第9話:長期戦は嫌いじゃない

―陸視点―



 

 ……双方に走る緊張。


 僕たちは、ゲオルグさんの弟子じゃないけど。


 今それを言う必要はない。

 それよりも、遥かに重要なのは。


 指名されたのは、僕だという事で。


 視線を留めたまま。

 ガガーランは愉快そうに言葉を紡ぐ。



「ゲオルグ殿。もし彼が勝負に勝てば、子供たちは皆解放しましょう。ですが、負けたら私共を見逃してくれますかね?」

「……………」



 彼は何かを迷っているようだったけど。

 僕の中では。

 既に答えは決まっている。


 弱いままの自分とは決別すると決めているから。

 

 こんな人たちは。

 絶対に許されるものでは無いと理解しているから。



 一歩前に踏み出し、口を開く。



「……僕、やりますよ」


「ははッ、決まりですね!」

「「陸!?」」

「如月君、ダメですッ! 相手は格上ですよ!?」



 止められるのは分かってるけど。

 僕だって、分からない訳じゃない。


 相手の方が強いと。

 しっかり、理解している。


 というより。

 普通なら、絶対勝てないような力量差があると感じている。


 でも、決してやめるつもりはない。

 


「本当に、私に勝てると思っているのかい?」



 僕に向かって。

 挑発するかのような言葉を投げかけてくる用心棒。


 名前は知らないけど。

 聞くつもりもない。


 というか、貴方。

 口調が先生に似ていて紛らわしいんですよ。



「そんなの、やってみなきゃ分からないですよね?」

「……、気を抜くなよ」

「「!!」」


「――ハイッ。絶対に」



 ゲオルグさんが、初めて。

 僕の名前を呼んでくれた。

 

 この人は、僕が戦うことを許してくれた。


 なら、もしかして。

 多少は見込みがあるってことなのかな?



「――では、両者前へ」


「……陸? 無理だと思ったら」

「絶対に、逃げろよ? 捨て身で行く必要なんてねぇんだからな?」

「死なないでくださいね? 私、相談したいことがあるんです」



 皆の言葉に、静かに頷く。


 気になる事が増えたけど。

 首領の言葉通り、前に出る。

 用心棒の武器は腰に下がった長剣で、僕と同じ。


 違うのは、他全ての技量。

 僕が勝っているものは殆どない。



 でも―――勝機がないわけじゃない。



 互いに視線を合わせ。


 僕の動きに習うように剣を鞘から抜いた男は……!?



「――クッッッ! う……ぅ!?」



 間合いが詰まった瞬間。


 紙一重で見切ったはずの剣閃が、肩を浅く斬り裂く。


 まるで、斬撃の効果が遅れてきているかのよう。

 防御した筈なのに、斬られる。


 凄まじいまでの技量…彼我の差。


 でも、この人は。

 明らかに、僕のことを見下していて。

 二撃目も、三撃目も。

 同じようなスレスレの攻撃ばかりで…少しずつ切り取っていくかのような、遊んでいるかのようなものばかりだ。



「攻撃しないのかい? やられてしまうよ?」

「――今は、今は相手の攻撃を勉強する時間なんですよ!」



 そう、時間が必要だ。

 少しでも多く相手の動きを観察し。


 取り零しが無いように記憶する。


 ―――僕の得意な分野だ。



「私の攻撃を見切るようになるのは、君の実力では到底無理だ」

「だからッ、やってみなきゃ分からない!」



 避ける、避ける…避け続ける。


 必死に、一瞬も目を瞑らずに避ける…が。


 また、相手の剣が煌めき。


 身体へ浅い傷が刻まれる。


 確かに、彼の言う通り。

 格下の人間が、格上を相手にして。

 いくら粘ったところで、攻撃を見切るようになるのは不可能だろう。



 ――――通常ふつうなら。



「クッッッ!? ま、だ。まだまだッ!」

「……本当に、攻撃しないで躱しているだけだな。私が少し本気になるだけで終わりだが…まぁ、少しづつ削ってあげよう」


「陸ッ! 攻撃して!」

「「……………」」



 次々に攻撃を繰り出す用心棒。

 防ぎ続ける僕。


 滴る血……斬られた場所が、熱い。

 まるで火達磨の気分だ。

 打ち合いは数十合を優に超え、少しずつ手が痺れ始めるけど。


 そんなことを気にしている暇など。


 一瞬たりともない。

 


 ―――康太の異能があれば、もっと楽だったかな?



「ホラ、ホラッ。そろそろ、失血で目が霞むだろう?」

「…………」

「喋る暇もなし…か?」

「…………」

「S級の弟子は、その程度かい? 随分と、拍子抜けさせるじゃ――」

「――残念。僕たちの先生は、ゲオルグさんじゃありません」

「何? ――なにッ!?」



 彼が驚いたのは、ゲオルグさんの事ではなく。


 僕が、彼の攻撃を…。

 完全に回避し始めるようになったこと。



 本当に、油断しすぎです。



 ―――貴方の攻撃は…もう、僕に当たらない。

 


「フム…。多少、学習したか。だが、それは体ギリギリの場所を斬っているからだ。お前の命に届く箇所なら、絶対に外すことはない」

「さっき言っていたことが外れたからって、負け惜しみですか?」


「………貴様」



 すみません、訂正します。

 やっぱり似てないです。

 先生は、貴方みたいな怒りやすい人じゃないし、何より油断をしない。


 相手に合わせること。


 そして、油断すること。


 この二つは、全く違うものなんだから。



「そう思うなら、当ててみればいいじゃないですか。僕の命に届く箇所とやらに」



 僕は、一度飛び退り。

 自身の心臓が存在するであろう箇所を指す。


 それは、分かりやすい挑発だったけど。

 効果は抜群のようで。


 彼は瞳に怒りを宿し、こちらを見据える。


 ここまでは計算通り。

 後は、大丈夫な筈だ。……多分。



「終わりだッ! ――死ねッ!!」



 彼の放つ殺気が一段上がるけど。

 

 フォームや武器を変えるならまだしも、ただ速さが変わっただけなら。



 ―――全く、問題は無い。



「陸ッ! 危ないッ!」

「避けろ!」

「――如月君!」



 叫び声をあげる康太たち。

 今までにない速度で迫ってくる剣は。


 ……あぁ、速い。


 その刃は容易く人の身体を斬り裂き。

 命を狩り取ることが出来る。


 それらは…当然。


 当たれば、という前置きが付くけど。



「――何ッ!?」



 次瞬、用心棒の顔に驚愕が走る。

 今度の攻撃は当たってたら明らかに致命傷の箇所だったから、浅い場所とは違って外れるはずはないと思っていたのだろう。


 でも、外れた。


 彼の剣は、再び空を斬る。



「おいッ! 何をやっている!?」



 彼は、そのまま次々と攻撃を繰り出すが。


 僕の身体には掠りもしない剣。

 焦る用心棒に奴隷狩りの首領が怒声交じりの声をあげるけど、それで何かが変わるわけもなし。


 むしろ、我を失った攻撃は。

 精細さを欠いていく。


 そして、なにより。


 自分の動きに集中するあまり。

 僕の身体の動きから、どんどん気を遠ざけていく。



「クソがッ! 何故ッ! 俺の攻撃が当たらな――」

「そこだぁぁぁあッ!!」


「――……!?」



 彼の顔に広がる表情が指すのは。

 驚愕…そして、痛み。

 一瞬の隙を狙った僕の攻撃は、正確に彼の胸を捉え。


 容赦なく五体を抉る。


 斬るのではなく、突き刺す。

 相手を完全に殺すための攻撃。


 だが、しかし。

 僕は油断なく剣を斬り上げて止めを与え。


 彼は、血飛沫をあげて倒れる。



「ヵ、ハ……ァ。…な、なぜ…おれ…なん、で……?」

「貴方が僕のことを完全に嘗めていたからです。もし最初から殺すつもりだったのなら、十秒もしないうちに殺されていました」

「………ぁ…ぁぁ」


「基本すら忘れた貴方は、冒険者失格です」



 小さく息を漏らし。

 動かなくなる用心棒。


 結局、名前をその口から聞くことはなかったな。


 本当に、そうだ。

 僕が勝てるような相手じゃなかった。

 油断以外に彼が犯した過ちがあるとするならば、僕が勇者だと知らなかったことだろう。


 彼が僕の異能を知っていれば。


 間違いなく、短期決戦にしていただろうし。


 ……とはいえ。

 僕自身、これが異能の力であると確信を得たのは。


 ここまでに潜った戦いの中だったけど。



「――やった? …やったッ! やったぜッ! 流石親友ッ!」

「凄い! 凄いッ!」

「本当に、格好良かったです、如月君!」


「……成程。これが、勇者の異能ってやつか」



 声援をあげる皆に囲まれ。

 口々に祝福を受ける。

 人を殺して褒められるのは全く良いことじゃないのだろうけど、今だけは許してほしい。


 これは、第一歩だから。


 本当に人を殺すという事と向き合うための。


 ……でも。

 やっぱり、ゲオルグさんは気づいたようだ。



「バカなッ!? 餓鬼に負けやがって! おい、お前らッ! 餓鬼どもを――」


「おせぇよ、雑魚が」

「「……!」」

「―――――は? ……え?」



 僕たちの喜びもつかの間。

 子供たちに何かしようとしていた首領。


 しかし、その声の先が発せられる前に。


 控えていた子分たちが、完全に沈黙する。

 ゲオルグさんが、全員を。


 

 一瞬で斬り裂いたんだ。



 しかも、その動きは。

 今まで見てきた彼の動きの数倍も早く、静かで。


 もしかして、今までずっと加減を?

 最初からこうすることも?


 先ほどの迷いも。

 危機感を持ってたわけじゃなく。

 ただ、僕に戦闘の経験を積ませるかどうかを迷っていただけとか?



 ……格が違い過ぎる、最上位。



 なんて、思っていると。

 意識が別の事に奪われる。



「ぁ…ぁ…ぁぁ…うぅぅ――」



 ………う?


 子供たちが。


 小さく、声をあげ始め。



「「ぅ…う…わ~~んっ!!」」

「……あの、ゲオルグさん。泣かせちゃダメじゃないですか」


「は? 俺が悪いのか? ――おいッ! 全員でジト目してんじゃねぇよッ!」



 解放された安心からなのだろう。

 一斉に泣き始める子供たち。

 あと、急に怖いおじさんが目の前に現れたら。


 誰だって恐怖するだろうし。


 そう言われても、しょうがないですよね。


 さて……と。

 この人…いや。このクズをどうしようか。



「……ェ? ――ヒィィッ!?」



 最初に受けた印象の通り。


 まるで威厳を感じない。

 間違いはないんだろうけど、本当にこの人が首領なのかな?


 影武者とかじゃない?



「もう、逃げられません」

「あたしたち、これまでにないくらい怒ってるからね?」

「大人しくするんだ」


「貴方は、泣いても絶対に許しませんよ?」



 逃げようとした首領を。

 そのまま、壁側に追い詰めていく僕たち。

 油断を誘うためかもしれないが、本当に彼には戦闘能力がないのかもしれない。この期に及んで、涙まで流しそうなくらいに怯えているし。


 まあ、西園寺さんの言う通り。


 許すつもりは、欠片も存在しないけど。



「ひィィ………ㇷㇷ…」






「バカがッッ! ここから逃げ――ホゲェッ!?」



 本当に油断を誘っていたらしい。

 壁際に追い込んだと思ったのだが、彼は壁にあったらしい抜け穴を開放し。


 そのまま逃げようとした。



 しかし、しかしだ。



 突然、抜け穴の向こうから。

 伸びてきた剣の柄。


 強烈な一撃が放たれ。


 首領は、床にキスをすることになった。



「……と、変質者撃破。――やぁ、皆。首尾はどうかな?」

「「先生ッ!」」

「――あ、リクお兄さん!?」


「おい。おせぇぞ、ナクラッ!」



 壁の穴から出てきたのは。

 先生とコーディ。

 成程…。やはり、建物と洞窟はつながっていたらしい。

 

 しかし、子供たちはこちらにいたし。

 奴隷狩りの首領も同じだ。

 

 今の今まで、彼は何をしていたのだろうか。



 ―――こんなに美味しい所で現れて。



「先生? 今まで何やってたんすか?」

「あぁ、それはね……ん? ――リク、酷いケガだ。とりあえず回復薬を」

「「あ!」」

「……すみません、ありがとうございます」



 アドレナリンが出ていると。

 本当に、痛みって感じにくくなるよね。

 体が熱い気はしていたけど。よくよく見てみると、僕の身体は自分から流れ出た血で真っ赤な状態だった。


 失血死してないのが不思議なくらいに。



「おいッ! 死なねえよな!?」

「陸! 大丈夫ッ!?」

「――先生?」

「あぁ、大丈夫だ。陸の身体は、これくらいの出血なら問題ない。流石に、少し体がだるく感じるかもしれないけど」



 うん、ずっと気を張りながら戦っていたからかもしれないけど。

 身体が凄く怠いんだ。


 …‥気を抜いたら。


 その場で倒れそうな程に。



「おう、ナクラ。早ェとこ餓鬼ども連れてずらかるぞ。こういう部屋は何があるかわからねぇ」

「そうだな、それがいい」

「……ぁ。有り難うございます、先生」



 何時までそこで会話しているのかと思ったけど。


 ようやく彼は穴から抜け。

 コーディを、ゆっくりおろす。



「――ゲオルグ。子供はここにいる子たちで全員かい?」

「あぁ、多分な。調べてみたが、この辺に生きてる人間の気配はない」



 先生の質問に、すぐ回答するゲオルグさん。


 何故そんなことが分かるのだろう。



「どうしてわかるんですか?」

「俺は、普通に人間じゃねえからな」

「「え?」」



 どういうことだろう? 

 確かに、彼は強すぎて普通の人間ではないかもしれない。


 でも、同じくらい強いであろう先生が聞いてるし。


 そういう意味じゃないよね。



「――コーちゃん! 生きてた!」

「みんな! 良かった!」


「「うわ~~んッ! よがっだ!!」」



 再会を喜ぶ子どもたちは、まだ泣いているけど。


 皆、一様に顔は嬉しそうで。

 本当に助けられて良かった。


 僕たちが準備する傍ら。


 先生は、子供たち一人一人の身体に異常がないかを確認し……ながら撫でていて。



 ―――やっぱり、子供好きなんですね。



「……十八人か。多いが、乗らないほどじゃないな。出来るだけ大きい馬車で来てよかったよ。これなら、私たちが歩けばどうにかなる」


「おい。何で餓鬼のために――」


「お前は御者だから歩かなくていいよ」


「……んで、こいつはどうすんだ?」

が首領なんだね? ――持って帰るしかないだろう。そのままギルド本部に護送すればいいしな。皆、話は後で聞くとして、安全な場所で休息をとることにしようか」


「「ハイ!」」



 まだ、疑問点はいくつかあるけど。


 後回しで良いものばかり。

 奴隷狩り拠点の制圧は、完全に終わりだ。


 依頼は勿論達成。


 結果として大所帯となった僕たちは。

 警戒しながらも、来た道を引き返すことにした。



 ―――もしかして。



 今日は、奴隷狩りの拠点で一夜明かすんですか?

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