第23話 天才達の勉強会

 特に変化のない日常が続き、夏休み前の期末テストが近づいて来た。

 いつも通り興味のない授業をさぼり、生徒会室に入るといつものように龍桜と澪がいた。

 いつもと違うのは二人が遊ばずに勉強をしていることくらいか。


「何で勉強してるんですか?」

「はあ、期末テストが近いからに決まってるだろう」

「十六夜も自主勉をしに来たんじゃないの?」

「いや、いつも通りただのさぼりだけど」


 俺の返事を聞いた二人は呆れたような視線を俺に向けてくる。

 お前らだって普段はさぼってるだろうに。


「お前は勉強をしなくてもいいのか?」

「勉強くらいしてますよ、授業中に」

「今授業中のはずだが?」

「授業に出てないので授業中ではないです」


 龍桜の問いに答えながら生徒会室の本棚から一冊の本を取り出していつも通りソファーに座って読み始める。

 俺の態度に龍桜はもう一度ため息をついて声を掛けてきた。


「随分と余裕そうだな。そんな調子だと澪に負けるんじゃないか?」

「澪に負けるかは分かりませんが、余裕があるからさぼってるんですよ」

「あの難易度のテストで余裕があるのはお前くらいだろう」

「俺と他のクラスメイトじゃ勉強を始めた歳が違い過ぎるからな」

「ん?十六夜はいくつから勉強始めたの?」

「私も気になるな」


 俺の言葉に俺と龍桜の話を聞き流していた澪も気になったようで話に入って来た。

 龍桜も勉強の手を止めてまで俺に視線を向けて微笑んでやがる。


「二歳の頃から小説や化学の専門書を読んでたな」

「「!?」」


 俺の言葉に二人は予想以上に早かったからか、目を見開いて固まってしまった。

 一応趣味の一つだが、化学の専門書で化学を学んでるから勉強と言っても間違いないだろう。

 まあ、本当に勉強を始めた歳はマイナスになるから言えないな。

 あれ?それを言うなら黒羽は三歳から勉強を始めてるのか?


「本当の天才に常識は通じないってことね……」

「いくらなんでも二歳から化学の専門書を読むのはどうかと思う……」

「まあ、そういうわけだから理系分野で俺に勝つのは難しいぞ」

「二歳から今のペースで読んでるなら勝つことは不可能だと思うわ」

「同感です」


 二人は呆れてため息をついて言っているが、チート能力があるので勝つのは確かない不可能だと思う。

 むしろ、チート能力を持ってる俺以下の勉強量で勝てる奴がいるなら本物の化け物だ。

 龍桜のような天然チートでも勉強量が同じなら負ける気がしないのに、少ない量で負けたら恐怖しか感じない。

 俺が一人で考え事をしていると、二人はすでに勉強を再開していた。

 いつのまに会話が終わったのか、この二人もマイペースだな……


「ねえ、十六夜」

「何ですか?」


 読書に集中していると、龍桜が声を掛けてきた。

 気になることがあるならさっき聞けばいいだろうに。


「『月が綺麗ですね』って告白あるじゃない」

「ありますね」

「!?」


 龍王の話に普通に返すと、澪が目を見開いて俺の方を見てきた。

 どうしたんだ?有名な話だから知っててもおかしくないだろ。


「あれに対する返事ってどう返すのが正しいのかしら?」

「『そうだな』でいいんじゃないですか」

「真面目に答えてくれない。それにそれは告白に対する返事ですらないじゃない」

「じゃあ、『ありがとう』でいいでしょ」

「……真面目に答えて欲しいのだけど」


 適当に返すと龍桜にジトっとした目を向けられた。

 はあ、面倒くさいな。


「OKなのかNOなのか伝われば何でもいいんじゃないですか」

「はあ、風情の欠片もないわね」

「なら、会長はどう返すんですか?」

「私か、私なら……」


 さて、どんな風情のある返しをするのかな。

 俺の問いに対して考えている龍桜の顔を見ていると、思いついたようで口を開いた。


「私なら『月より君の方が綺麗だよ』かな」

「……うわー、すごいですね。とても風情があって男らしい返しだ」

「うっ……」


 すごい男らしい返しにジト目を向け棒読みで返すと、龍桜は悔しそうな顔をした。

 いや、あんた女子なんだから、もっと女らしい返ししろよ。

 あまりに予想外の返しに一瞬何を言ってるのか分からなかった。

 改めて考えると『月より君の方が綺麗だよ』と返す龍桜を思い浮かび、面白くて腹が痛い。

 龍桜のせいで腹筋が割れそうだ。


「そんなに笑うことないじゃない」

「いや、だって、会長が言ってる姿を思い浮かべると、面白くて」

「十六夜、あんまり笑ったら失礼よ」

「澪、口元を隠してる手を避けてこっちを向いてみろ」

「すいません、もう少し待ってください」


 澪も龍王の言葉に龍桜から顔を逸らして口元を手で隠して必死に笑うのをこらえている。

 そんな俺達の態度に龍桜は頬を引きつらせて澪に問いかける。


「じゃあ、澪はどうやって返すんだ?」

「私ですか」

「そうだ。笑うからには私よりまともな返しがあるのだろう」


 軽く深呼吸をした澪は龍桜の問いに対して少し考えるような顔をして返した。


「『死んでもいいわ』ですかね」

「それは随分と重たい返しな気がするが?」

「そうですか?いい返しだと思いますけど」


 そりゃあ、『月が綺麗ですね』に対する定番の返しだからな。

 龍桜が気づいてないってことは本当に返しを知らなかったのか。


「そういうものか。それで実際にどう返すのが正しいんだ?」

「正しい返しはないですよ。定番はいくつかありますけど」

「その定番の返しはどんなのなんだ?」

「今澪が言ったやつですよ」

「え?」


 俺の言葉に龍桜は少し目を見開いて澪に視線を向けた。

 澪は会長の驚いた顔を見て微笑んだ後、俺に話しかけてきた。


「ネタ晴らすの少し早くない?」

「あんまり引き延ばすものでもないだろ」

「それもそっか」


 俺と澪が話していると、龍桜が澪に問いかけた。


「澪は知っていて言ったのか?」

「はい、何も思いつかなかったので」

「……つまり、私は騙されていたわけか」

「騙されたというよりはからかわれただけですね」

「……はあ、まあいい」


 龍桜は諦めたようだな。

 まあ、からかわれただけで怒るような奴じゃないか。

 龍桜の聞きたいことにも答えたし、これで話は終わりだろう。


「それで、他にはどんな返しがあるんだ?」

「ん?」

「定番の返しということは一つではないのだろう」

「まあ、ありますけど」

「なら、教えてくれ」


 『死んでもいいわ』以外の返しね。

 調べればすぐに出てくるだろうに、面倒だな。


「例えば、『あなたと一緒に見るから』とか『これから先も一緒に見ましょう』とかですよ」

「なるほどな」

「そんなこと俺に聞かなくても調べればいくらでも出て来るでしょ」

「君に聞いた方が早いと思ってね。君の知識量は相当だろうから」

「俺の知識量なんてまだまだですよ」


 上には上がいるからな。

 いくら俺がチート能力を持っていると言っても、龍桜のような天然チートも少なからずいるだろう。

 それに俺の知識は俺が興味を持ったものがほとんどだから大分偏ってるしな。


「というか会長、勉強しなくていいんですか?」

「ん?話しながら勉強くらいできるだろう」

「……そうですね」


 澪の呆れたような表情からして無理だろって言いたいんだろうな。

 まあ、澪、気にするだけ無駄だぞ。

 チート転生者の俺が言うのもあれだが、龍桜は天然のチートだ。

 龍桜の出来ることを気にしても疲れるだけだからな。

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