む様な私財。

 恐れ多い地位など。


 素晴らしい人格者も多く居た。

 何より、親友は自分が誰かと添い遂げて幸せに暮らすことを薦めていた。


 だが、元聖女には心の底から共にいてほしいと思える男性など存在しておらず。

 それを成すより前に処刑されてしまった。


 だからなのだろうか。


 心の中……本心では。

 魔王に一縷いちるの羨ましさを覚えていて。



「余も、今は待ち続けておる。そなたと同じでな」

「――ぁ……私は」

 


 元聖女は答えることができなかった。

 自分が何のために存在し続けているのか、その答えは未だに出すことが出来ていなかったからだ。


 果たして、自分は。


 何を待っていると。


 一体、何を待っているというのだろう。

 かつて得ることができなかった死という救い? それとも……救い出してくれる誰か?


 魔王は彼女の暗い表情を伺い。


 慈愛に満ちた微笑を浮かべる。



「必ず、現れる。そなたの心を救ってくれる者が現れる。かつて、余がそうであったようにな」



 魔王の言葉は明確で、本当にその人物が現れることを知っているかのようだった。

 だが、相対する元聖女には何も分からない。


 何も分からないのだが。


 ―――もし、もしもだ。


 もしも自分が心の奥底で。

 助けを求めているのなら。



 その人物は、物語の勇者や英雄のように。



 私の事を救ってくれるのだろうか……と。




   ◇




―アルモス視点―




 ―――だれか、助けて。



 俺は助けを求めていた。


 天使でも、悪魔でも。


 何なら勇者でも良い。


 ソイツを身代わりに据え。

 今すぐこの場を抜け出し。

 可能なら、ベッドに潜り込んで現実から逃げ出したい。


 今度は誰にも潜り込まれないように細心の注意を払い。

 部屋のドアは開閉不可にしておくことにしよう。



「――やっぱり、寝る時間が惜しいのよ」

「そうですね。私も昔はそうだったのですが、最近では、また睡眠をとるようになったのです」

「ほう? 本の虫であったそなたがか」



 俺達男の天敵…。


 すなわち女子会。


 場違いにもこの場に座する俺は。

 一体何を成せばいいのだろうか。

 陛下、イザベラ、フィーアが談笑している中、俺は黙って紅茶を流し込み――で、フィーアに注がれる。


 この無限ループ、円環。


 何これ? 新手の拷問?


 紅茶なんかに負けないんだから。

 美味しい、でも躊躇っちゃう……タプンタプン。


 控えめに言って飲み過ぎだよ。

 

 これは、ちょっと……フフフ。




 ―――かかったな?




 これが我が逃走経路、飲み過ぎたから御手洗いに行ってきます作戦だ。

 まぁ、あと少し機を見て。適切なタイミングで逃げることにしよう。


 心の中で一人芝居をしている間にも。


 美女三者の会話は弾んでいるようで。

 


「あら。フィーアも睡眠を摂るのね。死霊種には必要ない筈なのだけど」

「何か、要因でもあったか?」

「はい、アルモス様の温もりを感じていると、不思議と眠くなってくるのです」



 ……やっぱ繰り上げで。


 今すぐにでも逃げよう。



「……フィーアや。よもや、同衾はしておらんよな?」



 底冷えするような眼力で俺を睨んだ後。


 確認するように問う陛下。


 俺は必死に視線を送って。

 それ以上のに深入りした会話をさせまいとする。



 フィーア? その目は―――



「アルモス様のお身体は、とても温かいのです」

「「……………」」



 さながら右ストレートだろう。


 肯定以外の何モノでもないわ。


 俺がぎこちなく視線をやれば。

 イザベラの持っていたカップは完全に氷結し、陛下の持っていたカップは内容物ごと塵となって霧散する。


 わぁー、すごーい。


 ……よし、帰ろう。


 あれは俺の末路だ。


 俺は高速で魔力を練り上げ。

 極限まで気配を薄める魔術を発動。速やかに席を立って逃げの一手を選択した。



 ―――あ、トイレです。



 すぐ戻るんでお構いなく。



「――ねぇ、アルモス?」

「盛り上がってきた所であろう。何処へ行く気なのじゃ」



 だが……この場にいるのは。


 世界最高峰の魔術師たちだ。


 他の者たちの眼は欺けても。

 俺程度の術者が、彼女たちに気付かれずに逃げおおせるはずがない。


 いや、まだ大丈夫だ。

 まだ慌てるような時間じゃない。

 こういう展開に遭遇した時のために、サーガやアインハルト老に言い訳の何たるかを聞いたことがある。


 間違いなく今が使い時だ。



「ちょっと野暮用がありまして―――」

「余の話よりも優先されるものはこの国に存在せんじゃろ?」



 単位がデカすぎる。


 しかもその通りで。


 俺が口八丁の策を弄するより先に。


 圧倒的な力によって押し潰された。

 

 ……思えば、尻に敷かれた亭主共に教えを乞うても全く意味がない。


 先に待っているのは結局同じ。

 奴らと同じに墓場行きだろう。



 俺の場合、物理的だが。



 ……いや、どうするよ。 

 戦場に散るならまだしも、流石にこんなところで情けなく死にたくはない。



「おお、アルモス卿。本日も御呼ばれして――ぇ?」

「よォ、今日も来たぜ――ぁ?」



 そんな時、救いの神が降臨した。


 これぞ、漢の友情パワーだ。


 ……が、しかし。

 何故か救いの神たちは途中で言葉を詰まらせる。



 まるで何かを察したかのように―――



「「……………」」

「待って? 黙って回れ右しないで!?」



 俺は回り込んで入り口を塞ぎ。


 二人と肩を組む事で抑え込む。


 遠目から見れば、仲良く帰路に就く学生たちの構図にも見えなくないが。

 現在、三者の間に青春の一ページの様な友情、努力など存在しない。


 あるのはただ一つ。


 薄汚い勝利のみだ。


 この場を切り抜けるためならなんだってする。

 今の俺は、かつてないほど本気だ。



「……グッ……この膂力はッ。乱心したか、アルモス卿。その手を離してくれ」

「まぁ、そう言わずに」

「――おい、テメェこの野郎」

「サーガ。一蓮托生……だろ?」

「っざっけんなァ! 俺には帰りを待つカミさんたちがいるんだよ!」



 二人は何を勘違いしているのだろうか。

 別に取って食おうなんて思ってないぞ? 


 食う前に死にそうだし。



「……サーガ殿。押し通るぞ」

「共闘だな。アインハルト老」



 いつの間にやら俺の手から抜け出した二人は、入り口を塞ぐ俺を倒さんと得物を抜く。

 成程、そっちがその気ならやってやろうじゃないか。



 俺も腰に帯びた剣へ手を―――



「余裕じゃな、そなた等」

「「……………ァ」」



 そうだ、喧嘩なんてしている場合ではない。

 

 只でさえ相手は世界最強の魔王様で。

 天才魔術師と初代聖女のオマケ付き。

 俺たちは既にレベル上限に達しかけているというのに、パーティーで戦うことを想定したボスが徒党を組んで現れたら? 


 答えは簡単。


 全滅は必然。


 クソゲー認定待ったなしだ。


 オロオロする俺とサーガ。

 そんな中、アインハルト老が俺達を制した。


 さっすが元カルディナ領主。 

 

 自分が囮になって俺たちを逃がしてくれる……訳は無いか。

 彼は、間違いなく逃走経路を確認している。


 最初のうちは俺を引き渡すつもりだったのだろう。

 だが、何故かは知らないが共犯認識されているのを悟ったようで。



「――二人とも! 何はともあれ、まずは逃げるぞ!」

「え? でも……」

「陛下が」



 陛下の御命令は絶対だ。


 一般市民ならともかく。


 魔皇国軍に所属している俺たちには規律が求められているわけで。


 彼女の放つ一言で。

 どんなパワハラも泣き寝入りせざるを得ない。



 それは、彼も同じはずなのだが……?



「私はもう軍属ではないのでな。――お先に失礼!」

「「汚ねぇ!!」」 



 ―――そう来たか。



 我先にと逃げ出した老騎士。


 職務から解放されたからか。


 恥も外聞もないようで。

 

 しかして、彼は現役の頃からまるで衰えていない移動速度で去って行く。

 そして俺たちも、何時までも突っ立っている訳にはいかないので、顔を見合わせて同時に駆けだした。

 


「クソッ! 逃げんぞ! 捕まったらお釈迦だ」

「お前のせいだろうが! 俺達は何があったのかも知らねえんだよ! ――仕方ねぇ、奥の手だ」



 逃げるのが同時なら。



 取り出すのも同時だ。



「……………ッ! そなた等、上に立つ者として恥ずかしくないのか!」

「「聞こえませーん」」



 奥義、“耳栓”


 魔術ですらない。


 こんなもので完全に遮断される筈もないが。

 形だけでも体裁を整えることに意味がある。

 それに“消音”等の魔術を使ったところで、彼女たちに強制解除されてしまうだろう。



「……絶対聞こえてるのにねぇ」

「――ふふふっ」


「おのれ! イザベラ、フィーア、あのバカ共を捕まえるぞ!」

「本当に男の子ってバカね」

「でも、とても楽しそうです」


「行きましょ? フィーア」

「えぇ、イザベラ。追いかけるのは初めてで――ふふっ。とても、楽しいものなのですね?」



 ヤベェよ、ヤベェよ…。


 全員追ってくる会話だ。


 振り返らずに音を拾い。

 絶望を感じながら、サーガより速く逃げ惑う。


 逃げる三人と追う三人。

 あれらから逃げきるのは不可能だとしても、行けるところまで逝ってやる。



 なんせ今回は―――




((肉壁が二つもあるからな!!)) 




 ―――男三人、考えることは皆同じだった。

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