第3話:枢機卿はお茶目さん

―ラグナ視点―




「ナクラ殿、よくぞ依頼に答えてくださいました」



 大陸の最西部。

 こちら側は、魔物の発生要因である魔素が限りなく薄く。


 人間国家の楽園と言える地域だ。


 駆け出しの冒険者なんかは。

 この地で、脆弱な魔物を倒して十分な経験を積むことで徐々に東側へと旅立っていく。


 魔物は体内に【魔核石】という器官があって。

 そこに魔力を貯蓄することで生きている。

 故に、強力な魔物であれば必要になる魔素の量は膨大であり、魔素が薄い西側では生命を維持することができない。


 これは、魔族でも同じ。

 魔核石こそないが、生きるには濃度の濃い魔素がいる。

 その為、本来であれば強力な魔族は大陸の西側になど来れるはずがなく、それが西部に人間の国家が多い理由とされているのだが……。


 俺は。少々特殊なんでね。


 それでも馬車での長旅は腰に響くが。



「いえ。教国たっての依頼とあれば断るわけにもいきませんから。お久しぶりです、ロッド様」



 最西端の国家【ヴアヴ教国】

 六大神を信仰するアトラ教の宗主国と呼ぶべき国である。

 我が魔皇国ほどではないが長い歴史を持つ国であり、これまでに幾度も異界からの勇者召喚を行った実績がある。


 で、現在俺の目の前に居るこの人物。

 ロッド・フィアネスは教皇の顧問である枢機卿の位に就いている人物だ。


 最高権力者である教皇に次ぐ地位にいる老人。


 齢70を超えていながら。

 深い皺の奥には、確かな光を持つ双眸が伺えて。

 

 直々に出迎えてくれた彼と並んで歩き、広い大教会の通路を抜けていく。



「前に受けていただいたのは…カボード遺跡深部の調査依頼でしたな」

「はい。あの時は、西側にもかかわらず深部が魔素のたまり場になってたので骨が折れましたね」

「えぇ、そうでした。もし、ナクラ殿が丁度こちら側に来てくれていなければ、今頃恐ろしいことになっていたやも知れません」



 普通…本来であれば。

 一般人は、並んで話すこともできないお偉いさんはしかし、間ができる暇もないほどの話題を提供し俺と話を続行する。



 ―――もしかして。



 普段自由に話せないストレスとかを解消するために使われてる?

 

 そんなことを考えながら。

 彼と会話し、組んだ通路を抜けていくと。


 やがて、俺達は一つの扉の前で立ち止まった。



「では、こちらの部屋へ」

「この中ですか?」

「ええ、この扉の先は一種の聖域になっております。大聖堂よりも神のおひざ元に近いと言えるかも知れませんな」



 案内されたのは、大教会の中でも最深部。

 複雑な模様が彫刻された金属の大扉だ。

 扉に彫られているのは六大神による世界アウァロン創世の様子をとったものなのだろう、確かにこれは壮観だな。


 本来であれば一冒険者が見れるものではないので。

 俺が中より扉に興味を持っていると。

 

 その扉が内側から解放され、中から数人の騎士が現れた。


 白金の鎧に身を包んだ彼らは差し詰め聖騎士といったところなのだがの騎士団と区別するため【護教騎士】と呼ばれているらしい。

 いずれにしろ。大陸の最西端にいながら、かなりの実力者ばかりだ。



「お待ちしておりました。ロッド様、ナクラ様」

「準備はどうなっていますか?」


「ええ、あとは儀式を行うだけとのことです」



 出てきた騎士と枢機卿が話し合っている傍らで、俺は扉の中をうかがう。

 教国の指名依頼を受けたことはこれまでにも何度かあったが、この最高機密である空間を拝むことになるのは初めてだな。



「どうですか? 召喚の聖廟は」

「――はは、学がないもので。魔素マナの流れが非常に落ち着いていることは分かるのですがね」

「ええ、少しでも乱れると予期せぬ事態が起こらんとも限りませんので…中へどうぞ」



 俺が興味深そうに伺っていることに気付いたか。


 枢機卿が声をかけてくる。

 召喚の間…聖廟。

 その内部は、先ほどの扉と比較して非常に殺風景と言えた。

 流れ模様のほとんどない大理石で壁面、天井まで覆われた広いだけの空間。しかし、特徴的なところが一つだけ存在している。


 それは、床一面に術式が刻印されていることだ。


 この手の魔術式には詳しい方なのだが……うん。



 さっぱりだな。



「最高位の儀式魔法でも、こんな大きな術式は使わないでしょうね」

「えぇ、はい。この聖廟は教国ができる以前の遺跡から見つかったもの。漂白前の世界の産物、もしくは神代から残っていると言われております。文字一つ一つに別の効果が込められているため、同じ形は彫れても現代の技術での再現はとてもとても……」


「それは、また」



 つまり、同じものは作れないということ。


 どれだけ技術が発展していたのだろうな。

 かつての世界ってのは。

 少なくとも、現代のこの世界より発展しているはずのチキュウは異世界に拉致される側であってもする側ではないはずだ。


 こんなものを作るのは不可能だろう。



「――召喚の手順はどのように?」



 存在だけは多くの者に知られており。

 童話にさえ出てくる勇者召喚。

 しかし、本当に今からやるとなると心が躍るな。長く生きているが、実際その場に立ち会うのは初めてだし。

 俺の言葉を受け。


 老体は、説明口調で話し始める。



「教国で最初の召喚が行われたのは今から800年前、天星神様から信託があったとのことです。それから制約と逸話が歴代の教皇、そして枢機卿に代々受け継がれてきたのですが――いえ。実際に見たほうが早いですかね。私も初めての事ですから」


「そう言えば、そうですね」



 そうだった。

 この老体はまだ七十代だ。

 周りの魔族たちが全然変わらないから、人間がどんどん年を取ることを失念していた。特に陛下、あれは全く変わらずちんちくりn……やめておこう。


 確かに、よくよく見れば。

 老体を始めとした神官たちは、皆がそわそわとした空気を纏っている。儀式を自分たちが行えることが、大変な栄誉だということか。



「ロッド様、そろそろ……」

「ええ、始めましょうか。ナクラ殿は、彼らと同じところに」



 興奮を隠しきれない枢機卿に案内され、騎士たちと同じ位置に就く。

 やがて、広い空間の中心となる術式を囲むようにして枢機卿、そして五人の神官達が跪き……。


 そういえば。


 儀式って。どれくらいかかるんだ? 



 お手洗いに行っておきたいんだが。




  ◇




「淵冥神よ、門を開きその者の魂を呼び出し給え」



「海嵐神よ、たゆたうその者の魂を無事にこの世に導き給え」



「叡智神よ、御身の如く、確かな知恵のある者を、そして言葉を」



「武戦神よ、御身の如く、確かな力のある者を、そして成長を」



「地母神よ、御身の如く、確かな慈愛のある者を、そして健康を」



「御空に座す天星神よ、真の勇気を持つ者を」




「「そして異界の守護神よ。――その者に御身の権能を」」




 祈りの口上。


 それは、六大神と異界の神へ。


 祈り終えた彼らは。

 ようやく動きを止め。

 隣に立っている騎士たちは微動だにしないがさすがに立ちっぱなしは苦しくないか?

  重厚な鎧を着ている分、俺よりも辛いはずなのだが…教国の騎士団も、さすがの練度だな。


 儀式の途中から術式の中心は光の奔流に包まれはじめ、もはや目を開けることも厳しいほどの明るさを放っている。


 隣の騎士たちは。

 目を見開いてその光を凝視しているが。


 ―――いや、普通に怖い。

 かつて読んでいたファンタジー小説で、教会と言えば洗脳…みたいな所あったが君たち大丈夫? 


 洗脳されてない?



「――どうでしたか? ナクラ殿」

「えぇ、洗脳…じゃなくて。もう離れて大丈夫なのですか? ロッド様」



 立っていた位置から離れ。


 こちらにやってくる枢機卿。 

 見れば、他の神官たちも中心側から離れ、壁の側へと歩いている。



「ええ、我々ができるのはここまでです。後は勇者様たちが現れてくれるのを待つのみですね」

「…あんな長い口上をよく覚えられますね」

「あ、やはり気になりますか? ――ふふっ、実は語呂合わせのような覚え歌があるのですよ。幼いころから遊びでよく歌ってましてな。歴代の教皇と枢機卿は、例え召喚の儀式を行う機会がなくても覚えなければなりませんので。少しでも負担が軽くなるように…ということらしいです」


「それは、また」



 もしかして。

 聞いてほしかったんですか?

 手品の種を明かすように、楽し気に説明する枢機卿。


 この爺さん、結構茶目っ気があるな。



「それで。どのくらいで召喚されるとかはあるのですかね?」

「いえ、と儀式の説明に書かれていましたな」

「……もしかして。歴代の枢機卿って、結構適当な性格だったりします?」

「あ、説明を記したのは覚え歌を作った枢機卿と同一人物です」


「…………」



 そんな適当な。

 ここ短時間の間に、教国のナンバー2たる枢機卿への印象が大きく変わったように感じる。


 さて、いつ終わる事やら。


 そう何時間もかかるようなものでもなし。

 気長に待つか。


 ……こうしている間にも。

 隣の騎士たちは、ただ術式の中心の光を凝視していて。彼らの忠誠心は、一体どこから来るのだろうか。

 

 


「おぉ! いよいよですな……む!」

「――これは」




 観念して待つこと数分。

 光が収まり、徐々に人の姿が見え始める。

 しかし、その人影は一つではなかった。

 二…三…四…? 全部で四人分の輪郭が映し出され。


 しかし。


 それは、俺に。

 俺たちにとって予想外のことだ。



「ロッド様?」

「いえ、私も初めて聞きます。失敗ではない、と思うのですが」



 異界から現れる勇者はであると。

 これが絵物語にも出てくる常識。

 一般に知られていない可能性を考えて枢機卿に尋ねるが、どうやら教国の記録にも残っていない例らしい。



 そして―――



「…あれ? 僕はいったい」

「「――ここはどこ(ですか)?」」

「何が起きたんだ?」


 現れた男女たちが話しているのは。

 この世界の言語と同一のものである。

 これは、この世界へと魂が運ばれるときに叡智神の力によってアウァロンの基本的な言語を話す力を与えられるためだと言われている。


 無断転移の俺にはなかった能力だ。


 正直、かなり羨ましい。


 光から出てきた彼らは黒髪黒目といった日本人的な特徴を持っている。

 一人だけ茶髪の子もいるが、身長差から見える毛根の部分が黒いので、染めているのだろうと分かった。



「――成功、と見ていいんですかね?」

「ええ、そのようです」



 短い会話を枢機卿と交わし。

 俺は、一歩下がる。

 所在なさげに立っている彼らにできる限り恐怖を与えないようにあたたかい目(だと自分では思っている)をしながら。



「――まずは、お詫びを。あなた方の是非も聞かずに強引に召喚を執り行ってしまったことを深く謝罪いたします。そして、よくおいでくださいました――異界の勇者様方」



 ここに居る者たちを代表して。

 枢機卿が子供たちに歩み寄り、柔らかな声で言葉をかける。



 百年に一度のみ行われる勇者召喚。


 彼らがこの場に現れたことで、また一つの物語が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る