第二章:勇者一行と冒険のススメ
第1話:酔いどれ教師と王国へ
―ラグナ視点―
「――お客さん方? そろそろ着きますよ」
その声で。
一斉に外へ向く視線。
彼等にとっては、全てが新鮮だ。
「ありがとうございます!」
「わぁ…! あれがセフィーロですか?」
「そう、セフィーロ王国だ。――金属加工や、魔物の素材を使った道具なんかが有名な国だね。皆が教国でもらった剣も、恐らくここで作られた物さ」
やってきましたセフィーロ王国。
ギルドから受けた最初の依頼であるカボード遺跡の調査が終わった後。
三週間ほどは教国に滞在して。
訓練や依頼の基本など、色々なことを教えていたので、向こうには都合一か月ほどいたことになるか。
四人は成長も早く。
こちら側では全く問題ないくらいに基本も成長したので。第二ステップとして、西側でも多種多様な魔物が生息する王国側へやって来た。
ここでも教えることは多いが。
―――さて、何から始めたものかね。
「他にも候補はあったんですよね?」
「うん。近いところだと聖国か都市連合国っていう選択もあったんだけど、ここなら康太の新しい武器も調達できるし、魔物の種類も多い。それに…」
「「それに?」」
「この世界は、リクたちがいた世界の日本とは根本的に考え方が違うっていうことを知るのに、一番良さそうだったからね」
「「………?」」
「それは、どういうことですか?」
「――まあ。行けば分かるさ」
そう、行けば分かる。
少なくとも、日本の常識では測れないような文化や出来事は、この世界には呆れる程に溢れかえっているから。
それらを受け入れられないようでは。
遅かれ早かれ、心が摩耗していくだろう。
だから、早いうちに色々なことを知り、受け入れてもらうのが一番だ。
「では、こちらで失礼しますね」
「はい。ありがとうございまーす。……うん、本当にのどかだね」
「――うわぁ。おじいちゃんの家を思い出すなぁ」
「う…っぷ。……酔った」
馬車で耕作地を抜け。
王国の中でも、大陸ギルドの支部がある都市【アレフベート】へとやって来た
乗せてくれた御者に挨拶をし。
辺りに広がる風景を眺める彼等。
君たち…特に康太なんかは。馬車酔いしてたから、景色を見る暇もなかったね。
これだから都会モンは。
……にしても、勇者一行か。
今更だが。
勇者一行の引率をしているのが、魔王に仕える暗黒騎士ってどうなんだ?
本当に今更だな。
「――じゃあ、行こうか。最初に向かうのはザンティア商会だ」
「何かのお店ですか?」
「ん、新しい武器ですかね?」
「いや、店ではあるんだがちょっと…いや。大分違う」
「……何の店なんですか?」
「まあ、行けば――見ればわかるさ」
「怪しい店じゃないですよね?」
「あぁ、大丈夫。ちゃんと大通りにある建物だから」
ハルカの疑問に答えた通り。
怪しい店でも悪い店でもない。
まぁ、
皆を伴って。
そのまま都市の中でも多くの賑わいを見せる通りを歩いていく。
日用雑貨を売っている店が殆どだが。
中には、最近の流行である食品の専門店やこども用の玩具を販売している店なんかもあって。ハルカやミオなんかはとても興味深そうだ。
そして。
いくらも歩かないうちに目的地で。
中には入らんがね。
「あぁ、ここだ。外で見るだけだからここで止まって?」
興味深く眺める者。
歩いて行こうとする者。
皆を手で制して。
視線を誘導し、目的の情報を伝達する。
「ここが、第一の目的地だよ」
「――え?」
「……これ…は」
「そう、だな。確かに、日本じゃ考えられない」
「……そうだね。普通じゃない」
四人の視線の先にあるのは。
何の変哲もない建物の一つ。
だが、その建物の前には。
簡素な服と首輪、腕輪を付けた少年少女が並んでいた。
並んでいる子供の中にはまだ十代にすらなっていなさそうな子どもさえいて、光を感じさせない視線を虚空に彷徨わせる。
「……奴隷、ですか?」
「あぁ。薄々気づいていたかも知れないが、この世界ではこういった建物は全然珍しいことじゃない。子供を売り買いすることもね。勿論、人攫いなんかは許されることではないが」
「常識…なんですね」
「小さな子でも。助けちゃ、いけないんですよね?」
「ダメだ。あれは国家の公認を得て行っている商売で、止めることは誰にも出来ない。勿論、奴隷にも一定の人権はあるし、小さい子供の奴隷を保護するような仕組みも存在する」
悲痛な顔で奴隷の子供たちを見る四人。
特に、ハルカとミオは辛そうで。
そう、存在する。
奴隷を守る仕組みは、一応存在する。
その
あぁ、吐き気がする。
……こういう時は、あれだ。
俺の大好きな現実逃避方法。
「じゃあ、皆。奴隷の制度に関する話はまたその内するとして、次のところへ行こうか」
「……次?」
「鍛冶屋ですか?」
「酒場」
「……ふへ?」
「酒場」
「「――はい?」」
あれ、おかしいな。
もしかして君たち、酒場知らない?
禁酒法の時代再来してたのかな。
◇
「……先生。何やってるんです?」
「本当に酒場に来るとはな」
「クゥー! コレコレ。このパチモン臭が……あ。リクも飲むかい? シャ
「いや、それお酒ですよね? 僕たち未成年なんですけど」
「……そんなに美味しいの?」
「どうでしょう――いえ春香ちゃん。ダメですからね? …先生も薦めないでください」
「あぁ。勿論冗談のつもりだったんだが」
冗談でリクに酒を勧めたのだが。
本当に飲みたがる娘がいるとは。
この暗黒騎士の眼をもってしても…じゃないな。この調子だと、本当にただ酒が飲みたいからここに来たと思われる。
その気持ちが少しも無かったのかと聞かれれば。
勿論あるが。
「じゃあ、二階に行こうか」
「え? 二階になんかあるんですか?」
「ふふん、行ってからの――」
「あ! もしかして、ギルドの支部ですか?」
「…………」
「どうやら図星みたいですね」
くそッ! 勘のいいガキだ。
というより。
こういう世界の本なんかで見たことがあるのかもしれないな。
次は、もっと上手くやることにしよう。
そう肝に銘じながら。
俺は、彼らを案内するように二階へと上がる。
「ようこそ、大陸ギルドセフィーロ第一支部へ!」
建物の二階に設置されている割には。
そこそこ大きな空間を保有するセフィーロ第一支部。
当面はここを拠点とするつもりなのだが、酒場の二階にある影響か、冒険者たちの中には酒をもって騒いでいる連中も多い。
良くない影響を与えるから。
あまり、皆には見てほしくはないんだが。
「……飲んだくれが多いっすねぇ」
「やっぱ、美味しいのかなぁ」
「教育的に問題だからあまり見ないようにね? みんな」
「それ、先生が言っていいんですかね?」
まあ、俺はちゃんと酒場で飲んでたし。
あいつらとは違うのだよ。
それはさておき。
俺は、適当な受付に話をしに行く。
あぁ、男の人だね。……受付嬢といえば女性だけど。男の場合って何て言ったらいいんだ?
今までも疑問に思ったことはあったが。
俺一人では、永遠に解決できない問題らしい。
「あぁ。討伐の依頼を斡旋してほしいんですけど」
「すいませーん、子供同伴ですか?」
「…………」
いきなり煽りですか…。
あからさまにやる気のなさそうな受付は、仕事をするというよりは早く時間が過ぎるのを待っているかのような勤務態度で。
質が問われるこの業界に向いているようには見えない。
「彼らも公認の冒険者だ。問題があるかな?」
「――はぁ、最近のギルドは。いくら人手不足だからって、どうしてあんな子供にまで依頼を受けさせるんですかね? あなたもそう思いませんか?」
「……そうですね」
めんどくせぇ。
一番話すのが辛い手合いじゃねえか。
何時までも愚痴言いそうだし。
ここは、早々に切り上げるか。
「――じゃあ。依頼は適当に出ている奴を自分で選んでくるんで、失礼します」
適当に話を合わせて。
俺は、受付を離れる。
……あいつはハズレだな。
「なーんか感じ悪い人だな」
「職員さんもいい人ばかりじゃないんですね」
「隠居さんみたいに、先生の威光とかでどうにかならんのです?」
「……ならんのです」
「あくまで雇われの冒険者なんですね」
まあ、春香の言う通り。
それが出来ないわけでは無いのだ。
しかし。
今である必要もなし。
他にも職員はいる。
それに。愛想のよさそうな人物ばかりなのは、よく見れば分かることだしな。今回は偶々運が悪かったんだよ。
「――あ、良いですかね?」
「はい! ようこそ。…討伐依頼の斡旋ですね?」
「聞いてたんですか」
「うちの同僚が申し訳ありません。あれはいつもあんな感じの役立たずで。……ここだけの話、居なくなってくれたほうが仕事も捗りますね」
「ははッ、嫌われたものですね」
誰かに聞こえないように。
受付とひそひそ話をする。
仕事が出来ないだけならともかく。やる気すら無い様な奴を必要とする職場がないのは、何処の世界でも同じだ。
こりゃあ、長くは続かないな。
あの野郎がどれだけ務めているかは知らんが。
「――では、ヘッジウルフの討伐など如何です? そろそろ間引きの時期なんですけど、人手が足りなくて。ナクラ様なら何処かは分かりますね?」
「……西側は久しぶりなんですが。最近、こればっかりですね」
なぜ初対面の人間に。
これ程顔を覚えられてしまうのだろうか。
もしかして……?
ギルドぐるみでいじめでも行われているのかな。
疑心暗鬼にならずにはいられない。
「多少の無礼は許してくれる上位冒険者様って有名ですからね。あの寡黙で有名な教国の枢機卿猊下の信頼も得ているって言いますし…最近は、怒りっぽい冒険者ばかりですし」
「……なるほど、理解しました。じゃあ、その依頼にしますよ」
「えぇ、畏まりました」
虐めではないのか。
それは朗報だ。
―――でもね、受付さん。
あの老体、間違いなく寡黙ではないですよ。
とにかく、待たせているので。
依頼を受理してもらって、リクたちのところへ戻る。
成長たくましいもので。
四人は、近寄ってきた冒険者たちを一斉に睨んで追い返していた。
…いったい誰だ?
多感な年頃の子供に、こんなこと教えるのは。
師匠の顔が見てみたいもんだな。
「――みんな、お待たせ」
「あぁ、先生。何ひそひそ話してたんですか?」
「気になります」
「ちょっとした憂さ晴らしをね。大人には大人の悩みがあるのさ」
「……何か、うまく逃げられた気がするな」
いずれ分かるさ。
社会に揉まれれば…ね。
「ところで、先生。ヘッジウルフって何ですか?」
「あぁ、そっちは聞こえてたのか」
へッジウルフというのは。
ハリネズミのような体毛を持ったオオカミのこと。
正式名はヘッジホッグ・ウルフという。
動きがとても速いうえ、噛みつきも体当たりも強力。身体こそ小型の狼であるが、このあたりでは最も強い魔物の一種かもしれない。
「ウへェ…それ、刺されませんか?」
「勿論刺さるよ。でも、痛みには慣れた方が良いんだ。イザという時、痛みで体が動かないようでは終わりだからね」
「「……うわぁ」」
余裕だね、君たち。
もっと怖がるかと思ったが。
「――でも。いずれは経験することですからね」
「あぁ、そうだね。でも、回復薬もあるし、魔術だってある。その辺の性能は優秀だから、遠慮なく体当たりされてくれ」
「「できればぶつからない方法をお願いします!!」」
「デスヨネー」
まあ、あれだ。
当たらないなら、それに越したことはないが。
格上との戦闘では。
負傷は、避けて通れない。
「よし。じゃあ、さっそく依頼の目的地へ行こうか!」
「せんせーい、バナナはおやつに――」
「残念、この世界にはありませーん」
「俺の新武器は?」
「無事に帰ってきたらご褒美にね?」
「――よしッ! 大剣待ってやがれ!」
「頑張りましょうか。如月君」
「うん。康太が盾になってくれるしね」
「おう。そんときゃ、俺が狼と一緒にハリネズミに――ってオイ!?」
冗談を交えながら。
楽しそうに笑い合う四人。
決して恐怖を感じてない訳ではないだろう。
不安だってあるだろう。
だが、たとえ膝を屈するような相手が現れても、この子たちなら問題ない。
―――少なくとも、俺はそう信じている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます