第4話:合わない意見とクレープ屋
―陸視点―
「陸、帰ろうぜー」
「――あ、うっ…うん」
学校で一番の親友――康太。
彼に声をかけられたのは。
高校に入学して三か月以上が経っているのに、いまだにこんな風に声をかけられることに慣れないのは。
やっぱり、僕のこれまでの経験によるものなのだろう。
背は低めで線も細く。
多少勉強ができることくらいしか取り柄のない僕。
気弱な性格もあって、小学校と中学校ではよくいじめられていた。
そして。
たぶんそれは、高校に入っても変わらないだろうと半ば諦めていた。
でも、そんな僕にも転機があった。
それは、偶然の出会い。
高校に入って男の親友ができたことで―――
『ははっ、如月って話しやすいな』
『そう…かな?』
『でしょ? 陸ってあんまりしゃべらないけど、話し上手だし聞き上手なんだよ? 私なんて。昔は一日中おままごと付き合わせてたし』
『――いや、それは。可哀そうじゃないですか? 春香ちゃん』
『いや、案外そのおかげでタンノウって奴になったのかもしれないな! 意味知らんけど!』
入学式の日。
クラスでの自己紹介が終わって。
新しい空気にビクビクしていた僕は、幼稚園以来の幼馴染である
そして。
その話を聞いていた隣の席の男子、
黒歴史を教室で話すのはどうなのだろうか。
いつしか春香の友達の女の子である
思えば、この時の一件がなければ。
この四人でグループのようになることはなかったかもしれない。
―――今では、皆大切な友達だ。
「まだ慣れないみたいか?」
「うん…ゴメン」
「いや、不意に声かけるたびにビクッとされると――なんか楽しくなってくるな!」
おどけるように言う康太。
その悪戯っぽい表情に何度助けられたことか。
ともかく、友人を待たせるわけにはいかないので、手早く帰り支度を始める。
女子たちの中心で話している春香と西園寺さんはこちらに気づいていないようだけど、楽しそうな雰囲気の中で無理に話しかけるのも忍びないので。
康太と並んで廊下を抜け、昇降口に向かう。
「おーい! チョットー、なんで先に帰ろうとしてるの!?」
僕と康太が下駄箱で靴を履き替えているところに。
追いかけてきて文句を言う春香。
すぐ横には西園寺さんがいる。
「いや、まだ友達と話してるみたいだったし」
「女はさよならの挨拶一つとっても時間がかかる物なの!」
そんなものなのだろうか?
一緒にいた西園寺さんは苦笑いしているが。
隣を見ると康太も苦笑しているし。
やっぱり、春香だけじゃないのかな?
「では、じゃあ帰りましょうか」
「そうだな」
僕たちの会話がひとしきり終わると。
西園寺さんと康太が切り替え、いつものように四人で並んで帰路に就く。
大体が春香か康太が話題を振って。
僕と西園寺さんがそれに答える。
多少差異はあるけど、僕たちの帰路はいつもこんなものだ。
………。
…………。
「――で、そこをゴールしちゃうと自動的にセーブされて詰むんだ」
「いや、それ無理だろ! なんで対象年齢5歳からなんだよ! ――クッソ、あそこまで進めるのに2時間使ったのが全部無駄になった」
「プッ、対象年齢5歳のゲームで詰む高校生がいるってマジ?」
「……でも。実際に敵と戦うゲームってそんな感じですよね。相手はこちらを餌と見てるわけなんですから、現実なら一度死んでしまえば終わり。やり直せるチャンスがあるだけまだ有情なのかもしれません」
「西園寺さんって結構シビアな考え方するよね」
「そうですか?」
「まあ、美緒って結構リアリストだから」
帰り道でいつものように他愛ない話をする。
死にゲーとは、昨今では割とメジャーなジャンルで、広大な世界に設置された強敵や沢山の罠を自身がかかったり戦ったりしながらパターンなどを少しずつ覚え、攻略していく必要がある。
最近貸したライトノベルの本で。
SFや異世界などに興味を持ち始めた康太は、そちらの界隈では悪名高い死にゲーのRPGを買ってしまったらしく。
僕の告げた衝撃の事実に落胆してうなだれる。
それでも次の攻略についてブツブツつぶやいて考えているのだから、彼も結構好き者なのかもしれないな。
「あっ! クレープ屋さん来てるじゃん」
「――あ、本当ですね。珍しいです」
僕が康太に注意を向けていると。
女性陣の声が耳に入ってきた。
このメンバーの大半は学校から家まで徒歩で通える位置に家があり、唯一そうではない西園寺さんも同じ方向に目的地の駅があるので帰り道は同じだ。
だから自然とこの道を通ってみんなで帰るのだけど。
クレープ屋の移動式屋台が来ているのを僕たちはまだ2回しか見たことがなかった。
西園寺さんはともかく。
目を輝かせている春香は絶対買う気だな。
「みんなで――あれ、康太くん、大丈夫?」
「やっぱりあの足場で…いや、でも……」
完全にゲームの事しか頭にない康太。
春香はどうにかして彼の意識を取り戻させようとしている。
「――買うんですか?」
春香が買うつもりになってしまっているので。
どうするのか僕たちに尋ねる西園寺さん。
他の人が誰も買わないなら、春香だって諦めてくれるだろうし……。
「うーん、クレープって結構高いんだよね。それに夕食前だし」
「そうですよね……」
どうするか迷う僕と西園寺さんは結局、夕食前なので諦めるという選択肢を選んだ。今食べたら夜ご飯が入らなくなりそうだしね。
「――あ! 如月くん、あれ」
買わないという僕の結論に少しだけ残念そうに答えた西園寺さんは、何かを見つけたのか。
僕だけに聞こえる声で。
クレープ屋のある一点を小さく指さす。
そこには『学生百円引き』の文字が確かに存在していて…うん。
―――不味いよね。
もし春香があれを見たら。
間違いなく、買う方向に流れてしまう。
だから、ここは僕たちが。
「「…………」」
西園寺さんと、アイコンタクトで意見を交わす。
作戦としては、どうにかしてあの文字を春香に見えないようにして屋台の前を通り抜けるというものだ。
上手く行くかは分からないけど。
どうにか、これで――――
「春香ちゃん? あのクレープ屋さん、学生は百円引きらしいですよ」
「ホント!?」
……ははは。
どうやら、アイコンタクトで交わした意見は噛み合っていなかったようだ。
先ほどの僕の目を西園寺さんはお得だから
伏兵である。
ブルータスさんである。
というか。
本当に、アイコンタクトで会話って出来るものなのかな?
「これはもう買うしかないよね?」
「ん? ――おっ、クレープ屋来てるのか。いいな、みんなで買おうぜ! 俺ツナ玉サラダがいいな」
「では、私は……」
最後の頼みである康太は即落ちだった。
これを止めることはできそうにないので、あきらめてカバンから財布を取り出し、出来るだけ軽そうなメニューを選ぶことにする。
なんだかんだで。
こういうのを選ぶのって、ワクワクするよね。
「かー。せっかくのクレープをしょっぱい味とは、わかってないね、康太君」
「ふ、この絶妙なハーモニーが分からないとは所詮にわかクレーパーだな、春香ちゃんは」
「クレーパーって、何なんですかね?」
「さあ? スクレーパーなら知ってるんだけど……ん?」
『―――給え』
みんなでクレープの批評をしながら再び帰路につく。
春香と康太が良く分からない争いをしている間、僕は西園寺さんと言葉を交わす。そんな中、確かにどこかから声が聞こえた。
幻聴じゃない。
でも。
周りを見ても、他のみんなは何も感じていないようで。
「――いま、何か聞こえなかった?」
「ん? ……いや。むしろ、静かすぎるくらいだと思うぞ?」
「そうですね。いつもならもう少し人通りがあるはずなのですが」
「怖いこと言わないでよ」
『―――願いを聞き届け給え』
いや、確かに聞こえる。
今も、確かに。
しかもその声はどんどん大きくなっている気すらして。
『―――そして成長を』
「あ……。確かに、聞こえますね」
「美緒ちゃんまで?」
「でも、聞いたことのない言葉です」
やはり、僕だけに聞こえるわけでは無いようで。
よかった。
明日から「電波」とか言われる心配はなさそうだ。
でも、一体何の声なのだろう。
言葉として成立している時点で、モスキート音のようなものでないことは確か――あれ? 何かがおかしい気がする。
「西園寺さん、もう一回……」
「――おわっ!?」
違和感の正体を知るため。
西園寺さんの言葉をもう一度聞こうとした時。僕たちの言う
「? どうしたの康……」
―――えっ?
声をかけながら振り返ると。
数秒前まで、確かにそこにいた康太は忽然と姿を消していた。
唯一の痕跡は、彼が手に持っていたクレープのみ。
まだ食べかけのそれは地面に落ちてしまっていて…。あり得ないけど、まるで彼がこの空間から姿と消してしまったようで―――
「あれ、なんか……」
その瞬間。
いままで感じたことのないような感覚が体を次々に襲った。
怖いけど、どこか懐かしい感覚。
まるで船の上にいるような、身体が揺れる感覚。
全てを見通されるような、神経が張りつめる感覚。
体の奥から力が湧いてくるような感覚。
暖かい自然のような優しく包まれる感覚。
何事にも立ち向かえるような勇気が湧いてくる感覚。
そして……。
自分の中に。
何かが入ってくるような感覚。
でも。
その感覚を最後に。
―――僕は、意識を手放すことになった。
◇
「――あれ? 僕はいったい」
「「……ここはどこ(ですか)?」」
「何が、起きたんだ?」
目を開けて居られないほどの眩しさを感じ。
僕は、意識を取り戻した。
あの後どうなったのかさっぱりわからないし、気絶した割にはちゃんと立っているのも不思議である。
……よかった。
康太も、春香も、西園寺さんも無事みたいで。
康太たちはさっきまで一緒にいた通りの恰好だ。
ここがどこなのか。
辺り一面を確認する。
それはまるで、アニメに出てくる修行部屋の様であった。
壁一面、天上すらも白の大理石で覆われた広大な部屋と、壁を背にして立つ鎧を纏った人たち。あと、壁際にはRPGに出てくるような法衣を纏った人たちもいる。
僕たちに一番近い位置にいるのは。
好々爺然とした老人と、動きやすそうな軽装の武具と思われるものを身にまとった青年。
青年は黒髪黒目で。
日本人的な特徴を――なんか変な顔してるね。
チラリと横を見れば。
康太たちも言葉を発さず、何とか情報を分析しているようだ。
老人と青年の様子を僕たちが伺っていると。老人の方が申し訳なさそうに、しかしどこか嬉しそうに僕たちに近づいてきた。
「まずはお詫びを。あなた方の是非も聞かずに、強引に召喚を執り行ってしまったことを深く謝罪いたします。そして、よくおいでくださいました――
その言葉は怪しさ満点だけど。
納得せざるを得ないような雰囲気を感じた。
もしこれが新手の誘拐でないとするならば。
もし僕たちがいる場所が全く知らない場所であるならば。――先ほど部屋を見回した時に目に入った床は、まるで魔法陣の様だった。
もしかして。
これって……?
―――勇者召喚!?
それは、創作の中でしか存在しないような状況。
本当なら誘拐や悪戯を疑ってかかるべきなのだろう。
でも、これまで見て、感じた現実ではありえないような体験に。僕は、そう思わずにはいられなかった。
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