第18話:既視感

―アルモス視点―




 俺は、フィーアの孤独を破ることに成功した。


 彼女が未だ安定していない事に付け込み。

 厨房の後始末を強奪する事にも成功した。


 一度やってしまえば。


 後はズルズルいく物。


 頑固な彼女でも多少警戒が緩くなるだろうし。

 これからも皿洗いくらいの仕事ははさせてもらうことにしよう。


 今の俺は、完全に。


 ヒモ同然だからな。


 その後は、調子が戻った彼女といつものように読書を楽しみ、意見交換をした。

 これ迄のように笑顔を見せてくれるようになった彼女と触れ合えるのが何より嬉しくて。


 談笑しながら酒が進むのも。


 仕方が無いというものだな。



 ……………で、だ。



 何故、俺がこのような現実逃避をして気を紛らしているかと言うと。 



「――スゥ……スゥ……ん……んん」

「……………」



 デジャヴった。



 可愛らしくも色気のある吐息。


 浮かぶ表情は、まさしく聖女。

 或いは女神と形容すべきだな。

 ……その二つがピッタリには違いないが、どちらかと言えば男を堕落させる悪堕ち聖女だろうか。


 彼女の纏っている極薄の寝間着は。


 情欲を隆起させるのに十分過ぎる。 


 フィーアは一度言った事を素直に守るタイプなので、二度も潜り込んでくるとは思わなかった。どうやら、無防備の何たるかをまるで理解していないようだ。

 

 何とも美味し…もとい。


 危ない話なのだろうか。



「友達同士で、こういう事はしないと思うんだがなぁ……」



 急いで布団から抜け出して。


 ベッドに腰かけながら呟く。


 同性でお泊りと言う事なら、もしかしたらあるかもしれないだろう。

 だが、俺と彼女では性別が違うし、年齢的にも問題ありだ。


 知らないでは通用しないからな。


 おのれ、やはり貴方かセラエノ。


 もしもこの先クロウンス王国に行くような任務が出来たら、肖像画や銅像の前で自慢してやる。

 初代国王らしいし、そのくらいは存在するだろう。

 大好きな親友が男と一緒のベッドに寝ている事実。


 せいぜい脳を破壊されるが良いさ。


 まあ、当のセラエノ王様も。

 フィーアには幸せになって欲しいと考えていた筈だと、俺は勝手に解釈しているので。

 こうして安らかな寝息を立てている彼女を見て雲の上で安心してくれるだろう。



「――友達以上でも良いんですよ?」

 


 そんな邪なことを考えていると。


 優しい声が傍から聞こえてくる。


 どうやら、フィーアは起きていたらしい。

 何時からなのかは分からないが、特に聞かれて困る独り言は言っていない筈だ。


 ふむ。友達以上……ねぇ。


 それって親友の事だよな。


 親友って、そんなに顔を赤らめて。

 媚びるように呼称する関係だっけ。

 もし、そうであると植え付けられたのならば、俺はセラエノ王の墓の前で、暴虐の限りを尽くす自信があるのだが。


 絶対、彼女が全ての元凶だ。


 でも、別に親友くらいなら。


 なったとしても大丈夫だよな。

 俺としても更に距離が近づくのは嬉しい事で、彼女が多くの人と触れ合えるようになるためには必要なことでもある。


 何より、どこかの王様が植え付けた「友達なら当たり前」の行動を見つけて矯正する必要がある。


 だから、そのくらいなら全く問題は―――

 


「アルモス様なら……良いのですよ?」



 うん、絶対親友の事じゃないのは分かった。

 彼女の目は、舞踏会で俺がよく見るものだ。


 トロンとした目でこちらを伺いながら。

 

 掛け布団を持ち上げるフィーア。

 

 そこは、まさしく桃源郷だ。

 正常な脳を持つ男であれば。

 一も二もなく潜り込むだろう。しかも、彼女が横にいると凄く良い匂いがするんだ。



 ……あぁ、もしかしたら。


 彼女は寝起きで少し頭が働いていないんじゃないか? 


 うん、きっとそうだろう。


 そうでないと、色々困る。


 だって、あの聖女様だぞ? 

 こんな妖艶な雰囲気を漂わせて男を誘うような……そんな女性だったら、俺はとっくの昔に堕ちているはずだ。


 一度、時間を落ち着けて。


 仕切り直すことにしよう。



「まだ眠そうだな。俺はもう起きるけど、君はもう少し横になっている?」

「………いえ、私も起きます」



 彼女は残念そうに起き上がる。


 その声も、非常に艶があって。


 これ以上見ていると、何か良からぬことを想像してしまうような気がして。

 俺は視線を逸らすように入り口の方を向きながら壁のシミを数え……ようとしたのだが、恐ろしいほどに掃除が行き届いているので一つもないな。


 今まで使っていなかったのも原因だろう。


 ……後ろの物音が止んで。


 一段落着いたようなので。


 俺は、ゆっくり振り返る。

 敷き布団を整えた彼女は、その足で俺の傍に寄ってきて―――



「ご飯、楽しみにしていてくださいね?」

「………あぁ……はい」



 耳元で囁いて、その足で。


 部屋を後にするフィーア。


 俺はその場で棒立ちしていることしかできなかった。


 もし、もしも今の流れが全部計算ずくだとしたら? 

 俺がとんでもない勘違いをしていて、彼女がただ天然で純粋なだけの女性でなかったとしたら?



 やはり、女性は恐ろしいな。



 世にはびこる女たらし達は。

 これ程の存在と、常にしのぎを削っているというのだろうか。


 サーガ達に対する考えを。


 改めざるを得ないだろう。


 お前らが真の女たらしだ。


 俺は昨日のうちに魔術で洗濯しておいた一張羅を纏い、部屋を出る支度をする。

 そろそろ魔物狩りをして食糧調達をしなければいけない頃合いだな。


 俺もソコソコの量を食べる方だが。

 何せ寝てばかりの竜がよく食べるから、定期的に狩りをしないとすぐに備蓄が無くなる。


 彼ら飛竜種は、確かに。


 旅行の良き友だろうが。


 繁殖の研究はよく考えて実行するべきだろうな。

 下手に増やし過ぎても餌が足りなくなるだろうし、空腹のあまり、魔族を食料と見始めたら大変なことになる。


 さぁ、ようやく一日の始まりだ。


 気合を入れていくとしますかね。




  ◇




「アルモス様は、いつ頃王都に戻られるのですか?」



 その話題が出てきたのは朝食が終わり。

 フィーアと共に都市の外で狩りをしていた時だった。


 今の俺たちはさながらパーティー。

 ヒモ同然な暗黒騎士。

 優しい元聖女さまと。

 後は、遊び人…遊び竜のデブという異色の構成。


 リオンは運動のために。


 歩いて付いて来ている。


 最初は嫌がるとも思ったが、フィーアが誘ったら一発だ。

 恐らく、ニュアンスで相手の言っていることを理解しているのではないだろうか。



「――王都…王都か」



 フィーア自身からその言葉が来るとは思わなかったが。


 彼女の表情は明るく。


 信頼の色が強かった。


 俺のやったことが間違っていなかったかどうか。

 それを確かめるのは、まだこれからだ。

 これから彼女はもっと幸せになれる。

 沢山の友人を作って、笑顔で明日を迎えられるようになる筈だ。


 無論、救い上げるだけやって。

 後は任せたなんて無責任なことをするつもりはない。


 やるなら最後までだ。

 すぐに休もうとする竜を監視しながら、俺は彼女の問いについて考える。



「……そうだな。一週間もしたら、一度戻ろうか」



 もう少しだけ滞在するつもりだ。

 せっかく元通りに話せるようになったのに、すぐに帰るのは勿体ないからな。



「だが、王都でちょちょっと報告を終えたら、友人を誘って…無理やり招集して戻ってくるつもりだよ」

「まぁ……ふふっ」

「俺はすぐに来れるだろうけど、他の連中は時間が掛かるかもしれないな」



 空ではなく、地上を歩いて向かうことになるだろう。


 面倒な関所の問題こそあるが。


 俺と違って皆お偉いさんだし。


 女たらしの亜人族総括様と。

 宮廷魔導士団長様だし。

 職権乱用で押し通るくらいわけないだろう。


 この飛竜、一人用なんだ。

 もしかしたら二人くらいなら乗れるかもしれないが、現在太って鈍重になっているし、まだまだ子供だ。


 成長すれば皆で乗ることもできるだろうが。


 成獣になるには、まだ百年は掛かるらしい。



「では、少しの辛抱ですね」



 なに、すぐ戻れるさ。

 俺は一度やると言ったら曲げない性格だ。



 それに、他にもアレがある。



「いずれは“念話”で離れていても連絡が出来るようになるよ。研究しているのは君のファンだから、お願いすれば更にやる気を出すかもね」

「あぁ! あの魔術ですか! 凄い技術ですよね」



 中世に携帯電話を持ち込むようなもので。


 彼女の反応は当然なのだろう。


 実際に体験させないと信じてくれる者は少ないだろうが。

 大図書館で話しているときに一回見せたからな。


 俺が独り言を言っている痛い奴に見えたかもしれないが。

 フィーアなら説明すれば信じてくれる。


 念話はまだまだ開発段階だが。


 それでも使えないことは無い。


 雑音が酷過ぎて燃費も悪すぎるが。

 いつでも話をすることができるし、便利な魔術であることに違いは無いのだ。

 

 フィーアのためにも。


 完成が急がれるよな。



「そういう事だから心配しなくていい。今は――そら、来た」

「本当に来ましたね」



 本来ならフィーアの纏う瘴気によって。


 こちらを避けて通るであろう魔物たち。


 だが、奴らはある一点を見据えて。

 こちらへと疾駆してきていた。


 この一帯に生息する魔物は大陸でも類を見ない怪物ばかり。

 個体数も少なく、生きるためには出来るだけ自分より弱く、かつ旨そうな獲物を探している。

 


 ………で、だ。

 


 今、この場には丸々として、まだ弱くて、とっても美味しそうな獲物がいる。

 


「ほら、リオン。お前とよろしくしたいらしいぞ?」

「――ガゥゥッ!?」



 今までの鈍重ぶりは何処へやら、回れ右をして前速力で駆け抜けるリオン。


 どうやら、飛竜の癖に。


 空へ逃げる選択肢を忘却したようだ。


 ……んで、逃げた先で。

 反対側からやって来た魔物たちにビビり、此方へと戻ってくる。


 一連を隣で見守っていたフィーアは。

 可笑しそうにくすくすと笑っていて。

 これだけで、リオンを連れてきた価値があるというものだ。



「君は、魔物を狩ることに抵抗はあるか?」

「生きる為には、必要ですね。――対人ならどうにかなるのですが……魔物は刃が通らないのです。私の魔術は戦闘には向きませんので」



 対人ならどうにかなるとか。


 聖女様の口から出るんだな。


 確かに、初手から白兵戦だったし。

 とは言え、俺のような相手ならまだしも、頑強な鱗を持つ魔物は別…剣が命に届かないという訳だ。


 いくら英霊たちの技術を借りていても。

 身体能力そのものは彼女自身に委ねられるから、そういう事もあるのだろう。


 でも、魔物の命を取ること自体は。


 仕方が無いと割り切っているのか。


 彼女が、人間として生きていた時代は。

 人間国家間で戦争が頻発していた頃だ。

 だからこそ彼女の力が求められたし、目を背けたくなるような惨状も目にしてきたことだろう。 


 綺麗事だけでは生きていけないと。

 俺としては、凄く好ましいと思う。

 全ての命を奪うことにためらいを覚えるような博愛主義者なぞより、余程共感できるからな。 



「リオン。フィーアを乗せて飛んでおいてくれ」

「――ギャャ!」

「ここからは俺の出番だ」

「無理はしないでくださいね?」



 心配しなくても食べる分だけさ。


 飛ぶことを忘れた飛竜の背中へ。

 フィーアを座らせた俺は、そのまま空へと飛び立たせ、剣を構える。


 この辺の魔物は、バケモノ揃い。

 殆どが当然の権利のように魔術を行使して来るので、向こうが狙われないようにしないとな。


 デートとしては殺風景すぎる気もするが。

 フィーアにとっての久しぶりの遠出を満喫させるためには彼らは邪魔だ。



 ―――いざ、狩りの時間と行こう。

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