第19話:帰還と報告

―アルモス視点―




「――忘れ物はございませんか?」



 もはや見慣れた屋上。


 白塗りの巨城は規模が規模だけに、屋上だけでもかなりの面積があった。

 フィーアに見送られてリオンに乗り込んだ俺は、積荷の準備も万端と言った風体で。


 いや、どちらかというと。


 準備できているってより。



「準備が必要ない、だろう? 所持品は無いようなものだったから」

「ふふっ…そうでしたね」


 

 おかしそうに笑うフィーアに。


 以前のような陰りは無くて。


 確かに、創作で見るのなら。

 儚げな聖女様というのもいいものかもしれないが、実際にその過去を知れば……な。


 何の憂いもなく、優しく。


 ただ微笑んでいてくれるのが一番だろう。

 


「じゃあ、すぐに戻ってくるから」

「はい。信じてます」



 返答に間は無かった。


 それはら全幅の信頼の証だろう。

 彼女が俺を信じてくれているというのなら、行動をもって示すだけだ。


 ここだけの話、一度はフィーアを連れて行こうとも思ったが、彼女自身は無断でこの領を離れるわけにはいかないらしいからな。


 連れ出すに必要なのは。


 紛れもなく陛下の許可。

 最重要はそれだが、その他諸々の報告、やりたいこともあることだし、さっさと行って済ませてくることにしよう。


 俺は一つ頷くと。


 手綱を引き、リオンを大空へ飛び立たせる。



「――アルモス様! リオンちゃん! お気をつけて!」


 

 フィーアへ手を振り。


 大空の旅が始まった。


 この領に来てから大体二ヵ月ほど。

 期間で言えば本当にその程度なのに、随分と密の濃いひと時を過ごした気がする。 


 どんどん小さくなっていく城と都市を。

 見下ろしながら、感傷に――浸れない。

 特に強風が吹いているわけでもないのに、粗悪な馬車以上に体が揺れ、腰に響く。

 

 ああぁ、選択は間違っていないな。


 フィーアを乗せなくて正解だった。


 彼女が重いとか、そういう失礼なことを考えているわけではなく、ただ単に、俺一人乗っているだけで凄くふらついている。

 来た時よりもバランスが悪いというのは、一体どういう事なんだ?


 

「……なぁ、リオン。これ以上太ったらマジで食うからな」

「―――ヶ!?」



 飛竜の癖に、飛ぶことすら危うくなってきているデブ竜

 彼は本能で俺の言葉を理解したのか、必死に翼を動かして体を安定させようとする。


 パタパタ、パタパタ。


 やや安定してきたか?


 ここで振り落とそうとしないだけマシであるが、もしそんなことをしようとした日には、翼を食料にして地竜に転向してもらうのもやぶさかではない。


 体型もふっくらずんぐりとして。


 よく似てきているみたいだしな。



 頑張って飛ぶ割に。


 すぐバテるリオン。



 この分だと来た時よりも時間が掛かりそうで。

 飛行に問題はない……筈だが。

 俺の安全のためには、何度か地上に降りて休息をとる必要はありそうだな。



 ―――進路は南へ。



 王都へ向かって、大空を駆ける。


 今の俺は、まさしく竜騎士さま。

 

 確かによく見れば膨よかだが、遠目からならリオンは美しい竜だ。

 小型ながらに、威圧感を与える容貌。

 時々、意味もなく吼えるのも高得点。


 

 勇ましく咆哮を繰り返し。



 天を飛翔する蒼竜の姿が、そこにはあった。




   ◇




 上空から確認を行ったが。


 王都は、平和そのもので。


 豆粒ほどの大きさでもその賑やかさが伺える大通りを確認し、リオンを発着場に着ける。

 

 そのまま、餌で釣り。

 単純な相棒を檻へ。

 そうこうしているうちに、何故か大急ぎでやってきた調教師に案内されて城内に足を踏み入れる。


 何で、こんなに接待プレイなんだ?


 迷子にでもなると思われているの?



 はなはだ遺憾だ。



 それに、確かに平和な筈なのだが。

 やけに城内が騒がしく、慌ただしく動いているような音がするんだが。


 階段を下りるときも。


 通路を歩いてく時も。


 勤務する者たちでごった返していて。

 だが、特に事件があったようには感じないし、俺が通ろうとすると波が引くので、誰かに聞くわけにもいかない。


 一歩近づけば、一歩下がられ。


 此方が下がると近づいてくる。


 もしかして、暇を持て余しているのだろうか。

 平和なのは大変結構だが、仕事が無いというのならバルガスさんに協力してやってくれ。


 確認したわけではないが。

 あの老体までもが暇を持て余しているなんてことはあり得ない。


 色々と疑問を感じながらも、ようやく俺は謁見の間に足を踏み入れることができた。



 ……………。



 ……………。



「――これにて、報告は終了です」



 そして、ある程度経った現在。


 謁見の間には俺と陛下だけで。


 任務の報告を行う。

 本来であれば、この場には近衛騎士達がいる筈なのだが、陛下が人払いを行ったのだ。


 俺が下された任務は例の調査のみだったが、その他の出来事も事細かく報告することになり。


 伝えたいことは色々あった。


 だが、何よりもあの巨獣だ。


 フィーアの話では、アレがどのように出現したのかは分かっていないとのことだったが。

 また出現する可能性は十分ある。


 ならば、報告しない訳にはいかないだろう。


 玉座にて俺の話に耳を傾けていた陛下は、満足そうに頷いて口を開く。



「ご苦労であった。エルドリッジ――フィーアもようやく肩の荷が下りたことじゃろう」



 彼女の浮かべる表情はまるで。


 子共を見守る母親そのもので。


 やはり、ずっと気に掛けていたのだろう。

 元が何だったかなどは関係なく、魔皇国の民であるからには陛下の庇護対象だから。


 民へ対する深すぎる愛故に。


 彼女も苦しんでいるのだが。


 今の力ではどうすることもできない。

 俺は聡明ではないが、自分に出来ることとできないことの区別くらい出来ると考えている。


 陛下は一つ息を吐くと。


 思考を切り替えたのか。


 先ほど迄とは全く別――どうすべきかと策を巡らせている表情を見せており。



 やがて、言葉を紡ぐ。



「――件の巨獣については、いずれ話すことにする。暫くは発生しないじゃろう」

「……………!」

 


 陛下は、あの怪物について知っている。


 あんな、歪な存在を。


 以前にも見た事があると言うのだろうか。


 俺の興味は、完全にその事に移っていた。

 だか、彼女が後日と言った以上、こちらが問う訳にはいかないと。


 そう悩んでいる内に。


 彼女は咳払いをして。



「さて、報告は終いか?」



 ……いうべき事は終わったな。

 業務報告としてはここまでだ。

 後は個人的に気になっていることと、お墨付きを貰っておきたいこと。



「えぇ、そちらは終了しましたが……。城内で何かあったのですか?」



 葬式とか、爆発とか?


 魔皇国は非常に長命者が多い国家だ。

 故に、誰かが亡くなることは稀であり、葬儀はソコソコ大きく行われる。


 城内勤務の者が亡くなったのなら。


 あの体たらくも納得できるが……。


 俺の推測としては魔導士団あたりがやらかして城の一部を爆破した説が濃厚。


 大穴としてはバルガスさんか。

 メノウさんあたりが過労死したのではないだろうかとも考えている。


 そうなれば、墓穴……もとい。

 空いた穴を埋めるのに多量の時間と労力が掛かることだろう。



 だが、陛下は鼻を鳴らし。



 小馬鹿にするように笑う。



「いや、なに。最上位の魔物共がひしめく禁忌の地へ単身乗り込んだ騎士が、さも当然のように五体満足で戻ってきたからの」

「……………」

「武勇伝が一つ増えて良かったであろう?」



 俺が悪いのか?


 城内が騒がしかったのは。


 全部、俺が悪いってのか?


 偶然通路が魔族だかりで埋まっていたのではなく、俺がいたから集まってきたのか?


 やっぱり暇じゃねえか。


 一応は極秘じゃなかったのか? 

 何で、皆帰還を知ってんだよ。



「関所の上空で特徴的な飛竜が目撃されてな、後は分かるじゃろ?」



 さも当然の権利のように。


 俺の考えを見透かす陛下。


 流石に年の功が凄いが。

 どうやら、図らずも魔皇国の情報網は強固なものであるという証明を行っていたようだ。


 ……だが、守秘義務は。

 ザルもいいところだな。


 平和とは言え、少々気が緩み過ぎでないだろうか。



「聞けば、空から王都を見下ろしていたというではないか。大方、異常が無いかを確かめてたのではないか?」

「その通りですが……問題が?」



 王都の真上を飛竜に乗って飛ぶのは。


 特段珍しいことでもない筈なのだが。

 

 事実、近衛騎士の中でもエリート中のエリート――竜騎士の連中は、各地を飛び回って情報収集を行っているし、王都の上空で旋回していることもある。


 だから、俺は悪くない。


 命令違反とかしてない。


 陛下は「問題ではないがの」と言って、愉快そうな顔を見せる。

 


「既に話題になっておるぞ。流石は魔皇国の守護者だ……と。――暗黒卿だったかの? 大層な二つ名じゃ」

「……勘弁してください」

「正式な物に出来るぞ?」

「どうか、ご容赦ください。マイロード」



 あれだけ噂になれば、そりゃあ陛下の耳にも入るだろう。

 だが、この方にだけは知られたくなかった。

 揶揄からかわれたからと言って、サーガのように牙をむくわけにはいかないし、そんなことをした日には首が物理で飛ぶ。


 決して逆らえない部下を。


 可哀想な俺を虐める事で。


 日々のストレスを解消する……なんてみみっちい魔王なんだ。

 小さいな。戦闘力も女性の象徴もデカいくせに、やることだけが小さいな。



「――フム、反抗的な顔をしておるな。文句があるのなら言ってみれば良いではないか。余なら、その噂をもみ消してやる事も出来るぞ?」



 俺の存在がもみ消されかねないのでパス。


 最早顔を見られるのもダメと。


 深く……ふかくこうべを垂れる。


 報告も終わったことだ。

 早くこの場を辞することにしよう。


 何時までも居ようものなら、俺の心労が留まるところを知らないからな。



「では、私は失礼いたします」

「ご苦労だったの」

「つきましては――」

「うむ、余が許そう。あれらは、引っ張って連れていっても構わん」




 流石陛下、話が分かるぜェ。

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