第5話:魔王退治!・・・はしない

―陸視点―




「――勇…者……?」



 それは、誰の言葉か。


 分からなくて当然。

 理解できなくて当然。


 本当に、意味が分からないのだから。



「なあ陸、俺を一発殴ってみてくれないか?」

「……いや。僕も一つお願いしたいところなんだけど…ここでメロスごっこする必要はないんじゃないかな」

「――へ?」

「……ここは、どこなんですか?」



 夢の可能性の確認。

 なにより、恐怖を紛らわせるために。


 康太と軽口を交わす。


 春香は、状況そのものを呑み込めていないようで。

 西園寺さんは早くも自分を奮い立たせ、話しかけてきた老人に率直な疑問を投げつけている。


 僕を含めた全員。


 それを聞きたかっただろう。


 彼女の言葉を受け。

 優し気な雰囲気を纏った老人は口を開く。



「この世界は【アウァロン】と呼ばれています。加えていえば、今いる国の名はヴアヴ教国と言い、アトラ大陸の最西端にあります」

「教国? 大陸?」

「ええ、その説明は後程……。あなた方はチキュウから来られた、間違いないですね?」


「――! 地球を知っているんですか!?」



 西園寺さんと老人の話に耳を傾けながら。

 僕は、全力で思考を巡らせる。


 あの人は、いま間違いなく地球といった。


 つまり、何かの間違いではなく。

 相手は僕たち…ひいては、地球に住んでいる人のことを知っているわけで、これが初めてでないことが理解できる。



 前例があるというのなら―――



「すみません、地球を知っているということは他にも召喚された人がいるのではないですか?」

「…ええ。しかし、それは今から100年前の事です」

「「ひゃくねん!?」」


 驚きの声をあげる康太と春香。

 歴史的に見れば大したことはないのだろう。


 しかし。


 個としての人間からすれば途方もない年月で。


 隣にいる西園寺さんは、多少血の気が失せているように見える。果たして僕はどんな酷い顔をしているだろうか。



「あ、あたしたちは…帰れるんですか?」


 今度は春香が老人に尋ねる。

 もしこれで首を横に振られたら。


 僕はもう一度意識を失う自信があった。


 しかし。

 その質問を投げかけられた老人は、こちらを安心させるように頷いた。



「はい。その一点に関しては保証いたします。事実、先ほど話した100年前の勇者様は無事にチキュウへ帰還したと聞いております」


「ホントですか!」



 自信たっぷりに肯定する老人。

 という部分から、あくまで文献による情報であることが推察されるが。

 それでも、身体中の緊張が和らぐ。

 他の三人も少しだけ肩の力が抜けたようで、安心した顔を見せていて。



「えーと、すみません。まだ名前とかいろいろ聞いてなかったですね」



 帰れると聞いて。

 緊張が解けてきた康太は、持ち前のコミュニケーション能力を活用して重要だったが聞いていない情報を問う。

 召喚…拉致に近い状況で。

 自己紹介できる人間がいるのか分からないけど。



「はい、申し遅れました。私はこのヴアヴ教国で枢機卿を務めているロッド・フィアネスと申します」

「…なあ陸。枢機卿ってなんだ?」

「簡単に言うと教皇の次に偉い人…かな?」

「ええ。教皇を補佐する人、といった感じですね。」


「じゃあ、凄く偉い人ってことだよね?」



 この世界の人口。

 教国がどれほどの規模なのかはわからないけど、少なくとも怒らせないほうがいいことは確かだろう。

 さっきまでほぐれかけていた身体がまた緊張し始めた。


 それは他のみんなも同じようで。


 一様に表情が硬い。



「ははっ。硬くならないでください。全面的に悪いのはこちらなのですから、罵声の一つも覚悟できております」


 老人…フィネアスさんは快活に笑う。

 でも、貴方はそうかもしれませんが、後ろの鎧着た人たちが怖いので。


 身じろぎの一つもしないけど。

 本当に人間だよね?


 西洋の屋敷にありそうな置物じゃないよね?



「こちらも、自己紹介したほうがいいですか?」

「いえ、いつまでも立ち話というのもなんです。緊張でお疲れも出ているでしょうから、座りながら話しましょう――怖い騎士たちは無しで、ね?」



 ―――フィアネスさんは。

 もしかしたら、康太と気が合うかもしれない。

 ここまでの好々爺然とした言動もそうだけど、僕たちの緊張を出来る限り無くそうとしてくれているのが伝わってきた。



 本当に良い人なんだ。



 僕たちは、彼に案内されるように白い大理石に部屋を後にした。




  ◇




「さて、お聞きしましょうか? それとも、こちらが先にお話ししましょうか」

「あ、じゃあ自己紹介を。桐島康太です。好きな食べ物は――」

「如月陸です」

「――っておい、陸?」

「ふふっ、大分緊張もほぐれてきたようですな」

「…はぁ。すみません、桜庭春香です」

「私は西園寺美緒です」


 フィアネスさんの言う通り。

 康太は、いつもの調子に戻ってきた。


 先ほどまで取り乱していた春香も、もう大丈夫そうだ。



 ―――康太と成功のアイコンタクトを取っておく。



 今の寸劇は、皆の気持ちを落ち着かせるために移動中に考えたものだ。


 西園寺さんは流石といったところか。

 余所行きの表情だけど、既に落ち付いているようで。


 ―――あの後。

 入り組んだ通路を通ってこの応接間に通されたのだけど。

 確かに教国というだけあり、遠くに教会のような建築がいくつも見えたり、何かの様子を象った彫刻や絵がそこかしこに存在していた。


 ここにいるのは僕たち四人とフィアネスさん。


 そして。

 彼の後ろで、変な顔をしていた黒髪の青年だけ。



 僕たちが一通り自己紹介を終えると。


 フィネアスさんが一礼をする。



「よろしくお願いします、勇者様方。――さて、ナクラ殿?」

「ええ、そうですね。えーと、硬くならないほうがいいかな? 私の名前はナクラ。教国の人間じゃなくて、大陸冒険者ギルドっていうところで冒険者をしている」



 冒険者ギルド!

 

 やっぱりあるんだ。

 にしてもやはり…でも。

 さっきフィアネスさんは、100年前に召喚された勇者は地球に帰ったって言ってたし?



 もしかして……。



「もしかして、ナクラさんは200歳以上だったりするんですか?」

「――は? 陸?」

「ええ。私も、聞こうと思ってました」



 親友の素っ頓狂な反応は無視だ。


 ナクラさんは一つ頷くと。

 僕たち皆に聞こえるように言葉を紡ぐ。



「…うん。まあ、そういう考えに行きつくのも無理はない。だが、質問の答えはだ」



 やっぱり無理があるか。

 でも、こういう世界なら普通に何百年も生きている人とか居そうだし。



「痛たた――そうだよ陸。200年生きてる人がこんなに若いわけないじゃん。…というか、墓の下でしょ」

「大丈夫ですか? 春香ちゃん」

「うん。まだちょっと頭が混乱してるみたい」

「……? あ、そういうことか。ナクラさんがずっと昔に召喚された勇者だと思ったわけだな」


「まあ、この世界には数百年生きる種族は沢山いるし、老化を遅れさせる魔術だって存在する。悪い推理じゃないよ。それに、察しの通り私は君たちと同じだ」


「「―――え!?」」



 感じていたものは間違いじゃなかった。


 やっぱりそうなのか。


 でも、それなら。

 彼は何故この世界にいるんだろうか。


 もしかして、勇者召喚と同じく馴染みのある……。



「知ってるかもしれないけど転生や転移っていうものがあるんだ。文献とかを掘り起こしてみると案外数存在する事例らしいよ? ――数十年に一度くらい」

「それは……また」



 説明した後。

 彼は、最後に微妙な顔で一文を付け足す。

 宝くじ以上の倍率であることは疑いようもないけど、人によっては全然うれしくない当選だろう。



「じゃあ、ナクラさんは――」

「私は後者の転移。この世界の暦とあちらの物はだいぶ違うけど、多分二十八歳過ぎくらいかな? 召喚されたわけじゃないから元の世界には帰れないだろうが――ありがとう。でもそんな悲壮な顔しないで欲しい。私は、割と今の生活を気に入ってるから」



 そんな顔をしていたかな。


 いや。

 今にも泣きそうな顔をしているのは康太だ。

 


 本当にいい人だよね君。



 捨てられた動物を必ず拾っちゃうタイプだ。



「私からは、こんな所ですかね――ロッド様」

「はい、では次は私から話しましょうか。まず、勇者様方を呼んだ理由ですが――」



 はい、それが気になってました。


 強大な竜ですか? 


 悪の皇帝ですか?


 それとも、鉄板の魔王討伐なんですか?



「このアトラ大陸を巡り、国家や部族間の問題、異種族同士の戦いを水面下などで良い方向へ導いていってほしいのです」



 

 ……………へ?




「ふッ、クククク…」



 僕と康太の呆気にとられた表情に対してなんだろう。

 ナクラさんが、笑いをかみ殺している。



「いえ、すみません。先ほどの聖廟の空気にあてられたみたいなので、少し外で涼んできますね」



 明らかに笑いをかみ殺しながら。

 応接室を後にするナクラさん。

 あそこ聖廟っていうのか…じゃなくて!


 何も、そこまで笑わなくてもいいんじゃないだろうか。

 

 僕たちはそんなに変な顔をしていたのかな?



「えーと。そこは竜退治とか、魔王を倒すとかじゃないんですか? ――もしかして、この世界に魔王はいないとか」

「……いえ。大陸極東、魔皇国と呼ばれる国を治める存在が魔王と呼ばれています」

「じゃあ、その魔王が凄く良い奴とか?」

「古の文献を始めとして、いくつもの人間国家が滅ぼされた例は事欠きません」


「……じゃあ、なんで?」



 まるで分からない。

 

 少なくとも人間にとって。

 その存在は、脅威にしか見えないのに。



「――ひとえに、、といったところでしょうか。魔族は長命で強く、とても強大です。確かに、かつての勇者召喚はその魔王、ひいては千年以上の歴史を持つ魔皇国を倒すために行われていました」



 ………。



 …………。



「――結果、全てが失敗。人間国家の損害は酷いものでした。そんな中、一人の勇者が現れ、魔王討伐ではなく、人々を救うための旅を始めたのです。その方の名は。多くの仲間を持ち、世界中の国家が彼を賞賛し、いつしか彼は真の勇者…大勇者と呼ばれるほどに。これが今から200年前の勇者召喚の話になります」




 だから。

 その後の勇者も、同様の事を…と。


 確かにそうだ。


 相手が何もしてこないのであれば、こちらから仕掛ける理由は無い。余程欲しいものを相手が持っているという以外では。



「――じゃあ、100年前の勇者っていうのは?」

「ええ、ソロモン様以降の勇者様。つまり百年前の方ですが、その方も世界を巡り多くの人々を助けた後に、感謝の言葉を受けながら元の世界へ帰還なさった…と言われております」

「……帰還ができるようになったのは100年前からなんですか?」


「いえ。消費された魔力が貯まることで帰還出来るという情報は、最初期より判明していたようです。しかし……」



 死んでしまえば。

 元の世界に変えることはできない…か。

 ゲームじゃないんだから、それは当たり前なのだろう。


 ――それでも。


 体が強張こわばるのを避けることは出来なかった。



「あの。勇者ソロモンは……?」



 その疑問を投げかけたのは春香だ。

 確かに、僕も気になっていた疑問だけど。



「…文献にはこう記されております。人々を助け、導くために世界の各地を巡ったソロモンは最後の試練として誰もなしえなかった魔王討伐に挑む」



 ―――最高位の魔族たちを退けた勇者はしかし。


 魔王城の一歩手前。

 黒曜の城塞にて、最強の魔族たる【暗黒卿】とまみえ。


 天地揺るがす戦い。


 三日に及ぶ戦い。


 ……その末。

 とうとう、勇者は力尽きた。


 ―――至高の勇者であろうとも。

 終ぞ、魔王を討伐することは叶わなかった……と。




 まさかのバッドエンド。


 現在でも魔王が健在とは、そういうことなのだろう。


 ……いい加減。

 康太は泣き止んでほしい。 

 まるで、好きなスーパーヒーローが怪人に負けた時の幼稚園生だ。



「元の世界に帰るためにはどれくらいかかるんですか?」

「はい、大体20年くらいですかね」


「「――20年!?」」



 会話の流れで。

 楽観視していた僕の余裕が一気に吹き飛んだ。

 というか、召喚が百年に一度と聞いた時から考えないようにしていたけど、呼ぶのにエネルギーがかかるのなら戻すのにもかかるのは当たり前だ。


 二十年後となると…想像したくない。



「自然な回復に任せるのであれば、です。この世界には、魔素マナというものが存在していまして、生物が体内で精製することで魔力という力の源ができます。そして、より強力な生物であればあるほどその力は大きく、【魔物】という生物からとれる【魔核石】と呼ばれるものに貯められた魔力を外部から術式に供給することで、必要な時間を短縮できます」



 ―――うまくできたシステムだ。


 つまり。

 否が応でも、動くことは避けられない。



「――つまり。早く帰りたいというのなら、強くなって魔物から魔核石を回収しろ、ということですね?」

「……はい」



 代表して質問した西園寺さんに。


 帰ってきた答えは、肯定。



「そんな! 武術なんて習った事もないのに!」

「勿論、戦う以外にも手段はあります。例えば、チキュウの知識を使って財を成し、魔核石を買い取るなどです。実際、100年前の勇者様は、この方法で帰還いたしました」



 ……これは。

 どうするのが正解なんだろう。



「――あの、率直な疑問なのですが。もしかしてこの世界の人間、もしくは召喚された私たちに特別な力が宿っていたりはしませんか?」

「美緒ちゃん?」



 主に話を進行させていた西園寺さんがそんなことを言い出し。


 話題が全く別のものに変化する。


 特別な力ってどういうこと?

 フィネアスさんも、目をまるくして彼女に視線を向ける。



「サイオンジ様? よもや…」

「はい。応接間に向かっている途中から何度か違和感があって試してみたんですが、明らかに地球にいた頃はできなかったことができるように」



 この部屋に向かっている途中も。

 僕たちは固まって動いていたけど。


 果たして、西園寺さんは何か変なことをしていただろうか。

 火の玉とか。

 ファンタジーに出てくるような魔法とかを使っていれば、誰かが気づいたはずだけど――もしかして。

 僕も、何か特別な力が備わってたりするのかな。



 フィネアスさんは椅子に座りなおし。



 再び、語りだす。



「それは勇者に戦う、もしくは生きるための術を与える物。貴方たちの世界の神によって与えられた力なのです。この世界の魔術などとは区別して――」






「――我々は、と呼んでいます」

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