第10話:漂白の歴史と僕の異能
―陸視点―
「そろそろ、着くんじゃないです?」
「うん。魔物が出てくるような地帯は抜けたし、あまり掛からないだろうね」
奴隷狩りの拠点で一夜を明かし。
無事に森を抜けた僕たち。
子供たちを乗せた馬車が進み。
残りは、歩いてアレフベートへと向かっていた。
「――さて。私も疑問点はあるが、リクたちも気になることがあるだろう? どちらからにしたものか」
「どうですか…?」
「はーい! あたし、ゲオルグさんの人間じゃない発言が凄く気になります!」
「あ、確かにそれは」
「気になるな。……スゲェ」
春香…というより、僕たちの疑問。
それは、先生に問われた時。
ゲオルグさんが、何故他に子供がいないことが分かったのか…ということで。
全員が気になる疑問だろう。
勿論、ただゲオルグさんがおかしいだけって説もある。
今回の件で、その実力を嫌という程知れたから。
「あぁ、そうだろうね。――ゲオルグ?」
「……まぁ、良いだろう。率直に言うと、俺は
「「りゅうじん?」」
「それは、人の方ですよね?」
「その竜人で間違いない。前から何度か言っていると思うけど、この世界には様々な種族が存在している。竜人は、亜人という種別に分類される中でも特に数が少なく、強力な種族だ」
「……竜ですからね」
亜人については知っている。
何度か聞いたことがあったから。
でも、まさかゲオルグさんがそうだったとは。
……しかし、彼は。
見かけ自体は、普通に人間そのものだ。
耳とかの特徴も。
僕たちと変わりない。
―――まぁ、顔に刻まれた無数の古傷以外は。
「亜人には、ゴブリンとかオーガも含まれるんでしたよね?」
「広義的にはね。魔物として狩られる彼らの中にも、コミュニケーションが可能な個体はいるし、そういう者たちは普通に何処かの国で暮らしている場合もある」
「竜人はどんな種族なんです?」
「やっぱり、竜と人間のハーフ…とか?」
「うーん。基本的に、竜と人間が交わることはないね」
「「え?」」
「……はれ?」
先生、健忘症ですか?
20代って言ってたのに。
もうボケてしまったんだろうか。
それじゃあ、どうやって竜人が生まれるのか全く分からない。
「おい、重要なところで止めんな。こいつらが混乱してんだろうが」
「…………」
御者席から僕たちに視線を送りながら。
声をかけるゲオルグさん。
その膝の上では。
コーディが、無言で僕に救援の視線を送っているように見え……うん。
何も見ていない。
勇者にも出来ないことはあるんだ。
「はははッ。ゴメン、皆。――竜人っていうのはね? 遥か昔に滅びた文明で作られた種族なんだ。分かりやすく言うと、竜の遺伝子を埋め込んだ強化人間ってところかな?」
「はるか昔に……?」
「「滅びた文明」」
「強化、人間…ですか?」
先生の口から飛び出したのは。
ファンタジーというより、SFチックな言葉だった。
遺伝子操作なんて…。
一般の高校生からすれば、意味の分からない技術で。
精々、品種改良が関の山だろう。
衝撃を受ける僕たちの反応を観察しながら、先生は頷く。
「現在では漂白前の世界って呼ばれている時代の文明でね。異界からの勇者を大量に召喚しようとしたことで、地球の神と六大神の怒りを買って滅ぼされたと言われている。カボード遺跡とかあそこにあった照明器具とか…あと、何度か見た
勇者を大量召喚…?
というか。
神の怒りって。
だから、勇者召喚は100年に一度と決められたんだ。
「じゃあ、竜人は――」
「対抗しようとした他国の研究成果と言われているね。服の上から見た感じは人間と変わらないけど、体にちょっと鱗があったり、怪力だったり五感があり得ないほど優れていたりする」
「どうやって、そんなに…?」
「色々さ。…非人道的な事もあったろう。だが、人間なんて、何時の時代もそんなものだろう? ゲオルグは、そんな竜人の子孫なんだ」
……結構、重めの話だった。
ファンタジー的な話。
竜と人間の恋ではなく。
無理やり混ぜ合わせた結果だったんだ。
それを話す先生の言葉には…。
彼の半生で見てきた何かへの含蓄と、確かな怒りが感じられて。
いつか、先生の話も。
冒険の話も、聞かせてもらえるのかな。
「…亜人に会ったのは、ゲオルグさんが初めてですね」
「おう、そうだ――」
「……は? ――まさか。お前ら、気づいてないのか?」
「「へ?」」
「……あの、ゲオルグさん」
不意に割り込まれたけど。
変な事を言ったかな。
……確か、教国にいた頃。
先生が、もう皆は会ったことがあるって言っていたけど。
それに関しては結局分からなかったし。
その後に初めて会ったゲオルグさんが言っているのは…また、別件だよね。
―――本当に心当たりがない。
様子からして。
それは、他の皆も同じようで。
……いや、違う。
西園寺さんだけは何かを知っているのか。
止めようとしている気がする。
「ゲオルグさん。それって……?」
「本当に気付いてなかったか。――おい。それ、見せてやっても良いんじゃねえか?」
「………ひゃい」
「あの、良く分かりませんけど。コーディを怖がらせないでください」
「――おい、師匠のバカが移ってんぞ」
「……そんなに親バカかな? 私」
呆れた様子のゲオルグさんが声を掛けたのは。
膝の上にいるコーディで。
どう見ても怖がっている。
恐怖が勝ったからか。
逃れるためなのか。
彼は、ゲオルグさんに促されるまま。
ずっと被っていた帽子を―――へ?
「「――あ!?」」
「無理やりは…あぁ。駄目でしたか」
「ゴメンなさい、ミオお姉さん。……どう、ですか? リクお兄さん」
「――わぁッ! 凄く可愛い!」
帽子を脱いだコーディの頭。
髪の間には。
可愛らしい猫耳が二つ
……確かに、存在していた。
「……! ありがとう…ございます」
「可愛いよッ! コーディちゃん」
「そういう…事だったのかよ。――撫でたい」
彼は、不安そうに僕に尋ねてきたけど。
こんなの。
可愛がらずにはいられない。
僕は、犬も猫も大好きなんだ。
皆に褒められたコーディは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「……はれ? 美緒ちゃん知ってたの? あっ! あと先生も!」
「私は一緒に行動していたからね」
「「そう言えば」」
「それに、だ。森林から都市まで走れる体力の子供なんて、そう居るものじゃない。その点、亜人は体力に優れている種が多いからね」
「私は、宿に連れて行った後に。お風呂に入りましたからね」
「――あと、如月君と桐島君? コーディちゃんは、
……………なんて?
ちょっと、聞こえなかった。
というか…え?
僕は康太と顔を見合わせ。
その言葉の意味を咀嚼する。
「「……は? ――はぁぁぁッ!?」」
「リクお兄さん、やっぱり気づいてなかったんですね…。やっぱり胸なんですか? 美緒お姉さん」
「コーディちゃんは幼いですから。成長の余地はありますよ」
「……ねェ、美緒ちゃん。私にも言って?」
「ノーコメントで」
「なぁ…陸?」
「………いや。聞かないで」
何で気づかなかったんだろう。
そういえば、そうだ。
コーディをお風呂に連れて行ったのは西園寺さんだった。
最初は、コーディが慣れていた僕が入れようとしたけど。
何故か、彼女が俊足で確保してて。
コーディ自身もそっちの方がいいと言ってたから…。
帽子の下を見る機会がなかったんだ。
―――でも、康太も春香も気づいてなかったし。
僕だけが悪いわけじゃない。
だから、そんな目で見ないで?
西園寺さん、コーディ。
「ハハハハハッ! 傑作だッ!」
「まぁ…ゲオルグ、笑い過ぎだ。危なかったね、二人とも。危うく、無理やり女の子と風呂に入ろうとする変態と、耳を撫でようとする変態が誕生するところだった」
「「…………」」
「無理やり連れまわす変態は居ましたよね?」
「――おっと、藪蛇だったか。ハルカも口が達者だね」
先生にロリコン呼ばわりされ。
僕と康太は黙るしかない。
でも、コーディは中性的な顔だったし…やっぱりさ?
僕たちは悪くない気がしなくもなくもな…。
―――ごめんなさい。
「で、話は変わるんだけど…リク。君は、上位冒険者相手に一騎打ちをしたんだって?」
「…………ぁ」
「ハイッ! 凄くカッコよかったです!」
「あぁ。マジで痺れたぜ」
「とても鮮やかでした」
「――ぼく……異能を使ったんです」
「「え!?」」
「…そうか。――聞かせてもらっても良いかな?」
「勇者の異能、俺も興味がある」
そう、奴隷狩りたちと戦っている間に。
僕は、その存在に気付いた。
恐らくは、人型の敵と戦っている時が一番分かりやすかったのだろう。これまでにも何度か違和感があったけど、今回の件で確信に至った。
視線が集中しているのが分かる。
今が、話す時だ。
「僕の異能は、恐らく…相手の動きを完全に分析して見切る能力です」
「……成程、良く気付いたね。言わば、100年前の勇者の異能の戦闘型…といったところか。とても強力な異能だ」
「勿論、分析には時間がかかりますし…」
相手が格上過ぎれば。
武器や戦闘スタイルが急に変われば。
その時点で。
今までの分析は全くの無駄になる。
―――つまり、相手が知らないほうが良い。
初見殺しと言えるもの。
「だから、いきなり攻撃を完全に避けられるようになったんだ!」
「うん。記憶力は良い方だったから」
「俺だったらパンクするな。完全に、陸向けの異能だ」
「えぇ。本当に、凄いと思います」
本当は、大っぴらに言わないほうが良い能力だろう。
でも、ここにいる人たちは。
彼等の中に、信頼できない人は居ない。
……ちょっとだけ。
ゲオルグさんが心配だけど。
「――例えば、複数人の動きを同時に分析することは出来るのかな?」
「どうでしょう。気付いたばかりですから」
「なら、そこも含めてこれからの訓練に生かそうか」
「……はいッ!」
「あーあ。あたし以外、みんな異能が分かったのか」
「……春香ちゃん」
「ま、大丈夫だろ」
「その通り。まだまだ、焦る必要はないよ。ハルカの魔術はとても筋がいいからね」
僕が敵の動きの分析。
康太が筋肉疲労の超回復。
西園寺さんが自身の動きの完全再現。
どれも派手な異能では無いけど。
極めて強力なもので。
恐らく、春香も強力な異能を持っている可能性が高い。
それは、果たして。
どんなタイプの能力なのかな。
「今回の一件は、相手が完全に油断していたからどうにかなりました。――先生。引き続き、訓練お願いできますか?」
もしも、あの決闘を踏まえた上で。
もう一度戦えと言われたら。
僕は、間違いなく僕は負ける。
でも、それじゃダメなんだ。
皆を守ると決めたのだから。
まだまだ足りない。今よりも…もっと強く、強くならないと。
僕の言葉を聞いて、先生は頷く。
「ゲオルグと行動させたのは正解だったよ。リクは想像してなかった程の成果を上げたし、コウタは彼の技術を間近で見て学習した。ミオとハルカは、複数の人間を相手取る恐怖を乗り越えてさらに技能を磨いたし…ね。皆、本当にお疲れ様」
……労いの言葉が胸に沁みる。
本当に、この人は。
僕たちを一人前に育ててくれるつもりだと理解できるから。
先生が一緒にいてくれるなら。
すぐにでも強くなれる気さえして。
そんな事を考えていると。
先生が、「でも」と付け加えて僕に視線をやる。
「――リク。今回のような例は、傍に任せられる本当の強者がいてくれたから私も安心できた。あまり無理はしないで、仲間に頼ることも考えるんだ」
「……ハイッ!」
うん、その通りだ。
僕一人で出来ることなんて、高が知れてるから。
やっぱり皆がいなくちゃ。
康太たち三人と、顔を見合わせて頷き合う。
「よっしゃッ! まだまだ先は長いな」
「新しい魔術も覚えたい!」
「もっと、自分の動きを見つめ直す必要がありますね」
僕たちは、確かに成長している。
でも、まだまだ強い人たちは沢山…。
―――幾らでもいるんだ。
これからも、油断することなく。
精進していかなくちゃ。
……と、格言みたいに纏めてみることにしよう。
「ゲオルグ。実際、相手の冒険者はどれ程だったんだ?」
「――ん? ……B級下位が関の山だな。もしかしたら、C級にも負けるかもしれん。長らく死線から遠ざかってたんだろうぜ」
……なんか。
とんでもない言葉が聞こえたような。
「――あれで下位なんですかッ!?」
「まぁ、そんくらいの領域だな。上位とはいえ、人間の耐久力には限界がある。B級の魔物も同じだとは思わないほうが良いぞ」
「……うそーん」
「本格的に修行しなくちゃいけない気がしてきましたね」
「そうだなぁ。……あ。馬車の中に転がしてる首領は起きないんすか?」
「大丈夫。絶対起きないような薬を飲ませてるし、仮に起きたとしても動けないし喋れない」
「「うわぁ」」
「まあ、それくらいが妥当だろうな」
大丈夫ですか?
それって、二度と起きないとか。
そっち系の劇薬じゃないですよね?
先生は、普段から沢山の薬を持ち歩いているみたいだし。
無いとは言い切れない。
「ホラ、そろそろ目的地ですぜ? お客さん方」
「耕作地が見えてきましたね」
「やっとこさ休めるねー」
「子供たちはどうするんですか?」
「取り敢えず、何処かの院に保護してもらって、私たちがこの街から離れる頃に、コイツに大陸ギルドの本部まで連れて行ってもらうさ。――首領と一緒にね」
「……ゲオルグさん、ちゃんと依頼するんですね」
「まあ、仕事だしな」
「さすがS級っすね」
「おう、そうだ……煽ってんのか? コウタ」
何という組み合わせ。
康太とゲオルグさんの方もそうだけど。
奴隷狩りの首領と。
子供たちを一緒に?
ゲオルグさんが、馬車で護送するという絵面が普通に面白い……フフッ。
脇を見れば。
皆も、笑いを噛み殺していて。
「おい! なんで揃って笑ってんだよ!? 何がおかしいんだッ!?」
「「ハハハハッ!」」
「何でもありませんよ? …フフッ」
「クス……ップ」
「――戻ったら覚えてろよ?」
街に戻ってギルドに報告すれば。
今回の依頼は終了だ。
少しくらい、ゆっくりしても罰は当たらないよね。
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