第12話:本当の勇気

―陸視点―




「眠れないのかい? リク」


「………先生」



 宵が更けても眠れず。

 宿の廊下に備え付けられた椅子に腰かけ。


 僕が、これまでの事を考えていると。


 何時の間にか、先生がそこにいた。


 部屋を出たのは無意識だったけど。

 もしかしたら、僕は誰かに声をかけてほしかったのかもしれない。彼の顔を見ると、何故だかほっとすることができて。


 先生は、そのまま隣に腰かけ。



 何を問うでもなく口を開いた。



「無理ないさ。まだ、この世界に来てから一週間ほどしか経ってない。悩むことだってあるだろう。――特に、夜は一気に押し寄せてくるだろう? そういうのに気づいてあげるのが、私の役割でもあるから」

「………やっぱり、鋭いですね」



 先生の言う通り。

 皆と一緒にいるときはいいのだけど、夜一人で寝るときに恐怖が襲ってくる。


 要因は色々あるのだろう。


 ……でも。


 やっぱり、一番大きい理由は。




「――僕は。ぼくは、戦うのが怖いです」




 そう、怖いのだ。


 訓練ならばまだ良い。

 何の心配もしなくて良い。

 色々なことを分析したり、学習したりしながら覚えていく楽しさがあるから。


 でも、本当の戦いになった途端。

 敵を斬り裂くあの感触を味わったとたんに。



 全てが、真っ白になるのだ。



 恐怖、驚き、怯え、罪悪感…。

 色々なものがグチャグチャになって、足が竦んでしまう。


 冷静ではいられなくなる。


 そして何れは必ず。

 この欠点は、足元をすくうだろう。

 もしかしたら、僕のせいで皆が危うくなる事だって…。



「――やはり、か。優しいんだね? リクは」



 間違いのない弱音。

 しかし、僕の言葉に。

 彼は、相変わらずいつもと変わらぬ優しい声で答える。


 でも。優しい…か。


 本当に、そうなのだろうか? 

 ただ中途半端なだけなのではないだろうか。



 混乱した頭では考えられないから。



 抱えていたモノ全てを吐き出す。



「いえ。僕は、ただ怖いだけなんだと思います」

「それでも、だよ。君はゴブリンを倒した時も詫びを入れていただろう? オーガを倒した時だって、どこか悲痛な顔をしていた」


「………それは」



 本当に彼は僕たちのことをよく見ている。

 まるで、本当の教師みたいに。

 いや。今時そんな熱血みたいな先生は居ないし、もしかしたら本物以上かも…。



 ……あぁ、そうだ。



 この人は。

 僕たち以上に、訳も分からないままこの世界に連れてこられたんだっけ。


 仲間も居らず、一人で。


 説明も無くて。

 頼れる人物なんていなくて。


 この人の強さは、生きるためにそうならざるを得なかった…ってことなのかな? 

 どうしたらそんな風になれるのか。


 僕は答えを欲して尋ねる。



「…先生は。この世界に一人で、それも説明もなしに放り込まれたんですよね?」

「あぁ。行き倒れになっているところをある国に拾われて、そこから一年ほどは兵士として仕事してたんだ。何分言葉が通じないから、そりゃあ死に物狂いで習得してね。まぁ、そのおかげで、言語について勉強するって趣味ができたんだけどね」



 それは、どれだけ。

 どれだけ大変な事か、想像もつかない。


 でも、この人なら。

 全てを聞いてくれる気がして。


 導いてくれる気がして。

 


 僕は、友達にも相談できない胸の奥の悩みを口にする。



「僕は…ぼくは。高校に入って皆に会う前は、虐められていたんです。一応、春香は居てくれたんですけど。やっぱり、向こうから攻撃してくると足が竦んでしまって」



 春香は何時も助けてくれた。


 でも、一人の時は。

 大人しく虐められることしかできなかった。


 父親が海外を飛び回っている影響もあって。

 家には、いつもお母さんしかいなくて。

 心配をかけたくないと、僕は相談する勇気さえも出すことすらできなかった。



 その程度すらできなくて。



 夜眠るとき、疑問に思うのだ。

 



 ―――僕が勇者? 




 こんな人間の何処に。

 僕の何処に、勇気があるというのだろうか。


 康太は、常に真っ直ぐで。


 春香は、意志が固く。


 西園寺さんは、本当に強い。


 四人の中に在って。

 僕だけが、場違いに思えて仕方がなかった。



「――ふむ、成程ね」



 俯いている僕に。


 彼の言葉だけが聞こえる。



「……リク。教国が代々行ってきた勇者召喚っていうのはね? を持つものが現れるようになっているんだ」



 その言葉を受け。


 よく理解できず、顔をあげる。

 ただ、奇しくも。

 そのという言葉は…。


 僕が考えていた事と同じで。


 思わず、尋ねずにはいられなかった。



「本当の勇気……ですか?」

「ああ。優しく、意味のない争いを好まない人間。本当の意味で誰かのために、大切な人達のために立ち上がろうとする人間だ。――リク? 君は、もしも他の三人が抵抗もできずに襲われそうになっていたらどうする?」


「――それは! もちろん助けます!」



 答えはすぐに出てきた。


 そして。

 僕の言葉を聞いた先生は、満足そうに頷く。



「そうだろう? その即答がすべてを物語っている。自分が虐められるのには全く抵抗しない君が、友達のピンチには迷わず突っ込む。だって、それは君にとっては何より見過ごせないことで…君にとってのなんだから」



 本当の…勇気……?


 いや、でも。


 それは、僕にとっては当たり前のことだと思っている。


 だって、大切な人たちを守りたいと思うのは。助けたいと思うのは、当然のことだから。それが普通のことだと昔教わったから。



 先生は、そのまま話を続ける。



「確かに、これまでに異界の勇者が同時に複数人現れた例はない。でもね? 私は、間違いなく君たち全員が本当の勇気を持った人間だと思う。恐怖は恥じゃない、勝てないと感じたなら逃げればいい。コウタたちと一緒なら、君は何回でも立ち上がるし、どんな恐怖にだって立ち向かう」



「――少なくとも。私は、そう思っているよ?」



 恐怖は恥じゃない。


 その言葉は、僕たちが吐きそうになって。

 …実際に、僕が吐いていたあの時に彼が放った言葉だった。



 今でも、同じ。

 皆を失うかもしれないと思うと。



 深い、ふかい恐怖が襲ってくる。



 でも、皆を。

 みなを守るための力を先生が教えてくれるというのならば。これからも、彼が僕たちを助けてくれるというのなら。




 ―――そうだ。先生は




「先生は、いつまで僕たちと一緒にいてくれるんですか?」

「………む」



 僕が投げかけた疑問に対して。


 彼は、ふむ? と首を捻る。


 それは、まるで。

 嬉しそうに笑っている様は、まるで。

 僕たちがどのように成長するかを楽しみに考えているようで。



「そうだね。リクたちが私に一撃入れられるようになるまでは、一緒にいるつもりだよ」

「……無理じゃないですか?」


「コラ。そこ、諦めない」



 ……いや、だって。


 無理じゃないですかね?


 だって、あなたの実力って。

 小国の軍事力と同格っていうS級と同じくらいなんでしょ? 


 暁闇なんでしょ? 

 向かってくる兵士をちぎっては投げ、ちぎっては投げられるんでしょ? 


 そう、それこそ。

 逆立ちしたって出来る気がしないんですけど。



 ………でも。



 それは、裏を返せばまだまだ一緒に居てくれるということで。




「――先生。ありがとうございます」




 まだ、恐怖が消えたわけじゃない。

 深い場所にはモヤがある。

 だけど。そのモヤは、少し薄くなっているような気がして。


 先生もそれを感じたのか。


 立ち上がって、こちらへと手を伸ばす。

 僕はその手をとって、ゆっくりと椅子から立ち上がった。



「ナクラ先生のお悩み相談教室。少しは役に立てたかな?」

「はい、凄く。…遅いですし、今日はもう寝ますね」


「――お手洗いには、付いていかなくて大丈夫かな?」



 戯けるような口調で。

 僕を揶揄ってくる先生。


 そんなこと言うんですか。


 なら、僕からもお返しします。



「僕に話しかけたのって、夜眠れなくて心細かったからじゃないんですか?」



「……くくッ。取り敢えずは、問題なさそうだね。おやすみ、リク」

「はい。おやすみなさい、先生」



 僕の切り替えしに。

 楽しそうな声をあげて笑う先生。

 

 彼は僕の顔を見て一つ頷いた後、そのまま背を向けて部屋に戻っていく。



 再び訪れる静寂。


 一人になった空間で、僕はあることを決めた。



 ―――そうだ。

 僕が、やるんだ。

 皆の足手まといにならないように戦うんではなく。僕自身が、皆を守れるように…守れるほどに。誰よりも強くなる。


 いずれは。


 先生の背中に追い付けるように。


 志は高い方が良いだろうし…ね?



「……さ。寝よっか」




 僕は、弱いままの自分に別れを告げることを。




 ―――自分自身に約束した。

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