第20話:お誘いと再会

―アルモス視点―




 フィーアには大見得を切って。


 あんな事を言ってしまったが。


 実際のには、前情報無しで彼女の瘴気に耐えうる者は多くないだろう。


 鍛えられた兵士であれば。

 気絶などしないと思うが。

 それでも、顔が強張ったり、足が笑うのは避けられない。


 だが、俺が望むのは。

 あの死の瘴気を前にしても、彼女に歩み寄れる――可能ならば、全力の威圧にも平然としていられる剛の者だ。



 ―――それ故に。



「お前から召集されるなんてなぁ」

「本当に、珍しいわよね」

「私にも声が掛かるとは思わなかったがね」



 魔皇国の中でも怪物級。


 最強格を集めたわけだ。


 周辺氏族を取り纏める【亜人総括】

 三指に入る術士【宮廷魔導士団長】

 そして、有角種最強とうたわれた騎士である元侯爵。


 錚々そうそうたる顔ぶれであり。

 本来であれば、平騎士である俺がお近づきになれる面子ではない。


 もしかして俺って。


 顔が広いのかもな。


 ……本当は、ルーク君にも。

 声を掛けたかったんだがな。

 彼は過労死枠の一人で多忙なので、長期間王都を空けるわけにもいかない。


 近衛騎士長の名は伊達じゃないな。


 カミさんともうまく行っているみたいだし。

 そのリア充ぶりは留まるところを知らないな。


 妬ましいので、適当な仕事を。


 また押し付けることにしよう。



「それで、どんな禄でもない用事なのかしら。貴方が長期任務に行っていたことと関係しているの?」

「突拍子もない話を期待してるぞ?」

「恐らく面倒な話だろう? 実に楽しみだ」



 ……何だ、コイツ等。



 俺を何だと思ってる。


 まるで俺が何時も厄介ごとを持ち込んでいるとでも言いたげに。

 疑問を呈する友人たちの姿に、顔が引く衝くのを止められない。



 だが、今回は好都合だな。


 三方は大抵ろくでもない予想を。


 勝手にしてくれている筈なので。


 多少無茶を言っても動じないだろう。

 俺としては常識魔族の筈のアインハルト老までボケに回っているのが不安だが、話さない事には始まらないので口を開く。



「あぁ、イザベラの言う通り、極秘任務に行っていたんだが――」

「極秘任務って知ってるか?」

 


 鬼、話の腰を折るな。


 教育がなってないな。


 それに、心配せずとも。

 どこ行ってたかも全て王都に筒抜けな、なんちゃって極秘任務だ。



 ……………。



 ……………。



「―――てなわけで、友達募集中なんだ」



 禁忌の都市の孤独な領主。


 その苦しみを救済する為。

 色々と手を回していたことを皆に話し、例の巨獣の事も洗いざらい伝える。


 俺の口が軽いのではなく。

 魔皇国の国民性なんだよ。



 そう思っておくことにしよう。



 それに、ここにいる面子なら。

 いずれ話すことになるだろう。

 何時でも俺が居るわけでなし、一人で出来る事などたかが知れているから。


 協力を乞わぬは、ただの損だ。



「……まさか、ロスライブズに行っていたとはな」

「アインハルト老は任務で赴いたことは無かったんですか?」



 老騎士は既に二百八十代。


 単位がおかしいと思うが。

 この国では珍しくはない。

 魔族は半妖精種と並んで長寿で、この年齢だと人間で言う八十代くらいか。


 魔族は青年期が長いからな。

 

 近衛騎士、竜騎士、カルディナ領主。

 波乱万丈の半生を歩んできたアインハルト老ならば、一度くらい魔物狩りと称して足を踏み入れたことがありそうなものだが。


 尋ねられた彼は残念そうに首を横に振る。



「私が生まれた時には、既に禁忌の地だったからな。何でも、無事に帰ってきた者は居ないとか」

「へぇ。お前幽霊になったのか」

「……………」

「ふッ。流石は、アルモス卿だ」



 それ、もっと早く教えてほしかったですね。

 事前に情報を仕入れられていれば。

 もっと波風立てずに行って帰ってくることができていたかもしれない。


 で、俺が話し終えてから。


 何一つ言葉を喋ることなく。


 わなわなと震えてる魔女は。


 一体何を考えているのか。

 空気を震撼させんばかりの魔力を纏い始めたイザベラ。その彼女は、勢いよく席から立ち上がる。



「―――会いたいわ! 聖女様!!」



 ……そう言うよな。



 幼き日より、何度も読んで。

 読み返した初代聖女の物語。

 あんまり読み過ぎたせいで、何時しかその人物に感情移入するまでに至った程のファン。



 それが未だ存命していて。


 実際に会えるともなれば。


 誰だってそう答えるだろう……が。近い、近い。



「早く連れて行きなさい!」

「――あぁ、決まりだな。……そちらのお二方は?」



 詰め寄ってきた魔女から逃れるように視線をずらす。

 例の巨獣について議論を交わしていたサーガとアインハルト老。両者は牙を剥くかのようににやりと笑い合い。


 こちらに向くとさも当然のように頷く。



「一つの伝説に会うことができるのだ」

「――では、当然?」

「私も同行するとも」

「例の魔物も興味深いが、聖女様はとんでもない料理上手なんだろ? 是非ともうちのカミさんたちに享受してほしいなぁ……はははッ」



 アインハルト老はともかく。

 死んだ魚のような目をしている鬼が気掛かりだ。


 ――そういえば。

 前の披露宴の時も美味いもんを食いに来たとか言ってたっけ。

 もしかして、サーガの嫁さん達ってメシマズなのか?

 


 ともあれ、決定だ。


 全員同行って事で。



 ―――だが、済まないなぁ。



「俺は飛竜でひとっ飛びだが……君たちは?」

「「……………」」 



 唐突なマウントを発動。


 ふざけているように見えるが。

 実際問題として、塞がるソレ。

 ロスライブズまでの道のりはかなり過酷で。

 関所がいくつか配置される程度には街道も整備されているが、領内に入ってしまえばあるのは荒野ばかり。


 後から、大変だったと。

 文句を言われてはたまらないので、先に言っておくことにしたのだ。


 三者はどうしたものかと。

 顔を見合わせて黙り込む。


 が、次の瞬間には。


 皆にやりと笑って。



「此処は一つ、私に良い考えが浮かんだのだが」

「アインハルト老もか? 俺もなんだ」

「私も思いついたわ」



 おう、奇遇だな。



 俺も嫌な予感がしてきたんだ。




   ◇




「――アルモス? 都市ってあれか?」

「……あぁ、アレだ」

「本当に、凄い所ね」

「この魔素の濃度は、確かに。禁忌指定されるのも頷けるものだった」




 俺たち四人は、遥か


 朽ちた建造物群を確認する。



 肉眼で確認できる距離まで迫ってきた廃都市は。

 以前に見た時のままで、変わった様子はなく。

 時折地上から魔物の放った攻撃が飛んでくるが、俺たちは手慣れた動きで手綱を操る。



「……まさか、全員飛竜とはなぁ」



 出立前の顛末てんまつを思い出し。


 溜息混じりに独り言ちる。


 本来であれば、飛竜に乗れるのは。

 近衛騎士団でも選ばれた者たちだ。

 だが、ルーク君は聡明で温厚だからな。イザベラ(憧れ)とサーガ(トラウマ)とアインハルト老(元上司)の天才的な交渉術によって快く貸してくれたわけで。


 そろそろ、彼の胃に。


 大穴が穿たれるかも。

 

 とは言え、全員一人ずつ飛竜に乗ってしまうと。

 騎士団の業務に大きな支障が出るので、俺とサーガが一人乗り、アインハルト老の操縦する飛竜にイザベラが乗るといった感じの組み分けだ。


 

 一匹減らすように言ってあげたし。


 俺、偉いな。感謝されるかもなぁ。



 サーガは当たり前のように乗りこなすし。

 アインハルト老は元竜騎士なので、この振り分けに間違いはないだろう。



「目的地って、あの御城なのよね」

「このまま飛んで良いのか?」

「あぁ。城の屋上に飛竜のための厩舎がある。そのまま着陸することにしよう」



 王都を出発して一日目の宵。


 サーガが「着陸ってどうすんだ?」とかのたまった時は焦ったが。

 二回目からは危なげなく地上で休息をとることが出来た。

 出会って数日ほどしか経っていないはずの飛竜とも心を通わせているようだし、本能型の天才ほど厄介なものは無いな。


 こいつが味方で本当に良かった。


 俺達は、都市の先。

 巨大な城に向かって飛び続け、その広大な屋上へ足を付ける。 



「アルモス卿。固まっていても大丈夫なのか?」

「……この城。――成程ね」

「問題ありませんよ。そこの魔女が気付いた通り、ここは魔術で補強されているらしいので」



 殺風景な石造りの屋上。


 地下鉄への入り口のような階段が点々と存在しており。

 遠くには一軒家ほどの構造物…厩舎が存在している。 

 三体もの飛竜が降りたっていながら崩落しないのは、元々想定されていることなので当然だろう。


 俺の案内でリオン達を厩舎へ。


 久々の地上で一息ついたころ。


 ほんの先日まで、身近に存在していた気配を感じる。

 俺自身は完全に慣れてしまったものだが、他の者はそうではないだろう。三者は緊張の籠った視線を一つの階段へと向ける。



 そこには彼女の姿があった。



 ロスライブズをたった一人で守護し続ける領主。

 風に揺られ、サラサラと流れる白髪、甘い蜂蜜のように輝く金色の瞳。


 フィーア・エルドリッジは花の咲いたような笑顔を浮かべていた。



「―――アルモス様!」



 ……………。


 ……………。


 ……っと、魂が抜けてた。

 どうやら彼女の微笑には、こんな恐ろしい効果もあったようだ。


 思わず顔が熱くなった俺は。


 隣の連中に視線を逸らすが。


 血走った眼をした魔女。

 かなり恐怖を感じるが、それ以上にマズいものがあって。


 

 サーガとアインハルト老が。


 あの二人が震えていたのだ。



 流石に初対面だと多少の恐怖があったか?

 何とかして抑えてもらわないと。

 もし、ここで後ろ向きな挙動を見せてしまうと、後々の自己紹介とかが―――



「………可憐だ」

「………あと百年若ければ、私も」



 いや、思い違いだったわ。


 およそ似合わない台詞を呟くサーガと、年甲斐もなく見惚れているアインハルト老。

 確かに、そういう反応を見せるのも分からなくはないが、俺から見ればどちらも既婚者のリア充だ。


 嫌みか何かなのか?

 

 抑えないといけないのは別の感情らしい。



「アインハルト老、奥さんに言いつけますよ? 鬼、お前もだ」

「――いや、冗談だとも」

「それは、勘弁してくれ。殺されちまう」



 結婚は人生の墓場……か。



 どうやら、彼等女たらしにも。


 彼らなりの悩みがあるようだ。


 俺は両者の奥さんたちにも会ったことがあるが。

 皆品の良い令嬢や婦人だった。アインハルト老の奥さんなんかは、その極地だと思えるほど。




 しかし、二人の震えようから察するに。



 いや、これ以上はやめておこうか。



 俺は深淵を覗きたいわけじゃない。



 フィーアはこちらに向かって優雅に歩いてくる。

 だが、寝食を共にした(深い意味は無い)俺から見るに、そわそわとした雰囲気を隠しきれていない。


 今にも駆け出しそうな程だ。


 こちらも彼女に合わせるようにして歩み始める。

 ……が、彼女が俺の元に歩み寄ってくるより早く飛び出した者が居た。



「***ッ! *******ッ!?」



 何言っているのかは分からないが。


 恐らく歓喜に震えているイザベラ。


 俺の昔居た世界であれば。

 憧れたりお近づきになりたい魔女と言えば、二次元で出てくるような色っぽい大人のお姉さんだが、歴史を返せば実際のところは偏った医療知識を持った老婆などだった。


 今のイザベラはお近づきになりたくないほうの魔女で…。


 今ほど彼女の事を魔女らしいと感じたことは無いだろう。


 そんなヤバい奴が。

 いきなり自身の前に飛び出して来たら、当然彼女は驚くわけで。



「********!」

「………ええと」



 両の手を取られて。


 困惑するフィーア。


 客観的に見て、聖女が魔女に唆されているような構図だ。

 確かに一部の者たちには需要があるかもしれないが、俺は彼女を闇堕ちさせに来たわけではない。



「なぁ。アレ、どうにかしないとマズくないか?」

「彼女は相変わらずのようだな」



 意味の分からない言葉…? 


 を発し続けているイザベラ。


 それらの音は法則性が見られず、まるで沈静化する様子も見られない。


 これは……ちと弱ったな。

 俺はこれでも多くの公用語を網羅しているはずなのだが、あの魔女が何を言っているのかまるで理解できない。


 悪魔と契約した代償かなんかで。


 言語能力でも奪われたのだろう。


 とりあえず、悪しき魔女から聖女様を救い出すために進み出る。



「落ち着け、イザベラ」

「*****……………あら?」



 女性同士の間に割り込み。


 互いの視線を遮断すると。


 これまた一部の者たちからは反感を買いそうな行動であるが、今はそんなバカなことを考えている時間ではないだろう。


 紫色の瞳をグルグルさせ。

 混乱させているイザベラというのも珍しものだが、面白がってもいられない。


 イザベラの精神分析を試みていると。


 後ろから、控えめな声が耳に届いた。



「あの、アルモス様。ええと――お帰りなさい?」

「……ああ、ただいま」



 本当ならもっと早く出るはずの言葉だったのだろう。


 数日ぶりの感動の再開とか。


 ロマンチックな雰囲気など。


 そんな物は、もはや霧散し。

 面倒ごとの雰囲気を感じ取った男共は完全に空気を演じている。


 再会の時の言葉とか、その後の行動とか。

 いろいろ考えていたんだが、全部狂った。

 やっぱり元引きこもりの魔女はコミュニケーション能力に難があるな。



 まあ、とりあえずは―――



「……自己紹介、からだよな」



 連れてきたのは曲者揃い。


 だが……気の良い連中だ。


 最初のうちは困惑する事。

 戸惑う事もあるかもしれないが、この出会いはきっと必要なものだから。



 たった一人の四百年など。


 幸せな記憶で押しつぶす。



 ―――彼女の物語は、ここから始まるのだからな。

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