第2話:一件受けたら十件は受けさせられると思え




 魔皇国、名をエリュシオン。

 その国は、世界に名を轟かせる大妖魔――魔王エリュシオンが建国した国家であり。


 彼女と同名で呼ばれている。


 位置するはアトラ大陸極東。

 周辺には大陸でも類を見ぬ非常な強力な魔物が闊歩しているが、それこそがこの千年以上の歴史を持つ国が存在している理由の一つともいえるだろう。


 そんな魔族の楽園であるこの国の王城。

 その上層において、現在。

 国王と、軍部の最高責任者たち六魔将による定例会議が行われていた。



「――という事で。この度に来訪してこられた高位の冒険者様たちは一組だけでした」

「ふむ……む。また冒険者の戦力が削れてしまったの。……度し難い」



 魔皇国は王城の存在する都と他都市を含めた総面積こそ都市国家といえる小規模であるが、その分都市を中継する街道が広大であり。

 また、庇護下で共生関係を結んでいる亜人氏族たちの領も入れるのであれば。

 大陸の東側をほとんど領有しているとも言えた。


 その広大な領土内の北側全てを総括する六魔将。

 【魔聖】フィーア・エルドリッジが話を終え、議席に座る。


 彼女の守護する北部。

 ロスライブズ領は、大陸最大の金鉱山を始めとして、多くの宝石を産出するため、大陸東側でも戦える実力がある上位冒険者が来訪することも多い。


 柔らかな白髪。

 黄金のように輝く柔和な瞳。

 そして、身にまとう西洋風の法衣により。

 一見すると、彼女は非力な僧侶にすら見えるが、少なくともこの場にいる者たちの中で戦闘力を持たないものはいない。


 彼女自身。

 その正体は、魔族の中でも特殊な存在である【死霊種】と呼ばれる種族であり、最高位の魔術師でもある。



「じゃあ、次は私ね。まず、前回の延長の研究報告として。魔素の濾過装置第201号は失敗よ。碌な使い道無いわね、アレ。で、この前に披露した新式の投影魔術機だけど、残念な事にやっぱり燃費が悪すぎるからもう少し改良の余地があるわ。あと、件の成長促進の魔術はどうしても土地が痩せるって報告が上がってるわね。それで、なんだけど……」



 ……………。



 ……………。



「のぉ、魔術バカよ。南側領土の話をしてはくれぬか?」

「あら、陛下だって人の事言えないくせに」


 艶やかな黒髪。

 紫の瞳といった特徴を持つ女性魔族。

 魔術バカこと、宮廷魔導士長を務める女性【黒魔】イザベラは、反論しながらも仕方なく人間側の動向や情勢などに言及していく。


 は、一軍を預かり領土を持つ身だ。

 最低限の運営は行っている事が、苦言をていせてもそれ以上のことを言えない理由であろう。



「……アダマス、並びにシンシアよ。お主らも特に大事ないであろう?」



 次に問われたのは。

 近衛騎士団の長たる【天堅】シンシア・アインハルト。

 そして、魔皇国と東の海を隔てる山脈を管理すること【龍公】アダマス。



「はい。大事ありません」

「こちらも。作物の収穫高は例年通りですかの」



 六魔将の中でも特に職務に真面目なのが最古参である古龍と、最年少である騎士の二人だろう。

 憂慮するべき事態が発生していない場合。

 両者は王の手を煩わせまいと速やかに報告を済ませる。


 ……そして、ようやく。

 ようやく会議は最重要である西側への内容へと移っていく。



「――んじゃ、西側の話と行くか」



 口を開いたのは西部防衛。

 亜人族総括を務める豪傑、【黒戦鬼】サーガだ。


 屈強なその体躯は。

 誰が見ようと、文というより武へ傾倒した印象を与える。

 しかし、ほぼ全ての能力において劣等種族である人間と比べて優れている魔族の国家に在って、亜人のオーガ種でありながら最高責任者の一人として席を埋めているのは。


 ひとえに、彼の実力と外交手腕の高さによるもの。

 自然、彼はつらつらと滑らかに言葉を述べる。



「と言っても。亜人氏族たちは、いつも通りだな。戦争にならない範囲でちょっとした領土の取り合いに興じてる。やはり、問題は人間の方だ」

「特筆すべきことでも起きたかの?」

「えぇ、陛下。団長が働かない【黒曜】の連中と合同の調査隊を各地に放ってたんですが――」


「――おい、おい……?」



 ―――働かない団長。

 魔皇国を囲む鉄壁の長城、黒曜城塞を拠点とする黒曜騎士団の長たる【暗黒卿】ラグナ・アルモスが悪友の挑発に反応する……が。



「ラグナ、話が逸れる。暫し静かにしておれ」

「然り、ですな。黙ってろわっぱ」



「………は。申し訳ありません、陛下」



 あくまで老公は無視し。

 黒戦鬼に恨みの視線を向けながら、沈黙の時間に戻る男。


 これが、うたわれる魔人。

 伝説の勇者と死闘を繰り広げた騎士暗黒卿だと知ったら。彼を恐れる人間国家群の政府は、一体どのような反応をするのであろうか。



「っと、話に戻りますね。どうやら、教国が異界の勇者を召喚するらしいですぜ?」

「――ほう? 遂にか。……成程、そろそろ前の召喚から100年くらい経つかの? 時間間隔が掴めん」



 魔王が記憶を手繰り寄せながら発言する。

 百年が短く感じるあたり、やはりそろそろ年かもしれない。


 ……勇者、とは。

 この世界でその名が使われる存在は二種類に分類される。

 一つは、この世界の神である【六大神】の加護をその身に宿して生まれてくるこの世界本来の勇者。


 そしてもう一つが。

 異界から召喚される、六大神の権能とは異なる力を宿した人間たちである。


 今から五千年以上前には。

 異界から無尽蔵に強き者を召喚し、世界を侵略しようとした国家もあったと伝えられているが、その行為が六大神、そして召喚先であるチキュウと呼ばれる世界の神の怒りを買い、一度世界は漂白されたとされている。


 その後、異界を使った召喚は百年に一度のみと決められたらしいが。

 数千年も生きている存在など皆無に等しいので、詳しいことは分かっていない。


 その歴史を紐解く鍵は。

 各地から出土する遺跡や迷宮ダンジョン魔道具レリックなどの存在だ。

 


「先代勇者の召喚当時は、六魔将はあくまでも呼称であって制度化してなかったからのう。時が経つのはまことに早いものじゃ」

「……そうねぇ」

「そうっしたねぇ。……んで、どうします? 陛下」

「―――ふむ」

「ある意味を実行するのに丁度いいんじゃありませんか?」

「道理じゃな。なれば、その召喚されるであろう勇者たちが、どのような考えの持ち主であるのかを分析する必要がある」


「まあ、少なくとも近付く必要はあるでしょう。んで、他に判明しているのは……」



 少しも逡巡することなく。

 スラスラと、必要な情報を開示していく黒戦鬼。


 魔皇国の軍上層部が温めているを遂行するための条件。

 その可能性を探るため。

 議題は、勇者召喚の話へと変化していく。



 ……………。



 ……………。



「……てなわけで。十中八九、ひと月もしねぇうちに行われるでしょう」

「であれば。急ぎ、接触を図る必要があるわけか。――なれば」



 魔王は一つ間を置き。

 ニヤリと笑いながら二の句を告げる。

 


「定めるべきは、一つ。我が国の者であると悟られず内部へ侵入し。召喚される者たちの人となりを分析して彼らを導く、その様な芸当を可能とする者……じゃな」

「出来る者、か」

「出来る者ですか」

「出来る者ねぇ?」

「可能な方ですか」

「……ふむ」



 困難な任務だと、誰もが予想している事だが。

 それを成せる者について思い至った魔王を始めとして。

 六魔将の面々の視線が、この場に存在するただ一人に集結した。



 先ほどの一件からずっと沈黙を貫いて話を聞いていた騎士――ラグナへと。



「左様ですか。……えぇ。そうなるだろうなとは」

「そういえば。アルモス卿は大陸ギルドの冒険者としての活動もしていましたね」

「情報収集のために必要だったからね。おかげ様で、とんでもない量の依頼が舞い込むことになっているが……」

「では、やはり。ラグナ様は適役ということですね?」



 六魔将の良心とされる近衛騎士長、並びに北部総括指令の両名にとどめを刺され。

 暗黒卿は、観念してどのような接触を試みるかを組み立てていく。


 ……しかし。

 いかに彼が大陸ギルドから信頼を得ている冒険者だとしても。

 機密を敵国へあっさりと知られてしまうような国家群が相手であろうとも。


 その機密自体に接触を試みるのは、容易ではないことが伺え。



「案外、あっさりと接触できるかもしれないわよ?」

「そのまま教国の中枢へと乗り込めば良いのではないかの?」

「……えぇ……?」

「マジで言ってんのか?」

「まじに決まってるでしょう。取り敢えず、世俗に疎いお爺様は黙っていてちょうだい」


「まともな意見が出ないのは予想の範囲内だが……なぁ? どうにも君たち、考える気そのものがないよね?」

「まぁ、ラグナなら何とかしてくれんだろ」



 龍公、黒魔等が手段にすらならない話をしているのを聞き流しながら。

 まともな意見が出ないことに嘆息する暗黒卿。


 西部方面を担当し、本来この件を預かる筈の黒戦鬼に至っては丸投げである。



「おぬしら……。こうなるのが分かっていたのなら、バルガスやキースあたりでも連れてきたのじゃがなぁ」

「……では、陛下。方針が定まった事です。取り急ぎ、私は情報収集を行いたいのですが」

「……うむ。ラグナよ、頼むぞ。今回の会議はこれにて仕舞いにする。……余は疲れたでの」



 後半部はほぼ雑談の時間。

 大陸で最も恐れられる国家の首脳会議は、実のところ常にこのような物だが。


 それを知っている者は、ここにいる面々以外には殆どいない。

 例え中央の軍内部であろうとも、だ。


 それは、果たして。

 救いというべきなのだろうか。




   ◇




―ラグナ視点―




「とは、言ったものの……」



 会議から一日明け、俺は途方に暮れていた。

 あの場では、恐らくまともな意見が出ないので。

 陛下の言った通り、バルガスさんかキースあたりにでも知恵を借りようと思っていたのだが。


 果たして。

 両者共に、現在の業務で手一杯だと。


 バルガスさんとは魔皇国の宰相……内政のトップ。

 北部指令フィーアと同じ死霊種の魔族だ。


 そして、キースは黒曜騎士団の第二席。

 詰まる所、俺の部下で。

 普段は国内外で潜入や特殊工作などの任務を行っている。


 どちらも、分野は違えど。

 役立つ知恵を貸してくれるだろうと思っていたのだが……ハァ。


 見つかる見つからない以前の問題の中で。


 大陸の中心。

 自由都市セキドウへ一夜にして戻ってきた俺は、予定通りギルド総本部へ向かっていた。


 都市中央の広い大通りは活気があり。

 冒険者向けの様々な消耗品、武器などが至る所で販売されている。


 ……数歩進むたびにかけられる知り合いの声。

 それに答えながらようやくギルド総本部までたどり着き、開放されている木製の大きなドアを潜る。



 あぁ、そうだな。

 まずは取っ掛かりとして、何かしらの断片的情報でも……。



 ……………。



 ……………。



「ナーークラさーん……! うううぅぅぅぅ……ぐすっ」

「……すみません、カレンさん。離れてくれませんか? 屈強な男たちに睨まれてますから」



 ギルドの受付広場に入った瞬間。

 光の速度で飛びかかってきた受付嬢――カレンさんに捕えられた。


 まさに、その瞬間。

 射殺さんばかりの視線が俺に集中する。

 これは、この受付嬢がギルド総本部のアイドル的存在で、冒険者から熱狂的人気を獲得している故だ。



「あなたがっ、話を聞いてくれると言うまでっ、引っ付くのをやめませんよっ! 絶対に! 何があっても!」

「こうしましょう。落ち着いて……」

「業務が終わるまで!」

「……あーハイハイ。わかりました、聞きますから」



 取り付く島もなく、どうにも離れない受付嬢。

 これ以上注目を集めるのも耐えきれない為。

 仕方なく了承の意を伝えると、彼女は潤んだ目でこちらを見上げてくる。



「………ほんとです?」

「ホントホント」

「――へへへっ。では! 第6応接室へお願いしますねー!」



 切り替えはやっ。


 当然ウソ泣きだし。


 ケロリと表情を変え、意気揚々と俺を連行するカレンさん。


 視線が気になるとはいえ。

 情報収集の時間を何件あるのかも分からぬギルドの依頼の説明で費やすことになるとは……ハァ。 


 ここ最近。

 ため息ばかりついている気がしないでもない。



 ……大陸中に設置されているギルドを纏めるだけあり。

 館内には、指名依頼用の個室が沢山存在する。

 その中の一つに通された俺は、促されるままに席に腰かけ……。


 何故、わざわざ部屋の奥に座らせるのだろうか。

 何故、鍵だけでなくかんぬきを閉める必要があるのだろうか。

 何故、バリケードを築くのだろうか。

 何故、“消音”の魔術を行使する必要があるのだろうか。

 

 疑問符だらけの脳内。

 俺は、そんなに信用のない冒険者なのだろうか。


 ちょっと傷つきながら声をかける。



「――カレンさん。俺はそんなに逃げようとしているように見えますか?」

「いやぁ、そういう事ではないんですけどね~~」



 なら、どういう事なのだろう。


 説明を求めたい所だが。

 頼んでもいないのにひと働きをした彼女は制服の襟を正し、畏まって口を開く。



「……コホン、こほん。では改めて」

「……………」

「ナクラさん。ギルドから全幅の信頼を寄せられているA級冒険者である貴方に、一件の指名依頼が来ています」

「今更威厳を出されても困りますが?」


「……やっぱり、十件の依頼が――」

「いやぁーー、さすがカレンさん、威厳タップリ。よっ、大人気受付嬢!」



 何言ってんだこの受付嬢。

 やっぱ人間種ヤバいわ。


 戦慄を覚える俺だが。

 こちらの言葉に気をよくした単純な受付嬢は、無い胸を張ってふんぞり返る。


 明らかに依頼を出す側の態度ではないな。

 まあ、今更気にはしていないが。



「ふふん、そうでしょう? ……で、なんですけど。実は国家絡みのめんどくさい依頼でしてねぇ? 出来るだけ信頼できてつんよい人って事だったんですけど」

「S級のバカ共で良くないですか?」


「あーんな頭クルクルパ~~……な人たちに頼めるわけないじゃないですか!」

「全員が全員パッパラパーとは限らないでしょう?」

「んじゃ、例えば?」

「……ほら。総長とか」

「ギルド潰す気です? はい、他には」

「…………はい」


 

 S級冒険者全員の性格と特性を大体把握している模範的で勘のいい受付嬢はこれだから。

 扱いに困るな。


 適当に付いて来ておいて。

 あの手この手で適当に流そうとしたのは失敗だったと言えるだろう。


 流石はギルド総本部で働いているだけのことはある。



「話を逸らそうとするのは分かりきってましたけど、そろそろ観念してくれますか?」

「……はい、すみません」

「コホン、まあ個室で“消音”を使っている時点で気付いているかもしれませんが、極秘でお願いしますね」



 忙しい時に面倒事を押し付けてきた国はどこですかね……と。



「昨日後ろから声掛けた筈ですけど。聞き流したと思うんでもう一度――教国からの依頼ですね」

「教国――ッ!?」

「何ですか急に大声出して。……えぇ、異世界の勇者に関する依頼なんですが……」

「勇者――ッ!?」


「……ナクラさん?」


「いえ、続けてください」

「……教国との話し合いの結果貴方への指名依頼となったわけですけど、「召喚される異界の勇者たちの導き手になってほしい」――だそうです」



 ……マジで?


 導き手……とは。

 つまるところ、守りながら戦う術や知識を与えろと、……マジで?


 いや、冗談だろ?

 こんな棚ぼた。

 よもや、これ程豪華な鴨葱が舞い込んでくることになるとは、最強の魔王ですらも思うまい。



 否。果たして、誰が想像できたと―――うん?




『案外、あっさりと接触できるかもしれないわよ?』



 

 驚愕で一杯な中。

 適当に聞き流した魔女の言葉が脳裏をよぎることになった。

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