第8話:既視感というよりテンプレ


―陸視点―




「あの……どんどん下ってません?」

「明らかに、あの建物に繋がってる感じじゃないよな」



 (主にゲオルグさんが)敵を次々に返り討ちにしながら。


 僕たちは、急ぎ進んでいく。


 タコ部屋のような寝室。

 衛生的とは言えないような厨房。

 これまで通ってきたのは、山賊よりは幾分かマシ…といった感じの空間だ。


 彼らの衛生観はともかく。


 確かに、ここなら。

 長期の潜伏活動を行うことが出来るのだろう。


 でも、未だに外から見た建物に通じる気配はない。


 それどころか。

 階段があればどれも下りのみで、窓のようなものなども見受けられない。

 やはり、最下層でつながっているのか。



 それとも、どちらかが囮なのか……。



「奇襲も全く意味ありませんし、そろそろ降伏してくれませんかねー?」



 春香の言うことに僕も同意したくなるものの。

 これは、創作ではなく現実だ。

 本当の犯罪者たちが、ハイ分かりました…なんて諦めてくれるはずもない。捕まれば、待っているのは裁きのみなんだから。



「春香、漫画じゃないんだから」

「諦めるわけねェよなぁ…」

「ええ、そうですね。――それに、こちらも。そのまま帰るつもりはありません」



 普段は誰よりも冷静な西園寺さんがそんなことを言う。

 やはり、彼女も憤りは同じなのだろう。


 ……いや、むしろ。

 僕たちの中で一番怒りを感じているのが彼女かもと思うほど、鋭い視線を道の先に送る。



「西園寺さんは、正義感強いよね」

「そう…ですかね……?」


 でも、僕の言葉に答える彼女は。

 少し歯切れが悪かった。

 彼女も色々と抱えているものがあるのかもしれない。友達として、少しでも相談に乗ってあげられればいいんだけどな。


 僕たちは、お互いに知らないことが多い。

 それを知ることも。

 時には、聞き出すことも。

 共に戦っていくうえで…これから歩んでいくうえでは必要なのかな。



 ……考えながら進んでいくと。



「ところで、マンガってなんだ?」

「あぁ、それはですね――」



 さっきの康太の発言に。

 疑問を持ったゲオルグさんが、問いかけてくる。


 やっぱり、どこかで齟齬があるよね。

 この世界に漫画に似たものがあるのなら自動的に翻訳される筈だけど。


 同じような物が無い場合はそのままとか?


 絵本とかはあるのに。


 ―――これがフィネアスさんの言っていた、戦う以外の方法のヒントなのだろうか?

 確かに、こうやって探す手もあるのかもしれない。

 でも、僕たちはもう先生の弟子だ。


 漫画家に弟子入りしたいわけじゃないしね。



「……てな感じで、絵本とはちょっと違う感じですね」

「ほーん。娯楽が多くていいな」



 いや、でもさ。


 ゲオルグさんが渋谷の大通りを歩いている予想をすると。

 恐怖しか感じない。

 肩が当たっただけで吹き飛ばされそうだな。


 本当に、地球では異世界召喚が出来なくて良かった。



「日本に行ったら、もう戻れなくなりますよ?」

「……そんなもんかね。――まあ、強い奴がいないだろうし、行けても行かないな。楽しみな連中もいるし」


「そういえばギルドの一番偉い人に恋してるんですよね? そんなに綺麗な人なんですか?」


「おい、何で知ってんだよ」

「…認めてるし。調査してた時に、先生が口を滑らせてました」



 それは、彼に会った日。

 僕たちは奴隷狩りについての知識と、調査を少しだけ行ったけど。


 ゲオルグさんの威圧に当てられ。

 気分が悪くなっていた僕たちに、彼が教え……口を滑らせてくれたのだ。


 ハルカの言う通り。


 すっごく滑らせてた。

 なめらかに滑らせてた。


 何度も滑らせてた。


 …その事を尋ねられた彼は。

 思いがけず、苦虫を噛み潰したように背を向ける。



「……聞くな」

「先生も恋人がいるって前に言ってたけど、教えてくれないんですよ。何か知りませんか?」

「いや、そんな話聞いたことねえな」

かな?」

「もしかしたら、見栄を張りたかったのかもしれませんね」



 失礼なことを話しながらも。

 皆で先へと進んでいく。

 なんかもう、普通にゲオルグさんと親しげに話してるけど、どうして恋の話になってしまったんだろうか。

 ギルド総長の話も興味あるけど。


 先生の恋人の話も捨てがたい。



 ―――ここ、敵の本拠地だよね?



 訝しみながらも階段を下りていくと。

 ……これは、先程までよりも。


 複雑な配色で、豪華な敷物。

 目に入る調度品も質が良く。


 明らかに雰囲気の異なった空間に到着する。


 それは、さながら。

 RPGのボス部屋のようなもので……うん。


「――ゲオルグさん?」

「いや、ここまであからさまなのも珍しいな」

「そうなんですか?」

「あぁ。……で、だ。出迎えご苦労様とでも言えば良いか?」


「「――――!?」」



 立ち止まったゲオルグさんが。

 誰かに声を投げかける。


 僕たちは、まるで気づけなかったのに…。


 本当に彼は凄い人なんだよね。

 

 陰から現れたのは、冒険者らしき軽装を纏った男性。

 身長は高く。

 その眼光は鋭い。


 雰囲気で、明らかに強者と分かる人物だ。



「ようこそ……と言えばいいのかな、【竜喰い】ゲオルグ。お友達も一緒ですか?」

「見ねえ奴だな。A級以下の雑魚だろ?」



 ゲオルグさん……?

 上位冒険者が雑魚に感じるのはあなた達くらいなものです。


 僕たちからすれば。


 この目の前にいる人は、ラスボス級の強敵なんですが。



「はははッ、これは手厳しい。確かに私は元B級冒険者だが、用心棒をするくらいには自信があるんですよ?」

「――なら。…俺に殺されても文句はねェな?」



 その瞬間。

 ゾッとするような威圧を纏うゲオルグさん。


 それを正面から受けた彼は。

 確かに最上の警戒をしているようだが、狼狽えた様子はない。


 やはり。


 僕たちと実力に大きな差があるのは間違いないだろう。



 そして、さっきの用心棒という言葉。

 恐らくは、この男が。


 ―――拠点で一番強い敵なのだろう。


 ゲオルグさんの言葉を受けた彼は。

 首を振って、先を示す。



「いえ、私も命は惜しいですから。ここのボスのところまで案内しますよ」

「…あの、罠の可能性は?」

「もしそうだとしても。俺が、ぶち壊す」



 頼もしいセリフを言ってくれる最上位冒険者。

 でも、凄いな。


 あの人ほどのオーラでB級なのか。


 ゲオルグさんを前に、あの余裕

 罠ではなくとも。

 何かあると考えておいた方が良いだろう。


 歩き出す冒険者の後へ続き。

 僕たちは、さらに奥へ向かって通路を歩いていく。


 やがて、たどり着いたのは。

 先ほどまでの不衛生な生活空間とは一線を画すようなひと際豪奢な部屋で。


 その先には。


 高そうな椅子に座った男がいる。



 ―――何というテンプレ。



 もしかして。

 ここは、ゲームの世界なのだろうか。


 かつての勇者たちが面白半分で変な知識を伝えた可能性もある。



「……もう少し、捻りを加えて欲しいですね」

「美緒ちゃん辛辣だね」

「まあ、安直だしな。第二形態とかありそうだ」


「お前ら、余裕だな。――で? 客を出迎えたんなら名乗ったらどうだ?」



 案内を終えた冒険者を傍らに控えさせながら。

 ふんぞり返る男。

 太っているわけでも禿げているわけでもないけど。


 顔が悪そうなこと以外。

 特筆すべき点がない。


 というか、あまり強そうじゃない。



「――いやぁ。ようこそ、【竜喰い】ゲオルグ殿。お噂はかねがね。私はガガーラン、ここの経営を行っています。」



 ……強そうではないけど。


 絶対に悪だってことは分かった。


 無理やり子供たちを攫ってきて。

 凄惨なことをする拠点。

 そんなふざけた場所を、なんて言葉で表現するような奴は、腐っている以外にないだろう。



「はッ! 何時から奴隷狩りは職業になったんだ? 俺は今、虫の居所が悪ィんだよ。お前を殺すことは、決定してる」

「……ほう。では、これでも同じとが言えますかな?」


「「――な!?」」



 何というテンプレの組み合わせ。

 首領…ガガーランが隠れていた子分に合図をすると。


 後方の部屋から。


 次々に子供たちが現れた。


 彼等には首輪が嵌り。

 一様に怯えた顔で…泣いている子もいる。

 それでも大きなをあげようとしないのは、それだけ酷い目に遭ったことを察するのに十分だ。


 本当に、コイツ等は…。



「……あなた達は、命を何だと思っているのですか?」

「子どもたちを解放しなさい!」


「――ほう。中々に可愛い冒険者だな。こんな時でなければ、存分に可愛がってやったのだが…さて、ゲオルグ殿。あなた達を彼に案内してもらったのは他でもありません。ここで一つ、私どもと賭けでもしませんか?」



 西園寺さんと春香に。


 好色な視線を向ける男。


 これまでとは別の意味で吐き気がする。

 本当に、人間の欲を詰め合わせたようなクズ人間だ。



 そして―――賭け。



 何を言うつもりだろう。

 子供たちと引き換えに命を助けてくれ……とかだと一番いいんだけど。

 明らかにそんな雰囲気ではないようだ。


 ゲオルグさんがいるし。

 戦力は、明らかにこちらが上。

 

 この期に及んで、いったい何を言うつもりなのだろうか。



「まあ、聞くだけ聞いてやるよ」

「――ええ。あなた達は、子供を殺されるのが怖くて動けない。私たちは、ゲオルグ殿が怖くて動けない。ならば、いっそ決闘でもいかがですか? この私の用心棒と…そこの、貴方のお弟子さんで」


「…成程、結構な取引だ。お前、この仕事向いてねぇんじゃねえか?」



 あからさまに不公平。


 取引ですらない。


 余程、側近に自身があるんだろう。

 余裕の表情浮かべている首領。


 そして……。

 


 ―――彼が視線を向けているのは、だった。

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