第1話:暗黒卿は遅刻癖
強力な魔物であるほど高濃度の魔素(マナ)を放出し。
そこから、また魔物が生まれる。
魔素とは、この世界【アウァロン】の何処にでも存在する物質であり、魔術を行使するために必要な魔力と呼ばれる物質の精製前の姿だ。
我々人間種は、大気を漂う魔素を体内で精製して魔力とする。
実は、これらの考えが人間国家で定説になったのは、今からほんの数百年ほど前であり、まだ未解明かつ不透明な部分も多い。
大陸の西側であるほど魔素は薄く。
発生する魔物は脆弱。
逆に、東側であるほどに魔素は濃く、魔物は強力となる傾向にある。
……そのため。
魔素が強力になりすぎないように魔物を間引き……。
「安定化させるために設置されたのが我々、ユスティアなのである……か」
アウァロン大陸でも随一。
膨大な蔵書量を持つアルコンの塔。
ここは大陸の中心に存在する都市【セキドウ】に端を発する大陸冒険者ギルド連盟――通称【ユスティア】の総本部に設置された研究記録部署である。
任務の為、定期的に通ってはいるが。
相も変わらず進展はなし、か。
……と、いうより。
同じ様な内容の本をもう数百は読んでいるため、飽きも来ている。
そろそろ別の視点からアプローチをかけてみるべきなのだろうか。
今回も、いたずらに時間を浪費し。
その上、時計に目をやっていなかったため。
そろそろ、予定していた時刻が……ぁ?
成程、とっくに過ぎてるな。
「はははっ。……会議の時間までに間に合うか?」
少し大きな独り言を呟きつつも。
本を書架に戻し、やや速足で塔を後にする。
出口に向かう途中。
メガネの似合う司書の女性に軽く睨まれるが、粛然を美徳とする【叡智神】の信徒であろう彼女からすれば、館内での駆け足は歓迎できないのは当然であろう。
というか、図書館だし当然?
―――大きな独り言も効いたかもな。
多少申し訳なくなりながらも。
急ぎなので、そのまま止まることなく駆け足で塔の螺旋階段を降る。
……が、しかし。
階下にあるギルドの受付前を通り過ぎようとした時、運悪く知人の受付嬢から声がかかった。
「――ナクラさーん、あなたにしか頼めない依頼がー!」
「あー、聞こえない聞こえなーい」
「教国からの指名依頼なんですー! ほんとに一件だけなんですー! お願いしますーー!」
……………。
……………。
一件依頼があったら十件はある。
―――というのは、俺の
そのまま、聞こえない体でエントランスを飛び出すが。
相手もさるもの。
泣きじゃくるような声色で軽々とカウンターの向こうから飛び出し。
追いすがるアグレッシブ受付嬢。
……成程、やるな。
だが、こちらも仕事だ。
多少可哀そうだとは思いながらも、振り切って屋外へ飛び出して適当に撒き。
色々とお世話になっている人目のない路地裏に来た所で手持ちの【空間石】を使う。
空間石とは、希少な
あらかじめ記録した場所へと移動できる便利なアイテム……では、あるのだが。
閃光とも表現できる光度。
恐るべき眩しさを
屋内―――それこそ、図書塔内で使おうものなら永久出禁になりかねない。
これは割とモラルの問題かもしれないが。
まだまだ塔で調べるべきものはたくさんあるので、出禁だけは困る。
俺の趣味に関連する書物も膨大だしな。
◇
「……閣下。恐れながら、少々時間を超過しているようですが」
大陸の中心地から転移した先は。
黒曜城塞と名付けられているソレは、名前の通り黒曜石の如く光を反射して輝いており。
一国の王都を丸ごと囲う砦は遥か遠方まで……。
「――む……ぅ……」
「閣下」
目がチカチカする。
これがあるから、あの石は出来るだけ使いたくないんだ。
目を閉じていても残る、まばゆい光の後遺症。
抑えていた瞼を開いて声へと視線を向ければ。
俺を待っていたのは、黒甲冑に身を包んだ騎士――副官であるマーレ・アインハルトだ。
本日のご機嫌は……ふむ。
顔から見るに、機嫌は斜めを通り越えて垂直のようだな。
どう見ても遅刻だし。
「いや、すまない。任務が手間取って……」
「お急ぎください。陛下もお怒りで―――いえ。首を長くしてお待ちです。正装にお着換えを」
言いなおす必要があったのだろうか。
―――副官様もお怒りだが。
もっとヤバいのは、陛下だ。
早く向かわないと本格的に機嫌を損ねてしまうので、砦内に設えられている自室で漆黒の甲冑を纏い。
お怒りの副官様と共に、城塞から王都内部へ続く道を馬車に乗って移動する。
「……実は、アレ等も遅れていたりはしないか?」
そう、まだ慌てる時間じゃない。
希望的観測だが。
同僚の中には、遅刻の常習犯がいるので。
もしかしたら、一人に向く怒りを軽減できるかもしれない。
「いえ。半刻ほど前にサーガ様が到着されて皆様お揃いです」
「………そうか」
どうやら、遅刻は俺だけのようだ。
副官様の視線も痛いし。
今だけ御者と座る場所を変わりたいのだが。
トレードの結果、上位騎士である彼女の威圧にあてられた御者席に座る年若い騎士の青年は、大きなトラウマとイケナイ性癖を抱えることになるだろう。
彼らは、いずれ国を背負うことになる優秀な人材。
徒に減らすのは、上に立つ者のすることではない。
だから、大人しく……うん。
うん? 幻覚かな……?
どんな仕組みなのか、副官様の蒼い長髪が逆立っているように見えるぞ。
蒼玉のように輝く美しい瞳から刺さるような視線を浴びながら、陛下への言い訳の口上を考えているうちに。
巨大な王城が目に見えて大きくなっていく。
仰々しく人間達が言ってるが。
七百年以上前に設計されたと聞く巨城は白を基調とした優美な造形であり、絵物語に出てくる魔王城のような禍々しさなど皆無。
むしろ、清廉な造りだ。
石製の見事な城門も顔パス。
馬車に刻まれた六魔の紋章の効果によって素通りし、そのまま城の敷地に馬車を止めて謁見の間に急ぐ。
六魔将とは名ばかりに。
その足取りは、優雅とはあまりに程遠く。
「――では、閣下。私はここで」
「ああ、すまない」
謁見の間、その扉の前でようやく俺たちは立ち止まる。
王の座する間への入り口なだけはあり。
紅玉や黄金など、様々な宝石が散りばめられた扉はこれだけで一財産築けそうなものであるのだが。
魔族という種は、あくまで装飾品としか見ていない者が多い。
これは種族的特徴もあるが。
東側は、西側よりも圧倒的に貴金属の産出が多いのも影響しているのかもしれない。
それ自体は欲が無くて大変結構だが。
しかし、欲深い人間国家の貴族共が私兵や冒険者たちを使って攻撃を仕掛けてくる現状を考えると。
果たして、それが良い事なのかは……。
―――さて。
これは待ち伏せされてるな。
まあ、入るしかないんだが。
「騎士アルモス、只今帰還しまし―――、―――ッ!」
「遅いぞわっぱァァァァァ!」
近衛騎士が開けてくれた大扉を通り。
それが閉まった瞬間、側方から飛び出した柄の悪い老人に
頭上で両の手を交差。
何とか受け止める。
……3メートルにも達する身長から放たれたソレは、まるで天井がそのまま落ちてきたように重く。
骨がミシミシと音を立てる。
もし俺でなかったら間違いなく肉餅になってたぞ。
この爺は加減というものを知らないようだ。
「……老公、お怒りは最もだが。そろそろ足下げてくれないと、私はともかく城の床が持たん。そも、イザベラが床を固定してなかったら最初の時点で崩落しているぞ」
「――えぇ、ホント。そろそろ疲れちゃうし、足を下ろしてくださらないかしら、お爺様」
「む……。すまぬな、イザベラ」
爺が足をどけたことで。
ようやく手が自由になったな。
助け舟を出してくれた魔女に感謝の視線を向け。そのまま、議席のさらに奥に座する存在に声をかける。
「遅れまして、申し訳ありません陛下」
アレだけ長く考えておいて何だが。
やはり、謝罪は簡潔であるべきだ。
「――まことに遅いな。お主、何をやってたのじゃ」
「いつもの調査でアルコンの塔をひっくり返してました。今回も収穫はなさそうですね」
「はぁ……、そうか。まあ、良い。腕も痙攣しているようじゃし、座れ。始めるぞ」
今日は機嫌が良かったのか。
俺が仕える王は、筋肉が痙攣する腕を見据えつつ御声をかけてくださる。
彼女もまた、その特徴的な銀髪がやや逆立っているように見えるが。
……もしかして。
この国で流行っているのか? アレ。
立ったまま始めろとか言われたら針の
何はともあれ。
ようやく、俺は席へと足を進めることが出来て。
途中、同僚の男亜人がにやにやと笑っているのを確かに見たが、今は急ぎなのでスルーだ。
―――俺と同じ遅刻常習犯の癖しやがって。
頭の中で悪態を巡らせながら。
六芒星の形をとる議席へと腰を落ちつけた。
……………。
……………。
全員の招集が終了し。
ようやく、玉座へ座する王――魔王エリュシオンが会議を開始したのだった。
そう、この場に集いしは。
最高位魔族と、それに匹敵する怪物たち。
龍公
黒魔
魔聖
天堅
黒戦鬼
そして……。
暗黒卿ラグナ・アルモス
魔皇国の最高戦力にして、軍部の頂点たる六魔将の一角。
魔王エリュシオンの右腕とうたわれる暗黒騎士。
……かつて。
かつて、名倉という名の人間であった男だ。
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