第8話:無茶な訓練ケガ一生

―ラグナ視点―




「―――ッツ! やぁ!」

「おらぁぁぁぁ!」

「あぁ、そうだ! 強力な一撃を入れることよりも、相手の攻撃に当たらないことを意識するんだ!」



 ハロルド氏に依頼の話を聞き。


 一夜が明けていた。

 たった一日の間に本当にいろいろなことがあったので疲れていたのだろう。


 リク達は、昼近くまでしっかり爆睡。


 起きてからは、かなり遅めの朝食をとったものの。

 すぐに運動をするというわけにもいかないので、訓練を開始することになったのは三時くらいだろうか。



「……ふぅ…ハァ…んッ。――まさか、本当に一撃も当たらないなんて」


「もう、終わりかい?」

「ハァ…ハァ…。クッ…ソ、――うらぁぁぁ!」

「男の子って、本当に体力がありますね」

「そだね。陸はもやしだから、もう限界みたいだけど」



 訓練を始める前に怪我は心配しなくていいと言ったのが効いたのだろう。

 女性陣はともかく。

 野郎リクとコウタは闘志に火がついたのか、息が絶え絶えになりながらも力を振り絞って打ち込んでくる。


 だが、それもそろそろ限界のようで。

 足が縺れて怪我をされてもつまらないので、二人を手で制する。 



「――よし。ひとまず休憩だ」



 最初としては十分すぎるデータが取れてきている。


 勇者の戦闘データを取ろうとする暗黒騎士。

 …なんて、かなり悪役っぽいが。


 普通にこれからの訓練に生かすつもりだ。


 その場にへたり込んで荒く呼吸をする二人。

 かなり消耗しているようだが、最初の方よりも確実に進歩しているな。

 


「――ハァ。大丈夫か? 陸」

「……シャトルランよりきつい」

「あの悪夢と比較されるなんて光栄だね。…よし、次はミオとハルカの番だ」


「「はい!」」



 リクは要領が良いが。

 体力面に問題があって。


 逆に、康太は体力は問題ないが、少し手元が狂いやすいな。


 で、ハルカはやはり近接には向いていない。

 魔術の適性があれば一番良いのだが…な。



 ―――そして、残る一人。



「シッ! …これも、ダメですか」

「………いや。良い狙いだ」



 意外も意外。

 訓練を始めてまだ一時間ほどしか経っていないが。


 一番剣の適性があるのはミオだった。


 初対面の時に受けた、文学少女的な振る舞い。 

 それは打ち込みを始めてから数分ほどでなりを潜め。


 どんどん最適化されていく動き。


 三回目の打ち込みである現在では、まるで舞うように訓練用の剣を操る。



「ウッ――ハァ…ハァ。もう、ダメェ…」

「フゥ……フゥ」


「うん。よく頑張った」



 四人はまだ高校一年生。

 聞いた話では部活も入っておらず。


 授業以外で、運動など殆どしなかったらしい。



 にもかかわらず。

 皆がここまで頑張れている。

 それを賞賛こそすれ、叱ることなどあるはずもない。


 今日のこの訓練は、四人の今後の戦闘スタイルを考えるためのものだしな。



「よし。四人の特徴は大体分かった。まず、リク」

「ハッ、ハイ!」

「君は教えたことの吸収が非常に早い。体力を付ければ間違いなく強くなれる」


「………! ――よし!」



 リクは近距離…もしくは中距離で決まりだ。

 一番スタンダードなポジション。


 絵にかいたような勇者スタイルというべきか。



「うん。次は、コウタ」

「ハイ!」

「見せ筋じゃないな、ちゃんと鍛えられている。でも長引くと、どうしても手元がくるってしまう傾向がある。一撃に重きを置いた武器が合っているかもね」



 脳筋という訳じゃないが。


 康太は、戦士向きだろう。

 敵の攻撃を引き受ける役割は必ず必要だしな。

 実際、一番度胸が必要なポジションでもあるし、皆を引っ張る彼に向いている。



「じゃあ、大剣とか……?」

「もう少し成長したらね。とりあえずは盾、かな。次は、ハルカ」

「うう…ハイ」

「やっぱり、剣は難しいかな?」


「……はい」



 女の子だからね。

 本当は、ケーキバイキングできゃぴきゃぴしている方が合っているはずなのだ。


 ……もしかして。

 きゃぴきゃぴって死語か?


 最近の若者の流行りとかには疎くてね。



「誰にも向き不向きはある。後方からの支援…適性があるのなら、魔術だってね」

「魔術……使ってみたいかも」

「うん、その意気だ。それで――ミオ」

「…はい」

を使った動き、見事というほかない」


「……やはり、気付いていましたか」



 そう、彼女の動きの秘密。

 それは、一度記憶した動きを完璧に再現する【異能】によるものだ。


 独断とはいえ。


 まだほとんど触れていない能力を活用する機転は素晴らしい。



「聞きたいんだが、その能力は記憶できる動きの上限はあるのかい?」

「少なくとも今は、63個記憶させていますけど。特に異常はないですね」


「…へ? ――西園寺さん!?」

「美緒ちゃん、しゅごい」

「ろくじゅ…え? マジで……?」



 なるほど。

 かなりの個数まで記憶できるようだ。

 つまり、彼女は長期戦になっても。体力が続くのであれば、どこまでも正確な攻撃を繰り出すことができる……ということ。



「君は、もしかしたらとんでもない成長を遂げるかもしれないな」

「ありがとうございます」


「あの、先生。僕たちの異能ってどうやったら分かるんですかね?」



 逸るリクが聞いてくるが。


 実際のところ、俺にも分からない。

 言い方は悪いが、一日と経たずに発見したミオが異常なだけだ。



「やはり自分で気づくことが大切かな? 大丈夫、君たちなら必ず分かるよ」

 


 取り敢えずは。

 それっぽいことを言って茶を濁す。

 いずれは自分で気づくように出来ていると聞いているし、それを探すのも成長するということだ。



「あの、先生。私たちの異能の事なんですけど、やっぱり名前があった方が呼びやすくていいんじゃないですか?」

「おっ! それいいな。右手が疼くぜ」



 フム、確かに。

 全部一括りで異能と表現するのも味気が無い。


 勇者も一人でなく四人だし。

 それぞれに呼称を付けるのがいいのかもしれないな。

 ミオの能力は、自分の動作を記憶する能力。


 ――覚える……か。



「RPGの呪文みたいにエイゴの“Learn”を文字ってラウンっていうのはどうかな?」

「ラウン……短くていいですね」

「センスはともかくな」

「もっとこう、いい感じのが……うぅーん」

「そういう物なの?」


「……君たち、案外毒舌だよね」



 うん、まあ。

 カッコイイわけでは無いが、短くて使いやすいと思うんだがなぁ。


 あまり長い呪文のような名前を付けても。

 技自体の精度が変わるわけでもなし。



「――ありがとうございます先生。私はラウンって呼ぶことにします」

「うんうん、素直でよろしい」



 子供は素直なのが一番だ。

 素直になれなかった結果、俺みたいなひねくれた大人になられても困るしね。


 こちとら激動の人生を送ってきたが。


 後悔なんて、数えきれない。



「じゃあ、また訓練の続きを?」

「あぁ。もう少しだけやったら、今日はこの辺にしておこう」

「……え、もういいんですか?」

「まだ初日だよ? 依頼の猶予まで、今日含めて四日もあるんだから、焦る必要はないさ。それに、無理な訓練は一生のケガにつながる。後の時間はギルド内の図書館に行くも良し、魔術の基礎に関して私に尋ねるもよし、だ」


「「――魔術がいいです!!」」



 皆元気で大変よろしい。


 こちらとしても張り合いがあるからね。

 

 そういえば。

 依頼についてだが、話は昨日に遡る―――



 ………。



 …………。



『――オーガ種、ですか。通常の駆け出し冒険者なら、まず討伐は不可能な魔物ですね』

『オーガって、あのでかい鬼みたいな?』

『はい、そのオーガです。勇者の皆様に説明しますと、カボード遺跡というのは遥か昔に栄えた文明の名残の一つでして、この教国の東側に存在いたします。なので様々な調査やそこにいる魔物の討伐が行われていたのですが――」


 

 つい最近になって。

 遺跡の床が崩落し、深部への道が見つかった。


 長い事人の手が入っていなかった影響もあり。


 濃度の高い魔素が充満。

 結果として、西側では類を見ない強力な魔物が発生することになった…と。



『じゃあ、僕たちが――』

『いえ、その件は偶々教国に来ていた上位冒険者…お隣のナクラ様のご協力もあり、無事解決したのですが』

『……先生?』

『なぜ私を睨むんだい?』

『今回の依頼はそのあとの話で、無事遺跡深部の魔素の流れも安定したのですが…何処から現れたのか、はぐれのオーガ種が住み着いたようで。付近に生息していたゴブリン種を従えているとの報告があるのです』



 ……ゴブリン、か。

 最初の試練としては、人型の魔物が一番いい。


 ナイスな依頼というべきだ。



『依頼の期限はいつ頃に?』

『勇者様はこの世界に来たばかり、まだ一日と経過していないでしょう。なので簡単な訓練を想定するとして……今日を入れずに、五日といったところでしょうか』


『――先生』

『その……大丈夫、なんですか?』



 実際に、いざやるぞとなったら。


 怖いのは当たり前だ。

 それに、まだ戦闘に関して何も教えてなどいないのだから。話しかけてきたリクを始めとして、皆不安を隠しきれていない。



『大丈夫、ちょうど良い初心者訓練コースを用意する。費用は出世払いでどうだい?』

『―――! …じゃあ、それで!』


『やるっきゃねえだろ』

『利子付けて返そうね』

『はい。私も、頑張りますね』



 空元気でも大変結構。

 一度勇気を出さなければ、何時までも成長のチャンスなんてやってくることは無い。


 こうして挑戦の意志を見せてくれた以上。


 こちらとしても、全力で当たるべきだろう。


 覚悟を決めた四人を見ながら。

 教国第二支部長ハロルド氏は満足そうに頷く。



『頼もしいものですな。ナクラ様、本来であれば少なくともD級の依頼。まだF級である彼等には早いですが、どうかよろしくお願いします』

『えぇ。必ず彼ら全員を立派な勇者に導きますよ』

『では、今日の宿はこちらでご用意いたします。訓練所にもすぐに行き来できるところを』



 それは、願ってもない。


 費用はあちらが持ってくれるという事だからな。

 別に、金に困っているわけではないが。


 乗らぬは損だ。 



『では、頼みますよ』


『あの…お風呂って、ありますか?』

『もちろんありますよ。百年前の勇者様のおかげで』

『やったー!!』




  ◇




 依頼の話を思い返しながら歩き。

 魔術の説明をするために、適当な屋外にやってきた。


 ―――うん。

 芝生もあるし、ここが良いだろうな。



「じゃあ、この世界の魔術に関する説明を行います。皆、しおりは持ったかな?」

「…なんでしおりを作る必要があったんですか?」

「なんで青空の下なんだ?」

「なんで途中で買ったサンドイッチをわざわざバケットに入れてから渡したんですか?」

「というかピクニックだよね? これ」



 そう、校外学習ピクニック


 引率といったら、やはりこれだろう。

 レジャーシート……大きな布を芝に広げ。その上に腰を下ろした俺たちは、屋台で買った長いパンのサンドイッチを齧りながら寛ぐ。


 まあ、気分転換も兼ねているからな。


 この方がリラックスできる。



「実際に魔術を見せて仕組みを覚えてもらうのが一番いいからね。屋外が迷惑にならなくていい」

「バケットはいりませんよね?」

「そこは、こだわりだよ」


 なんだか、ピクニックに来ているようで。

 楽しい気分になるだろう? 


 ……質問しておいて。

 興味なさそうにサンドイッチを食べている弟子たちは、かなり逞しいな。



 先生嬉しいよ。



「――まず、魔術の概要からだ。生物が魔素を体内で精製して魔力とするっていうのは昨日話したよね?」

「はい。それを消費して魔術を使うと」

「その通り。自身の体内の魔力を消費することで、適性のある魔術を行使することができる。これは想像力によるもので、最初の内は所謂呪文といったルーティーンが必要になることがほとんどだが、慣れればそういうものは無しでも使うことができるようになる」



 いつまでも式句を唱えていると。


 やっぱり、舌噛むしね。

 勇者として選ばれる者が大体同じ時代から来るのは、彼らの考える【魔術】とか【呪文】がこの世界のものとよく似ているからだろう。


 もしも中世から呼び出そうものなら。

 召喚された勇者が、根拠のない民間療法とか、病気の治し方をこの世界に広めるかもしれないし。


 その辺の事。


 神々も、しっかり考えているのだろう。



「自分の中の魔力を使うってことは…それが無くなると、どうなるんですか?」

「魔力欠乏って状態になる。大体貧血と同じようなもので、気絶することもあるね。魔力はこの世界で生きるためにはなくてはならない物なんだよ」

「なるほど……」

「それで、魔物や亜人の一部とか――」


 体内に魔核石を持つ種族であれば。

 そこに蓄積された魔力を使って、魔術を多量に行使することもできる。


 だが、魔核石を持たない人間ではそれが難しく。

 勿論勇者たちのような才能の塊は、魔素に適応していけばいずれ大魔術を使えるくらいになれるが。

 それでも、今は消費の少ない魔術を覚えて慣れないといけない…と。



 言葉による説明だけだと頭がこんがらがってくるのか。



 四人は、少しだけ難しい顔をしている。



 なら、ここは。

 テレビショッピングよろしく、実演販売と行こうか。


 まぁ、嫌でも覚えてもらうので。

 実質、押し売りだが。

 魔力量が乏しいと後々困ることだらけなので、今のうちに少しでも慣れておいた方がいい。


 ―――俺は、バケットからある物を取り出す。



「リク、ちょっとこれを持ってくれないか?」

「「――りんご?」」

「……? ただのリンゴに似た果物ですよ――重っ!?」



 俺からリンゴ擬きを受け取ったリクの手が。

 意外なほどの重さで、少し沈む。


 軽いと思って受け取ったら、こうなることってよくあるよな。



「…先生。この果物って、こんなに重いものなんですか!?」

「ははっ、改めて見てみな?」


「「――あっ!!」」



 リクの手のひらに乗っているのは。

 果物ではなく、表面の磨かれた大きめの石だった。

 テントの杭を打ち付けたり、投的とかに使える便利なアイテム。


 彼から石を受け取って。


 俺は、代わりの物を差し出す。



「じゃあ、これは?」

「石? それとも石に見せかけたリンゴですか? ……あれ、軽いですね。触った感じも軽石みたいな――って重!?」


「……先生ひどーい」

「あまり如月君をいじめないでくれますか?」



 外野……女性陣からのブーイングが凄い。

 


「ふふッ、ゴメン。リクが一番面白い反応をしてくれるだろうと思ってね」

「んま、確かにな」

「康太まで。…これ、置いていいですか?」

「ああ。協力ありがとう。――さて。見た目を別の物に変える“幻惑”と、見た目は変わらないが手触りや大きさ、重さまで錯覚させる“感覚麻痺”は魔術の中でも簡単な部類だ。私が初めて覚えた魔術でもある」



「じゃあ、それを……?」

「だが、簡単な割に消費する魔力量が非常に多い。故に、覚えただけの魔術初心者が使うと間違いなく気絶する」

「…なんで見せたんですか?」

「取り敢えず、魔術の実演をしないといけない使命感が二割」

「残りの八割は?」


「――自慢かな?」



 勇者たちにできないことを平然とやってのける師匠。

 これは、間違いなく強キャラだな。


 懸念事項としては。

 どんどん弟子たちの表情が険しくなっていっていること。


 もしかしなくても機嫌を損ねてしまったようだ。



「先生、サンドイッチいらないならあたし貰いますね」

「俺も」

「僕も」

「では、私も」



 …止める暇などない見事な連携攻撃。

 まだ手を付けていなかったサンドイッチのバケットは、たちまち空になった。



「――んま。で、先生。何の魔術を教えてくれるんです?」



 ……俺のサンドイッチを。


 これ見よがしに齧りながら聞いてくるコウタ。


 ちょっとしたお茶目じゃないか。

 何も、そこまで怒らなくても。

 これだから全く最近の若いもんときたら……。


 これ以上機嫌を損ねると、後が怖そうなので。


 俺は、素直に話を進めることにした。



「あぁ。取り敢えず、習得してもらうのは身体強化。そして“発水”っていう魔術だ」

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