第6話:先生は恥ずかしいです

―ラグナ視点―




『――はい。では、そのようにご報告いたします』

「ああ、よろしく頼む」

『私がこの件について聞いたのはつい先日ですが…まさか、既に潜入して異世界の人間と対面を済ませているとは。さすがは閣下です』



 ……………。



『――閣下?』

「……いや、ありがとう。――では、報告を頼む」

『畏まりました』



 応接間から出た後。

 俺は風にあたりながら、上位魔術である“念話”で副官のマーレと話していた。


 陛下に潜入が成功したことを伝えるためだったのだが。

 まさか、こうまでとんとん拍子で話が進むとは俺も予想外である。


 にしても。

 俺の代わりに騎士団を纏め、息をつく暇もないはずなのに。


 こんな急な念話に応じてくれるとは。


 本当に、俺にはもったいない優秀な副官様だ。



「さて…と。そろそろ大方の説明は終わったかね?」



 “念話”を切り。

 再び応接間に向かいながら、ここまでの流れを思案する。



 俺たちの計画を成就させるための第一段階。

 それは、勇者召喚。

 勇者に近づくことは既に成功したと言っていいのだろうが、まさか四人もの勇者が召喚されるとは思わなかった。



 俺が大陸ギルドから受けた依頼。

 それは、勇者のになること。

 

 この世界で生きていくための術を教えるという訳だ。



 最初から冒険者に依頼するあたり。

 ギルドも教国も、勇者を強くしたいのだろうが…な。

 まあ、腕っぷしがあって困ることはないし、計画のために彼らを利用しようと考えているこちらとしては。


 そうでなくては困るのだが。



「すみません。いま、戻りました」

「――ああ、ナクラ殿。丁度良いところに」



 応接間の扉を開けてもらい。


 中に入ると、老体に声を掛けられる。



「進捗はどうですか?」

「ええ。粗方終了したのですが…サイオンジ様が既に異能の力を感じたとのことで」

「……もうですか。それは、また」


「美緒ちゃん。元の世界では出来なかったことって何?」



 サイオンジ…あの文学少女的な黒髪の娘だろう。

 染めた茶髪の娘はサクラバって言ったかな? 

 

 見れば、他の男子二人も。

 興味深そうに彼女に視線を集中している。



「何というか…。歩幅とか、手の振りとか、意識した動作が全く同じになった…といいますか」

「どういうことだ?」


 ファンタジー異世界の例に漏れず。

 この世界にも異能は存在する。


 だが。

 頭に浮かべたものを顕現させる、とか。


 黒い炎が出せる、とか。


 そういう超常的な物ではない。

 魔術であればできるかもしれないが、彼等…異界の勇者の異能はそれらとは非なる物。



「一度記憶した動作、覚えておいた所作とをできるようになる異能…といったところかな?」

「――あっ! そんな感じです」


「ワクワクしてた男子二人は異能と聞いて、もっと超常的な物を想像したかな? 少し残念かもしれないけど、君たちが宿している異能っていうのは、ある意味では地球の何処かを探せば誰かしらが持っているかもしれない能力だ。例えば……完全記憶能力とか」



 言ってしまえばそれだけ。

 シンプルなものだ。


 ―――とは、いえ。



「……それって」

「凄いことですよね?」

「ああ。間違いないよ。凄い能力だ」



 やはり、男同士だと話がしやすい。

 特に彼らはこういう世界の空想本ライトノベルを読んでいそうだしね。



「でも、どうしてナクラさんが勇者の異能の事をそんなに詳しく?」

「確かに、前に召喚されたのは100年前って言ってたよな。もしかして地球から来た人間はみんな同じようなことができる…とかか?」

「いや、それを与えられるのは教国の召喚によって呼び出された勇者だけだ。加えて言うなら、君たち四人はそれぞれ別の能力を持っている可能性が高い。例えば…100年前の勇者は一度見たものをすべて覚えていた、と伝えられている」



 そう、完全記憶能力。

 の場合は地球の神からもらったというよりは、最初から備わっていたものが完全に開花した、といったほうが正しかったが。



「うーん?でも、何かが宿っている気なんてしないけどなぁ」

「僕もだね」

「まあ、そこらへんは追々…だね」



 そう。

 これだけは、聞かねば。



「――君たちは、元の世界に帰りたいかい?」



「……帰りたい!」

「私も…帰りたいです」

「俺は、まずこの世界について知ってみたい」

「僕は、みんなと一緒なら帰りたいです。誰かが欠けてるわけじゃなくて、みんな一緒で」



 答えはある意味バラバラだ。


 だか、今はそれで良い。

 意見の対立はやがて、更なる結束へと至るための道にもなり、互いの為にもなる。



「うん、いい返事だ。なら…ロッド様」

「はい。ここからは私が」



 これは、彼らの説得なのだから。

 老体にも仕事をしてもらわなければ。


 枢機卿は、勇者たちがこの世界をより良い物にしてくれることを本気で願っている。

 それに、彼等にはそれをできるだけの才能が備わっているはずなのだ。



「冒険者…大陸を巡り、魔物を討伐するのが仕事であるナクラ殿を呼んだのは、他でもありません。彼に、貴方がたの導き手になってもらうためなのです」

「「導き手?」」



 古の勇者にも言えることだが。


 勇者とは、いずれ単騎で国家と渡り合える程の力を手に出来る。


 しかし。

 召喚されたばかりでは、そうもいかず。

 魔物に食われることもあるだろう。他国の政治に利用されることもあるだろう。



「――だからこそ。正しく勇者を導くことの出来る人物が教え、守り、成長させるのです」



「だから、ナクラさんが……」

「ええ。ナクラ殿は大陸ギルドの上位冒険者であり、人間国家や亜人国家からの信頼も獲得しております。趣味で様々な種族の言語も取得しておりますな」


 

 はは、照れるな。

 だが、悪い気はしないが…。 



「ロッド様、あまり持ち上げられると――」

「すぐ酒場に向かったり、気分屋なのが気がかりですが」

「……持ち上げといて梯子を外さないでください。――いや、この場合は使い方が少し違うか」



 ことわざの意味なんてのも。

 もう、あまり思い出せない。

 

 というか。ちゃんと覚えていたかも怪しい。


 俺をからかってクスリと笑う老体。

 見れば、対面の四人も釣られて笑っていて。



 ―――うん、いい傾向だ。



「とにかくだ。君たちが勇気をもってこの世界で戦うというのならば、私は全力で守ることを約束する。絶対に、一人も欠けさせはしない」

「「…………」」



 顔を見合わせ。


 思案する勇者たち。


 静寂が訪れた室内で。

 俺と老体は、見守ることしかできない。


 しかし。


 やがて顔をあげた彼らの目は、覚悟を決めた者だけが出来るもので―――



「「やります!」」

「……私も。元の世界に帰るためなら」


 まず、声をあげたのは男子二人。

 女子たちを奮い立たせるためなのだろう。


 いい仲間たちだ。

 次に黒髪の少女…サイオンジさんが。



 そして―――



「やっ、やります! 仲間外れは嫌だから」



 精一杯の勇気を出したのだろう。

 泣きそうになりながらも、言葉を紡ぐ最後に残った茶髪の少女、サクラバさん。 



 これで全員の同意が得られたことになる。



 間違いなく。

 彼らは、確かな勇気の持ち主。



 どうやら六大神の采配は完璧だったようだ。



 そして、俺も責任重大だ。



「よし! 今から君たちは私の弟子だ。絶対に、皆纏めて元の世界に帰れるように、私が知るこの世界のすべてをたたき込む」

「「――はい! 先生!」」



 約束しよう。


 絶対に、目の前で仲間を失うようなことにはさせない。

 俺が全力をもって君たちを守る。




 でも―――




「先生は恥ずかしいからやめてくれないかい?」




  ◇




―陸視点―




「ナクラ先生。どうか、よろしくお願いします」

「……枢機卿、あなたもですか」



 応接間で話をしてから数時間。

 教会といった形の巨大な建造物の前で、フィネアスさんと別れの挨拶をする僕たち。


 随分急な出立だけど。

 行動は、できるだけ早い方がいいとのことだ。


 さっきのやり取りが面白かったのか。

 ナクラさん…先生をからかうフィネアスさん。


 この世界の偉い人って、皆あんなに親しみやすい人なのだろうか。



 因みに。

 さっきの件だけど。


 結局、僕たちはナクラさんを先生と呼ぶことにした。


 いじめではない。

 年長者への尊敬の念だ。



「――はぁ。じゃあ、皆。そろそろ行こうか」

「はい。フィネアスさん、ありがとうございました」

「「ありがとうございます」」

「はい、勇者様方。必ず、四人そろってお帰りください。助けが必要であるならば何時でも」



 まだまだ心臓が騒がしいけど。

 それと同時に。


 未知の世界を見ることができるという高揚感もあった。


 この世界を知るため。


 そして、元の世界に帰るため。


 


 ―――僕たちは、先生と共に歩き始めた。




 ………。



 …………。



「――ところで、先生。最初は何処に向かうんですか?」

「本当はいろいろな店を紹介して、必要な道具をそろえようとしたんだが…な。さすがは教国、手厚い餞別だ」



 春香の質問に答える先生の言う通り。


 現在の僕たちは、彼のような旅装とカバンを持っている。

 冒険者をやっている先生曰く、新米の冒険者では絶対にお目にかかれないような高級な素材でできている、とのことだ。



「俺はもっとこう…ヒノキの棒とか銅の剣だと思ってたんだが」


「あぁ、コウタはそっちが良かったかい? なら、丁度そこにある武器屋で――」

「――いえ! こういうの待ってました!」

「「ふ…ふふッ」」



 先生は同郷だからか。

 皆、緊張せずに話せる。


 年上なので敬語はやめてもらい、早くもみんな打ち解けていて。近所のお兄さんみたいな雰囲気とでもいうべきだろうか。


 そして、勇者と言えば武器。


 僕たち四人の腰に下がっている剣は軽く、それぞれの身長に合わせた大きさだ。

 ……僕たちが召喚されてから作ったのかな? 


 いや。


 そんな短時間じゃ無理か。



「取り敢えず、武器の心配はしなくていいから。大陸冒険者ギルドの紹介と…お腹、空いてるかい?」

「「――あっ」」

「そういえば、夕食前でしたね。…クレープもほとんど食べてませんし」

「…………」


「えーと、ゴメン?」



 気遣いはとても嬉しいはずなのだけど。

 食べていたクレープの事を思い出した女性陣に睨まれる先生を見るといたたまれない。


 食べ物の恨みは怖いのだ。

 

 ……春香。


 睨みすぎ。



「――よし! それなら、まずは腹ごしらえをしてからギルドに行こう。…デザートもつけてあげよう」

「「異議なし!」」

「この世界の食事、楽しみだな!」



 大通りを抜けてやって来た一角。

 そこは、先ほどまでの宗教的な建築群とは打って変わって生活感を感じさせるような商店や酒場が並んでいる。


 よく言えば大衆的。


 悪く言えば場違いで……うーん?



「教国って、宗教国家なんですよね?」

「あぁ…この世界を創生した六大神と呼ばれる神々を信仰するアトラ教の総本山だよ。でも、そこそこ広いから、どうしても市民の仕事や娯楽とかは必要になってくる。だから、こういう区画は結構あるんだ」



 ……なるほど。


 考えてみればそうだ。

 いくら信仰に生きたとしても、生まれてくる人間が皆そうだとは限らない。


 市民は何かの術でお金を稼ぐ必要があるし、できないのならよその国へ流れてしまい、緩やかに衰退する可能性もある。

 信仰だけでご飯はできないしね。



「一応さっきいた区画にも食事できる店はあったんだけど、どうしても菜食とか上品な味付けだからね。――塩味とか、塩味とか」

「あと塩味とか? ……先生が同郷でよかったです」


「確かに、それだけは飽きますね」



 もしも導き手の人がこの世界で生まれた人物、特にこの国生まれの人だったら。


 普通に、その手の店に行っていたかもしれない。

 塩ラーメンとか塩焼きは好きだけど、そればかりでは…ね?



「と、ここだ。品数も多いし、甘味が人気な店だよ」

「じゃあ。――お邪魔しまーす」



 先生が開けてくれたドアを通って。


 皆で店内に入る。



「いらっしゃーい。おや、ナクラさんじゃないですか。」

「やあ、ロシェロさん――厨房借りていい?」


「……またですか。私の分も作ってくださいね」



 親しげに店員さんに挨拶をした彼は。

 そのまま、とても自然な動作でそのまま奥にある厨房へと入って行く。



 ―――うん。

 


 ……え? 


 どういうこと?

 

 康太たちも困惑している。



「お連れ様ですね? そちらの席へどうぞ」

「あ、はい」

「あの…。先生――ナクラさんは?」

「恐らく、あなた達のために料理を作りに行ったんじゃないですかね?」


「……陸、どういうことかわかる?」

「僕に聞かれても」



 何が何だかわからない。

 あの掛け合いから想像するに、先生がココの厨房を借りることって良くあるのかな?



 考えながらも。


 僕たちは、促された六人掛けの席に座る。




 厨房から聞こえてくるのは控えめな火の音。



 そして、何かを切る音で。

 


「――やぁ、おまたせ。この後ギルドを紹介するから軽食にしたよ」

「「おおっ!」」



 手早く作れるものだからか。

 彼は、あまり時間をかけることなくみんなの分の軽食を持ってくる。

 先ほどの件を気にしていたのか、様々な野菜や肉などが包まれているそれは――紛れもないクレープだった。


 彩も良くて。


 凄く食欲を刺激する。



「いただきます! ――この味は!」

「ウルロアソース。まあ、あちらの世界のオーロラソースみたいなものだね。そこにスパイスをちょっと入れて――」

「何これうっま! 私しょっぱい味派になっちゃうかも」

「ええ、本当においしいです」


「何これ。美味しいですねー」



 皆の言う通り、すごく美味しい。

 生地の焼き加減もいい感じだし…。


 もしかして。


 地球にいた頃はクレープ屋で働いてたり?



 ……あの、すみません店員さん。

 お客さん呼んでますけど。


 働かなくていいんですかね?


 なんで、僕たちと一緒に座ってクレープ齧っているのだろうか。



「ロシェロさん、あなたは食うのはあとにして働け。あと、デザートを適当に頼むよ」

「了解でーす。あ、今行きますねー」



 話しかけられてようやく。

 店員さんは、他のお客さんの応対をしに行った。


 中性的な容姿だけど。


 あの人、性別どっちなんだろう。



「それで、先生。なんで厨房に?」

「――あぁ。さっきも言ったけどこの店、甘味は美味しいんだけど――普通の料理は壊滅的なんだ」

「「え」」



 春香のぶつけた当然の疑問。


 答えた先生の言葉に、僕たちは固まる。

 確かに。改めて他の席を見渡してみると、座っているお客さんが食べているのは一様にデザートといった感じの物ばかりで。



「まあ、肉とかあるから分かると思うけど、材料は悪くないんだよ。問題は店主の腕。…なんで、スイーツは人気で料理は壊滅的なのか、これが分からない」

「じゃあ、デザートは期待できるってことですよね?」

「ああ、そこは期待していい。さ、二個目はいかがです? お客様」


「いただきー」


「ちょっ、春香ちゃん! それ俺が狙ってたやつ…!?」

「あ、じゃあ私はこれを」

「――ああっ!第二候補がぁ!」



 騒がしいな。


 主に康太が。

 というか、第二候補ってなんだろう。



「はい、お待たせしましたー。季節果物のびっくりダンジョン宝箱でーす」

「……これは!」


「――すごーい!!」



 やがて、店員さんが戻ってきて。


 運ばれてきたのは。

 中身がくりぬかれた白パンのようなものに、見たことのない様々な果物やクリームが散りばめられたものだった。


 というか…すごくでかい!


 四人で食べきれるだろうか。



「また面白いもの作ってますね、ロシェロさん」

「あ、ナクラさん? もう一つさっきの貰っていいですか?」

「働け」



 三人がわいわい騒ぎながらデザートを切り分けてぱくついている隣で。店員さんと先生が会話しながら厨房の方へ入って行く。


 会話の仕方から。


 二人は、ずいぶん気安い関係であることが伺え…ん?


 ―――視線を戻すと。

 既に、デザートは無くなりかけていた。



「ちょっ! 僕の分は…!?」

「ハッハー! 早い者勝ちだぜ相棒」

「ウマー」

「本当に、美味しいですね」



 見事に無くなる皿の上の山。

 満足そうにお腹をさする康太と春香が悪魔にしか見えない。


 一体、何処にあんな量が入るというのだろうか。



「そんな……バカな」

「イヤー、くったくった」

「ご馳走様でした」



 西園寺さん、あなたもか。

 神はいないのか――いや、さっき神様の話されたばかりか。


 もう少し早く。

 自分の分さえ取り分けていれば、こんなことには…くぅッ。



「リク、大丈夫かい?」

「……うぅ、先生。僕は、僕は!」

「はい、これ」

「あ、ありがとうござ――え?」

「一つ分だけ生地の材料が余ってたからね。いかにもな奴を作ってみたんだが」



 差し出されたのは。

 先ほどのデザートと同じ果物が乗ったクレープだった。


 ……ああ。


 神は、僕を見放してはいなかった。



「おおっ。それ、美味そうだな」

「陸? 一口だけ…」

「二人とも、さすがにそれは……」


「――絶対に断る!」



 僕が貰ったデザートに視線が集中する。

 さすがに西園寺さんは諫めてくれているみたいだけど。他の二人は、僕が許そうものならすぐにでも略奪の限りを尽くすことだろう。



 それだけは許容できない。



 この子は、この子だけは僕のものだ! 誰にも渡すものか!

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